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監禁されたので逆に婚約を強要したらOKをもらえる!?

「どうしたものか」

暗い黄金の部屋でホルスはソファに深々と腰をかけ、頬杖をつき、独り思案に暮れていた。と、無作法にドアを叩く音。次いで、ドアがバタンと開いた。ホルスは不機嫌な顔で立ち上がると、侵入者の方を振り返り言う。

「どこの無礼者だ、人の心にずかずか入ってくるのは」

「悪いなホルス、俺だァ。しっかし、ずいぶんと居心地が良さそーだな」

 入ってきた男に、ホルスは見覚えがなかった。白い三日月が頭になっている長身痩躯の男で、緑色の苔に覆われたロングコートは襟を立てている。その下は白衣。爪先の長いブラウンの革靴を履き、服の間から見える肌の色は黒を通り越して漆黒という外なかった。

「ホルスお前、誰か連れ込んだんか? 何かクセーな」

「名を名乗りたまえ」

 ホルスが口を尖らせる。三日月頭は黒い手で頭を掻いた。

「シモワだよ。フェーグルトフェトのシモワ」

「では最初に名乗りたまえ」ホルスがうんざりしたように言う。シモワはわざとらしく肩を落とした。

「なんだよーう。形を持たないフーピー同士、せめて同僚の俺くらいは見分けてくれると思ったのになァ」

「何の用だ、わざわざ。私は今、ニンゲンの寄生体験中で――」

「知ってるよ。でも残念だがお前の負けだ、ホルス」

 シモワがくるくると長い指を回しながら言った。ホルスは目を細める。

「何がだ。詳しく話せ。もったいぶるな」

「どうしようかねぇー」

 シモワが口笛を吹き始めた。ホルスがステッキで床を叩く。

「おいシモワ。情報共有なら光化状態になって私の宿主と接触しろ。一瞬で済む」

「そんなの、機械的すぎだろォ。コミュニケーションをもっと大事にしなさいって、学校で習ったでしょうが」

 ホルスは呆れ、シモワに背を向ける。ホルスの広い背中に、乾いた声がぶつけられた。

「大老議会が、ニンゲンを正規寄生先に指定する計画を白紙に戻したんだよ。というか中止だ。もう一度言おう、中止」

 ホルスはゆっくりとシモワを振り返った。

「代わりに俺の推薦する種族が正式採用された。つまりホルス、お前の完敗」

「信じられん。大体――」

「欠陥が見つかったんだよ」

 シモワは砂でも払うような動作をしながら言った。

「なあ気づかなかったか? ニンゲンという種には、自ら滅びたがる性質がある。馬鹿にしてる訳じゃねえ、遺伝子レベルでそうなんだよ。発表した論文読むか?」

 シモワは懐から十枚程の紙の束を引っ張り出すと、宙に放り投げた。空中に舞った紙は一枚一枚折り畳まれていき紙飛行機に姿を変え、すいーとホルスへ飛来した。

「どちらさんがやったか知らねーが、大昔に遺伝子介入を受けた痕跡があった。ちなみに、お前を贔屓してるお偉いさん、責任取って首吊ったぜ? いや、首じゃない、足だったかな。どっちでもいいかな」

 シモワはびしりとホルスを指差し言った。

「とにかくだ。ホルスお前、後ろ盾なくなってんだよ。寄生遊びに夢中で、気づかなかったんだろ」

 ホルスは無言でステッキを回しだした。あまりに回し過ぎるので、ステッキはあらぬ方へ飛んでいった。シモワは肩を竦めた。

「ご愁傷様だね。昔のヨシミで教えに来てやったんだ。俺に八つ当たりすんなよ?」

「不快な奴だな、貴様は」苦虫を噛んだような口調で言葉を吐くホルス。シモワは能天気な調子で続けた。

「悪いねえ。つうか、お取込み中だった? お前の寄生してる個体、やばそーだぞ。おかしな機械に括り付けられて……」

「私の宿主の心配はいい、もう帰れ。さあ、帰りたまえ!」

「はいよーっ。言われなくても、何か嫌な感じがするわここ。ナガイムヨ~って感じ」

 しっしっとハエを払うようにホルスはシモワを追い出した。部屋がすっかり静かになると、ホルスは深く溜息をついた。

「おのれ、シモワめ。私のいない間に、妨害工作をしたな」

 しかしホルスは半分納得していた。寄生して分かったのは、人類という種は生い先短い。その前兆はあちこちに見受けられた。

「潮時か……」

 ホルスは自分の部屋を見渡した。とても住み心地の良い空間だったが、これ以上居残る意味は薄い。ホルスは名残惜しみながら、部屋の外へ出ようとした。

「うん……?」

 ドアノブが、回らない。ホルスがどれだけ力を込めようと、微動だにしない。ホルスはショックで言葉を失った。この空間はイメージを具現化したものに過ぎず、ドアが開かなくなることなど有り得ないことだった。体験したことのない未知の現象に薄ら寒いものを感じ、ホルスはドアの前でしばらく立ち尽くしていた。


