疲労と回復
学校から家に帰宅した晃輔は、さっさと部屋着に着替え、帰り道で買った食材たちを使い料理を始めた。
夜ご飯を作るには少し早いかもしれないが、今日一日で一週間分ぐらいの疲労が溜まった晃輔は、早めに就寝するために早めに夜ご飯を作り始めたのだ。
「晃輔、何か手伝う?」
「ん? いや、大丈夫」
早速、夜ご飯作りに取り掛かっていた晃輔に、部屋着に着替えたなながトコトコと近付いてきた。
「…………」
「すぐ出来るからちょっと待ってて」
「はーい」
晃輔がそう告げると、ななは大人しく晃輔に従いソファに深々と座った。
ソファに座ったななは腕を上げて大きく伸びをする。
ただ、ソファで伸びをしただけで、ななが付き合う前よりも可愛く見えるのだから、彼女フィルターと言うのは恐ろしいなぁと思った。
晃輔が夜ご飯を作り終わると、ななが箸やお皿を食卓に運ぶ。これも我が家では見慣れた光景になった。
「晃輔」
「ん?」
「ありがとね」
「どういたしまして。それじゃあ食べようか」
「「いただきます」」
そう言って、二人は手を合わせる。
ななは味噌汁を一口飲むと、早速、晃輔が作った梅風味のさんまの焼き浸しに手をつけた。
「美味しい〜!!」
ななは一口食べると、眉を下げてへにゃりと笑う。
美味しそうに食べるななを見て、晃輔も頬を緩めた。
「そっか。よかった」
「美味しいよ! 晃輔いつもありがとね!」
「どういたしまして」
「それにしても、今日はあおいの家庭教師の日だったんだよね? 行かなくて良かったの?」
「あおいの方から、今日は無しにさせてくれって連絡があったんだ。まぁ、そのお陰でこうしてななと一緒に帰ることができてるから……そこはまぁ……」
本来、今日はあおいの家庭教師の日だが、あおいの方からキャンセルの連絡が来たので今日の仕事が無くなり、二人で一緒に帰ることができた。
「ふふ、そうね。あおいに感謝しなきゃね」
そう言って、ななは静かに微笑むと食事を再開した。
美味しそうに夜ご飯を食べるななを見届けて、晃輔も夜ご飯を再開する。
「晃輔、ありがとね」
「……何が? ご飯が?」
「ご飯もそうだし……それと……今日一緒に登下校してくれて。私は慣れっこだからあまり気にしてないけど、そういうのを避けてた晃輔には大変だったんじゃなかった?」
さんまの焼き浸しを食べながら、ななは晃輔の心を見透かしたように告げる。
晃輔は若干驚きつつ、それに応えるように肩を竦めた。
「お見通しか……」
「まぁ流石にね…………晃輔くたくたな顔してるもん」
「……そんなにか?」
「うん。それで……ね、晃輔」
「うん?」
「いつもの、その……ご飯のお礼と今日の私のわがまま付き合ってくれたお礼で……その、前喜んでくれたみたいだし…………私の膝枕とか……どうかな?」
突然の発言に、お米を食べていた晃輔の箸が止まる。
驚いた晃輔がゆっくり顔を上げると、ななは恥ずかしそうに頬を赤く染め上げていた。
「ま、まぁ、お礼になってるか分からないけど……」
「……………………いや、十分過ぎます」
「そお? 良かった。じゃあ、お風呂上がったらやるから……準備しとくね?」
そう言って、恥ずかしそうに顔を赤らめるなな。
特に断る理由も無いので頷くと、ななは嬉しそうに微笑んだ。
***
浴槽でゆっくりと肩まで浸かり、今日一日の疲れを癒した晃輔がお風呂から上がる。
パジャマに着替えた晃輔が脱衣所から出ると、既にパジャマに着替えていたなながソファに座ってテレビを見ていた。
「上がったよ」
「お、おかえりなさい」
「…………た、ただいま」
まるで夫婦みたいなやり取りに晃輔が顔を背けると、その様子を見たななが笑みを深めた。
「ふふ、可愛い」
「男にそれは嬉しくないんだけど」
「残念。ほら…………おいで?」
晃輔が抗議の視線をぶつけると、ななはその視線をスルーして自分の膝をポンポンと叩いた。
「……………………」
「おいで?」
ななから有無を言わせない笑顔を向けられ、晃輔は大人しくななの腿に頭を乗せた。
晃輔が腿に頭を乗せると、頭上から柑橘系の甘い匂いを感じた。
ななの膝枕は何度か経験したが、相変わらず慣れない。
ななの腿に頭を乗せると、晃輔は直ぐにななの体とは反対の方向を向いた。
すると、晃輔の頭上からななの穏やかな声が降ってきた。
「何でそっち向くの?」
「何でだろうな」
晃輔はぶっきらぼうに答えて目を瞑る。
お腹の方を向くと惨事になるし、かと言って上の方を見上げると柔らかい果実が晃輔の視界に入る。
本当に色んな意味でよろしくないので、晃輔はななの体とは反対側を向いた。
「……まぁいいや」
ななは穏やかにそう告げると、晃輔の頭を優しく撫でた。
目を瞑っているためか、視覚以外の五感が敏感になっている。
「ありがとね。私の我儘聞いてくれて」
「ん」
「大変だったでしょ? 結構囲まれてたもんね」
「まあな。でも昌平や泰地たちが色々と助けてくれたから……予想していたよりは……って感じだな」
「ふふ。お疲れ様」
「そっちこそ、お疲れ様」
「ありがとう。でも、私は慣れっこだから……ところで晃輔」
「ん?」
「そろそろこっち向いてほしいな?」
「無理」
晃輔が即答すると、頭を撫でている手とは反対の手で晃輔の耳たぶをむにむにと触ってきた。
「ななさん?」
「なあに?」
「それ楽しいの?」
「楽しいよ。晃輔がこっちに向くまでやり続けようかなって思うぐらい」
「すげぇくすぐったいんだが…………何でそんなにそっち向いてほしいんだ?」
「好きな人の可愛いお顔が見たい……それじゃあ駄目? あと、晃輔のほっぺ触りたいなーって」
「……………………………………好きにしてください」
そう言って、晃輔はななの負担にならないようにゆっくり動く。
そんなに可愛いらしい事を言われて、嫌と言える程、晃輔の肝はすわっていない。
ゆっくりと動いた晃輔が顔を上に向けると、ななとバッチリ目が合った。
ななは、晃輔と目が合うと嬉しそうに頬を赤く染めて、両手を晃輔の頬に伸ばしてぷにぷにと触り始めた。
「ありがとう晃輔。大好きだよ」
「俺も好きだよ、なな」
そう言って、晃輔とななはお互い顔を見合わせると、幸せそうに微笑んだ。
以前は人に触れられる事が苦手だった晃輔だが、今はそこまで気にしなくなった。
特に、触れる相手がななだからというのもあると思うが、不思議と心地が良くなっている気がした。
人って変われるんだなー、とそんな事を思いながら、ななが満足するまで、晃輔はななのぷにぷにを受け入れ続けた。




