お昼休み
「いや〜、晃輔人気者だな〜」
晃輔の席の正面に来た昌平は教室の扉の方を見ながら愉快そうに呟いた。
「喧嘩売ってんのか?」
「いや〜、別に。晃輔、朝から大人気で幸せ者で羨ましいなぁーって。色んな意味で」
「おい」
「……それを喧嘩売ってるって言うじゃないのか?」
午前中の授業が終わり昼休みなった途端に晃輔に近付いてきた昌平と適当な話をしていると気の毒そうな表情をした順哉が近付いてきた。
「苦労するねー、晃輔」
順哉はそう告げると、教室から廊下に繋がる扉の方に目を向けた。
晃輔もつられて扉の方を見ると、そちらには溢れんばかりの人が晃輔たちを見ていた。
どうやら、午前中の内に晃輔とななが交際を始めたことが学校全体に広まったらしく、休み時間の度に晃輔たちのクラスに大量の人が押し寄せていた。
「ありがとな、順哉」
「どういたしまして。ところで晃輔、今昼休みだけどどうするんだ?」
「どうするって?」
「いやさ、いつもみたいに皆で食べるのか、それとも、楠木と二人っきりで食べるのか。どうすんのかなって」
「それは……」
「もちろん、皆で食べるわよ」
晃輔が戸惑っていると、ななが順哉の後ろからななが顔を出した。
ななは晃輔が今朝作った弁当を大事そうに抱えている。
「!?びっ、びっくりした……」
「……何かごめん」
ななは意図せずに順哉を驚かしてしまい、素直に謝った。
彼女の行動に晃輔が苦笑いしていると、ななの後ろに居たいつものメンバーもくすくすと可笑しそうに笑っていた。
「それで、何処で食べる?」
「……流石に、この人数で教室で食べると色んな人に迷惑掛けそうだから、いつもみたいに中庭で食べましょうか」
「そうだな」
ななの意見に晃輔が同意すると、ななの後ろに居た泰地と筋乃が安堵のため息を漏らした。
「何でため息つくのよ」
「いやね、ななたちが朝から無差別にお砂糖をばら撒いてくれたじゃん?」
「ばら撒いた覚えはないんだけど……」
「お陰で……もし教室で食べるとなると、二人を一目見に来た……この、大量の野次馬たちの視線を浴びながら昼ご飯を食べる事になるじゃん?」
「いや、じゃん?って言われても……」
「普通に居心地が悪過ぎるから、正直助かったって思って」
「ほんとにそれ」
泰地の意見に筋乃が深く同意していて、大人しくこのやり取りを見ていた皆が愉快そうに笑っていた。
泰地に言われて周りを見たななは、居心地が悪そうな表情に変わった。
「…………いきましょう」
ななは不機嫌そうな表情のまま黙って晃輔の手を取ると、そのまま中庭に向かって歩き出し、晃輔や皆もななの後について行った。
***
教室から中庭に移動して、空いていた席を確保した晃輔は早速朝作って持参した弁当の蓋を持ち上げた。
『おぉ……』
晃輔が弁当の蓋を開けると、なな以外の皆が感嘆の声を上げた。
「相変わらず美味しそうだこと」
「ねぇー」
弁当の中身を見た昌平と希実が羨ましそうにそう呟いた。
「晃輔の作るご飯は凄く美味しいのよ」
「しょうちゃんが作るご飯も美味しいよ!」
「何で張り合うんだよ」
「のん……そんな嬉しい事言ってくれるなら、もっと頑張らないとな」
「「…………」」
何故か彼氏の料理で張り合いを始め、惚気始めた昌平たちに、泰地と筋乃は呆れてため息をついた。
弁当は昨日の夜ご飯の残り物を詰めただけで、そんなに驚かれるようなものは入っていない。
昨日は、ななの希望でハンバーグを作り、余った分を今日の晃輔たちのお弁当に詰めただけ。
因みにハンバーグの上にかかっているデミグラスソースは晃輔の手作りだ。