「俺は、どうなった」

 最初に目に入ったのは、薄気味悪い緑色の天井だった。右、左。そして自分の体へ、金枝は恐る恐る目をやった。

そこは手術室だった。金枝は手術台にあおむけで寝かされていた。四方からライトを浴び、手足は拘束されているのか動かない。金枝の体には緑の布がかけられ、下がどうなっているのか窺い知れなかった。部屋は消毒液の匂いに混じって、何故か焼肉屋の匂いがした。金枝の頭にはひんやりとした金属の機械が装着されており、傍には、よく分からないデータを収集するモニターが鎮座している。そこから伸びる細い管は緑の布の下、金枝の体へ繋がっているようで、モニター画面に映る情報は自分のものだと金枝は察した。また、近くの台にはメスや剪刀、血液の吸引機に加え、電動ノコギリやペンチ、ハンマーなど物騒なものも置かれていた。現実感のない光景に金枝は呆気に取られていたが、段々と自分の置かれた状況を理解し始め、喉元から嗚咽が漏れた。不安で潰れそうになる心を落ち着かせる為、金枝は叫んだ。

「嫌だッ、助けてっ。小間口さん……? 誰でもいいんだ、誰か……いないのか」

 思わずホルスの名前まで叫びそうになる。金枝は言葉を飲み込み、体の拘束が外れないか力を入れた。案の定、びくともしなかった。 

 コツン、コツン、コツ。外の廊下に響く無機質な靴音に、金枝は寒気を覚えた。それは確実に金枝のいる一室へと近づいてくる。金枝はパニックになりかけたが、次第に落ち着いていった。ホルスが金枝の感情を調節していた。金枝はホルスがいることに少しホッとした。

 だが、扉の開いた先に立つカルテを抱えた威子口空の白衣姿を目の当たりにした時、金枝の心はまた恐怖に苛まれた。

「やあ。金枝君。調子はどうかな」

「威子口さん。わ、悪かった」

 金枝は自分の口から謝罪の言葉が漏れ出しているのに気づいた。

「ごめん。ごめんなさい。俺が悪かったんです。だから俺で、人体実験しないで……」

「ああ、反省したの? それは良かった」

 ソラはケラケラと笑うと、手術台の金枝の顔を覗き込み訊いた。

「君の中にいる『ホルス』というのは、君に寄生した生物の名だな?」

 金枝が言葉に詰まっていると、ソラは淡々と言葉を紡いだ。

「正直に言った方がいい。でないと君の粗末な脳味噌を頭蓋骨から取り出し、培養液の中で飼育するぞ。ちゃんと視覚装置を君の脳に差し込んで、自分の体が脳味噌なのだと認識できるようにしてやる。そうなったら人間がどんな反応をするのか、昔から興味があったんだ」

 金枝の体はがくがくと恐怖で震え始めた。ソラはクスッと笑うと、金属台の中から電動メスを取り出し言った。

「金枝君、この部屋の匂い、分かるか? この、肉の焼けたよう匂い」

「わ、分からない……」

「これはね、患者の肉をレーザーで焼き切った匂いなんだよ。ホントだ。信じられない? 手術室で焼肉の匂いがするなんて、おかしい?」

 金枝の顔からみるみる血の気が失せた。

「な、何を……」

 ソラは爽やかな笑顔を浮かべ金枝の頭の機械を取り外すと、言った。

「これから君の頭蓋(とうがい)を開けます」

「え……」

「本当に焼肉の匂いがするか確かめたいだろう?」

 シュイーン。電動メスの電源が入る。金枝の中で何かが壊れた。

「……い、言いますっ! ホルスッ! 俺の体の中に、ホルスがいます!」

 金枝は顔面蒼白でホルスの名前を叫んだ。その瞬間、金枝の心は千本の針で突き刺されたような、果てしない後ろめたい感情が押し寄せ、胸が張り裂けようになった。金枝はもう後悔の念で死にたくて死にたくて仕方がなかった。

「アハハ、面白いなッ」

 ソラは目をキラキラと輝かせモニターの数字を指差した。

「君に寄生した者が抵抗してる! なるほど……」

 ソラは楽しそうにメモ書きをすると、また金枝の方を流し見た。

「金枝君。脅かしてごめんね。自分を裏切ろうとする宿主に対して、寄生者がどういう反応をするか知りたかったんだ。決して君を傷つけるつもりはなかった。許してくれ」

「……ウソだ。ウソだ嘘だウソだ!」

 金枝は目をひん剥いて悲鳴をあげた。ソラが面倒くさそうに首を横に振った。

「ホルスさん? 宿主が発狂しかかってるから、何とかしてあげて」

 すると、金枝の心はすっと穏やかになる。

「もう……訳が分からない」

気づくと金枝は泣きながら笑っていた。

「さて、本題に入ろうかな」

 金枝の感情が落ち着くのを待ってから、ソラが言う。

「金枝君。私は昔から君のことが好きなんだ。特に顔が好みで」

「嘘をつくな」金枝は反射で否定した。

 ソラはにこりと屈託のない笑みを見せると続けた。

「本当に好きだ、フーピーに寄生された君のこと。力を借りたい、フーピーに。ホルスとはどうやって話が出来る?」

「……話したかったら、せめてこの拘束を解けよ!」

 金枝が怒鳴る。と、パチンと金属音がして、金枝の手足を締め上げていた金属が引っ込んだ。金枝は拍子抜けしながらも言った。

「体の、管は?」

 ソラが無言で緑の布を剥がした。金枝は半裸だった。管の先端はただの吸盤で、ソラがその管を束ねて引っ張ると、金枝の胸や腹に付いた吸盤はチュポチュポと音を立てて外れ、管の先のモニター画面はエラー音を吐いた。

