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警察から取り調べを受ける。侵略的な異星人と利害が一致したので手を組む。の二本立て

「だから、俺は知らないんですって」

 金枝は苛々しながら言った。もう何度目だろう。

金枝は身柄を拘束されていた。

「犯人は、あの女子生徒なんですよ。あいつが火の玉を撒き散らしていた張本人なんです。離人症持ちはアイツです。それ以外は何も知りません」

「確かに君の言う通り、山原千賀子という女子生徒が火球を発生させた。彼女で間違いない。今日中に施設へ送られるだろう」

 サッカーボールを当てた女子生徒の名が山原だったことを金枝は今さっき佐藤の口から知った。

離人症対策庁離人取締課配属の佐藤卓輔。顎のがっちりとした骨太の男。ラグビーでもやっていそうな、小さな山のような体格で、頬はぷにっと張りがあるが、眉間や口元には深い皺が刻まれ、年齢が分かり辛い。顔は横に広く、金枝は内心、将棋盤そっくりだと思っていた。

佐藤は咳払いすると、落ち着いた声で言う。

「それはそれとして、だ。君について証言をした生徒が大勢いる。金枝君。君は喧嘩中の相手にナイフで刺されそうになった。が、刺されたのは喧嘩を止めてくれていた無関係の生徒一人で、何故か今度は不良が自らの腹を刺した。そうだな?」

「……はい。何故か」

「まるで誰かに操られているようじゃないか。ええ?」

「俺は知らないです。というか、検査したんでしょ。ナイフと豆腐が何たらの検査が、なんたらで」

「ナイフト=トーフフ検査」

 佐藤がゆっくりと正しい名称に言い直す。離人症かどうか判別する方法として国が認可している唯一の検査法であり、容疑者の血液を特殊な機械にかければ血液の持ち主がシロかクロか判別するまで二時間とかからない。

「それの結果が出てるんでしょ。俺が離人症だって出たんですか?」

 もう一人の、佐藤の部下の若い刑事を金枝は見やったが、其方はひたすら仏頂面で突っ立っているのみだった。

 佐藤が四角い顎を太い指でなぞりながら、じろりと金枝を睨む。

「君。何か、隠してるだろ。ん? 金枝……えーと。()(いと)、というのか」

「何が、ですか」

「下の名前さ。変わってるねえ。その容姿で美糸か……」

 佐藤は含み笑いを浮かべている。

「それ、今関係ありますか」

 金枝は静かに訊いた。「いいや」と佐藤は肩を竦める。

「息抜きだよ、息抜き」

「佐藤さん。俺は襲われた側です。被害者なんですよ。何で俺が犯人扱いされなくちゃ―」

「じゃあ何で刺されてないんだ?」

 静かに佐藤が尋ねた。金枝は思わず苦い顔をした。

(この佐藤という男は、俺を離人症と決めつけている。いくら説明しても堂々巡りじゃねえか)

 金枝はうんざりした。

一方、佐藤。警視省の優秀な刑事だった佐藤が離人対策庁取締課に配属されて早十年。元刑事の勘は、目の前にいるデカブツを『クロ』と告げていた。が、金枝は完全にナイフト=トーフフ検査をクリアしており、全く以て『シロ』だった。離人症の『り』の字もない。だが佐藤は、今時珍しいオールドな人間で、直感を大事にするといえば聞こえはいいが、所詮データはデータと軽視するきらいがあった。疑わしければ徹底的に疑う。そして、吐かせるならとにかく決めつけてかかる必要があると考えていた。疑う側が半信半疑では、真犯人を楽にさせてしまうからだ。

