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アリア・ベネット

「で、どうしたのアリア? 大事な話って」


 アリアは自らが連れ込んだ客人、リリーに問いかけられて俯いた。

 覚悟を決めて連れてきたはずが、いざ実際に話そうと思うと、言葉が口から出てこない。


 気が付くと、アリアは自身の青髪を触りながら口をパクパクさせていた。


「……言いづらい事なら無理に言わなくても良いんだよ?」


 待たされて気分が良くないはずなのに、リリーは優しい言葉を掛けてくれる。


「い、いえ」


 アリアは首を振るが、その後が出てこない。

 しばらくまた沈黙があり、とうとうリリーが口を開いた。


「もしかして、霊術に関する事?」


 リリーが心配そうな表情で一歩踏み込んだ質問をしてくる。

 それは、当たらずとも遠からず、といったところだ。

 きっとリリーが心配しているのは、アリアの霊術の上達具合だ。


 アリアを含めた四人がリリーに霊術を教わり始めて数週間だが、早くも成長スピードに差が生まれている。

 クレアとアイザックはリリーに教えられた事をすぐに実践してみせる一方で、アリアとスカイラーはその何倍も時間がかかったし、そもそもの霊力量にも差があった。


 リリーはその事について心配しているのだろうが、アリアは自分に霊術の才能がない事をそこまで悲観していなかった。

 何故なら、彼女にはある『特殊能力』があるからだ。

 そしてその特殊能力こそが、今アリアが口に出そうとしているものなのだ。


 ……いつまでも黙っていても仕方がない。


「はい。霊術に関する事なんですけど……」


 アリアは深呼吸をして、その特殊能力を口にした。


「私、霊力に関する感知能力が高いんです。しかも、結構高精度で」


 リリーが息を呑む。


「感知能力の中でも、霊力の感知能力者は希少な存在で、ミネス軍の中には一人もいないという事になっていたけど……」

「ずっと、誤魔化していたんです」

「そっか……ちなみに高精度っていうのはどのくらい?」

「距離はその霊力の強さで異なりますが、今まで大体の強さや方向を外した事はありません」

「そんなに⁉ なるほど」


 険しい顔をしてリリーが考え込む。


「私は、臆病者なんです」


 半ば無意識に、アリアは語り始めた。


「霊力感知能力はとても希少で重宝される事は知っていました。知っていたから、隠していたんです。皆が命を懸けて戦っている中、私は怖いから逃げたんです。この力は役に立つって分かっていたのに。あんな決意を口にした後でも、誰にも打ち明ける決心がつかなかった。私、本当に駄目なんです……」


 話しながら目線が下に下がってしまう。

 情けなさ、申し訳なさ、自分への怒りなど、様々な感情が渦巻いて涙が出そうになる。

 でも、今泣いては駄目だ。そんな事したら本当に駄目な人間になってしまう。


「そっか」


 そんな優しげな声とともに、頭の上に手が乗せられる。

 顔を上げれば。リリーがこっちを見て微笑んでいた。


「辛い選択だったと思うけど、話してくれて有難う」


 そのまま頭を撫でられる。

 アリアは唇を噛みしめた。


 リリーの手はその後もアリアの頭を撫で続けたが、やがてスッと離れていった。


「それで、今後はどうするつもり?」

「司令にお伝えしようと思います。その際に、リリーさんについてきて欲しいんです」

「あー……分かった。なら早速行こう」


 一瞬何かを言いたそうにしたリリーだが、すぐに素早い動作で扉に向かう。


「え、ちょ、ちょっと、今からですか⁉」

「そうよ。思い立ったが吉日! さ、行くよ」


 リリーに腕を引かれ、部屋を出る。

 ……覚悟を決めるしかないか。




 司令室に到着し、リリーが扉を叩く。


「司令、今宜しいですか?」

「入れ」


 リリーに続いて司令室に入る。

 正面で椅子に座っているのは、ミネス軍総司令官のアンドリュー・マーフィー。

 その鋭い眼光がこちらに向けられ、身体が委縮する。

 会うのは初めてではないが、まだ慣れない。


「リリーとアリアか。どうした?」

「司令の耳に入れておきたい情報がございまして」


 リリーが目配せをしてくる。

 深呼吸を三回程する間に覚悟を決め、アリアは話し始めた。


「実は――」








「なるほど。霊力感知能力者か……」


 アンドリューは暫く腕を組んでいたが、やがて息を吐いてこちらを見る。


「こちらに伝えてきたという事は、実戦に投入される覚悟があるという事か?」

「は、はい」


 声が震えないように気を付けながら頷く。


「その事なんですが」


 今まで黙っていたリリーが発言をした。


「アリアを実戦に投入するのはもうちょっと待って下さいませんか?」

「ほう」


 その真意を確かめるように、アンドリューがリリーに鋭い視線を向ける。

 アリアならそれだけで足がすくみそうな迫力だが、リリーは堂々としている。


「アリアはまだ実戦経験もなく、階級もE級です。護衛にも気を遣いますし、トラブルがあった際の自衛手段も持ちません。それなら、もっと鍛えてある程度の実力を付けてからの方が、リスクも少なくリターンも大きいと思います」