金枝は上体を起こした。そして、黙って自分の両手を見つめ、手を開いたり閉じたりした。

「至って健康だったよ、左目を除けば」

 ソラがカルテを見ながら言う。金枝は裸足で床に立つと、ソラに掴みかかろうとしたが、足がふらついてこけた。冷たい床に両手をつく。

「いいの? 私にそんなことして」

 ソラが少し焦った声を出した。

「また、昨日みたいに北形に叩きつけられたい?」

「昨日……? 一日、経ったのか。何時?」

 ソラは左手首に視線を落とす。

「朝の六時」

「というか、ここどこ」

「東京。君のご両親には、ゾンビ感染の再検査でご子息の帰りが遅れると伝えた」

 金枝は起き上がると、手術台に手を置きながら訊いた。

「昨日、北形はどこにいたんだ? 透明人間なのかよ、アイツ」

「北形はサイボーグ」

 ファミレスでハンバーグを注文するような調子でソラは返した。

「サイボーグ、だって?」

「そう。元々は、私の子供の頃の遊び相手。可愛い男の子だったよ」

「男の子?」金枝が怪訝な顔をする。ソラは肩を竦めた。

「私を悪い人から守りたい一心で、体を機械にしたの。その時に、いつも一緒にいられるよう女性型の体を選んだ。よせばいいのに」

 ソラはやれやれと両手をあげた。

「優秀なサイボーグでステルス機能搭載、姿を消せる。今もここにいるかもしれないし、いないかもしれない。一つ言えるのは、金枝君と伊穂が庭園であんなことしなければ、北形があの場に出てくることもなかった」

――美糸君、警戒しろ。

 ホルスの険しい声が脳内に響いた。ただならぬ気配に金枝が訊ねた。

「ホルス、どうした?」

「君の友達?」

 ソラが興味しんしんという様子で金枝に近づいた。

「ご機嫌いかがですか。私は威子口空。仲良くしましょう、ホルス」

――美糸君。私のことはいい、とりあえずコイツから情報を引き出せ。

 ホルスからの注文を受け、金枝は一旦息を整えた。

「どうしたの、金枝君」

「威子口さん。ホルスが、君に幾つか聞きたいことがあるってさ」

 金枝の些細な嘘を見抜いたのか、ソラは可笑しそうに顎を引いた。

「ふふ、しょうがないな。特別だぞ?」

「全部、俺の、俺達の企みはバレてるのか?」

 ひとまず金枝は現状を探ることにした。

ソラは小さく頷く。

「だって、盗聴してたからね」

 ソラは開き直ったのか、朗らかな声色で白状した。

「君が私に告白したのも、小間口伊穂の洗脳能力を利用して私を手中に収めようとしたのも、全部ホルスの入れ知恵なんだろう。違う?」

「違わない。さすが威子口さん」

「その『威子口さん』っていうのやめない? 白々しい」

 ソラに見透かされ、金枝は言い直した。

「分かったよ、威子口ソラ。俺はアンタのことが大嫌いだ。初めは良い人かと思ったのに、とんでもなかった」

「利用したから? 私がクラスに溶け込む為の踏み台にしたのを怒ってるのか?」

 涼しい顔でソラが言う。金枝は怒りに任せて叫んだ。

「そりゃ怒るだろ!」

 金枝は奥歯を噛み締めた。

「よくも、俺をコケにしやがって! 四年間も!」

「ごめんなさい」

「……は?」

「謝らせて。本当に、ごめんなさい」

 ソラは真摯な表情で金枝を見つめた後、長いこと頭を下げていた。金枝はそれを苦々しい顔で見つめていた。

「なあ、ソラさん。そんな演技に引っかかるほど、俺は甘くないんだよ」

 ソラはゆっくりと顔を上げると、困った顔で金枝を見た。

「はあ、昔の君なら引っ掛かってたのにな」

「かもな。俺は昔と違う」

「君は変わったよ」

 ソラは何事もなかったようにカルテのページをめくった。

「身体能力もIQも飛躍的に上がった。といっても、常人の範疇で。スーパーマンみたいに飛んだり跳ねたり、筋肉で銃弾を弾くなんてことは出来ないし、スーパーコンピューターのような演算能力もない。あくまで人の限界を超えないレベル」

「別に文句ない」金枝が感想を言った。

「離人症の能力も多少扱えるらしいな?」

「まあね」

 ソラが「ふーん」と自分の滑らかな顎を擦りながら、金枝を見据える。

「私が一番欲しいのはフーピー人の知識なんだ」ソラは囁くように言う。

「中間考査の件。IQがいくら上がっても、満点は取れない。知識がないと。あれはフーピーが予め所持していた知識でしょ」

「そうだよ」

「フーピーについても調べた」

 ソラはトントンとカルテを叩くと、艶のある低い声を出した。

「結果を先に言うとだ、君の体内にフーピーらしきものは見つからない。噂通り、物理的な肉体を持たない種族のようだ。でも君の左目に異常が見つかった。君の左目は失明している」

