狙われたミネス
「何⁉」
本部が襲撃されているだと。
その衝撃的な言葉に一瞬、気が逸れる。
「グレイス!」
アンドリューの鋭い声で、グレイスは慌てて自分の周囲に《聖域》を展開した。
アンドリュー、サラ、トーマス、それにジョーダンも含めて。
ここぞとばかりに触手が集中攻撃をしてくるが、守備力だけならS級と言われるグレイスにとっては、耐えきれないほどではない。
「状況を簡単に説明しろ」
「は、はい。銃で武装した集団が二十名ほど乗り込んできて、敷地の外で応戦していますが、やつら霊術も使えるようで、苦戦しています! 目的などは不明です」
「分かった」
アンドリューの判断は素早かった。
「グレイスはジョーダンと共に本部に急行し、ウィリアムとネイサンと共に持ち堪えろ。俺とサラとトーマスも、あいつを殺したらすぐに向かう。行け!」
「分かった。気を付けろよ!」
「そっちもな」
アンドリューと拳を重ね、グレイスは近くに繋いであった馬に飛び乗り、ジョーダンと共に駆け出した。
————————
「遅いなー……」
私は正確な時計がない事の不便さを味わっていた。
夕飯が終わったらすぐに来るとベンジャミンは言っていたが、一向に誰も姿を見せない。
と思っていたら、ベンジャミンが降りてきた。
しかも、完全武装をして。
「ごめん、リリー。司令達は急用が出来て、来れなくなってしまったんだ」
「急用?」
「うん。ある犯罪組織が今日、このミネスに現れるという情報を入手したから、その警戒だ。俺は君の警護だよ」
「それなら仕方ないですね。警護、有難うございます」
「うん」
ベンジャミンが少し目を逸らして答えた。
いつもと違うその態度に最初は疑問を感じたが、彼を観察しているとその正体が分かった。
彼は、私の警護ではなく、私の監視を任されているのだ。
私がその犯罪組織の一員で、これに呼応して何かをしないように。
全く、その犯罪組織とやらは間が悪い。
それからも長い時を過ごしていると、何やら上が騒がしくなり始めた。
怒鳴り声……のようなものも聞こえてくる。
「何か様子がおかしくありませんか?」
「うん」
ベンジャミンも警戒の色を強める。
そんな中、ある乾いた音が微かに私の耳に届いた。
――パンッ!
「っこの音は……!」
そのベンジャミンの表情を見て悟った。
私の聞き間違いでも勘違いでもない。
今の音は——銃声。
という事は、軍の本部が襲われているのだ。
「ベン!」
小さく鋭い声とともに一人の隊員が駆け下りてきて、ベンジャミンの耳元で何かを告げた。
それを受けたベンジャミンも、何かを囁く。
頷いた隊員は、地下のさらに奥へと駆け出した。
ああ、私も耳元で囁かれたい、なんて思っていると、不意に身体が軽くなった。
「えっ……」
今まで、この地下の部屋に入ってからずっと感じていた倦怠感が、突然消えたのだ。
気のせいで済ませられるほど、この変化は小さくない。
いくらベンジャミンに耳元で囁かれる事を想像したからといって、これだけ体調が回復はしないだろう。
混乱する私の耳に、ベンジャミンの声が届いた。
「リリー」
「は、はい」
「多分、今何が起きているかは薄々気付いていると思う。けど安心して。君の事は必ず俺が守るから」
「っ……有難うございます」
何だこの少年。
滅茶苦茶格好良いんだけど。
それから五分後、銃を持った男達が地下室に雪崩れ込んできた。
————————
このタイミング。やはりリリーと関係あるのだろうか。
本部に急行しながらグレイスは考えた。
今のリリーに出来る事など多くないだろうが、ジョーダンの話を聞く限り、本部は危機に陥っているようだ。
それ自体は小さな一撃でも、崩れかけている塔なら崩壊する事だってあるのだ。
「ジョーダン」
「はい」
「守備体制はどうなっている?」
