浴衣姿とドキドキ
夏祭り当日。
祭りが始まる一時間ぐらい前ぐらいから、晃輔とななは準備を始めた。
晃輔とななは必要な物を持ったら、浴衣の着付けのために、一度それぞれの家に戻ることとなった。
「ただいま」
久しぶりの実家だ。
晃輔が久々に実家に帰ると、ちょうど家に居た晃輔の母親、真実が出迎えてくれた。
「晃輔。お帰りー!」
「ただいま、母さん。あれ、父さんは?」
「ああ、お父さんはお祭りのお手伝いに駆り出されてるわよ」
「兄さんも?」
「そう。二人とも。お父さんの方はともかく、嶺の方は現状唯のニートだからねー。だから、お父さんに連れて行って、ってお願いしたの」
「ああ……そう……」
真実から二人が居ない事情を聞いた晃輔だったが、真実の実の息子に対する酷い言いように、晃輔は引き攣った笑いをすることしか出来ない。
一応酷い言われようだとは思ってはおくが、嶺の自業自得でしかないので同情はするつもりはない。
藤崎家に帰った晃輔は、荷物を置いて準備を始める。
髪はワックスを馴染ませてセットして、後は浴衣の着付けをするだけにする。
晃輔は、早速家から持って来た浴衣の着付けを始めた。
「母さん。これで大丈夫か?」
着付けが終わった晃輔は、確認のためにリビングに居た真実に尋ねてみる。
一応、予め予習はしてきているので大丈夫だとは思うが、自分では見れない部分もあるため、念の為着崩れなどがないか真実に確認してもらう。
「うん。ばっちり。こうやって見ると、流石私とお父さんの息子って感じがするわね」
「そうか」
「もっと喜びなさいよ」
「どーも」
「あら、母親に確認させておいて酷い対応ね」
「……はい。すみません。ありがとうございます」
真実から小言を言われてしまい、素直に感謝する晃輔。
すると、それを見た真実は可笑しそうに笑って告げた。
「ななちゃんとちゃんと生活できてるの?」
「……むしろ、何でできてないと思うんだよ。ちゃんとできてるよ」
「…………そうね。順調そうでなりよりよ」
「何でそんな不満そうなんだよ」
「い〜や、何でもないわよ」
そう言って若干不満そうな表情をする真実。
訳が分からない晃輔は思わず首を傾げた。
「それにしても、本当に似合ってるわね。浴衣」
「……どーも」
「我ながらいいセンス」
「……」
呆れて言い返す事もしなくなった晃輔は、改めて鏡で自分の浴衣姿を確認した。
晃輔が着ている浴衣は、紺の無地に涼やかな白色の夏帯とシンプルなものになっている。
自分でセンスが良いと自負するだけあって、流石だなと思ってしまう。
あまりごてごてしたものが好きではない晃輔としては、このチョイスはありがたかった。
元々、よくも悪くも晃輔は静かな顔立ちのため、全体的に雰囲気は落ち着いたものになっている。
着付けが終わった晃輔は、リビングのソファに座ってあおいからの連絡を待つ。
今までの経験から、女性のおしゃれは時間がかかるものだと知っているため、晃輔は気長に待つ。
真実やあおい曰く、浴衣とあればいつもより着替えに時間はかかるらしく、また浴衣を着るならそれに合うように髪を結い上げたりするため、そのセットする時間も通常の倍以上かかるらしい。
「ねぇ晃輔。いつも、ちゃんとななちゃんの服装褒めてあげてる?」
「……」
「ちゃんと褒めなきゃだめよ?晃輔そういうの苦手でしょ?」
「う」
「やっぱりね……全く、今日はちゃんとななちゃんのこと褒めてあげるのよ?ところで、この後はどうするの?」
「一応、ななの着付けが終わればあおいから連絡が来る手筈……」