「離人症候群は、自覚がないケースも多いんだ」

 佐藤が金枝の目を見て言う。

「なにしろ、能力が目覚めていない離人症予備軍は、今の人口の二十パーセントを超えるそうだ」

「そうですか。みんな発症したら、大変ですね」

「いいや、そうはならない。ならなかった」

 金枝の感想を佐藤が遮り、言う。

「例えば、だ。身体に触れているだけで携帯端末のバッテリーを多く消費したり、喋るだけで他人を眠りに誘う等の些細な能力も、一種の離人症だ。それらはね、離人症でもⅠ類やⅡ類に分類される。大半の離人症持ちは、これに当たるな。場合によっては保護観察処分を受けるケースもあるが、これまでは見逃されていた」

佐藤の声が低くなる。

「しかし、だ。万が一、『他者の思考や動作を強制的に操る能力を持つ』と判明した場合は問答無用でⅢ類に分類されるぞ」

 佐藤はぐっと身を乗り出し、金枝を睨んだ。

「来月一日から法改正の影響で、離人症の取り締まりがうんときつくなるのは知ってるな。CMで散々やってるからなァ。各都道府県に建てたでっかい離人症施設、千葉だと谷津干潟の方だったか。そこへ見境なくぶち込まれるって話だ。Ⅱ類ですら、人としての尊厳が無くなる。離人症のⅢ類ともなれば、分かるな? 離人症の隔離施設は治療なんて表向きで、監獄と変わらん。大罪人よりも厳重な警備が敷かれる」

 佐藤は言葉を切ると、唇を鳴らしてから言った。

「Ⅲ類以上の患者で、社会復帰した奴の話を俺は聞いたことがない」

「……どうしてですか」金枝が訊いた。

「知りたいのか?」

 佐藤に訊き返され、金枝は口を噤んだ。佐藤は含み笑いを浮かべた。

「もし白状するなら今の内だぞ。今ならまだ、軽い拘束で済むかもしれない」

「やってないんで」

「そうかな」

 佐藤は金枝の反応をしっかり見てから、トンと机を指で叩いた。

「話題を変えよう。金枝。最近、何か変わったことはなかったか。例えば、命じてないのに他人が自分の欲しいものを取ってくれた、だとか。なんでもいい。変わったことだよ」

 ありません。そう言おうとした金枝の脳裏に、奇妙な光景がフラッシュバックした。

無名の神社で、眼前に現れる謎の虹色の光球。それが左目に飛び込んだこと。意識を失い、気づけば夜になっていたこと。その日を境に調子が良くて、何でもこなしてしまうこと。

「ない……と思います」

 金枝の目が僅かに泳いだのを佐藤は見逃さなかった。佐藤が追及しようとしたその時、天井に張り付いた穴だらけの、平べったい、飲み物を置くコースターに似た機械が光り、警告音を発した。佐藤は構わず話を続けようとしたが、警告音はもう一回り大きくなった。

「あの。なんか鳴ってますよ」金枝が天井を指差した。

「んなのわぁってる」

 佐藤が再び話し始めようとすると、机が女性の声で告げた。

「制限時間となりました。直ちに容疑者への取り調べを終了して下さい。指示に従わない場合、容疑者への過度な拘束と見做され、警視省に通報されます。現在録画中の映像音声は警視省のデータベースにアップロードされ、その処理を取り消すことは出来ません」

「黙れ黙れ。俺はその警視省から引き抜かれてきたんだ」

 しっとりとした机のアナウンスを、佐藤は自分の声で追い払おうとする。

「繰り返します。離人症取締課は容疑者の取り調べを直ちに終了して下さい」

「ったく。机が喋りやがって」

 佐藤は興醒めとばかりに怖い顔を崩すと、不機嫌な態度を体中から漏らしながら取調室を出ていった。金枝は少し待ってから、「もう帰っても?」と親指でドアを指した。残っていた若い刑事が軽く頷いた。