「……は?」

 予想外の言葉に金枝は首を横に振った。

「んな馬鹿な。俺、見えてるよ」

「それはフーピーが見せてるだけで、実際は何も見えてない。フーピーが君の体から出てったら、プツンと真っ暗になって片目の視力は無くなる」

「ホルス、嘘だよな……?」

――いや、本当だとも。

 さらりとホルスが肯定する。金枝はぎょっとして自分の左目頭に触れた。

「何で。何で、隠してた……?」

 ショックを受ける金枝に、ホルスが説明した。

――隠すも何も。むしろ何故、そんなにショックを受けるのだ? 義眼にすり替えれば、視力は高い状態でキープされるのだ、問題あるまい。義眼の費用はちゃんと払ってやるつもりだ。

「人の元々の体をなんだと思ってんだよ!」

 金枝は泣きそうになりながら叫んだ。

「義眼なんて作らなくていいなら、作らない方がいいに決まってんだ! 拒絶反応が起こる可能性だってある! それに――」

――分かった分かった。すまなかったと思っている。

 反省の色が欠片もないホルスの謝罪。金枝は怒りをどこにもぶつけられず、意味もなく手術室をぐるぐると歩いた。

「もし左目に不具合があるなら、私の方で最新の高性能義眼を用意しようか」

「ああ、それはありがとう。ホルスと同じことを言ってるよ君は」

 金枝は苦い顔でソラを見つめた。ソラは少し気まずそうに視線を逸らしながら言った。

「ああ、それとね。フーピーには宿主のメンタルや体の調子、血行を整える作用もある。寄生する生物の中では、かなりメリットがある寄生生物だと思う。さっきの感情の和らぎもそれだな。君も気づいてるだろう?」

「ああ、知ってる。寄生されてから、目覚めとか凄い良くなったよ。ホルスからも説明を受けた」

「じゃあ、これは気づいているか? 君は中学の頃と比べて、だいぶ……」

 ソラは少し言い淀んでいたが、勢いをつけるように言葉を発した。

「『クズ』になってないか?」

「……クズに?」金枝がオウム返しで言った。

「そう。いや、自覚はないかもしれないが、明らかにクズのエゴイストなんだ。以前の金枝君はもっと優しかったというか。うん」

 ソラは濡烏色の髪を揺らし、少し考える仕草をしている。金枝は口元を歪めた。

「なあ、威子口ソラ。君は他人をクズ呼ばわり出来るほど聖人か?」

「いいえ。自分の悪いところは自覚してる。君はどう?」

 金枝は否定しようとした。だが、離人対策庁の役人に似たようなことを言われたことをふと思い出した。

「確かに。俺はクズかもしれない」

 金枝は認めた。

「やっぱり」

 ソラは少し嬉しそうに金枝を見つめると、きょろきょろと辺りを見回した。

「北形。服は?」

 少し合間があって、綺麗に折り畳まれた金枝の衣服が手術台の上に表れる。金枝は「どうも」と言いながら、それらの服をさっさと着た。

「おそらくホルスは――」

 ソラが推論を披露した。

「君の本能を抑えこんでいた理性を和らげ、自分勝手さを推奨している。きっと、君の言動で他人が被る迷惑より、宿主のストレス軽減のメリットを選んだんだろう」

「そうなのか、ホルス?」

 金枝が尋ねると、ホルスは静かに答えた。

――私に他意はない。君が活き活きと生きると、周りからはクズに見えるというだけだ。こと人間社会においては、あがり症の正直者より平気で嘘をつける小悪党の方が周囲からの好感度は高くなるらしい。そして、はっきりいって君の本質は後者だ。その本質を自分で無意識に押さえつけて、無理やり善人になろうと足掻く、その必要性を私は感じなかった。

「ホルスは何て言っている?」

 ソラに訊かれ、金枝は真面目な顔をして言った。

「こいつが言うには、俺は生まれつきのクズで、どうもそっちが本当の俺らしい」

「ははぁ。なあ、金枝君」

 ソラが穏やかな顔で言った。

「優しさというのは、心に余裕がなければ生まれないものだよ。生きるか死ぬかの世界では、他人への優しさなど足枷でしかない」

「何が言いたいんだ?」

「これから先の世界は、今の君の方が都合が良いってこと」

 ソラは姿勢よく手術室のドアを開け放った。室内の息苦しい雰囲気がすっと消えた。

「コーヒーでも飲みながら話そう」

 ソラは誘うように軽やかにステップを踏み、手術室を出ていった。金枝は、白衣のソラの欠点一つない後ろ姿に内心見惚れながら、彼女の後ろを歩いた。手術室の外は白い壁の長い廊下が前を突っ切り、手術室を出て右へ曲がると、進行方向の右側の壁には大きく丸い窓がずらっと、一定の間隔で嵌め込まれている。金枝は歩きながら、窓の内部を流し見ていった。多人数向けのカラオケルーム程度の広さの、がらんとした個室が、幾つもあった。

「あっ」

マグカップを両手で持ち、アイスココアを啜っている小間口と、金枝は目が合った。

「小間口さん!」

 金枝に気づいた小間口が嬉しそうにパクパクと口を動かすが、声は全く聞こえなかった。金枝はとりあえず手を挙げると、小間口も同じ動作をした。親指を立てると、小間口も立てた。

「ねえ金枝君。そんなパントマイムしなくても、伊穂とは後で好きなだけ会えるよ」

 ソラは少し不満そうな態度を取って、足取りの遅れた金枝をじっと待っている。

――美糸君、とりあえず威子口空についていけ。彼女にヘソを曲げられるのはマズいぞ。

「分かったよ」

 

