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婚約者からガチの拷問を受けるし家を放火される

ホルス、どう思った? さっきの映像」

 少し遅刻気味の中、通学路を歩きながら金枝は訊ねた。

――あいつらの裏にいるのはヴシャペトレだろう。

 ホルスの声は、金枝の割と近くで聞こえた。

――月を威子口に気づかれず制圧できたとすれば、それはヴシャペトレの技術以外に有り得ない。

「何でわざわざ、んなことすんだろ。大勢子供誘拐して、兵士にして、武器を与えて、人間同士戦わせて。俺達人間がそんな憎いかね」

――君達は目立ちすぎたのだ。旧支配者達の旧遺物を使いこなす生命体など、少なくとも表立っては現れなかったからな。

「まあ、旧遺物を使えない異星人からしたら、人間は脅威だろうな」

――ん、美糸君。車だ。

 歩道を歩く金枝の横に、黒塗りのワゴン車がゆっくりと横づけする。どうせ威子口関係の車だろう、と金枝は怠けていた。ワゴン者のドアがスライドして、サングラスをかけた男が三人降りてくる。挨拶しようとした金枝は、一人の男に鳩尾深くまで拳を叩きこまれ、息が出来なくなった。よろめく金枝の身体を男達は手際よく車の中へ押し込むと、鋼鉄のドアを鋭く閉めた。


 ざらざらとした冷たい金属の床の感触を金枝は裸足で感じていた。

金枝は椅子に座らされていた。目隠しで何も見ることは叶わず、猿轡を咬まされて呻き声しか漏れ出ない。椅子に、四肢を縛り付けられている。金枝の心は半分パニックになった。もう半分は諦観に沈んでいた。

――まあ落ち着こうではないか。喚いても仕方あるまい。

 ホルスに精神状態を操作され、金枝は気分が落ち着いた。

 重たげな金属の扉が擦れながら開いた。次いで、複数人の足音がする。一つの足音がコツコツと近づいてきて、金枝の猿轡を解いた。

「ソラなのか?」金枝の声が微かに反響する。返事はない。次いで、目隠しが取られた。

制服姿の威子口空は、無表情で、金枝から少し距離を取っていた。地下牢のような、薄暗く、じめじめとした部屋に金枝は繋がれていた。ソラの背後の赤金色の鉄壁には、全身黒ずくめで頭からズタ袋を被った、処刑人とも人形とも取れるような性別も釈然としない痩躯の人物がずらりと並んでいる。金枝の猿轡と目隠しを取ったのも、その内の一人だった。

「ソラ。何なんだよ、これ」

 異様な気配に気圧されながらも金枝は訊ねた。

「自分の頭に訊いたら」

 ソラは黒ずくめが用意した簡素な椅子に腰かけると、脚を組み、目を据えて、動物を模したビスケットをサクサクと食べ始めた。

「意味が分からない。何の話だ」

 金枝は顎を引き、自分の体を確認する。拉致時の白のワイシャツに黒のズボン姿の高校指定の制服のまま全身を拘束されている。手首には以前威子口邸で付けられたウソ発見器が装着されていた。

「金枝君。私に何か隠していることは?」

「そんなの、ねえよ」

「ふうん……」

 ソラはバター味の蝙蝠形ビスケットを飲み込むと、くいと人差し指を折った。キュルキュルと新幹線の車内販売で使われるようなワゴンを黒ずくめの一人が運んでくる。金枝の額から嫌な汗が伝う。ワゴン内にはぎっちりと、拷問で使われる恐ろしい器具で満ち満ちていた。

「いつもの……冗談だよな? 手術台の時と一緒でさ」

 金枝打は無理に口角を上げた。

「昨日も、驚かされたよ。ほんと。ソラは、そういうの好きなんだから」

 ソラは少しだけ指を迷わせたが、「じゃあ、これ」と、一つの器具を指差した。黒ずくめが取り出したのは、飾り気のない鉄のペンチだった。黒ずくめはペンチを持って、金枝に近づいてくる。

