彼にとって —前編—
アイリア国のミネスには、一際大きな庭を持つ豪邸がある。ホワイト家だ。
そのホワイト家の庭で、水色神の少年が寝転がっている。
「眩しい……」
少年、レイモンドは顔の上に手をかざした。
レイモンドが住み込みの護衛として働き始めて一週間以上が経過した。
ホワイト家での生活は、思った以上に快適だった。
リリーの提案に乗って試用期間を設けてもらったが、双方合意ですぐに本契約を交わした。
この契約には給料も発生している。
住み込み、しかも知り合いの護衛でお金を貰うのは気が引けたが、リリーからの助言もあって有難く貰っている。
「お金のやり取りがないと責任もあやふやになっちゃうから、護衛の任務を本気でやるなら給料は貰っておいた方が良いよ」
というリリーの言葉には頷けるものがあったからだ。
こうして振り返ると、全てリリーの言う事を聞いてしまっているが、彼女は軍の上層部が相談を持ち掛けるほどの人物だ。問題はないだろう。
そういえば、そのリリーがまだ来ていない。
いつもならレイが庭に出る前か、その少し後くらいには来ている筈なのに。
「レイー、リリー。お待たせ―」
ソフィアが出てくる。
「って、あれ? リリーは?」
周囲をキョロキョロと見回し、怪訝そうな表情を浮かべる。
「まだ来てないみたい」
「珍しいねー。お寝坊かな?」
「ちょっと行ってみようか」
「うん!」
レイモンドはソフィアと並んで隣の家に向かった。
「ごめんなさいね。お嬢様は風邪を引いてしまって……」
使用人のワンバックが頭を下げる。
「えっ、リリー、大丈夫なの?」
「大丈夫よ」
ソフィアに答えたのは、奥から顔を出したエマだ。
「そこまで熱は高くないわ。ただ、最近色々張り切っていたから、疲れが溜まっちゃったのかもしれないわね」
「そうですか」
確かに、リリーは新技の開発、皆の修行の手伝いなど、精力的に動き回っていた。いくら優秀でもまだ十歳。身体が持たなかったのだろう。
「では、リリーさんにお大事にと伝えて下さい」
「早く良くなると良いねー」
「有難う。二人とも気を付けてねー」
見送ってくれるエマに手を振り、ベーカー家を後にする。
「おーい」
とんでもなくしゃがれた声が聞こえる。
そちらを見れば、ベーカー家の二階の窓から黄色が覗いていた。
「気を付けていってらっ……ゲホッ、ゲホッ」
しゃがれた声の正体はリリーだった。咳き込んでいる。
「リリーさん、無理しないで」
「リリー、大丈夫?」
ソフィアの問いに親指を立てるリリー。
「大丈夫だいじょ……ゴホッ」
「大丈夫じゃないね。ゆっくり休んでて。ソフィー、リリーさんに無理させちゃ駄目だから、もう行こう」
「はーい。じゃあリリー、またねー」
「はーい」
ガラガラ声の返事とともに、黄色が室内に引っ込んだ。
「えっ、リリー休み?」
「はい。熱が出てしまったとかで」
「そっかー。大丈夫そう?」
「ガラガラ声で見送ってくれてので、おそらく」
「相変わらずだな」
ベンジャミンがホッとしたように笑った。
「まああいつ、最近頑張り過ぎていたから良い機会かもね」
「ですね。あっ、クレアさん達だ」
ベンジャミンと話していると、クレア、アイザック、アリア、スカイラーの四人がこちらに歩いてきた。
「クレア―!」
ソフィアがクレアの元に駆け寄る。
「わあ、ソフィーは元気ね」
クレアがその頭を撫でながらこちらを見る。
「どうも」
「おはよう。あれ、リリーは?」
「リリーはお熱が出たんだって」
「えっ、大丈夫なの?」
「おそらく。ちょっと疲労が溜まったみたいです」
「あー、ちょっと引っ張り回しすぎちゃったかな」
クレア達がそれぞれに反省の色を浮かべる。
「リリーも楽しんでいたし、そんなに気にする事じゃないよ」
ベンジャミンがフォローを入れる。
「でも、やっぱり少しくらいはあの子に頼らずとも出来るようにならないとですよ。ね?」
クレアの言葉に皆がおおー、と手を上げる。ソフィアもちゃっかり上げている。
「よしっ。気合もいれたところで、まずは掃除よ!」
「お、おおー……」
先程よりも大分盛り下がった返事と共に、クレア達は去っていった。
掃除は見習いの仕事であるため、ソフィアも一緒だ。
軍の内部は基本的には護衛任務はないので、レイモンドはソフィアとは別行動を取る事が多い。
「じゃあ僕、司令達のところに報告に行くので。ベンさんは修練場ですか?」
「いや、今日は室内で筋トレでもしようと思っているから、トレーニングルームだな」
「僕も報告終わったら行きます」
「ああ。じゃあお先に」
「はい」
ベンジャミンと別れ、司令室に向かう。
すると、そこには四人の重鎮が集まっていた。
アンドリュー達にも報告に行くと、アンドリューとグレイスは、
「休めと言っても聞かないから、良い機会かもしれないな」
と頷き、ウィリアムは、
「体調管理も出来ないのは馬鹿の証だ」
と吐き捨て、ネイサンは、
「あいつでも風邪ひくんだな」
と、変なところに感心していた。
トレーニングルームで汗を流したレイモンドは、昼食後は友人達と合流した。
「えー、リリーさんいないの?」
「ちぇー」
リリーがいない事を知ると、友人達は一様に残念そうな表情をした。
「そんな顔していると、ベンさんに怒られるよ?」
「見て癒されるだけなら自由だ!」
同い年の中では一番一緒にいるカーソンが胸を張って言う。
レイモンドの頭にぼさぼさの頭でしゃがれた声を出す今朝のリリーが再生される。
(癒される、かな……)
「それによ、いつかベンさんに勝ってリリーさんを俺のモノにしてやるからな!」
「それは無理だと思うよ」
もう一人の友人、眼鏡を掛けたノーランが冷静に指摘する。
「ああ⁉」
「あの二人、相当に相思相愛だし、近くにレイもいるんじゃ俺達なんて相手にされないよ」
「ぐっ」
「もし万が一の事があっても、ベンさんの次はレイのはずだ」
「それはないよ」
レイモンドはノーランの言葉を首を振って否定した。
「何?」
カーソンが噛み付いてくる。
「僕とリリーさんがそういう関係になる事はないよ。多分、断言出来る」
これは、一緒に戦ってすぐに直感した事だ。何故かは分からないが。
「それに、あの二人が別れるなんてそもそも有り得ないと思うよ」
「何だよ、くそー!」
「モテる人は余裕が違うんだよ、カーソン」
ノーランが眼鏡を押し上げる。
「そんな事より早く娯楽室に行こう。クリスチャンも待っているんじゃないの?」
「あっ、やべ」
カーソンとノーランがしまった、と頭を抱える。
その日、待ちぼうけをくらったクリスチャンにより、遊びに使う全ての時間でチェスが行われ、カーソンが全敗した。
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