 金枝が取調室を出ると、佐藤が待ち構えていた。

「さあ。長く拘束して悪かったな。お詫びに外まで送ろう」

 佐藤は笑顔を作って、金枝の横に張り付いた。金枝は圧を感じながらも、かといって走って逃げる訳にもいかず、離人対策庁舎の無機質なグレーの連絡通路を二人は歩いた。

 離人症の疑いがある者を連行する通路なだけあって、左右の壁は分厚い鋼鉄製。天井からは死角の生まれない球状の監視カメラが目玉のようにぶら下がり、動くものを録画している。また、防火戸や冷却装置が少し歩く毎に設置されている。金枝は落ち着かなかった。実験室のモルモットはこんな気持ちなのだろうか。離人症持ちが病状を隠すのも無理はないと金枝は思った。

そんな場所ではリラックスできる訳もなく、警戒しつつ歩いていたところ、佐藤は小さく息を吐いた。

「おい、取り調べはもう終わってるんだ。そんな固くならんでも」

「別に、そういう訳じゃ」

 そこから少しの間、二人は喋らなかったが、佐藤が再び口を開けた。

「状況的にはお前が一番怪しかった。だが、別に決めつけてた訳じゃない」

「はあ」

「俺が一番引っ掛かったのは―」

 また、いちゃもんをつけてくるのだ。そう思い、金枝は内心うんざりした。

 佐藤は言う。

「自分の前で腹を刺された生徒の容態も、刺した生徒の容態も、一度も尋ねてこなかったな。気にする素振りもなかった」

佐藤が放った言葉に金枝は意表を突かれた。

「それは、自分の事で一杯で」

しどろもどろになる金枝。佐藤は「そうか?」と含みのある返事をした。

「普通、自分のすぐ傍で人が二人も刺されたら、その後どうなったかぐらい気にするもんだけどな」

 佐藤の言葉は金枝を少なからず揺さぶった。確かに、どうして自分は今まで何の興味も湧かなかったのだろう。クエッションマークが金枝の頭の中をクルクルと回り始めた。先ほどとは別の意味で黙りこくる金枝の反応を、佐藤は横目で窺い、更に続ける。

「今のところ、二人とも意識不明だ。しかし、自分に危害を加えようとした不良はともかく、ただ喧嘩を止めに入った生徒が刺されれば、多少不憫には思わないか? 思わないとしたら、相当のクズだ。お前は」

離人対策庁の裏側から二人は外に出る。

目の前は港で、少し先には船首のがっちりとした、黒と赤の大きな貨物船が錨を降ろし、不動の体で停泊している。辺りに人の姿はない。若干、陽が傾き始めていたが夕方というにはまだ明るかった。汚くも綺麗でもない暗色の大海原は穏やかで、波の音はなく、キラキラと夕日を反射しながら、水平線の遥か彼方まで広がっている。潮の匂いは、然程しなかった。

 佐藤は太い指先で駅の方角を伝えた。

「もし何か思い出したことがあれば、連絡を入れるように」

 金枝は念のためにタブレット端末を開いた。自動で離人対策庁の連絡先が取り込まれていた。建物内に足を踏み入れただけでダウンロードされたようだ。

 金枝はさっさと帰ろうとした。だから、何故そんな事になったか自分でも分からなかった。佐藤の、自分を疑う目つきが癪に障ったのかもしれない。

「あ、佐藤さん。一つ思い出しました」

「ん、なんだ?」

「アホの佐藤は刑事時代も、アホだったのか?」

 金枝の頭の中が、ひゅっと白んでいった。

今、自分は何を言ったんだろう。

 全身から血の気が引いた。自分の口が、勝手に喋った。金枝は言葉を失い、その場で凍り付いてしまった。

「ん、ああ。そうだな。他には。何か思い出したか?」

「……え?」

「……だから、他に思い出したことは?」

「い、いえ。何も」

「じゃあ、俺はもう行く。じゃあな」

 佐藤は何もなかったかのように、大股で階段を上がると離人対策庁の中へ入っていく。一度、金枝の方をちらりと、不思議そうに振り返ったが、首を傾げながら姿を消した。

 金枝はしばらく、港を背にして動けずにいた。


 金枝が目を覚ます。奇妙なことに、金枝はひんやりした床の上でうつ伏せで倒れていた。

「ここは、一体。俺は今まで何を」

 自分の口から飛び出した言葉に金枝は苦い顔をした。三流ドラマのような台詞を口走ってしまったことへのバツの悪さがあった。既視感もあった。こないだ、神社で意識を失った時と被る。しかし、自分は確かに自宅のベッドで寝た筈だ。今、金枝は真っ暗で広い謎の空間にいた。