――なんだか、嫌な雰囲気だな。

 ホルスが他人事のように言った。黒ずくめは、すっとしゃがむと、素足だった金枝の右足小指の爪へペンチの凹凸の咥え面を挟ませた。ひんやりとした金属の凹凸を感じながら、金枝は恐怖で顔を引き攣らせた。

「な、ソラ。君はいつもこうやって、俺を脅かすけどさ。結局、痛いことはしないんだろ。寸でのところで止めてくれるし、何だかんだ優し――」

ソラはビスケットを齧ると、言った。

「やって」

ペンチはテコの原理で軽々しく、金枝の小指の爪を毟り取った。金枝は激痛に顔を歪め、涙を零した。

「ああ、ああ。何で……」

「薬指。少し焦らして、左足の中指。それから――」

 ソラの指示通り、躊躇なく黒ずくめはペンチで爪を剥がしていった。金枝は無心で泣き叫んだ。どうしようもない激痛。延々と続く苦しみ。耐えられないのに何も出来ない無力さ。金枝はただ、生きている自分を呪った。

事が終わった後、ソラは口内でどろどろになったビスケットをゆっくりと咀嚼しながら、痛々しく腫れ血が滲み、弱々しく震える金枝の両足を退屈そうに眺めた。

「金枝君」

 ソラは言った。

「もう一度聞くね。何か、思い出したことは?」

 金枝は消え入りそうな声で「分かりません」と答えた。「うーん」とソラは首を傾げ、そして事務的な口調で言った。

「昨日のノア、なんだけど。残念ながら、変てこな連中に爆破されたんだ。それに、向かう筈だった惑星もついさっき報告があって、宇宙の塵になってた。金枝君、人類を救う計画は失敗しちゃった」

 金枝は、ゆっくりと顔を上げ、体内でぐちゃぐちゃになった感情の玉を虚空へ向かって嘔吐するように滅茶苦茶に叫ぼうとした。が、すっかり喉が嗄れていたので大した叫びにもならなかった。ソラは取り乱す金枝の様子を困ったように見つめながら、最後のビスケットを口に放った。

「……金枝君。私だって悲しいし、苛ついている。何故って、ノアの大まかな離陸時刻と惑星リアースの位置情報が宙の羊飼いに漏れていたとしか思えないんだ。今、一人ずつ容疑者を洗っているんだが、一番疑わしいのは金枝君、キミなの。というか白状すると九割九分、君で確定してるんだよね」

「知らない……なんも知らない……」

 掠れた声で金枝は呟いた。ソラは不満げに目を逸らすと、鬱陶しげに髪を払った。

「金枝君、コントロールルームのモニターで惑星の位置情報を見たよね。それに、私からノアの出発時刻も聞いて知っていた」

「じゃあ、お前がやったんだ……」金枝はへらへらと笑った。

ソラはするりと立ち上がると、金枝の頭を右手で掴んで、軽く揺さぶった。

「ホルス? これから君の宿主の手の指を切り落としていくから。何か申し開きはある?」

 金枝は「嫌だ」と呟いた。黒ずくめの人物が、小箱のようなものを持ってくる。五つの穴が開いていて、上部には木の出っ張りと、鋭利な刃が見えた。「嫌だ」金枝は呟いた。小箱の穴に金枝は指を通された。木の取っ手を上から叩けば、刃がスライドしてスパッと指が五本揃って床に落ちる。