 ソラの案内した部屋は、幾つもテーブルが並び、一見すると食堂車両のようなところで、曲線を描いた壁と天井の造りは、宇宙船のダイニングルームのようでもある。部屋の奥の硝子扉から望める渋い枯山水の庭園は朝一の陽を浴びて煌々と光を宿していた。

「この建物はなんなんだ?」

 微かな風を天井から感じ取りながら金枝が尋ねる。ソラは部屋の電気を点けつつ、口を開いた。

「元々は迎賓館、異星人向けの。でも、今この区画に関しては老朽化で使用禁止。つまり、実質私のプライベート空間なんだ」

ソラがバーカウンターの操作パネルに手を翳すと、コーヒーメイカーの機械が作動した。ガリガリガリガリと豆の挽かれる音。ボフンとお湯が沸騰、螺旋の管を熱湯がクルクル流れ始め、最終的には黒い液体が純白の磁器にジョボジョボと注がれた。コーヒーの芳醇な香りが湯気と共に立ち昇る。

「北形。二人分の朝食を」

「はい、お嬢様」

 どこからともなく現れた北形雅がエプロン姿でキッチンに入っていく。北形はパン用のナイフでフランスパンを幾らか切り取り、オーブンへセットすると、今度は冷蔵庫から生卵とソーセージを取り出し、油の垂らしたフライパンでじゅうじゅう焼き始めた。香ばしいブレックファストの薫りは食欲をそそるのに十分なもので、金枝は口惜しくなりテーブルの上の木製バスケットに手を入れると、ボール型のミルクチョコレートを掴み、包装紙をめくって口内へ放った。

「うっ!?」

 危険だと全身が叫んだ。舌に広がる、明らかな異変。金枝は一瞬、毒を盛られたと思った。必死に、げぇげぇとチョコレートの破片を口から吐き出す。ソラはコーヒーを啜りながら言った。

「忘れていた。君は今、味覚異常なんだ」

 そう言うと、ソラは金枝にプラスチックケースを放り寄越した。中の粒状のガムが、ジャラジャラと音を立てた。金枝はそれの正体に気づき、ぎくりとして身構えた。

「これ……まさか『バカシタ』か?」

 金枝の額から汗が垂れる。ソラは軽く首を回した後、「ええ、そう」と認めた。

この薬について説明すると、イシグチグループ傘下の製薬会社が開発したこの錠剤は半世紀前から広がり始め、かつては星間を超え広く人類に普及していたが、現在の地球では生産終了し、禁止薬物に指定されている。効能は、食前にこれを噛めばどんな料理も美味しく感じられるというもの。つまり、人の味覚を一時的に『馬鹿舌』にした。元々、環境汚染で味の落ちた海鮮物の消費を促す目的や、美味しい料理にありつけない遠い星の開拓民の食欲を向上させる為に開発されたが、人々はこの薬をどんな食事に対しても使うようになり、バカシタ使用が前提の食生活へと世界は変貌した。生産者は味より安さを重要視するようになり、品質の悪い食べ物ばかりが世の中に出回った。一時期はバカシタ無しでは飯が臭くて食べられない状況まで陥った為、イシグチグループは一部の開拓民を除きバカシタの使用、販売を全面的に禁止とした。

「さすが威子口家。こんなものも手に入るんだな」

「いらないなら返してね」

 金枝の皮肉をソラは軽く受け流す。

「一粒で六時間効果があるから食前に使用して」

「俺の舌をおかしくしたの、君がやった?」

「さあ?」

 ソラは素知らぬ顔で天井の灯りを眺めている。

――威子口空が君の体に、何かを投与したんじゃないか? 探りを入れろ。

 ホルスの憔悴したような声が金枝の脳裏で響いた。

「ホルスが、俺の体に何かを投与しただろうと疑ってる」

 金枝が単刀直入に言うと、ソラは少しドキリとした表情をして、軽く咳払いをした。

「私、金枝君とは仲良くしたいと思ってるんだ」

 ソラの答えになっていない返しに金枝は眉を持ち上げた。

「その割には俺の告白に酷い対応をしたくせに。ああ、そうそう思い出した。俺の友達だった川保は、君に酷いフラれ方をして不登校になり退学した。あんまりじゃないか、男が勇気を出して告白したっていうのに」

 ソラはコーヒーを一口飲むと、ふと冷ややかな眼差しを金枝に向けた。

「急に何を言い出すかと思えば。金枝君。君は、好きでもない男の人から告白されている最中の女性の気持ちを少しでも考えたことあるか?」

「いいや」

「告白される時は、直感で分かる。だから『お願いだから、告白しないで』。そう思ってるんだよ」

「へえ」

 ソラは軽く唇を舐めながら、すっと立ち上がると言った。

「愛の告白を受けた女は、相手の男性が怒らないことを祈りつつ『ごめんなさい』と、しおらしく謝らなきゃいけない。それで男はスッキリして、私はうんざりする。告白された側にメリットゼロ。いや、精々くだらない自慢にはなるか。私はそれが気に食わないから、告白された仕返しをしているだけなんだ」