 では、これは夢だろうか。夢にしてはあまりにも、頭がはっきりしている。

金枝が振り返ると、暗闇の中に明かりを見つけた。黄金色の明かりだった。目を凝らすと、そこにどうやら扉があって、光が漏れている。金枝はイヤな予感を覚えながら、そちらに向かって暗闇を歩いた。

扉に近づくにつれ、ふんわり柔らかなジャズ音楽が聴こえてくる。金枝は大きな図体に見合わない動きで、恐る恐る、扉の取っ手を回し、開けた。

暖かな金色の明かりで満ちた世界が目の前に広がった。西洋の抽象的な油絵が四方に飾られ、奥に張られた大きな幕には白黒の名作ロマンス映画が映写されている。部屋の雰囲気を形作る豊かなジャズ音楽は、ラフレシアのような形状の蓄音機から発せられていた。

「他人様の部屋に入る時はまずノック。宇宙共通の礼儀だろう」

 見知らぬ声に金枝はびくりとした。何者かがソファにもたれて映画を見ていた。シルクハットを被った大柄な人物が、ゆっくりと立ち上がる。振り返った人物と目があった。いや、顔には目しか無かった。それも違った。頭が目玉そのものだった。

「ひっ」

 金枝が愕然とする中、頭が目玉の男はシルクハットを脱いで優雅に会釈をした。

「やあ、こんばんは。私のことはホルスと呼んでくれたまえ。君はおそらく『初めまして』と思っているだろう。だが実際は二度、いや三度会っている」

「これは、夢だろ」金枝が顔を引き攣らせた。ホルスと名乗った男は「ああ、そうとも」と頷き、深みのある声で言った。

「私達は夢の中でしか、相対し得ない。覚醒状態では面と向かって会えないのだ」

「こんな悪夢を見るのは、やっぱり現実であんなことがあったからか」

 狼狽しながら金枝が呟くと、目玉男が反応する。

「『あんなこと』とは、不良にナイフで襲われ、離人症の女子生徒がグラウンドを燃やしたアレかね。アレは私が、君の命を救ってやった結果だ」

「はあ……?」

 金枝はホルスを見つめ直した。利口そうな灰色の巨大な瞳。背は高く、タキシード服で、高そうなステッキの柄を握る手は白い手袋を嵌めていた。

「恩を着せるつもりはない。宿主を守るのは、寄生者として当然のことだ」

 ホルスはステッキを軽く揺すりながら、部屋の中を歩き出した。

「これからする説明は二度目だ。もしかしたら、既視感を覚えるかもしれない。前回は私が君に寄生した当日にやった。私としたことが、夢の中での記憶がここまで消えやすいとは知らず、起床した君は綺麗さっぱり忘れてしまった。それから少し調整をした。今回は夢の中でも忘れないよ」

「何の話」

「君は自分が神社で意識を失ったのを覚えているかね。あの時に見た虹色の縁をした光が、私の体だ」

 ホルスは金枝の前まで来ると、ステッキの柄を金枝の左目に突きつけた。

「うわっ」

 後ずさる金枝。ホルスは本来口のある辺りではなく全身から声を発した。

「私が憑いたのは、君の左目だ。だから、君は左目を大事にするように。決して、汚い手で目を擦ったりするんじゃない。分かったね」

 金枝はごくりと唾を飲み込むと、ホルスを睨んだ。

「つまり、俺に寄生してるってことか。お前は、神社の祟り神か何かで――」

「少し違う。私は生物に寄生する宇宙生命体だ。体は光に近い性質で質量は無い。神社を寄生場所に選んだ理由だが、あわよくば君に敬ってもらえるのではないか、という淡くも打算的なものだ。残念なことに、君にはまるで信仰心といったものがなく、意味がなかったようだがね」

