真夏のボランティア活動記3
大会二日目ともなると、昨日必死に覚えたことが身体に染み付いているらしく、大分動きに無駄が無くなってきた。
最初は勝手が分からず戸惑っていたが、凛や他の大会スタッフの説明を受けて、今自分が何をできるかを考えて、行動できるようになった。
昨日と同じく、集合場所に着いたら、動ける格好に着替える。
スタッフやボランティア全員が管理棟に集まって朝のミーティングを行い、今日一日の流れを確認して解散。
それぞれの仕事を始める。
聞くところによると、今日が試合最終日らしく、昨日と比べて試合数は多くないらしい。
だから昨日よりは大変じゃないと凛は言うが、果たしてそれはどうなんだろうかとは思うが。
「どうだ晃輔。仕事慣れてきたか」
晃輔が、管理棟で作製した氷嚢……アイスリング用の氷を運営棟に運び終わると、嶺が尋ねてきた。
「まあ多少は……兄さんは……何やってるの?マジで。昨日殆ど見かけなかったけど」
晃輔がそう思うのも無理はない。
昨日、晃輔は嶺を殆ど見ていないのだ。
ボランティアやスタッフは、基本選手サポート班とジャグ交換、アイスシング作製班に分かれて動く。
なので、ボランティアやスタッフは何かしらの仕事が割り振れているため、見かけるのは当然だと思っていたのだが、昨日、晃輔は殆ど嶺を見かけていないのだ。
因みに、晃輔は昨日に引き続き後者。
あおいは両日共前者で、ななに関しては昨日はサポート班で今日は晃輔と同じ班となった。
「ん?ああ。俺は何故か運営の方を手伝わされてる。榎木さんに」
「榎木さんって今回の大会のディレクターの?」
「そう。俺は今回久しぶりの参加だし、普段働いてもないんだったらこっちで仕事手伝ってくれって……何かすごい理由で結構無理矢理押し切られた」
「ニート兄さんにはそれぐらいがいいんじゃない?俺と違って優秀くせに、まともに働かない怠け者ニート」
「あ、あの晃輔さん?何か俺への扱い酷くないですか……?」
皮肉をたっぷり込めてそう告げると、嶺は困ったような表情に変わった。
晃輔はこの兄をどうからかってやろうかと考えていると、嶺の後ろから今回の大会ディレクターの榎木さんが顔を出した。
「あれ?ええっと……晃輔くん……だよね?嶺くんの弟さんの」
「あ、はい。あの、うちの愚兄がお世話になっています」
そう言って晃輔は深々と頭を下げる。
すると、嶺から悲鳴みたいな声が上がった。
「晃輔!?」
「あはは……愚兄だって嶺くん。まぁ晃輔くんから見たら今はそうかもしれないねー。昔は超優秀だったのに」
笑いながらそう告げる柚葉。
柚葉が言っていることは紛れもない事実のため、嶺も言い返せずにいるのがまた面白い。
晃輔が柚葉と軽く話していると、額に汗をかいた汗をななが運営棟にやって来た。
「晃輔……やっと見つけた」
はぁはぁ、と息を切らしながらななは晃輔を見つめてくる。
「凛ちゃんが晃輔と私のこと呼んでるから、行くよ」
そう言って、戸惑いまくっている晃輔を無視して、ななは晃輔の手を取った。
「どうも、お邪魔しました」
「はーい。ななちゃん、晃輔くん今日もよろしくねー」
「はい。お願いします」
「よろしくお願いします」
晃輔はななに連れられて管理棟に戻っていった。
凛に呼ばれた理由は、氷の在庫が少ないため、あと三十分程したら晃輔たちに氷を買ってきてほしいとのことだった。
凛の話によると、先程、ちょうど晃輔が運営棟に行っていた頃。
氷の異変に気付いた土井が確認すると、氷を保管している冷凍庫のドア半開きになっていたことが判明したらしい。
凛たちが急いで氷の在庫を確認したところ、殆どの氷が暑さで溶けてしまっていて、使い物にならなくなっているらしい。
なので、早いうちに氷を買ってきてほしい、との事。