誰の目からも明らかな仕掛けだった。

「ほ、ホルス。ああ。どうすれば……」

 金枝の指は一本一本が意思を持ったように勝手に痙攣を始めた。ソラの唇がゆっくりと開かれる。その時。

「あ、ま、待って! ホルスがソラに、話させろっテェ!」

 死に物狂いで金枝は声を発した。ソラが唇をすぼめた。

「ほんとか? ホルスは何て言っている?」

「そ、それは……ア……」

――殺虫剤を焚くから待て、と言え。

「さっ、殺虫剤! 殺虫剤を焚くから!」

「……何。それ」

 予想外の返答にソラは狐につままれたような顔をした。金枝は続けた。

「何か俺の中に、ホルス以外にも寄生生命体がいるみたいなんだ! だからそいつを退治するまで、待ってくれないか! 頼むよッ」

 ソラは呆気に取られていたが、小さく笑うと「いいよ」と言った。

「その代わり、第二の寄生者と話がしたいな。君の口を通して」

「わ、分かったから……」金枝は青い顔で何度も頷く。ソラはシンプルな腕時計に目をやった。

「時間は……三十分でいいかな。それまでに第二の寄生者を連れてこれなければ、君は指を失います。はい、スタート」

 金枝はがくりと項垂れた。意識は遠のいていく。

金枝は黄金色のホルスの部屋にいた。

「ホルス! お前の他にも寄生してる奴がいたのか!?」

 金枝はソファにもたれるホルスに駆け寄り、訊く。

「まあ座りたまえ」ホルスに手で促され、金枝は適度に弾力のある赤いソファに着座した。

「なあ。ホルス。どうなんだ?」

「うむ。実は、咄嗟に出た仮説なのだ」

「……は?」

 金枝はわなわなと震え、青白い顔になり「やめろよ、そういうの」と両手を揉んだ。

「じ、じゃあ、さっきの話は全部ウソっぱちで俺は、指が……」

「そうとも限らん」

 ホルスはシルクハットを脱ぐと、帽子の中から毒々しい燻煙式の殺虫缶を取り出してみせた。

「威子口空は何やら確信をもって、君と私を尋問しているようだった。しかし、私も君も変な動きをしてはいない。してないな? で、あるならば、我々以外に別の生命体が体内に寄生し、君の見た情報を外部へ送り届けた可能性がある。本来――」

 ホルスはステッキをくるりと回し、互いの胸を叩いた。

「スパイ活動を終えれば、体外へ出て行くのだろうが、皮肉なことに美糸君。君は欠かさず、寄生生物を体内に留めておく薬を飲んでるだろう。もし君に寄生なんてしていた奴がいれば、高確率で今も尚、我々の中から出られないでいる可能性が高い。そこでだ」

 ホルスは殺虫缶を床の上に置いた。

「精神殺虫剤を焚く。言われてみれば前々から、変な視線を感じていたのだ。気のせいかどうか確かめてみようじゃないか。それで何も出なければ――」

「出なければ?」

「君が、演技で乗り切れ」

 ホルスはワッハッハと深みのある声で笑うと、金枝の背中を叩いた。

「焚く間、君は部屋から出ていたまえ。この殺虫剤は毒だ。当然、私もタダでは済まないだろう」

「じゃあ、ホルスお前……」

 ホルスは何も言わず、金枝を部屋の外へと出した。

「美糸君。これを貸そう」

 部屋の境目でホルスは何やら重たく冷えたものを金枝に渡した。

それは金ぴかのごつい腕時計で、時計盤は謎の文字と絵で構成されていた。ホルスは、普通の時計なら十一がある箇所、黒電話のような絵をシルク手袋の人差し指でトントンと示した。

「長針が、ここまで来たらドアを開けるのだ。それまでは、何があっても開けてはならん」

「もし、開けちまったら?」

「半端な薬の効力で怒り狂った第二の寄生体に精神を壊される。というのが、私の考え得る最悪の展開だな。それが嫌なら、絶対に開けてくれるな。頼んだぞ、美糸君」

「ホルス。生きろよ」

「ふむ」

 二人は固い握手を交わす。「では」とホルスはシルクハットのツバに触れ、そっとドアを閉めた。

 それから少しして、シュウシュウと激しい煙の音が部屋の中から聞こえた。ドン、という音もした。ドアの隙間から零れる灯りがふっと弱くなり、暗闇が一層色濃くなる。

 しばらく、何も起こらなかった。

不意にドアノブが回った。金枝は慌てて、ドアノブを引き戻す。

「美糸クン。美糸クン。開けてくれ」

「ホルス? でも、まだ時間になってないぜ……」

 焦りながら金枝は腕時計を見やる。

「美糸クン。美糸クン。開けてくれ」

 ドアの向こうの主は同じことを繰り返している。金枝の全身から、どっと汗が噴き出した。

「お前、誰だ」

「美糸クン。美糸クン。アケテクレ」

 ドアノブにかかる力が一層激しさを増した。金枝は歯を食い縛り、両手でドアノブを固めた。

死守しなければ。よく分からない何かが出てくるのを金枝は必死に食い止めた。不意にドアノブから力が消えたが、金枝が手を緩めることはなかった。

 現実では一体、どれくらい経ったのだろう。金枝の体感的には一時間は経過しているように感じる。現実世界では今にも、自分の手の指が切断されるのではと金枝は気が気じゃなかった。金色の時計の針を見ると、いつの間にか約束の黒電話を指していた。

