体育祭とお弁当
体育祭が開催されて数時間。
十二時を少し過ぎたところで、午前中の種目を終えた晃輔たちはお昼休憩に入った。
晃輔たちの高校の体育祭は、小中学校の運動会の様に親や知人が来校して晃輔たちの頑張りを観覧する、というものではなく、どちらかと言えば体育の授業の延長線上のようなもの。
お昼休憩に入った晃輔たちは、中庭に集まって皆でお昼ご飯を食べる。
晃輔は、朝早く起きて作ってきた料理を入れたランチボックスをリュックサックから取り出して机に置く。
晃輔がランチボックスを机に置いていると、すぐ近くであたふたしている女子が口を開いた。
「あ、あの!」
「どうしたの?凛ちゃん」
「あの、私、本当に皆さんと一緒に食べても大丈夫なのですか?」
お昼休憩に入ってから、いきなりあおいに連れてこられた凛は困惑したようにそう告げた。
どうやらあおいは、凛に何も伝えずにいきなり中庭に連れてきたらしい。
思いっ切り困惑している凛を見て、弁当を手渡された希実と石見、筋乃が微笑んだ。
「全然大丈夫だよ!」
「気にしないで!」
「一緒に食べよう?」
希実たち三人がそう告げると、あおいが小さく微笑んだ。
「ね?大丈夫でしょ?」
「ね?大丈夫でしょ?じゃないわよ。どうせ、榎木さんの事いきなり連れてきたんでしょ?なんの説明も無しに。そうよね?」
「え、ええ。はいそうです。何か、あおいちゃんにお昼一緒に食べようって言われて何の説明も無しに、皆さんが居る中庭に連れてこられました」
『…………』
晃輔とななを除き、その場で凛の話を聞いていたメンバーは全員苦笑いしていた。
相変わらず強引なやり方をするな、と思いながら晃輔は敢えて何も言わずに楠木姉妹の様子を見守った。
「あおい?」
「お姉ちゃん。顔、怖いよ」
「誰が怖くさせてるわけ?」
「……ええっと……わたし?」
「当たり前でしょ!?あのねぇー」
「ななー。ストップ。落ち着いて」
これ以上放っておいたらなながヒートアップしそうなので、晃輔は慌てて仲裁に入る。
すると、晃輔と同様に静かに姉妹のやり取りを見守っていた泰地が口を開いた。
「大変だな…………なぁ、そろそろお昼食べようぜ。せっかく晃輔が皆の分の弁当作ってきてくれたんだし」
『賛成ー!』
泰地が告げると、皆が賛同の声を上げた。
すると、それを聞いた凛が驚いた表情で晃輔たちを見つめる。
「え。お弁当……藤崎先輩が皆の分を?」
凛は驚いて目を見開いていた。
「私、自分の分のお弁当持ってきちゃった……」
「いや、凛ちゃん、それが正解なんだよ」
「お弁当、自分で持って来る方が正しいの」
「多分、私たちの方がおかしいから」
困ったような表情をする凛を見て、石見、筋乃、希実の三人は慌ててフォローする。
慌ててフォローする希実たちを見て、泰地と昌平、高紘の三人は苦笑いした。
「…………」
希実たちからそう言われ、反応に困ったような顔をする凛。
それを見た晃輔は疲れたようにため息をついた。
「全く……大変だったんだぞ。昨日から色々と準備して。朝も結構早く起きたんだから。正直、もう少し早くその連絡がほしかった。弁当食べたいって連絡」
「ごめんごめん」
晃輔が苦言を呈すると、今回晃輔に無茶な要求をして来た張本人の昌平が平謝りする。
朝早く起きて弁当作る身にもなれ、と晃輔は軽く睨んだ。
「ねぇ藤崎くん」
「うん?」
「材料代っていうのかな……私たち、藤崎くんにお金払ってないけど、払わなくていいの?」
晃輔と昌平のやり取りを見ていた筋乃は、少し戸惑った表情で晃輔に尋ねてきた。
「ああ、それは大丈夫。兄さんのお金だから別に平気」
「そ、そう……?」
「……それは本当に平気なのか?」
「……お兄さん可哀想……」
筋乃の質問に答えただけなのだが、何故か泰地と石見から視線をぶつけられた。
二人からの向けられた謎視線に晃輔が困惑していると、中庭に順哉と土井の二人が現れた。