ななは既にこの話を知っていたらしく、冷静に話を聞いていた。
氷を買うこと自体はそこまで大変じゃなかった。
嶺に車を出してもらい、それに晃輔とななが乗って片道三十分掛けて氷屋さんに向かった。
「この分だけあればいいんだよな?」
「多分」
「合ってると思う。お会計してくるから晃輔も嶺兄さんも車で待ってて」
「了解」
「はーい」
晃輔と嶺が車に戻ると、程なくしてななが戻ってきて、急いで大会が行われているテニスコート場に戻って行った。
「お二人とも、ありがとうございます!」
凛はそう言うと、アイスピックを使って急いで氷を割り始めた。
晃輔とななも手伝い三人で急いで氷を割っていく。
そして急いでジャグ用とアイシング用の袋に入れて小分けにし、それを順哉と土井に渡していった。
待っていた選手に氷を渡して、何とか落ち着いた頃合いで、凛が小さな声でななに尋ねてきた。
「楠木先輩。先程、どうでしたか?」
「……ええ。楽しかったわ……あ、ありがとう」
「ふふ。良かったです」
晃輔には聞こえない声量で話す二人を見て、晃輔は眉を顰めた。
「何を話してるんだ?」
「何でも無いわよ」
「そうです。何でも無いですよ。楠木先輩が可愛いなっていうだけの話です」
「!?」
「はぁ」
全く話についていけない晃輔は思わず首を傾げた。
しかし、何となく気になった晃輔が凛に尋ねようとすると、なながそれを遮るように声を上げた。
「そ、それにしても、皆さん本当に凄いわね!」
「……いきなりどうした?」
「い、いやだってさ、車いすを使っているのに、試合であんなに動けて、あんなに球速が出せるのよ?凄いと思わない?」
「まぁ、確かにそれはそうだな……」
若干興奮気味なって早口になっているなな。
子供みたいに、無邪気な笑顔でそう告げるななに、晃輔はどきりとさせられる。
晃輔も思ったが、確かにななの言う通りだと思った。
慣れない人には操作が難しい車いすをいとも簡単に操って、テニスをしている。
この大会にボランティアとして参加してからは、本当に晃輔は色々な事に驚かされているし、気付かされると思った。
「晃輔も選手の皆さんと話してみてわかったと思うけど、私たちとなんて、車いすを使ってるかいないかの違いなのに、あんな事が出来るなんて本当に凄い!」
興奮して力説するななに、晃輔から笑みが溢れる。
「ふふ。なな、楽しそうだな」
「それはそうよ。ここでは色んな事を知れるし、色んな事を考えさせられるからね……晃輔は楽しくないの?」
「いや、楽しいよ。楽しくなければやっていないからな」
「そう?良かったわ……!」
そう言ってななは無邪気に笑う。
再度、どきりと心臓が跳ねるような感覚がしたと思ったら、晃輔は自分の顔が赤くなるのを感じた。
晃輔が周りを見ると、凛や他の選手も同じように笑顔のななを見て惚けていた。
どうやら、ななが無自覚に無邪気な笑みを振りまいて他の人の心までかき乱しているらしい。
「……………………すみません、お二人とも。いちゃいちゃするのは休憩所でお願いします」
「「……!?」」
「ちょうどどなたかに休憩に行ってもらうつもりでいたので……どうぞ、いちゃいちゃは二階でやって下さい」
「「!?」」
空気に耐えきれなくなったらしい凛が、やや顔を赤くしながら、晃輔たちに提案してきた。
晃輔とななは無言で凛の指示に従い、いただいた弁当を持って二階の休憩所に向かう。
借りてきた猫みたいに大人しくなったななは晃輔の正面に座り、静かに弁当を食べ始める。
晃輔の正面で食べるものだから、顔を真っ赤にさせていただいた炒飯弁当を食べているななを見てしまい、晃輔も顔が赤くなってしまった。
折角いただいた炒飯弁当なのに、晃輔は妙にドキドキしてしまい、落ち着いて弁当が食べれなかった。