「ホルス、開けるぞ?」

 返事は無かった。金枝は覚悟を決め、勢いよく扉を開けた。

「あっ」

 金枝の呼吸が止まった。

時間も止まった。

目の前に、得体の知れぬ何かが立っていた。一目見れば、『これは見てはいけないものだ』と誰しも直感させられる。原始的恐怖を抱かせる何か。

シルエットは少女のよう。

肌は真っ白で、服を着ていない。

瞳は大きく開きっぱなしで、瞼はなく、高速でスライドする瞬膜が時折目玉を覆った。

鼻は正三角形で、小さな口は赤い糸で痛々しく縫われ、閉じたまま。

頭部は長く、草食動物を思わせる口と大きな歯が生え、終始ひくつき、全身に毛は無く、また耳も顎も無かった。

腕は縮れ麺のように細く垂れ下がり、お椀のような手から生えた指は四本しかなかった。スカートに似た皮膚がべろんと腰から生え、足は電柱のように一本足だった。

四六時中、銀河を思わせる渦巻状の染みが幾つも白い皮膚の下を這い回り微生物のように体内を移動していた。

「あら。コンニチハ」

 『それ』は言った。声種は特徴的なメゾソプラノだが、聴いた傍から金枝の脳から失われ、脳内での再生は不可能だった。ただ、発言内容だけが記憶に残った。

「あ、あ」

金枝は言葉に詰まった。『それ』は黒目を中央に寄せたり、反対に離したりした。

「ニンゲンのオス。そんなに怯えなくてもいいじゃないの。これは精神上の姿で、実際はもっとニンゲンに近いわ。あたしの存在に気づいたから、会ってあげたのに、何よ!」

 金枝はごくりと息を飲むと、「誰ですか」と訊いた。

「あたし? あたしはヴシャペトレ(びと)の精神から分離し、フーピーに寄生した意識の欠片よ。名前は――」

 『それ』は聞き取れない音声を発した。金枝の脳裏に石のバナナのイメージが浮かんだ。きっとそれが名前の意味なのだろうと金枝は悟りながら、僅かに体を傾けて部屋の様子を窺った。ソファにホルスがもたれているが、動く様子はない。

「お願いがあるんですが。俺の口を通して、ある女性と、つまり威子口空と話してくれませんか?」

「あら、いいわよ。その代わりといってはなんだけど、後であたしを一思いに殺ってくれないかしら。宗教上の理由で自死が出来ないのよ」

 『それ』の感情は捕捉し難かったが、死に深い意味を抱いていないことを金枝は感じた。

『それ』は黒目を大きくした。

「おいニンゲンのオス。こう見えても、あたし結構瀕死なのよ。あたしはあんたじゃなくて、そこで気を失ってるフーピーに寄生してんのよね。だからこの部屋から出られないし、換気しようにもあんたが邪魔したせいで、体中刺すように痛いのよ」

 生気のない瞳を真っすぐ向けられ、金枝は息苦しさを感じながらも『それ』と視線を交わしつつ約束した。

「アナタが威子口空と会話をし終えたら、俺は絶対に貴方を殺します」

「いいわ。約束よ」

 『それ』は糸で吊られた人形のように、縮れた左腕を持ち上げた。握手を求められたと金枝は一瞬思った。だが、その手は獲物を襲う蛇のように真っすぐ金枝の首筋へ向かった。白い四つの指はそのまま金枝の喉元へズブリとめりこむと、芋虫のように食道内を這った。