「あ!藍子!おかえりー!」
「ただいま……」
「順哉もお疲れ様」
「お、おう……まだ午前中終わったばっかりだって言うのに、結構疲れた……」
「私、ただの生徒会役員ってだけなのに何でこんなに忙しいの……」
放送部に所属している順哉。
生徒会に所属している土井。
球技大会や体育祭といった行事があると、放送部は校内放送や競技の実況をしなくてはいけない。
また、球技大会や体育祭といった行事があると、生徒会は実行委員のサポートをしなくてはならないのだ。
「二人とも、顔が死んでる……」
希実は疲れきった顔をする二人を見て苦笑いしていた。
「結構大変なんだな」
「そうね……」
疲れきった順哉と土井を見た晃輔とななは気の毒そうにそう告げた。
すると、石見が晃輔が持って来たランチボックスを指差す。
「ほら、二人とも。藤崎くんが頑張って作ってきてくれた弁当あるから、それ食べて元気出して」
「マジか……食べる」
「私も……」
石見に言われて視線をランチボックスに移した順哉と土井は、まるでゾンビのようにゆっくりと動き出した。
泰地と高紘はゾンビのようにゆっくりと動き出した二人に引いていた。
「おぉ……こわ」
「……マジか」
「……………………一応聞くけど、全員ちゃんと自分用の箸は持ってきたな?」
『はーい』
晃輔が尋ねると、皆からいい返事が返ってきた。
「なら良し」
「良しって、晃輔が言ったんじゃん。箸は各自持って来いって」
「そうだな」
「……何でそんなに他人事なの……?」
晃輔が希実の小言を聞き流していると、凛が困ったように目を泳がせていた。
「ええっと……」
「凛ちゃん。後で少し交換しよ?こー兄の料理凄く美味しいから」
「あ、ありがとう……」
困った表情をしていた凛にあおいが告げると、凛は少し穏やかな表情に変わった。
凛の表情が穏やかなものに変わったところで、晃輔はランチボックスに手をかけた。
「そろそろ食べるか」
そう言って、晃輔はパカッとランチボックスの蓋を開ける。
「「「「「「可愛い〜!!」」」」」」
晃輔がランチボックスの蓋を開けると、ななを除いた女子たちから声が上がった。
晃輔が持って来たランチボックスは合計三つ。
ランチボックスの中には晃輔が昨日の夜から手作りした料理たちが満遍なく敷き詰められていた。
一段目に入れたのは、ミートボール、にんじんのグラッセ、鮭のひとくちチーズ焼き、卵焼き、かぼちゃのきゅうり巻きサラダ。
それに、可愛らしいデザインのうずらの卵うさぎとオクラとにんじんの肉巻き。
一段目には、ななの意見を参考に女子が喜びそうな物を選択し、どれを手にとってもなるべく手を汚さず一口で食べれる物を選んで詰めた。
二段目には、コロッケ、唐揚げ、ハンバーグとタンパク質、炭水化物が多めの男子が喜びそうな物を選んだ。
一番下のランチボックスには稲荷寿司が満遍なく敷き詰められている。
すると、一番上のランチボックスの中身を見ていた石見が晃輔に尋ねてきた。
「藤崎くん。これ、写真取ってもいい?」
「ああ。別に良いぞ」
「やった〜!」
「藤崎くん、私もいい?」
「どうぞ」
「こー兄!私も!いい?」
「えっと……私もいいですか?」
「どうぞ」
筋乃や土井、あおいや凛までもが、晃輔が作ってきた料理に夢中になっていた。
女子たちがランチボックスの中身を撮り始めたのを見て、高紘や順哉が苦笑いする。
「大人気だな」
「だな」
「いや、これは普通に凄いわ。この、何、うさぎのやつとか、めちゃくちゃ可愛いじゃん。体育祭の弁当で持って来るものじゃねえだろ」
昌平が驚いたようにそう告げると、晃輔がそれに答えた。
「それはうずらの卵だよ」
正直、うずらの卵うさぎは晃輔の自信作だ。
色々と大変ではあったけど、可愛いく出来て良かった。
出来上がった時、ななに見せたら大変喜んでくれた。
「それじゃあ、食べますか」
