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夏祭り


 楠木家を出発した晃輔とななは、ゆっくりとした足取りで夏祭りの会場……二人が通っていた中学校に向かっていた。


「久しぶりだな。ここに来るの」

「こんなに近いのに、晃輔は卒業以来、来てなかったんだ?」

「卒業以来どころか、夏祭りに関しては中三から来てないな。受験あったし」


 晃輔が昔を思い出しながらそう言うと、晃輔の隣で一緒の歩幅で歩くななが目を丸くしていた。


 中学三年生なんて、本来は高校受験の年なので遊んでいる方がおかしい、と晃輔は内心思っているが、どうやらななは違うらしい。


「そんなに驚かなくても」

「……まぁ、そうね……晃輔は色々とあったもんね」

「まあな」

「……晃輔。高校生は一生に一回しかないんだから、ちゃんと楽しんだほうが良いと思うよ?」

「その点に関しては大丈夫だ。俺は今を凄く楽しんでるから」


 晃輔が大真面目にそう言うと、ななが大きく目を見開いた。

 そして、顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。


 晃輔は、自分が何か失言をしてしまったのかと思い尋ねてみるが、何でも無い、と返されてしまった。


「でも、晃輔が楽しみにしてくれてるなら、良かった」

「お、おう……」


 今度は晃輔が顔を赤くする番だった。


「そ、それと……さっき言えなかったんだけど……晃輔の浴衣……似合ってて、か、かっこいいよ……」


 ななは耳まで真っ赤にさせてそう言うので、言われた晃輔も恥ずかしくなってしまい、思わずななから視線を逸らした。

 すると、晃輔が逃げると勘違いしたのか、ななが晃輔の手をぎゅっと握った。


「逃げないから…………あ、ありがと」

「ん」


 二人とも顔を真っ赤にさせて、夏祭り会場までの道をゆっくりと歩いていると、何やら楽しげな声と音が聞こえて来た。


 どうやら、丁度始まったぐらいらしく、晃輔とななは手を繋いだまま夏祭りの会場である中学校の門を潜った。


 晃輔とななが門を潜って校庭の方へ行くと、校庭の中心に綺麗に装飾された祭り櫓が置かれていた。

 そして、その祭り櫓を遠くから囲むように屋台が設置されていた。


「これは……思っていたよりも凄いな……」


 久しぶりに夏祭りに来た晃輔はその凄さに驚かされていた。


「そう?こんなもんじゃない?でも、確かに今年はお金掛けてるって言ってたっけ。お母さんたち」

「な、なるほど……?」


 晃輔がななの発言の返答に困っていると、突然、ななが走り出した。


「おわっ!」


 そうなると当然、ななと手を繋いでいる晃輔も引っ張られる。

 自分が晃輔を引っ張ていたことに気付いたななが申し訳無さそうに呟いた。


「ご、ごめん晃輔。痛かったわよね?」

「大丈夫大丈夫。それで、何処に行きたかったんだ?」

「ええっとね……あそこと、あそこと、あそこと、あそこ」


 晃輔が尋ねると、ななは行きたい所を指を差す。

 思っていたよりも多めの要望が返ってきて、晃輔の顔が若干引き攣りそうになる。


 そんなに沢山行けるのか、と晃輔がそんな事を思いながらななの指差した方に視線を送ろうとすると、ななの左手首に以前晃輔がプレゼントしたピンクゴールドのブレスレットがはめられているのに気付いた。