金枝は静かに目を開ける。目の前に彼女がいた。はっとするような端正な佇まいで、椅子に軽く尻をつき、手元の文庫本へ視線を落とすソラ。

金枝の口が勝手に開き、喉仏が蠢動した。

「何を聞きたいのよ、ニンゲンのメス」

 声色自体は金枝だった。ソラは、すっと顔を上げる。読みかけのリルケ詩集を閉じ、うららかな口調で訊いた。

「貴方、ヴシャペトレの人でしょう?」

「よく分かったわね。そうよ」

「幾つか、質問があります。訊いて宜しいでしょうか」

「手短にお願いするわ。あたしはさっさと死にたいんだから。あたしは本体から切り離された残留思念でしかないんだからね」

 ソラは姿勢を伸ばし、椅子に座り直してから尋ねた。

「貴方達はガッタリコとドーピシアを結託させ、更には軍事技術の提供までして人類を潰そうとしているように見える。何故、そこまでして人類を滅ぼそうとされるのですか?」

「今のあんた達の宇宙での横暴は、あたしらに責任があるからよ。あたし達が撒いた種。何せ、その血にあたし達ヴシャペトレのDNAが流れてるんだからね」

 金枝は感情のない人形のように抑揚なく言葉を述べる。

 ソラは静かに訊いた。

「では、私達を作ったのは貴方達ヴシャペトレ人だと言うのですか?」

「そうよ」

 にべもない返事があった。

「だから、あんた達は旧遺物を使えるのよ。旧遺物は、元々あたしらヴシャペトレの製造物。他の知的生命体に流用されるのを避ける為、全ての旧遺物はあたし達の遺伝子に反応し初めて使用が可能なのよ。だからあんた達以外の生命体には旧遺物が扱えない」

 金枝の口から淡々と紡がれていく真相。ソラも、背後の黒ずくめの人形達も身じろぎ一つせずに聴いていた。

「何故、貴方達は我々人間に自身のDNAを流入させたのですか?」 

 ソラの問いに、少しの間があった。

「それはね、驕りよ」

「驕り……?」ソラはぽつりとオウム返しをした。

「そうね。あたし達は大きな戦争の果てに多くの種を滅ぼし、星を砕き、空間そのものを不能にした。生き残ったあたし達は戒めの意味を込めて隠居した。けれど、次第に、おこがましいことに、奪った命への贖罪をしたくなったのよ」

 金枝の口は動き続けた。

「他人の為に尽くすような、知的生命体を望んだ。あたし達は前々から目をつけていた地球の、一匹のメス猿に自らの遺伝子を分け与えて育てた。いつか、あたし達が成し遂げられなかった宇宙平和を代わりに成し遂げて欲しかったのよ」

 ソラは険しい表情で下唇を指でなぞった。ステルスモードの北形がソラの耳元に屈み、「甲子園に出られなかった父親が息子に夢を託すのと一緒でしょうか」と呟く。

「まあ、酷く自己中心的な動機だわね」

 金枝の口が機械的な笑い声を発すると、また淡々と抑揚のない声を垂れ流した。

「でも結局、あんた達はヴシャペトレと同じ道を辿っていったわ。自らの利益の為に平気で他者を傷つけられるんだもの。宇宙進出した当初に一部の異星人から『ハダカザル』と揶揄されたのを逆に利用し、未だに被差別星人の立場を取って様々な権利を他所様へ吹っ掛け、一切の文句を封殺しているところも、あたし達と似てるわ。それにあたし達の旧遺物を無断盗用し、しかもそれを当たり前のように軍事利用する図々しさも備えている。あんた達ニンゲンが今、異星人の間で何と呼ばれているか知っている?」

 ソラは口を閉ざしている。金枝の口が開いた。

「『旧支配者の再来』よ。当然ね、何せあたし達のDNAが入ってるんだもの。なるべくしてなったという感じだわね」

 金枝の口は上下の唇を擦り合わせる。微かな摩擦音が部屋の中に鳴った。

「こういった懸念は、最初からあったのよ。だから、あんた達の遺伝子には調子乗ると滅びるよう設計してあんの。でも、あんた達の繁殖力が強くて、ぽんぽん産み落とすしで、終末が追い付かなくて困っちゃうわよ。仕方ないから上層部が重い腰をあげて、人類殲滅に舵を切ったの」