晃輔がそう告げると、皆一斉に手を合わせた。
『いただきます!』
食事の挨拶をした皆は一斉に渡した紙の取り皿に料理をのせていく。
「美味しいー!」
「本当に!」
「美味しいね」
「うん。すごく美味しい」
「凛ちゃん美味しいよ。こー兄、良いよね?」
「ああ。どうぞ」
晃輔に了承をもらったあおいは凛にランチボックスの中身を渡す。
こうして、美味しそうに沢山食べてくれると本当に気持ちが良い。
「晃輔、これ、本当に美味しい」
「良かった。安心したよ。高紘の口にあってくれて」
「前に晃輔家に行った時にご馳走してもらったけど……改めて、本当に美味しいな。元気が出る」
「……それはどうも」
高紘と順哉に立て続けに称賛されて、何だかむず痒い気持ちになる。
すると、晃輔の作った料理たちを食べていた昌平が、皆の称賛を苦笑いしながら聞いていた泰地に尋ねた。
「晃輔って昔から料理上手いのか?」
「多分そうじゃないか?」
「多分って」
「う〜ん……俺もあまり詳しくは分からないんだけど……その辺はななやあおいに聞いた方が良いかも知れないな。昌平は事情知ってんだろ?」
「まぁな。多少は」
「……因みに、晃輔は昔から上手かったわよ。料理」
泰地と昌平の会話に耳を傾けていたななはそう呟いた。
「やっぱりそうなんだな」
「…………因みに言うと、今回は俺一人で全部の作ったわけじゃないんだ」
ななと同じく、泰地と昌平の会話を聞いていた晃輔はそう告げた。
すると、晃輔の話を聞いていた皆から一斉に声が上がった。
「そうなの?」
「じゃあ、もしかして……ななが?」
「そうよ絢音。私、今回料理やってみたの」
『お〜!』
「因みに何を?何を作ったの?」
興味津々の希実が尋ねると、ななは少し自慢げに答えた。
「卵焼き」
「卵焼き?」
「そう」
「ななが弁当作り手伝ってくれたお陰で助かったよ。ありがとな」
「ど、どういたしまして……」
晃輔が感謝の言葉を伝えると、ななは頬を赤らめながらそう答えた。
すると、晃輔とななのやり取りを聞いていた順哉と土井が死んだ魚のような目をして告げた。
「あのー。そこのお二人さん。いちゃつかないでもらえますか?」
「せっかく美味しい弁当がお砂糖の味しかしなくなっちゃうから」
「「…………」」
順哉と土井、二人に言われた晃輔とななは思わず黙ってしまった。
すると、自分が持って来た弁当と晃輔とななが作ったご飯を食べていた凛が晃輔たちに尋ねてきた。
「あ、あの……先輩たちって一緒に暮らしてるんですか」
「「……あ」」
二人して思わず間抜けな声が出た。
あーあやらかしたな、と苦笑いしながら、泰地たちは晃輔たちのやり取りを見守る。
「えっと……違ったらすみません。何か先輩たちの会話聞いてたら……そうかなーって」
凛は申し訳無さそうにそう告げると、正面に座るあおいを見た。
凛に見つめられたあおいは苦笑いしながら答える。
「えっとね…………こー兄、お姉ちゃん。多分もう凛ちゃんには隠せないから言うよ。いいね?」
あおいが尋ねると、晃輔とななは首を縦に振った。
完全に抜けていた、と晃輔は思った。
ななが首を縦に振ったは、恐らく状況的に隠すことは難しいと判断したのだろう。
寧ろ、隠すよりいっそ話してしまった方が良いのではないかと考えたからだろう。
「えっとね、凛ちゃん。経緯を話すと長くなっちゃうから今は省くけど……こー兄とお姉ちゃんは五月ぐらいから一緒の家に暮らしてるの」
「……そ、そうなんだ」
凛は驚いた表情をしつつ、冷静にあおいの話を聞いていた。
「お姉ちゃんたちはこの事が他の人にバレちゃうと面倒事になるからって秘密にしてるんだ……ねぇ凛ちゃん、出来ればこの事、秘密にしててもらえないかな?」
「う、うん……分かった」
あおいにそう言われぎこちない返事をする凛。
やらかした、と思いつつ晃輔はランチボックスから唐揚げを取り出して口の中に放り込んだ。