ソラはツンとして、片方の手を腰に当て、もう片方の手を軽く開いた。

「大体、君は私のことを好きでも何でもないのに、寄生星人に唆されて告白したんだろう? そんな人から、告白のことで文句を言われる筋合いはない」

 ソラに強い口調で言い返され、金枝は口ごもった。

「ああ、それは俺が悪かった」

 ソラはふうと深く息をつくと、元気なく椅子に座り直した。

「でも、川保君があんなにショックを受けるとは思わなかった。いつもチャラチャラしてるから、少しキツいお灸を据えようとしたんだが」

 ソラは川保に対して反省しているようだったが、金枝には謝罪する気配はない。

――おそらく威子口空は、君が自殺しかけた事実には気づいてないのだろうな。

 金枝は一瞬、『俺は君のせいで飛び降り自殺しかけたぞ』と責め立てようか迷ったが、ちょっと女々しいのでやめておいた。

「威子口空。もう一度聞くけど、君は俺の体に何かした?」

「正直に白状しよう。した」

 ソラは淡泊に答えた。

「一体、何を」

「寄生生物を一定期間、宿主の体内に閉じ込める精神薬がある。といっても脳ではなく腸で作用するんだが。それをこっそり、昨日飲ませた。副作用として、味覚異常が起きることが報告されている」

「そんなこと出来るのか?」

 金枝はホルスとソラの両方に訊いた。ホルスは無反応。ソラは流れる小川のように答えた。

「フーピー人を尋問する為に、大昔からある薬だ。タランチュラ星雲を拠点とする足が九本の医者から駄目元で取り寄せていた。効き目はあったり、なかったりするようだが、宿主と寄生者の相性が良ければ良いほど、効果は高いらしい。ホルスに訊いてみて。効果があるのかどうか」

――効果などある筈がない。デタラメの薬だインチキだ。アホらしい。

 金枝はバカシタを口に入れ、クチャクチャ噛みながら言った。

「ホルス曰く、効果無いって」

 ソラは肩を竦めると、懐から青い液体の入った小瓶を取り出した。

「一か月に一回飲んでくれれば、効果は持続するそうだ。ホルスに逃げられないよう、君には是非協力して欲しいな。バカシタは幾らでも用意する。毎日が高級料理に様変わりするぞ」

「だったら、やろうかな」

――おい、金枝美糸!

 ホルスが不満の声をあげたが、金枝は気にせず青色の瓶をポケットにしまうと、口を開いた。

「ずっと気になってるんだ。どうしてそこまで、ホルスが欲しいのか。ただ、頭が良いだけの異星人じゃないか」

 金枝の問いかけに、ソラは金枝の正面の席に座り直すと、いつになく真剣な目をして言った。

「金枝君。ここから話すことは、君と私、ホルスの三人だけの秘密にして欲しい」

「いいよ、約束する」

「出来ました」

 北形が割り込むようにして朝食プレートを二つ分、二人の前にトントンと置いた。

「お嬢様。私は外へ行きましょうか?」

「北形を入れて四人の秘密だ」

 ソラは面倒くさそうに訂正をすると、フォークでソーセージを突き、齧りながら話した。

「まず、君はフーピーをただの異星人と思っているが、彼らは大昔、少なくとも十億年前から存続する息の長い種族だ。そこらの宇宙人とは年季が違う。一線を画した連中なんだよ」

――その通りだとも。

 ホルスはまんざらでもない声で呟いた。

「金枝君は『旧遺物』についてどれくらい知識がある?」

 ソラに訊ねられ、金枝は頭を捻った。突然のワードだった。

「確か、人類の生まれる遥か昔に宇宙を支配していた異星人が遺した、未だ解明されてない文明の破片。未知の技術が使われているとかなんとか、学校で習った。人類だけが使える。まさか、元はフーピー人の?」

「いえ、別。かつて宇宙を支配したのは、旧支配者達だから。彼らの姿は今、この宇宙には見受けられない。彼らは戦いに明け暮れて、その最期は銀河が何個も消し飛ぶ大爆発を引き起こして消滅したとされている。後にはたくさんの旧遺物が残った」

 ソラはパンにバターを塗りながら思わせぶりにウィンクをした。

「今でこそ我が物顔して宇宙政府を運営しているビーカー(ガッタリコ人)や戦闘狂の体改造(ドーピ)マニア(シア人)も、旧支配者のいた時代にはなるべく目立たぬようひっそり暮らしていた種族だ。要は、穏健派の弱っちょろい異星人共の子孫ということだ。所詮、旧支配者がいなくなってからでないと表に顔を出せなかった、大した力のない連中」

「フーピーは違うのか?」

「全然違う」

ソラは両手を合わせ、金枝の方へ身を乗り出した。

「彼らは自らの身体を持たず、他の種族に寄生しながら宇宙を放浪する特殊な生命体だ。旧支配者のいた時代もお構いなしで、そんな生活を続けていた。自分らの宿主となる種族を見極める為に養われた観察眼は、宇宙広しといえどもフーピーの右に出る者はいない」