「金枝君に寄生した理由は何故ですか?」

ソラはマイルドな質問をした。金枝の口周りの筋肉がぐにゃりと動く。

「あたしはフーピーに寄生していたの。フーピーは別の個体に寄生すると思ったのよ、威子口空とかいう、ニンゲンのメスにね。まあ結果的に情報を得られたし、正解だったわね。宙の羊飼いにノアを撃墜させたし、リアースも破壊された。あんた達ニンゲンがどれだけ愚かで醜いかも、すぐ傍で確かめられたし、全ての情報を仲間へ送信済みよ。彼らはニンゲン殲滅の意思をより一層固めたことでしょう。事が済んだから、あたしはもう消えるわ」

「最後に、宙の羊飼いの存在意義について教えてくれますか?」

「彼等? ああ、あたし達の気の迷いよ。なんとか、ニンゲンを正しい存在に出来ないか生後十年の人間を教育してみたの。ニンゲンへの先兵としても丁度善いと思って。彼らが上手くやったら、人類存続の道も一応用意しておいたのよ。具体的には人類のトップたるニンゲンが己の意思で服従すること。あんたのことよ、威子口空。けどね、あたしがニンゲンの醜さの一部始終を存分に仲間へ送りつけてやったから、きっと方針転換が為されて宙の羊飼いすら殲滅対象にされたんじゃないかしら。いいえ、絶対にされたわ。所詮は同じニンゲンだもの。残しておくと危険だわ」

 ソラは不満そうな顔をして、軽く眉を顰めている。金枝の口が笑った。

「そんな顔しても駄目よ、ニンゲンのメス。既に宇宙全体で、ニンゲン包囲網が形成されつつあるんだから。宇宙のあちこちに散らばってるあんたらは、各個撃破されて簡単に滅ぶでしょうね。何しろ協調性がないんだもの」

「なるほど、回答頂きありがとう。もう、死んで下さって結構です」

 ソラは席を立ちながら、金枝の中の者に告げた。

「そうはっきり死ねと言われると、居座りたくなるわね」

ヴシャペトレ人の思念は捻くれた言葉を残すと、金枝の口を解放した。

 ソラは強い口調で言った。

「尋問班、ご苦労様。医療班、金枝君の足の手当を」

 黒ずくめの人々と入れ替わるようにして白衣を着た医療従事者が現れ、金枝の応急手当をいそいそと始めた。


会議室の中央で鈍く光る銀色の空間共有装置。プラネタリウムの映写機に似たそれは、威子口邸にいるソラや木星の威子(いし)(ぐち)(やいと)、彼方アンドロメダ大銀河で軍事指揮を執る威子口海斗を同じ空間で引き合わせていた。ソラはゴシック調の白いブラウスに黒のスカート、海斗は紺のスーツ、灸は着崩したワイシャツに黒のズボンという出で立ちだった。

「やっぱりヴシャペトレの野郎だったんだな」

 金枝の内部にいた者の話をソラがすると、灸は拳を叩き、席を立った。

「ソラちゃん、待ってろ。今すぐ木星の戦力集めて月の馬鹿共へ殴り込みに――」

「灸。ソラちゃんではなく『御当主』だ」海斗が広い額を擦りながら言った。

「いいんです、海斗叔父様。灸叔父様、それには及びません」

 ソラは淑やかだが芯のある声で言った。

「宙の羊飼いは私の、威子口の屈服が狙いです。それが、ヴシャペトレ人から課せられた人類存続の条件らしいから。地球を攻めるだけなら、既にやっている筈」

「じゃあ、ソラちゃんが降伏しなければ問題ないって言うのか? このままにしておけるかよ、月を取られたままで」

 熱くなる灸を海斗が宥めた。

「灸。まず奴らがどうやって月を占領したか考えてみないか?」

「そんなのは分かってるぜ。百年前の月面転送事故で発生した空間の裂け目。あそこから侵入したんだ」

「恒星『WASP―三九』付近と偶然繋がったワームホールか。やはりそうなるか」

 海斗が沈んだ声で言う。ワームホールについてソラが汲んだ。

「犬で実験したら、十匹中三匹は体が捩じれて死にました。ですから移動手段の利用をイシグチグループは断念しています。もし、あの路を用いたなら羊飼いは三割前後、あるいはそれ以上の兵士を最初から失っている可能性が高い」