「見習いの宿泊部屋のある上の階へ行かせない事に重点を置きつつ、侵入を防ぐ事を最優先にしています。あと、地下の結界を解くように指示していました」
「地下の結界を……」
リリーが万が一にも実力を隠している事があれば危険だが、仕方がないか。
一応本部にも銃や盾などはあるが、銃から身を守るには《霊壁》や《聖域》の方が圧倒的に安全だからな。
アンドリューとサラがいない今では、おそらく撃退には火力が足りない。そしてそれは、攻撃に関してはザルのグレイスが加わっても同じ事だ。
あの二人はすぐに来る。
それまで自分が耐えなければ。
グレイス達が本部に着く頃には、本部は既に連中の侵入を許していた。
軍の本部には敷地に入るための外門があるが、そこに立っているのは見知った隊員ではなく銃を持った男だった。
ジョーダンには敷地の外周を回るよう指示を出し、門に近付いていった。
男の足元には複数の人間の身体が転がっており、その中には隊員と思われるものもそうでないものもある。
全員が死んでいる訳ではないが、息はしていても重傷なのは一目で見てとれた。
「軍の奴らか!」
男がこちらに銃を撃ってくるが、《聖域》で防ぐ。
警告もなしとは無礼な奴だ。
グレイスはそのリロードのタイミングで《霊壁》で男を横殴りにした。
初見殺しのこの攻撃はしっかりと命中し、男の身体は門に叩き付けられ、銃もその手を離れた。
すかさずその男を《聖域》で囲い、銃を拾った。男が必死にその内側を叩くが、勿論素手でどうにか出来るほどやわな結界ではない。
普段は自分や味方を守るために使う技が攻撃や拘束にも使えるのだから、霊術とは便利なものだ。
ちなみに、攻撃はからっきしといえど《霊弾》くらいならグレイスも放てるが、強度は低く発動も遅いため、ほぼ使う事はない。
本部の建物の入り口には二人の敵がいたが、先程と同じ方法で二人を同時に倒す。
建物内へ入ると、ウィリアム達は上の階へと続く階段に陣取っていた。
普段は不便だが、侵入に備えて様々な道が狭めに作られているため、ここを突破するのは敵としても容易ではないだろう。
事実、ウィリアム達は地の利を活かしながらしっかりと耐えている。
ただ、ここまで侵入されると攻撃技が繰り出しづらくなる。
攻撃力だけならアンドリューに近いものを持つネイサンも相手の攻撃を相殺したりと活躍しているが、建物を壊す訳にはいかないため、本領発揮には程遠い。
すぐに連中がグレイスにも霊術や銃で攻撃してくるが、《聖域》で防ぐ。
「グレイス!」
ウィリアムの声。
「何だ⁉」
「銃を持った奴らが五人ほど地下に行った! お前も行ってくれ!」
「地下に⁉ 了解!」
「行かせるか!」
地下へ行かせじ、と連中がこちらに攻勢を強めてくる。
やはり、こいつらの本命は地下のようだ。
「グレイス!」
ネイサンの声と同時に、椅子が複数個こちらに跳んでくる。
それを連中が避けたり霊術で防いでいるうちに、グレイスは周囲に《霊壁》を生成して身を守りながら地下へと続く階段を目指した。
「しまった!」
敵が勘付いて地下へと続く道に《霊壁》を生成しようとするが、グレイスが階段に足を踏み入れるのが一歩早かった。
グレイスは自身のすぐ後ろに強度の高い《霊壁》を生成すると、地下へと急いだ。
地下まであと数段、というところで、誰かの大声が聞こえる。
「はああああ!」
思わずグレイスが足を止めた瞬間、その目の前を白い光が通り過ぎた。
白い光は壁に当たり、壁が粉々に破壊された。その近くには、いくつかの銃が転がっている。
「これは……!」
最後まで読んでいただき有難うございます!
「面白いな!」
「続きが気になるな!」
と思った方は、いいねや感想、評価やブックマークをお願いします!
次話も読んで下さると嬉しいです!