 金枝は頭がパンク寸前だった。やけにはっきりとした夢の中で、自分に寄生したという目玉の宇宙人が現れ、訳の分からないことを説明しだすのだから。

「これは、やっぱり夢なんだよ」

 自答する金枝。「そうだ」とホルスが同調する。

「そして、今回は忘れないよう設定済みだ」

「じゃあ、夢じゃない!」

 金枝が泣きそうな声で叫んだ。

「お前が、俺の夢を弄って、こんなものを見せてるってことだろ! ふざけんな、早く俺の体から出て行けって!」

「嫌だ」

「嫌だ!?」

 金枝の悲痛なオウム返しをホルスは歯牙にもかけず、饒舌に話を続けた。

「私は君の体をとても気に入っている。思った通り、いやそれ以上に、すこぶる相性が好い。普通はこうはいかんのだよ。外れを引くと身体機能が制限され、感情が働かなくなったり動作がぎこちなくなったり、お互いに困ったことになる。しかし君は、どうやら大当たりだったようだ。いや、私も宿主候補の選器眼には自信があるが、ここまでの相性の良さは初めてだ」

 うきうきと話すホルスに、金枝は頭を抱えたくなった。

「あの、アンタが俺に寄生したのは、あの神社で? あの日以降、やけに体調が良いんですけど」

「そうだろう。そうだろうとも。寄生された、というと聞こえが悪いが君にも大きなメリットがあるのだ」

 ホルスは上機嫌にステッキ遊びをしながら説明をした。

「例えば、私の知識は君に無料で貸し与えるし、体調だって私が管理する。だから君は近頃調子が良いし、体もキレているだろう。簡単なイーエスピー、君らのいう『離人症』の能力も、私のおかげで使用が可能だ。昨日、不良が君をナイフで刺せなかったのも、私が君に人体操作の能力を一時的に付与し、それを無意識下で使わせたためだ。もし私がいなければ、今頃君は病院か、あるいは無言で帰宅の二択だ」

「ベラベラと、よく喋る」

 茫然としながら、金枝が感想を言った。ホルスはクニクニと自分の白目の部分を擦った。その動作は、人が悩んだ時にこめかみへ指を当てるのと似ている。

「これは失礼。つい熱くなった。では金枝美糸クン。質問をどうぞ」

「はい先生。じゃなくて……。何で、俺に寄生してんの」

「相性が良さそうだったというのもある。それに一人、『ターゲット』がいるのだ」

「ターゲット?」

「威子口空のことだ」

 ホルスの言葉に金枝はぱちくりとまばたきをした。意外な名前、と金枝は一瞬思ったが、考えてみると意外でもなんでもない。威子口空は幼少時から優れた才覚を持ち合わせ、現当主の威子口八雲からも気に入られている。ゆくゆくは威子口家当主の座に就くのでは、と世間でもまことしやかに囁かれてきた。要人として宇宙外敵に狙われても何らおかしくない。

「それって。まさか地球侵略の為にか? 彼女に近づいていって……」

「とんでもない! 人聞きが悪いな、周りには誰もいないとはいえ」

 ホルスはコホンと咳払いをした。

「我々は共存の道を探っているのだ。さっきも言った通り、互いにメリットがある。私達は体が手に入るし、君らは毎日が絶好調で、無限の知識も利用が出来る」

「じゃあ威子口さんに寄生すれば良いじゃないか」

「それもプランの一つだったが、残念ながら体の相性が悪かった。そこで代わりの候補に寄生しようとしたのだが、その最中、君を見つけた。おやこれは、と思い観察をしていると、どうも都合が良い。そんな折、君が思い悩んで隙を見せてきたものだから、つい後先考えずに寄生した。結果的に、私の選択は大正解だった」