その他は、だし巻き卵、人参のグラッセに茹でたブロッコリーやミニトマト、ウサギの形をしたウインナー、ハムのカップに溶いた卵を入れてレンジで温め、仕上げに表面に胡麻を数粒置いた見た目が可愛いものを弁当に入れている。
「ねぇなな」
「何?藍子」
「交換しない?私のと」
「しないわよ」
「何で?大丈夫、全部は取らないから。ほんの少し貰うだけ。その卵とハムの可愛いやつとうさぎのウインナー貰うだけだから」
「ちょっと、藍子目が据わってない?怖いんだけど……」
「藤崎くんの料理は美味しい。ななは藤崎くんと付き合ってるからいつでもこんな美味しいものが食べれるけど……私は食べれない」
そう言って、土井はじりじりとななに近付いていく。
遂には、ななの横にピッタリとくっついて弁当を凝視し始めた。
「そ、それはまぁそうだけど……」
「…………むぅ……じゃあ、私が藤崎くんを貰っちゃおうかな」
土井が放った何気無い一言に、慌てふためくななを見た土井は、殆ど表情を変えないまますっと晃輔に近付いて来た。
すすっと、音を立てずに晃輔に近寄って来た土井が晃輔に触れようとすると、ななの大きな声が中庭に響いた。
「だ、だめ!!!こ、こうすけは私の!!!」
既にななの隣で弁当を食べ始めている晃輔の腕をぎゅっと掴んで来た。
お陰で、箸で掴んでいたウサギのウインナーが弁当箱に落ちていく。
地面に落ちなくて良かった、と胸を撫で下ろしていると、ふと、晃輔の腕に何か柔らかいものが当たっている事に気が付いた。
「………………あの、ななさん」
「なに?」
「……むね」
晃輔が言いにくそうにそう告げると、ななは視線を自分の胸元に移した。
すると、ぼんっ、と爆発しそうなくらいななの顔が真っ赤になった。
直ぐに晃輔の腕を解放するのかと思いきや、何を思ったのか、ななは顔を真っ赤にしながら晃輔の腕を自分の胸に押し付け始めた。
「な、なな!?」
「ごほっ!ごほっ!」
ななの突然の行動に晃輔が素っ頓狂な声を上げると、既に持ち寄ったお弁当を食べていた泰地たちが突然咳き込んだ。
「……なな、大胆だね〜!」
突然、晃輔の腕を自分の胸に当て始めたななを見て、石見は若干驚いたように目を丸くしていたが、直ぐに顔をににやにやさせ始めた。
高紘も、石見と同じ様に顔をにやにやとさせて晃輔とななのやり取りを見守っている。
「ここ、学校何だけど……」
「思ったー」
目の前で繰り広げられた光景に、呆れた表情を浮かべる泰地と諦めたように苦笑いする順哉。
晃輔となな、二人のやり取りを見ていた希実と昌平は弁当を食べながら愉快そうに話を始めた。
「それにしてもさー、しょうちゃん、聞いた?」
「聞いた」
「私の!!!だって」
「良かったなー晃輔、愛されてるなー」
「……昌平、うるさい」
「こわ〜い!」
昼ご飯を食べながら全力で晃輔たちをからかってくる昌平にイラッとしつつ、晃輔の隣で、頬を真っ赤に染めながら晃輔の腕を掴んで離さないななを横目に見る。
すると、耳まで真っ赤にさせたななが、小さく呟いた。
「…………晃輔はわたしのだから」
見た目よりもかなり強いの力で晃輔の腕を掴んでいるようで、晃輔の腕が当たってぐにゃりと変形した柔らかくて温かいものが腕を通して伝わって来た。
ほんの少しでも晃輔が腕を動かすと隣から甘い声が聞こえてくるので、自分も含めて色々とマズイと判断した晃輔は大人しくしてななにされるがままになった。
隣で繰り広げられる光景にげんなりとした表情をする土井は、晃輔とななから手元の弁当に視線を移して、食べた。
「…………何かご飯がやけに甘く感じる」
「……多分藍子のせいだと思うよ」
土井の正面に座る筋乃が呆れたように呟いた。
晃輔も同じ様に自分の作っただし巻き卵を口に含むと、含んだだし巻き卵がやけに甘く感じた。