「そうだな。その通りだ」


 リリーの意見に頷いたアンドリューがこちらに目を向ける。


「除霊活動で求められるのは高い能力者ではない。自分の実力通りの働きが出来る者だ。その為に必要なのは自信。ある程度自衛の手段を身に付け、自信が付いたらもう一度ここへ来い」

「は、はい」

「それと、その能力は他には決して口外するな。自分のためにも、この軍のためにもな」

「了解です」


 リリーに背を叩かれる。


「し、失礼します」

「失礼します」


 リリーと共に頭を下げ、司令室を出る。









 扉を閉めた瞬間、身体にどっと疲れが押し寄せてきた。


「ふうー……」

「大丈夫?」


 リリーが顔を覗き込んでくる。


「はい……有難うございました」

「何が?」

「実戦投入の話です。正直にいって、まだちゃんと貢献出来るか自信がなくて……」

「ああ、気にしないで。あれは自分や皆のためだから」

「え?」

「司令も言っていたでしょ? 実力を発揮しきるのが最も大事だって。霊力感知を買われたアリアが緊張や恐怖で怖気おじけづいたりしたら、こっちにしわ寄せが来るから」


 思いがけない、リリーからの厳しい言葉。

 でも、その通りだと思う。


「そうですよね。まずは私がしっかりしないと、他人の援護なんて出来ませんよね」

「そういう事。ここは、一人の小さなミスが多くの命を奪ってしまう世界だから」


 そのリリーの口調は、まるでそうでない世界を知っているかのようだった。


 頑張ろう。

 その小さいが頼もしい、それでいてどこか悲しげな背中を見ながら、アリアは決意を新たにした。








 その三日後、アリアはクレア、スカイラーと共にリリーを待っていた。

 いつか四人で買い物でも行こう、と話していたのだが、おあつらえ向きに今日はアリア、クレア、スカイラーが休養日だったため、今日行く事になったのだ。


「短時間で高強度でやるって言っていたけど、大丈夫かな?」

「まあ、リリーだし大丈夫でしょ」

「逆にウトウトしちゃうリリーさんとか見てみたい気もします」

「分かる」


 などと、失礼に当たるような当たらないような話をしているうちに、リリーはやってきた。


「ごめーん! お待たせ―」


 修行を終えたばかりだろうに、元気に駆け寄ってくる。


「全然待ってないよ。それより、修行はもう大丈夫なの?」

「ええ。全力でやって汗だくになっちゃってさ。水浴びてたら遅くなっちゃったんだ」

「リリーの全力かー」


 話しながら歩き始める。


「レイ君とやった時以来ですか?」

「いや、あの時よりは抑えているよ。グレイスさんもいなかったし」

「そんな事言って、リリーもレイもあの時全力じゃなかったでしょ?」

「え?」


 スカイラーはさらっと聞いたが、アリアは思わずその顔を見てしまった。

 次にリリーの顔を見ると、苦笑を浮かべている。


「スカイラーは鋭いね。どうして分かったの?」

「なんか試合後の雰囲気? とかかな」

「そっかー」

「え、リリーさん。本当にあの試合、全力じゃなかったんですか?」

「うん、まあ。とは言ってもそこまで手を抜いていた訳じゃないよ。本当に手を抜いていたのはレイの方」

「何で?」


 クレアが首を傾げた。


「レイはそんな事しなさそうに見えるけど」

「ああ、そういう意味で手を抜いていた訳じゃないよ。単純に、あれ以上の火力でやりあえば周囲に被害が出る恐れがあったから」

「ああ、そういう事」


 納得したように首肯したクレアが、次なる疑問を投げかける。


「じゃあさ、もしお互い全力でやりあったらどうなる?」

「どうなるかなあ」


 リリーが首を傾げて考え込む。

 絶対にそんな事になって欲しくはないが、アリアにも少し興味はあった。


「勝率で言ったら確実にレイの方が高いと思うけど、私もビジョンが見えないわけじゃないって感じかな。って、そんな血生臭い話は良いのよ! もっと綺麗な話題にしようよ」

「確かに、女子四人でする会話じゃないね」


 リリーの意見にスカイラーが同意し、そこからは女子トークが繰り広げられた。

 最後まで読んでいただき有難うございます!


「面白いな!」

「続きが気になるな!」


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 次話も読んで下さると嬉しいです!

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