「ちょっと待った」

 ホルスの言葉に金枝が奇怪な顔になる。

「威子口さんには寄生してないんだな? なのに相性の良し悪しが、分かるんだ?」

「匂いと気配で大体分かる。離人症状の者の具体的な能力すら感じ取れるのだ。我々フーピーを見くびってもらっては困るな」

 不満げにホルスが言った。

「フーピー?」

「我々種族の呼び名だ」


 ホルスが語るところによれば、フーピーとは太古の昔から宇宙を流浪する宇宙寄生民族意識の集合体であり、繁栄しそうな種族に寄生して生活し、その種族が衰退しそうなら別の種族に乗り替える。そうやって永い時を過ごしてきたという。

 ホルスは小さく咳払いをした。

「さあ、他に質問は? これで一旦締め切るぞ、朝も近づいてきた」

 自分で質問コーナーを作っておいて、自分勝手だなと思いつつ、金枝は昨日の妙な出来事について尋ねた。

「俺が、ナイフで刺されなかったのは超能力を無意識下で使ったからで―」

「そうだ」

「でも、離人症の検査は陰性だった」

「能力は一時的なものだから引っかからない」

「その後の話で、おかしなことがあった。取り調べの役人を俺がアホ呼ばわりしたのに、その人は全く気付かなくて」

 するとホルスはワハハと笑った。

「ああ、あれか。あまりに低俗なニンゲンだったので、少し悪口が出たんだろう。奴が怒らなかったのは、私が奴の常識を少しばかり弄ってやったからだ」

「やっぱりお前……僕の口を勝手に使って!」

 金枝が拳を握りしめる。ホルスはシルクハットのツバに触れ、帽子を被り直した。

「私にだけ責任を被せるな。君と私で気持ちが一つになったから、ああいう言葉が自然と出たのだ。君がむかついてなければ発生し得ない言動だった。有耶無耶にしてやった私は感謝こそされど、文句を言われる筋合いはない」

 金枝が食い下がろうとすると、ホルスが強く拍手を打った。

「質問終わり。さて、ここから本題に入る」

 ホルスはステッキをくるりと回すと、古典映画を流していたスクリーンにトントンと当てた。と、白黒の画面が波打ち、白人が軽食を食べたり喋ったりソファでくつろいでいる写真が現れては消えた。まるで国際線の機内にあるパンフレットのようだった。

「改めて自己紹介しよう。私はホルス。この星に派遣されたのは、人類がどういった生物で、どういった生活をし、我々フーピーが寄生した場合、どのようなメリットがあるのかを探る為だ。具体的にいえば、ちゃんと『生』を満喫できるかどうか。『ああ、私は生きてるんだ』と実感できるかどうかだな」

 金枝は少し思案した後、自分の頬をつねりながら言った。

「じゃあ痛いとか、悲しいとかでも良いのか?」

「何を言う。それは生きる上で重要な要素だろう。負が無ければ正もない。そして私は次世代の宿主種族候補の偵察、つまり人類の下見で来たと解釈してくれ。ニ、三か月程度の体験期間を経て、今回の寄生体験を上層部に報告する。審査が通れば、本格的な集団寄生が始まる。人類は次世代寄生種の最有力候補に挙がっている。私がよほどネガキャンしなければ君達で決まりだ」