 ホルスが満足げに喉を鳴らした。金枝は唾でふやけたバカシタをミルクチョコの包装紙に出しながら何気なく訊いた。

「で、そのホルスの知識を何に使うんだ?」

「逆に、金枝君に質問。人類が近い将来、絶滅する。マルかバツか?」

 ソラからの奇妙な問いかけに、「バツ」と金枝は即答した。

「俺は観返教を信じてないし。今の時代、どれだけ人類が宇宙に散らばっていることか。人が地球にしかいない時代ならともかく――」

「正解はマルだ」

 金枝は口を噤んだ。ソラはゆっくりとコーヒーを飲み干すと、トンとカップをテーブルに置いた。

「はあ? 観返教が正しいって? 終末が来るだなんて、威子口の娘が言ったと世間に知れたら大パニックだぜ」

金枝はケチャップを目玉焼きに垂らしながらがっつくように言った。ソラは首を横に振る。

「彼らの終末論は、神を信じる者のみ救われる、という教えだろう?」

 ソラは身体を引くと、足を組み、両手の細い指を交差させた。

「実際は信じようが信じまいが平等に滅ぶ」

「ちょっと待て。それは、威子口の者として言ってんの? 個人の感想じゃなく」

「これは威子口家の総意だ。近い内に滅ぶ」

ソラは平然としていた。

「威子口家当主威子口八雲、つまり私の祖父だが、あの人が離人症の取り締まりを強化したがっているのは、離人症を終末の原因と決めつけているからだ」

「人類が絶滅? 地球どころか宇宙上から? ない。さすがに有り得ない」

 ソラの言葉を金枝の頭は端から受け入れようとはせず、ケチャップの飾りつけをした目玉焼きをフォークに載せて丸ごと口に放り込んだ。あまりの美味しさに金枝の頬が緩む。

「これ、超美味い」

「ホルスの意見は?」

 そう言いながら、ソラはミニサラダのトマトを口に入れる。金枝が目玉焼きに生まれて初めて感激する中、ホルスが言った。

――私も同意だ。人類は滅ぶだろう。

 金枝は軽く手を挙げ、北形に言った。

「オレンジジュース一つ」

 北形は嫌そうな顔をしつつも、金枝の注文通り飲み物を運んできた。ごくごくと半分飲んで、金枝は「ぷはーっ」と喉を鳴らした。

「なんて瑞々しいんだ! 高級オレンジ丸ごと使ってんな、これ」

「二百円で買ったコンビニの濃縮還元ジュースです」

 北形は抑揚なく説明すると、さっさとキッチンに戻った。

「金枝君。ホルスは何て言ってる? 教えてくれ」

 痺れを切らしたソラが再度尋ねると、「ああ」と金枝は興味なさそうに返事をした。

「人類は絶滅するってよ」

「うん、やっぱりそうだ」

 ソラは目玉焼きをナイフで切り分けながら言う。

「君だって、人類が滅ぶのは嬉しくないはず。ホルスの力を借りて、私と協力関係を結んで欲しい」

「なあホルス。人類の絶滅はいつだ? まさか十万年後とか言うんじゃないだろうな」

――このまま何もしなければ、百年から百五十年で滅ぶな。

 金枝はふんふんと頷くと、腕を組み、しけた面をしてソラを見据えた。

「悪いけど俺は協力しない」

「どうして」

 ソラの表情に困惑の色が浮かぶのを金枝はニヤニヤしながら見つめていた。ソラは唇を尖らせた。

「なに、その目は。そんなに私が嫌か? 気に食わないんだ?」

「違うよ。ホルス曰く、あと百五十年くらい人類は大丈夫らしい」

金枝はオレンジジュースで喉を潤すとギロリとソラを睨んだ。

「俺は時々思うんだ。自分が死ぬのと、世界が滅ぶのと何が違うんだろうって。別に何も変わらない。百年後なんて俺は死んでるだろうし、人類が滅ぼうが知ったこっちゃねえや」

 ソラは、サニーサイドアップの白身を切り取り、黄身だけになった目玉焼きを綺麗に口へ入れ、咀嚼し始めた。金枝の顔を確かめるようにじっくり見つめた後、また口を開く。

「君、勘違いしてない? 百年後、一斉に人類が滅ぶ訳じゃなくて、じわりじわりと数が減っていくんだ。例えば、昨日のゾンビ感染の規模の大きな奴が頻繁に起こったり、大災害に巻き込まれるかもしれない。少なくとも、君の安全は保証されない」

「それもそっか」

 金枝はソーセージをつっつきながら、ソラの指摘を認めた。ソラは金枝の真意を計りかねていた。ソラは頭を振ると、拗ねたように言う。

「もう、じれったい奴だな。何が欲しいのかはっきり言えばいい。金? 学歴? 名誉? それとも偉人として教科書に載りたいか?」

「何でもくれるの?」

「ああ。出来ることなら」

「じゃあ俺と結婚してくれ」

 笑いを堪えながら金枝は言った。

「なっ」

ソラは顔を赤くすると、金枝をつまらなそうに睨んだ。

「不快な思いをさせてそんなに楽しいのか? 口元をにやけさせて。冗談はこのくらいにして、早く――」

「冗談? まさか。俺と結婚しろって言ってんだ。無理なら協力はしない」

「結婚は無理だ」

 ソラは軽く目を伏せた。

「結婚はお互い、十八歳になってからでないと法律的に――」

「婚約にしよう。婚約なら何歳でも結べる。婚約会見を開いて全宇宙に俺との婚約会見を流すんだ」

「そんなの……君という人間は……」

ソラは言葉が見つからず、ただただ閉口していた。

――美糸君。君は一体何を考えてる。ふざけているのか?