 どうやら大事に使ってくれているようで、それを見た晃輔の胸が温かくなった。


「分かった。そしたら、取り敢えず一個ずつな。まずは何処行く?」

「いいの?そしたら……まず、綿あめから」

「……了解。そのあとは?」

「フランクフルト食べて、焼きそば食べて、ヨーヨー釣りやって、射的やって……次はくじ引きでー」


 晃輔が尋ねてみると、ななからポンポンとやりたいことが出てきた。

 前半から食べ物のオンパレードで、開始早々いきなり大丈夫かと思ったが、恐らく大丈夫なのだろう。


「それで、ラムネ買って、あ、あと、あの光る腕輪も欲しい。晃輔とお揃いの色の」


 随分可愛い事を無意識で言っているななに、晃輔は頰が熱くなるのを感じた。


「チョコバナナにりんご飴、あと、かき氷!」

「分かったよ。じゃあ行こっか」

「うん!」


 晃輔はななと手を繋いだまま、ななが食べたいと言っている綿あめが売っている屋台に向かって歩き出した。


 晃輔とななが屋台を見ながらぶらついたり綿あめや焼きそばを買い食いしたりしていると、お馴染みの射的屋が見えて来た。


 何となくお祭りの屋台といったら射的屋というイメージがある晃輔としては、折角なので遊んで見たい。

 晃輔がそんな事を思っていると、ななが先に声を上げた。


「あ、射的!晃輔、私やりたい!」

「そうだな。やろうか」

「やった!」

「なな。ヨーヨー釣りは後で良いのか?」

「そうね……今買っちゃったら荷物になりそうだし……それに、ラムネも買っちゃったから」

「そうか。じゃあやろう」

「ありがと!」


 射的屋に来た晃輔は店主にお金を渡して、代わりにもらったコルクを銃に詰める。

 軽くセッティングして銃をななに手渡す。


「出来たぞ。なな何処狙う?」


 晃輔が尋ねると、ななは真剣な眼差しで景品に指を差した。


「えっと……あれ。あのぬいぐるみ。あれ可愛いなって……」


 ななが指で示したのは、小さめの白うさぎのぬいぐるみだ。

 晃輔は微妙な気持ちになりながら白うさぎのぬいぐるみを見つめる。


 結構前ではあるが、射的の経験がある晃輔としては、ああいったものは割と落としにくいように調整されている事が多いため、正直言って、あのぬいぐるみを取るのは難しいだろうと思う。


 すると、晃輔が微妙な表情をしていることに気付いた店主が、白うさぎのぬいぐるみを銃に当たりやすい所に移動してくれた。


「すいません。ありがとうございます」

「必ず落とします!」


 そう言ってななは真剣な表情で銃を構えて、引き金を引くと、軽い音がして弾が飛んでいった。

 ななが放ったコルクはそのまま、後ろにある布に当たって床に落ちる。


「むっ……」


 床に落ちたコルクを確認したななは、さっきよりも真剣な表情になって弾を連発した。

 結局、全弾外してしまったななに店主が参加賞のスナック菓子を多目に渡すと、なながしょんぼりとしていた。


「どんまい」

「あれ、欲しかったな……」


 そう言ってななは、下から晃輔の顔を覗き込む。

 恐らく無意識でやっているであろうが、ななの上目遣いに晃輔が勝てるはず無く。


「あれでいいんだよな?」

「……うん」

「すいません。もう一回お願いします」


 晃輔はもう一度店主にお金を渡して、銃とコルク弾を受け取った。


 晃輔は射的自体がそれこそ数年ぶりなので、絶対に落とせるという保証はないが、ななの頼みなので頑張らないわけには行かない。


 晃輔は昔使った銃の感覚を確かめつつ、集中してトリガーを引いた。

 晃輔が放った一発目のコルク弾は、真っ直ぐ白うさぎに向かって飛んで行った。


 しかし、晃輔が放った弾はぬいぐるみを掠めて、床に落ちる。

 当たりはしたものの、倒れる事はない。


「あっ!……惜しい!」


 小さな声が、ななから上がった。

 晃輔はもう一度銃にコルク弾をセットして、今度はしっかり狙いを定めて静かに引き金を引いた。


 今度は、晃輔たちから見てやや斜めになったぬいぐるみの、やや気持ち右側の頭の方に向けてコルク弾を放つ。

 すると、狙った方にコルク弾が見事に命中して、パタリとぬいぐるみが倒れた。


「!?……す、凄い!凄いよ!晃輔!」


 隣でななが大興奮している。

 晃輔は残っている弾で適当に倒しやすそうなお菓子ばかりを狙ってコルク弾を放つと、狙い通りに次々と景品を入手すると、ななが更に興奮していた。


 晃輔は、店主から白うさぎのぬいぐるみを景品としてもらって、納得した。


 本来であるなら、屋台の射的でぬいぐるみなどは倒すことはほぼ不可能に近いのだが、持ってみると意外と軽く、これならコルク弾で倒れるのにも納得がいく。


「はい、なな」


 晃輔は、さっきから興奮しっぱなしのななに景品として取った白うさぎのぬいぐるみを手渡す。

 すると、興奮したななが晃輔に抱き着いてきた。


「っ!?」

「晃輔!ありがとう!」

「!?……お、おう……よ、喜んでもらえたなら良かった……」

「ありがとう!大事にするね!」

「えっと、なな……うん、それは凄く嬉しいんだけど……」

「けど?」


 歯切れの悪い晃輔に、ななは不思議そうに首を傾げた。


「ちょっと……恥ずかしい……」


 顔を真っ赤にした晃輔が告げると、ななは自分が今何をしているのか気付いたらしく、ななは晃輔に負けず劣らずこれでもかというぐらい耳まで真っ赤にさせていた。



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