 ホルスは金枝に歩み寄ると、白い手袋をはめた手をすっと差し出してくる。

「金枝美糸君。私に協力してくれ。寄生を受け入れてくれないか」

「それは……」

 金枝は黙った。

喜んでいいことなのだろうか。

いや。

むしろ喜ばしい。

金枝は実感していた。何も知らなければ、寄生されることを拒絶しただろう。しかし、金枝は今、満足している。過去の自分は、朝起きて、イヤな気分の中、吐き気を催しながら登校し、勉強もスポーツもついていけず、周囲にからかわれる毎日を送っていた。

それが、神社で気絶した日を境に大きく変わった。朝は爽やかに目覚め、気分良く登校し、頭は冴え渡り、体育でも活躍できる。毎日がツイていて、楽しい日々の連続。今までこんなことは一度もなかった。寄生は素晴らしい。自分は洗脳されているのかもしれない。だが、本当に充実しているのだから、不満なんてない。

「喜んで」

 金枝はにこやかに握手を交わした。ホルスはグッと掌を握り返す。少しの合間があって、二人は手を離した。

「さてさて。私の目的はニンゲンへの上質な寄生体験を上層部に報告することだが、それとは別に特別な任務があるのだ。先ほど少し先走ったが、威子口空への接触任務だ」

 ホルスが再び白幕を叩くと、スクリーンが波打って、威子口空を様々な角度から映したスライドに切り替わる。それと同時に威子口空の身長や体重といった個人情報も晒された。

「君はどうやら威子口空に対し少々思うところがあるようだが。しかし、外見には文句なかろう」

 ホルスは思わせぶりな口調でスクリーンを叩く。体育で、綺麗なダンクシュートを決める威子口空のフォト。部活中、テニスコートでスポーツドリンクを口にしているフォトや、豪勢なプライベートプールで一人泳ぐフォト、寝間着姿でうどんを啜っているフォト等、威子口空の日常が流れては消えた。

「それは、そう。かも」

 金枝は認めた。

「というか、これどうやって撮った? 絶対盗撮だろ」

「私が寄生するか否か見極めている最中に目にした記憶を投影しているだけだ」

 ホルスは機嫌よく言った。

「金枝美糸。まず、君は彼女に告白し、カップルになってもらう」

「はあ!?」

 金枝が仰天する中、ホルスがステッキを回しながら言葉を選んだ。

「ニンゲン、というのは美味しいものを食べたり、友達と遊んだり、気持ちよく眠る以外にも、楽しみというものがある筈だ。それは、恋愛。君はどうやら、それが欠けているようだな」

「……ああ、悪かったな。モテないもんで」

 金枝が自嘲気味に返すと、ホルスは大きく頷いた。

「全くだ。このままではニンゲンの楽しみを完全に上層部へ伝えられない。そこで、君には異性と交遊してもらう。恋愛というのがどういうものか、私も久々に体験してみたい。君らの価値観で、どういう学生がモテるかというと、勉強が出来たり、スポーツが出来たり、バンドをやっていたりそういうことだが、とりあえず大事な要素は顔だ。しかし残念なことに君は不細工だ」

