出発 ―前編―
この次の『出発 —後編—』を投稿した後、数日の間新エピソードの投稿は控えさせていただきます。
その代わり、途中の話に加筆をしたり、章ごとの人物や技のまとめなどを投稿していく予定ですので、暖かく見守って下さると嬉しいです。
「それじゃあ、行ってきまーす!」
リリーがいつも通りの口調、仕草で家を出る。
「ああ、気を付けて」
「頑張ってねー」
「お気を付けください。お嬢様」
「行ってらっしゃいませー」
だから、ベーカー家の面々もいつも通りにそれを見送った。
使用人が四人全員いるため正確にはいつも通りではないのだが、全員毛それを望んだのでそれはご愛敬だ。
今日から、リリーがは貴族の次男の護衛として出張する。
その行き先は、スラム街。言わずと知れた危険区域。
エマやワンバックなどは必死に引き留めたが、リリーの意志は固かった。
「大丈夫かしら……」
リリーの姿が見えなくなった途端に、エマが弱気な声を出す。
ジャックはそんな妻の肩を抱いた。
「大丈夫。リリーは俺らの子だ。きっと、いや、絶対に帰ってくる」
「そうですとも」
ワンバックもエマを励ますように明るい声を出す。
「何人ものお子様を見てきた私が断言します。リリー様は、今までのどんな貴族の子供にも負けない大器。こんなところで終わるはずがありません。必ずや、あの何食わぬ様子を装いながらも感情を隠し切れない可愛らしいお顔で帰ってらっしゃいます」
ワンバックの言葉をもしリリーが聞いていたなら、ポーカーフェイスが通じていない事実に精神的ダメージを負っただろう。
しかし、そのユニークな言葉はエマだけではなく、ベーカー家全体をも明るくした。
「お嬢様は意外と表情に出るわよねー。特に嬉しい時とか」
「あのにやけを抑えようとしている顔、堪らなく可愛いわよねー」
「間違いない!」
使用人達がリリーが聞いたら穴を掘るような内容で盛り上がり、それに釣られるようにエマも笑顔を見せた。
「……そうよね。母親の私がリリーを信じなくてどうするのって話よね」
エマが自分に言い聞かせるように呟く。
「皆、少しの間リリーがいなくて寂しいけど、その間も張り切っていくわよ!」
「おおー!」
エマが拳を天高く掲げれば、ジャックも使用人もそれに続き、心の中でそれぞれがリリーに言葉を送った。
「おっ」
遂に出発日当日。
サラは、仲睦まじく話すリリーとベンジャミンを見て声を上げた。
隣にいたグレイスがすかさず拾う。
「どうした?」
「……なるほど」
とぼけた顔で聞いてくるグレイスを見て、サラはからくりを理解した。
「グレイスの仕業か」
「仕業とは人聞きの悪い」
「それはそうだね」
サラは短く笑った。
ここ最近、リリーとベンジャミンはギクシャクしていた。とはいっても、それは顕著なものではなかったが、何年も近くで見てきたものならば一目瞭然だった。
それが、今は違和感が解消されて以前のように、いや、むしろ以前よりも仲が良さげに見える。
「なんにせよ良かったよ。心のモヤモヤはなければないだけ良いから」
「ああ」
穏やかな表情で話すサラの言葉に、同じく穏やかな表情でグレイスが頷いた。
「どれくらいかかるんだっけ?」
「うーん。一週間から二週間くらいかな」
スカイラーの問いにリリーが小首を傾げながら答えた。
「それだけリリーさんがいないと、ちょっぴり寂しいですね」
「あら、ちょっぴりなの?」
寂しそうに笑うアリアに、リリーが意地悪く聞き返す。
「あ、いえ……!」
「あはは、冗談よ」
それに焦るアリアを見てリリーが笑い、アリアが頬を膨らませた。
強いな。
目の前で友人達と談笑するリリーを見てクレアは思った。