ななと分かれる時、着付けが終わったらあおいに連絡させる、となながそう言っていた。
今回は、晃輔とななは夏祭りに間に合うように時間に余裕を持って準備している。
晃輔が真実と話していると、ななの着付けが終わったとの連絡があおいから来た。
浴衣が着崩れないようにゆっくりとソファから立ち上がった晃輔は財布を持って玄関に向かった。
「晃輔」
「ん?」
「何があったかは聞かないけど……前よりも良い顔になったわね」
「ん」
「お祭り楽しんできてね」
「……行ってきます」
それだけ言うと、晃輔は玄関を開けて外へ出た。
本当に親というものは不思議なもので、子供の些細な変化に気付くあたり本当に凄いなと思った。
楠木家に到着した晃輔は玄関のチャイムを鳴らす。
玄関から鍵の解除音したと思ったら、中からあおいが飛び出して来て思いっ切り晃輔に抱き着いてきた。
「ぐっ」
数秒遅れてななが玄関から出てくる。
「ちょっと!あおい!晃輔から離れなさい!」
「え〜?何で〜?」
「何でって、晃輔困ってるでしょう!?」
「こー兄困ってる?」
「…………ちょっと困ってる」
「ほら!」
「えー!なら、折角だし、お姉ちゃんもこー兄にぎゅーってしてみたら?」
「なっ!?で、出来るわけないでしょ!?」
「何で?」
「何でって、それは、ええっと……ほら、私浴衣だし……」
「こー兄もじゃない?」
ななの反論にブレーキが掛かった所で、あおいがすぐさま突っ込んだ。
晃輔は二人の様子が可笑しくて思わず笑ってしまう。
「えっと……ねぇ、晃輔、どう?」
「似合ってるよ」
思わず呟いてしまったが、これは晃輔の本音だった。
「本当に?」
「ああ。ほんと、綺麗だし可愛い。ななによく似合ってる」
「そ、そう」
そう言って、ななは手を前に持ってきてもじもじといじりだした。
晃輔と隣に並ぶ事を考慮してなのか、ななの浴衣は白地に水彩で描かれた牡丹の花があしらわれており、全体的に明るめの印象を抱かせるものだった。
帯は濃いピンク色を使っていて、浴衣と本当によく合っている。
帯留めはトンボ玉があしらわれたもので、涼やかさを醸し出していた。
それに、いつもとは違う髪型も相まって、大人っぽさと清楚さを醸し出している。
季節を考えれば少し過ぎた感じがあるが、それでもななに非常に似合っていると感じた。
「良かったね。お姉ちゃん」
あおいがからかうようにそう告げると、ななは顔を真っ赤にさせて首を縦に振った。
それを見た晃輔も、ななの変化につられたのか顔が熱くなるのを感じた。
「あははは、お姉ちゃん可愛いー!」
あおいは愉しそうに笑っている。
「えっと……なな」
そう言って、晃輔はななに手を差し出した。
すると、ななはおずおずと晃輔の方に手を伸ばして、その手を取った。
晃輔が、ななのその小さな手を優しく包み込んでやると、ななの表情が幸せそうなものに変わり、それを見た晃輔の心臓が跳ねた。
「それじゃあ、こー兄もお姉ちゃんも楽しんできてね」
「……おう」
「……そう言えば、あおいはどうするの?」
「私?私は友達と行くから。夏祭り」
「そうか。あおいも楽しんでこいよ」
「もちろん!こー兄たちも!」
「ええ」
「ああ」
晃輔とななが同時に告げると、あおいはそんな二人を見て優しく微笑んだ。
そして、すすすっとななに近付いて来た。
「お姉ちゃん、頑張ってね?」
晃輔には聞こえなかったが、何やらななの耳元であおいが囁いたらしく、ななの顔が一瞬で沸騰していた。
「二人共、いってらっしゃい!」
「「それじゃああおい、行ってきます!」」
そう言って、晃輔とななは夏祭りの会場に向けて歩き出した。