「奴らは使い捨ての駒だ。ヴシャペトレからしたら何てことはないんじゃねえか」

「それで一部の羊飼いは、ヴシャペトレに対し不審感を抱いた可能性があります」

「だからなんだ。裏切りを仕向けようって言うのか? まあ無理だと思うぜ」

 ソラは灸を直視した。

「灸叔父様。太陽系の戦力を集結させ、勝つのに充分な戦力を整えて下さい」

 灸は肩を竦めた。

「それはだいぶ時間がかかるが、いいのか? 万全の状態で挑むなら一か月。いや、もうちょいかかる」

「耐えます」

 ソラは快活に返す。海斗が低い声で唸った。

「私は心配だ。宙の羊飼いは君の心身を抉ってくるに違いない。ノアの爆破映像はその第一弾に過ぎんだろう」

「私も同意見です」とソラ。

「ソラちゃん。俺が来るまで、ちゃんと耐えれるんだな? 何をされてもだ」

 灸が念を押す。ソラは涼やかに頷いた。

「私が降伏しなければいいだけの話です。ところで、海斗叔父様。ヴシャペトレの人類包囲網についてどう思われますか?」

 海斗はふぅと息を吐くと、堅苦しい口調で言った。

「御当主の言うように、ドーピシアとガッタリコ以外の異星人も怪しい動きを見せ始めている。もし本当に包囲網を敷かれるようなことがあれば、種の存続すら危うい」

「人類同士、互いに手を取り対抗していかなければいけません」

 ソラが均整の取れた指で灰色のテーブルをトントンと叩いた。

「海斗叔父様。どうすれば私達人類は結束できると思われますか」

「うーむ」

 海斗は両手を重ね、しかめっ面で虚空を睨んだ。

「人類の生息圏は今や広がり過ぎている。星毎に愚かしくいがみ合っているのが現状だ。何か分かりやすい、共通する危機感を煽れれば、あるいは一時的に共闘出来るかもしれない。それこそ、人類包囲網が出来上がれば、あるいは」

 海斗の発言に灸は気のない口調で言った。

「それはどーだろな。包囲網なんて個々で一点突破すりゃ良いとのたまう連中が出るに決まってる。グレースを攻略された後、親父が潔く防衛ラインを下げたおかげで大きな敗戦には繋がってないだけって言うのに、未だに余裕こいてる連中がわんさかいる」

「灸叔父様は何か作戦が?」

「いいや。具体的な案はなんも。ただ、頭の固い爺共の脳味噌を強く引っ叩けるようなインパクトがねーと人類全体の結束はないと思うんだよ。人類包囲網が敷かれるのを待つ、なんていうのは断固反対する」

「それは私も同じだよ、灸」海斗は静かな口調で灸と同調した。

 ソラは言った。

「ヴシャペトレ人の残留思念の言葉が本当なら、宙の羊飼いも殲滅対象に入った可能性があります。太陽系にヴシャペトレの艦隊が襲来する可能性も視野に入れ、灸叔父様には戦力編成をして欲しいのです。それから――」

「ちょっと待った、ソラちゃん。なんか、焦げ臭くねえか?」

 怪訝な顔で灸が周りを見回す。

「……いえ。特に何も――」

「ソラ様!」

 若いメイドが会議室の扉を開け、勢いよく中へ入ってくる。ソラの目が微かに大きくなった。扉の外には、おろおろするメイドが何人も控えていた。

「どうしたのです、一体」

「お屋敷全体が、燃えてます!」

 メイドが泣きそうな顔で言った。扉の外のメイド長が言いにくそうに口を開く。

「威子口の会議中に大変、ご無礼を致しました。火の手は、まだそこまでですが――」

「何故早く言わない」

 ソラは若いメイドの手を引くと、会議室を飛び出した。


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