前の様子を鑑みても、リリーの今回の出張は相当危険な事は明白だ。それなのに、彼女は恐怖や不安をおくびも出さない。
そして、強いのはアリア達もそうだ。
皆、リリーがこれから危険な事をしようとしている事には気付いている。気付いていながら知らないふりをして、いつも通りに振舞っている。
――アイザックはいつもより少しだけ静かだが。
そんな友人達を見習い、クレアもその輪に加わった。
「でも、あんたがいないとザックが掃除とかサボって遊びそうで心配だわ」
「はあ? リリーがいなくてもちゃんとやるっての」
芝居がかった台詞で水を向けてやれば、アイザックはちゃんと乗ってきた。
「でもザック、前に私が風邪でいなかった時箒で遊んでいたみたいじゃない?」
「うっ……」
下kら覗き込むリリーに対し、アイザックは横に視線を逃がす。
それはきっと、決まりが悪かったからではないだろう。
「自分に割り当てられた仕事はちゃんと終わらせてから遊ぶ事。良いね?」
「……うーい」
アイザックが不満げながらも頷いた。相変わらず、リリーには逆らえないようだ。
「リリーって、もはやザックのお母さんだよね」
「生まれは俺の方が早いんだけどな」
そう呟くのが、アイザックのせめてもの抵抗だった。
その悪あがきに皆が笑っていると、今度は見習いの中でも更に小さい子達がやってきて、その中で先頭にいたソフィアがリリーに飛びついた。
「リリー!」
ソフィアに続いて子供の大軍がリリーを囲う。そこにはレイモンドなども混じっていた。
「おっとっと、どうしたの?」
口調の割りには軽々しくソフィアを受け止め、リリーは優しい笑顔を向けた。
さっきはベンジャミン、クレア達、そして今度は年下の子達と、リリーはその対応で大忙しのようだ。
「リリー、本当に行っちゃうの?」
「ちょっとだけよ」
泣きべそをかくソフィアをリリーが慰めるのを、レイモンドは集団の後方で見ていた。
このやり取りは、リリーとソフィアとレイモンドで本部に向かう時以来、本日二度目だ。
スラム街に行く事をソフィアは知らないし、クレア達のように危険な臭いを感じ取っている訳でもない。単純に寂しいのだ。
そしてそれはリリーの周囲に集まる他の子達も一緒で、口々に寂しい、寂しいと言っている。
レイモンドとて寂しくないわけではない。ただ、寂しさを心配と危機感が上回っているのだ。
スラム街に行くリリーへの心配と、彼女とアンドリューが抜けた後のミネス軍への危機感。
最近はただでさえ出現する霊も強いのに、これに憑依人間や憑依生物や、もしかしたら《解放軍》などが加わるかもしれない。
そうなった時に残ったメンバーだけで対処しきれるかは怪しい。幸いにもアンドリューは一週間以内には必ず帰ってこれるようだが……。
駄目だ。今、そんな事を考えては。
一番危険なのは間違いなくリリーだ。ならば、せめてレイモンド達は不安を見せてはならない。
「レイ」
リリーがこちらに近付いてくる。
「この子達の事、よろしく頼むね」
「分かった」
「こういう子達に霊術を教えたりするのも、きっと良い経験になるわ」
「えっ、レイに教えてもらえるの?」
わっ、と皆が湧き上がるが、それはすぐにリリーによって沈められた。
「でも、レイに無理を言ったり迷惑を掛けちゃ駄目よ」
「はーい!」
「レイも、困った事とかあったら先輩とかに相談しなよ」
「うん。そうする」
ベンジャミンを筆頭に、大人でなくともミネスには頼れる先輩がいっぱいいる。彼らなら、相談すれば何かしらの答えは出してくれるだろう。
それからヴァレンティ―ナによって連れ戻されるまで、見習いの子達はずっとリリーを独占していた。
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