貴族命令
「……という事でした」
ベンジャミンが締めくくる。
「そうか」
目の前のアンドリューが腕を組む。
ここは、ミネス軍の小会議室だ。
あの後、ひとまず事態が収集した事に安堵したのか、シャビエルは糸が切れたように眠ってしまった。
そこで、シャビエルは他の隊員に任せて、私とベンジャミンはアンドリュー達に報告に来ているのだ。
アンドリューの他にはウィリアム、グレイス、ネイサンのお馴染みのメンバーがいる。
「メンク……確かめるには遠すぎるな」
ウィリアムが唸った。
「でも、人と木が忽然と消えちまうなんてあるんすか?」
ネイサンが首を捻った。
「幻聴も聞こえていたのだろう? 少し前から精神を病んでいて、幻覚が見えていてもおかしくはないな」
グレイスも同意する。
が、私には――あくまで感覚だが――少なくとも憑依される前のシャビエルはしっかりしていたように思う。
それを話せば、皆一様に考え込む素振りを見せた。
「……という事は」
沈黙を破ったのはウィリアムだ。
「お前は、異界があると考えているのか?」
「はい」
ネイサンが目を見開く。
ベンジャミンにはさっき話したし、アンドリューとグレイスは薄々勘付いていたようだ。
「根拠は?」
「霊術の防御技の本質です」
そう前置きして私は話し始めた。
「霊術の防御技は、特に《聖域》以降の高難度の技は、《幻域》や《封域》、《排域》と、全て空間を作り出す技です」
《幻域》は可変式の波打つ結界。
《封域》は中に存在するもの全ての霊力を封じる結界。
《排域》は中に存在するもの全てを無に帰す結界だ。
「その中でも特に、《封域》と《排域》は周囲とは異質の空間を作り出している。ならば、異界のようなものがその延長線上にあってもおかしくはないと思います」
「実は俺も同じように考えた事があります」
ウィリアムがすぐに同意した。
こいつめ、私を試しおったな。
「マジ?」
ネイサンが首を傾げる。
「中に存在するものを全て自分の思い通りに出来るとかいう《神域》ならともかく、まるっきり別世界となるとまた違うんじゃねえの?」
「……よく《神域》なんて覚えていたな」
「それに、ネイサンにしては理路整然としている」
「おい」
ウィリアムとグレイスのからかいにネイサンがツッコミを入れるが、皆顔は真剣だ。
ネイサンの言っている事も分かる。というより、理屈で考えれば彼の意見のほうが余程可能性がある。
が、私の中には異界はあるのではないか、という確信めいたものが広がっていた。
「どちらの意見も理解出来るが……」
アンドリューが腕を組んだ。
「どちらにしろ、現時点で確かめる事は出来ないな。シャビエルの言っている事が真実だと判明する機会でもない限り、この話はおそらく進まない」
「ですね」
アンドリューの言葉にウィリアムが頷く。
結局、そのまま会議は終了になった。
そして翌日、私達は同じ場所、同じメンバーで集まった。
「俺とリリーへの護衛任務だ」
「え……私もですか?」
今までにも、アンドリューやグレイス、サラなどは護衛任務に就く事は有ったが、私はない。
「そうだ」
「どこからですか?」
ウィリアムの問いに、アンドリューは苦い顔をした。
「ピーターソン家だ」
「っ……!」
私は息を呑んだ。
「俺が当主であるドミニクの、リリーが次男であるカイデンの護衛だ」
「次男のカイデン……」
グレイスが腕を組んだ。
「良い噂は聞かないな」
「あの家絡みで良い噂はないだろ」
ウィリアムが吐き捨てる。
「護衛って事は、何かの行事にでも参加するんすか?」
「ドミニクはラルス国との貿易、そして、カイデンはアイリア国のスラム街への視察だ」
ラルス国はアイリア国の西南にある国境が接している国だ。西南という事は――、
なんて考えている場合じゃない。
(今、アンドリューは何と言った?)
「スラム街……だと?」
「それはやべえな」
「確実に誰かの差し金だ」
グレイス、ネイサン、ウィリアムが険しい表情をする。
「スラム街ってそんなに危ないんですか?」
ベンジャミンが、私も気になっている質問をした。
「あそこは無法地帯で、弱肉強食の世界だ。捨てられた子供から脱獄した犯罪者まで、そこには裏社会のありとあらゆる奴らがいる。略奪に強姦、殺人なんてものは日常茶飯事で、『犯罪の宝庫』なんて呼ばれている」
「うへえ……」
ウィリアムの説明に、私は眉を顰めた。
アメリカのスキッドロウより治安悪いかも。行った事ないけど。
「それ、拒否出来ないんですか?」
ベンジャミンがアンドリューに詰め寄った。
「いくらリリーでも、流石に危険すぎます!」
「ちょ、先輩」
その袖を掴むが、彼はアンドリューを凝視したままだ。
「ベンも知っているだろう。貴族からの正式な依頼は断れない」
貴族社会の色があるこの国では、余程の事がない限りは貴族の正式な依頼は絶対だ。
明文化されている訳ではないが、歴史が何よりも物語っている。
「でもっ……」
「大丈夫ですよ、先輩」
私はその肩を掴み、無理矢理こちらを向かせた。
「リリー……」
「護衛なんですから、私一人が狙われている訳じゃありません。それに、元はと言えば私が蒔いた種ですし。大丈夫。いざとなったらどんな手段を使ってでも帰ってきますから」
「それしかないだろうな」
ウィリアムが頷く。
「でも、もしリリーに何かあったら!」
「だからといって、他に道はないだろう。それとも、お前が何か代替案を提示出来るのか?」
「ビル、やめろ」
グレイスがウィリアムを諫める。ベンジャミンは拳を握り締めて黙ったままだ。
「今後の事を考えれば、この依頼は受けざるを得ない」
アンドリューが重苦しい口調で言った。
それは言外に、これ以上の反論は許さない、と言っているように聞こえた。
「ただ、リリーもそうですが、本部も心配ですね。今まで精鋭班が二人以上ミネスを離れる事はなかった」
ウィリアムが言った。
「そうだな」
グレイスが頷く。
「最近は静かだが、《解放軍》などがちょっかいを掛けてきてもおかしくはない」
「二人がいないとなると、守りが手薄っすね」
ネイサンの言葉で私は閃いた。
「司令」
「なんだ?」
「私と司令の護衛任務はいつの話ですか?」
「今から三週間後だ。何か思い付いたのか?」
「三週間で、ソフィアを戦力として計算出来るだけに育てます」
「……それは、どうなんだ?」
皆が一様に微妙そうな顔をする。
「確かにあの子の能力はすさまじいが、三週間は短すぎないか?」
「危険な事は承知の上です。でも、それと同時に自信もあります」
「……ソフィアを除霊活動に参加させてみるか。もう少し後だと思っていたが、確かにソフィアが実力を発揮出来るなら、大きな戦力アップに繋がるはずだ」
「では、我々でよく話し合いましょう。リリー、それで良いな?」
「構いません」
私はウィリアムの言葉に頷いた。この話題はもうこれくらいで良いだろう。
「それより、先程西南のラルフ国に護衛に行くというお話でしたが――」
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