「そうだよ! よく分かってるじゃないか。悪かったな」

「ああ。全く」

 ホルスは蓄音機に近づくと、ステッキの柄でそれに触れた。ジャズ音楽がしっとりしたものから陽気なものに変わる。

「しかし。顔が悪いだけで恋愛が出来ないようじゃ困る。寄生体験者として、アピール失敗だ。私は、容姿がどうだろうが恋愛は出来ると伝えなくてはならぬのだよ」

 ホルスは軽く咳払いすると話を続けた。

「仮に。威子口空という才智に長けた高嶺の花を君の顔でオトしてみたまえ。誰も文句は言うまいよ」

「は。はは。黙って聞いてたら、俺は化け物か何かかよ? れっきとした人間だ」

 金枝が己の胸に手を当て文句を言うと、ホルスは目玉の下、顔であれば顎の辺りに手をやった。

「私もそう思ってる。正直、私にいわせればニンゲン皆、同じ顔に見えて仕方がない」

「いや、同じ顔ではなくて……」

「レントゲン写真で撮れば、誰だって骨だ」

 ホルスは言い返してみろとばかりに左手の平を金枝に差し出す。金枝は何とも言えないもやもやした気持ちになった。

「ともかく。君の当面の目標は、威子口空に告白しオーケーをもらうこと。駄目そうなら、また別の手を考えよう。次に、彼女と仲良くなったところで、寄生の事実を話す」

「話すの?」

 金枝のドングリ眼が強調された。ホルスはやれやれと手首をぶらつかせた。

「話さなくてどうする」

「どうして話すんだ?」

「威子口空は、金枝美糸がうだつの上がらぬクラスの底辺的存在だと中学時代からよく知っている」

 金枝は恨めしい顔でホルスの話を聞くことになった。

「そんな人間の変貌の原因が寄生だと知れば、寄生に対し多少なりともプラスのイメージを持つ。それも私の狙いだ。将来的な人類のリーダーに、寄生されるメリットを知ってもらう。好感触ならスムーズに事が進むし、ダメならダメで、否応なしに集団寄生が始まるだけの話だ」

「なるほど……分かった。俺が威子口さんと付き合うというのは、恋愛をするのと人類の偉い連中に寄生を認めさせるのと、二つの意味があるってことだな」

「以前より物分かりが良いな。今日はそれだけ判ってくれればよい」

 ホルスはテーブルの上の葡萄酒を手に取ると、慣れた手つきでワイングラスにトクトクと注いでいく。

一体、どうやって飲むんだ、こいつ。金枝が注視していると、ホルスはトンとステッキで床を突いた。すると周囲の視界は水を垂らした水彩画のようにじわじわと滲み始めた。

「金枝美糸クン。快適な寄生ライフに。乾杯」

 ホルスがグラスを持ち上げ、此方に傾けるのがかろうじて判別がついた。金枝の視界は色が溶け合い混ざり合い、いよいよ世界が白んでいった。


 目が覚めると、金枝はぐっしょり汗をかいていた。重い足取りで部屋を出て、洗面台の前に立つ。

「やっぱり夢。酷い夢」

「そうだ夢だ。今度はちゃんと覚えているな」

 金枝の口が勝手に動く。さっと青ざめた金枝は、鏡の中の自分の異常に気付いた。鏡に映る自分の瞳は、片方だけ薄らと灰色に染まっている。

「左目だ……」

 神社で虹色の光が飛び込んだのも左目だった。金枝は気分が悪くなった。が、何かがそれに抗うように体の芯を暖め、調子を上塗りしていく。それまでの具合の悪さは嘘のように消え失せ、旅行先の温泉で温まったように気分良く、身体も軽やかになった金枝は、自然と笑いがこみ上げていた。 

 鼻歌を歌いながら朝食のサラダをパクパク、金枝が食べていると、金枝の母親が驚いている。

「美糸。あなた、いつからキュウリ食べれるようになったの? 大嫌いだったでしょ」

「ああ。最近」

 金枝の父親が胡散臭そうな顔をする。

「お前、やけに機嫌良さそうだが、何かあったのか?」

「彼女でも出来たんじゃねーの?」金枝の姉が言う。

「この顔でか?」

 ワハハハハ。爆笑する金枝家族。

(見とけよ、これからとびっきりのを作るから)

金枝はキュウリを噛み締めながら心の中で呟いた。


 ガラリ。高校の教室のドアを開ける。すっと、お喋りが弱くなるのを金枝は感じ取った。自分に視線が集まっている。

「俺、どうかした? 何々?」

 金枝が自分を指差しながらクラスに問いかけると、くすくすと失笑が漏れ、教室の空気がまた元に戻っていくのを感じた。

何だ、一体。

そう思っていると、

「おはよう。金枝君」

お洒落にシャツの袖をまくった威子口空は、フォトジェニックな笑みを浮かべて金枝に声をかける。

出たな、と思った。


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