 ホルスは早口で宿主に問いかけた。金枝は軽く咳払いする。

「俺はお金も学歴も名誉もいらない」

 金枝は突っ撥ねるように言った。

「だって、これから滅ぶんだろうが、世界が。じゃあ、そんなのあっても仕方ない。が、威子口家の者にさえなれれば、俺は安全が手に入る。少なくとも、威子口の者になれば、死ぬのはそこら辺の一般ピープルよりは後だ。俺なにか間違ってるか? どうせ昨日のゾンビ汚染も、威子口家の連中はあらかじめ知らされていたんだろ。だから、軍の連中は平汎高校の生徒と気づくと即保護した。俺が死んだら君は困るから」

 金枝が言葉を切ると、ソラの反応を探る。

 微かに間があった。

「……私が危険を知っていたら、君を星空観測会に参加させてない」

 ソラは軽く腕を組み、陰険な態度を取った。金枝は眉を持ち上げる。

「俺は事前申請なしの飛び入りで観測会に参加した。君は後から俺の参加を知り、焦ったんじゃないの」

「さあ?」

 ソラは取り合おうとしなかった。金枝の推理は何の証拠もなかったが、ソラの反応を見る限り、どうも当たらずとも遠からずの気がした。

「ところで――」ソラは疑いの眼差しを向ける。

「本当に、婚約すれば私に協力するんだな? ホルスの同意は?」

 ソラは金枝から目を離さずに静かに訊いてきた。

――私は、協力する。

 ホルスは乗り気だった。

――人類を存続させたら、むかつく同僚に一杯食わせられるからな。いや、此方の話だ。

「ホルスも俺も、全面協力しよう。約束する」

「そう、分かった」

 ソラは少しの間自分の指の爪を見つめていたが、やがて顔を上げた。

「約束を守るというのなら、わたし威子口空は君と……金枝美糸と婚約しよう。会見は今日でも、明日にでも」

「勿論今日だ」

 間髪入れずに金枝が告げた。ソラは困り気味に北形の方を見る。

「ええと。それなら、学校が終わってから私の車で披露会見場へ向かおう。ただし約束は守ってもらう。痛い目に遭いたくなければ――」

「いいよ。あと、俺への盗聴は金輪際禁止だ。そこのサイボーグ君にも伝えとけよ」

 金枝は口をあんぐり開けた北形雅を親指で示した。ソラは了承する。

「分かった何もしない。北形、私の婚約者をご自宅まで送り届けてくれ。ついでに伊穂も」

 北形は茫然としたまま立ち尽くしている。ソラが軽く溜息をつくと、パンパンと手を鳴らした。

「北形! 聞こえなかったか?」

「は、はい。かしこりましたお嬢様」

 北形は我に返ると、憤怒に震えながら金枝を連れて部屋を出た。

 金枝は可笑しくて仕方がなかった。

「威子口空がフィアンセだ。あの威子口空がだぜ」

――美糸クン。君は威子口空が嫌いだった筈ではないのか。

「だからこそだよ。俺みたいな奴と婚約するなんて、屈辱だろ? この汚点は彼女の経歴に一生残る。ははは、ざまあみろ」

 金枝がつらつらと恨みを込めて言いのけた。ホルスは少し黙り込むと、独り言のように声を漏らす。

――威子口空が、君のことを『変わった』と言った。まあ私のせいなのだが、しかしこれが君の本性というなら、私はもう何も言うまい。

「おかげで開き直れた。なんかもう、清々したぜ」

 不意に北形が立ち止まるので、金枝は危うくぶつかりそうになった。

「な、何だよ」

「金枝、美糸。貴様……お嬢様に指一本でも触れてみろ!」

 北形が凄い形相で金枝に詰め寄った。

「私は絶対に許さないぞ。例えお嬢様がやめろといっても、私は聞こえなかったフリをして貴様の首をへし折ってやる!」

「へえ。でも、お前は嫌われるぜ?」

 金枝はニヒルな笑みを浮かべる。北形の左右対称をした顔が苦痛で歪んだ。

「ああー、ところで北形さん。君、本当は男だって? ソラが好きなあまり、女型サイボーグになったんだってな? そんなにソラが大事なら、ソラの幸せの為に俺を大事に扱えよな。婚約者の俺をよ」

 金枝は一瞬、北形がこのまま憤死するんじゃないかという不安がよぎった。が、北形はふーっ、ふーっと息を吐くと、キッと金枝を睨めつけ、無言でカードキーを使いドアを開けた。

「あ、金枝!」小間口が軽く手を挙げた。

「良かった良かった。何もされなかった?」

「小間口さんこそ」

「私は余裕で無事。目が覚めたら、あれ、ここどこー? って感じで」

「小間口さん。もう、威子口空を洗脳する必要なくなった」

「え、何かあったの?」

「俺と威子口空は婚約したから。俺は威子口の者になるんだ」

「な、なんじゃそりゃ」

 小間口はぽかんと口を開けている。

金枝はかいつまんで事情を説明した。小間口は驚いていたが、話を受け入れた。途中、北形から無言の圧力をかけられたが、金枝は知らんぷりをして自分が寄生されていることまでぽろっと暴露した。

「なるほど。じゃあ金枝は、その宇宙人の力で離人症のオンオフ切り替え出来んだ?」

「そういうこと」と金枝。小間口は羨望の眼差しを向け「いいなぁ」と呟いた。

二人は威子口家の車でそれぞれの自宅まで送り届けられると、慌ただしく制服に着替え、学校へ登校した。


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