2人の帰路
「疲れた……」
やけに長く感じた一日が終わり、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
チャイムが鳴り響き先生が教室から出ると、クラスメイトは各々の用事のために一斉に動き出す。
晃輔はそんなクラスメイトたちを見守りながら、疲れたように両腕を上げて伸びをした。
大きく伸びをして力の抜けた腕をだらんと下ろした晃輔に、ななが小さく微笑みながら近付いて来た。
「ふふ。お疲れ様、晃輔」
「おぅ……そっちもおつかれ様。何か大変だったみたいだな」
「そうね……でも、まぁ予想はしていたことだし。正直、もっと身動きできないぐらい囲まれるのかなって思ってた」
「冗談じゃ無いけどな。そんな状況」
「ふふ。そうね」
晃輔が疲れた表情でそう告げると、ななは口に手を当ててくすりと笑った。
今までは、なるべく目立たないように教室で過ごしていたため、晃輔にとって色々な感情が込められた視線を一日中浴びせられるというのは、はっきり言って拷問に近かった。
たった一日、大量の視線を浴びた事による妙な緊張感と居心地の悪さ。そして、別に体育などがあったわけではないのにとてつもない疲労感。
これをほぼ毎日繰り返して平然としているななは本当に凄いなと、素直にそう思った。
「晃輔、帰りましょう」
「ああ」
晃輔が鞄を持って立ち上がる。
すると、にやにやとした表情の昌平と希実が晃輔とななに声を掛けてきた。
「あれ、なな帰るの?」
「ええ。帰るわよ」
「…………」
「何だよ。昌平。何か言いたい事でもあるのか?」
「言いたい事って言うか…………いやさ……新婚さんが帰るぞーって、叫んでみたいなって」
「「!?」」
「そしたら皆、祝福しながら見送りしてくれるじゃないかなって……」
「絶対駄目!!!」
「何考えてやがる」
とんでも無いことを言ってくれるな、と昌平を睨むも全く意に介した様子が無い。
寧ろ、晃輔たちの反応が面白かったのか、愉快そうに笑っている。
「残念」
「ね〜」
「ね〜、じゃねぇわ。あと、俺らは別に新婚じゃねえ」
「はいはい。悪うございました。でも……お前ら……」
「「何?」」
晃輔とななの声が被った。
「何でもありません。すみませんでした」
晃輔とななの冷たい視線を感じた昌平が素直に謝った。
「……それにしても……その幸せそうな顔、本当に楠木さんの事大好きなんだな」
「何だよ急に、大好きで悪いかよ……」
「……っ!?」
「いや、別に……?」
「………………………………!?!?!?!?」
思わず反射的に答えてしまったが、今とてつもなく恥ずかしい事を口走った事に気が付いた。
横を振り向くと顔を真っ赤にさせているななが視界に入った。
晃輔は、自分の顔が徐々に熱くなっていくのを感じながら、恐る恐る周りを見渡す。
『………………』
すると、昌平と希実、そしてまだ教室に残っている人たちから、呆れたような表情と色々な思いが籠もった視線をぶつけられた。
「……やっぱり、残ってるクラスの皆に盛大に見送ってもらった方が良かったかもな」
「そうだねしょうちゃん。アピールや牽制も兼ねてー、何だろうけど……あれはちょっと……ね……」
「なー」
昌平を始めとした教室に残っている皆に色々な視線をぶつけられる。
教室でこれ以上昌平たちと話をすると、気が抜けて色々と余計な事を喋りかねない気がした。
「なな……そろそろ帰ろうか」
晃輔がゆっくりとななに手を伸ばす。
ななは完全に沸騰しきった顔を上げて晃輔の手を取り、指を絡めた。
それだけでななが幸せそうに蕩けるので、教室に残った男子たちからの視線が晃輔に鋭く刺さる。
「え、ええ。そうね……じゃあ、また明日、希実」
「うん!また明日!」
「じゃあな。熟年夫婦」
「うるせぇ」
希実と昌平に挨拶をした晃輔とななは、歩幅を合わせゆっくりとした足取りで教室から出て行った。
***
体を密着させて恋人繋ぎをしていると、やはり周りはどうしても気になるらしく、家に帰るために駅まで歩くだけで晃輔たちに大量の視線が突き刺さった。
ななと交際を始めたから、こうなる事は想定していたのだが、いざ経験してみるとこんなにも大変だとは思わなかった。
「これは……本当に疲れるな」
「慣れてない晃輔はそうかもね。大丈夫、いずれ慣れるよ」
ななは穏やかに微笑み、晃輔に優しくそう告げた。
「そうだな」
晃輔がそう呟くと、ななが小さく微笑んだ。
「私ね、こうして、彼氏としての晃輔と一緒に帰るの凄く楽しみだったんだよ?」
「そう……なのか?」
「うん!ずっと思ってた。学校からの帰り道によく見かけるカップルみたいに、私も晃輔と両想いになれたら、ああやって、好きな人と手を繋いで家に帰ってみたいなって」
なながはにかみながらそう告げると、晃輔とななを遠巻きに見ていた人たちから殺気みたいなものが飛んできた。
晃輔は飛んでくる殺気に背筋が冷たくなるのを感じながら、応えるように指に少し力を込めた。
すると、ななが少しくすぐったそうに笑った。
「晃輔はどぉ?」
「……多分俺はずっと、ななとそうしたいと思ってたんだと思う」
「本当に?」
「本当だって。逆になんでこのタイミングで嘘つく必要があるんだよ」
「だって、さっきから晃輔が全然私の目を見てくれないから……本当にそうなのかなっーて」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、あの……ななさん」
「はい」
「からだ……い、家ならまだしも、外ではちょっと恥ずかしいといいますか……」
晃輔は顔を赤くしながら恥ずかしそうにそう呟いた。
校門を潜り抜けてからというもの、恐らく無意識なのだろうがななは晃輔の体にぴったりとくっついて歩いている。
お陰で晃輔に向けられる視線が凄い事になっているのだ。
ななは晃輔に言われて始めて気が付いたのか、ぼんっと爆発しそうな勢いでななの顔が赤くなった。
しかし、ななは晃輔からは離れようとせず、寧ろもっと密着してきた。
「……い、家なら良いの?も、もっとくっついても」
「あんまりやられると、理性が吹っ飛びかねないのでほどほどでお願いします」
「……う、うん…………わ、分かった」
晃輔は内側から頬が熱くなっていくのを感じながら何とかななに告げる。
すると、晃輔が言ったのことの意味を理解したらしいななが、先程よりも更に顔を赤く染めて頷いていた。