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そんな訳ないだろう

 フローレス家を離れた後、私はレイモンドと共にホワイト家に向かった。

 ソフィアはもう無事にホワイト家に送り届けられているはずだが、説明するのは正式な護衛としての義務だ。

 レイモンドはその説明の補佐的な役割でついてきてもらっている。

 ソフィアはレイモンドに懐いているので、あの子も喜ぶだろう。


 これまで私はソフィアの専属護衛のような形で雇われていた。

 が、それも今日で辞退しようと思っている。

 なにせ、護衛対象をほっぽり出して、その護衛対象が危険に晒されたのだ。

 ソフィアは王家の分家の一人娘で、その父のマテオはシエラで力を持っている。彼女が狙われていても全くおかしくなかった。

 護衛失格、などという言葉では生ぬるいほどの失態。マテオからの信頼は失ったも同然だ。

 ならば、せめて辞任でもするのが責任というものだろう。


 一応実家に顔を出してから、ホワイト家に向かう。

 私の雰囲気に気付いたのか、ジャックとエマ、それに使用人達にまで心配されてしまった。申し訳ない。


「ふう……」


 覚悟を決めて家の中に入る。

 使用人に聞くと、マテオは書斎にいるという事だった。

 書斎に向かい、扉をノックする。


「マテオさん、リリーとレイモンドです。今いいですか?」

「入りなさい」

「失礼します」


 緊張しながら部屋に入る。


「まあ、座ってくれ」

「有難うございます」


 マテオが示したソファーにレイモンドと並んで座る。


「それで、二人揃ってどうした?」

「今回の私の護衛任務と襲撃に関して、御説明と謝罪に参りました」

「概要はだいたい聞いている。リリーが火事を鎮火している間に人質を取られ、銃で脅された、と」


 マテオは淡々と言った。


「はい。ですがその前に、私は護衛任務を放棄してソフィアの元を離れてしまいました。今回、彼女が人質に取られる可能性だって充分にあった。いえ、他の人よりその可能性は高かったはずです。正式に依頼されていながらその任を放棄した事、本当にすみません」


 私は一度頭を下げ、マテオを見た。


「つきましては、ソフィアの専属護衛を辞任させていただこうと思います」


 隣でレイモンドが身じろぎする気配を感じるが、マテオはしばらくの間、何も言わなかった。


 数秒か、数十秒か。

 ようやくマテオから声が掛かる。


「リリー、顔を上げなさい」

「はい」


 マテオの目を見る。

 正直逸らしたくて堪らないが、それは今一番やってはいけない事だ。


「では、一つ聞こう。どうすれば君はその失態を回避出来たと思う?」

「火事の現場にソフィーを連れて行き、《聖域》で守るべきでした」

「そうだな」


 マテオが頷いた。


「確かに、今回はもっと深刻なものになっていた可能性もあるし、君の失態は許されないものだ」


 ……覚悟はしていた。が、その言葉はやはり胸に刺さる。


「だが」


 マテオの口調が変わった。

 無意識のうちに下げていた視線を上げると、マテオが口元を緩めていた。


「私は、君を専属護衛から降ろすつもりはない」

「……へ?」


 予想外の言葉に、思考が停止する。


「まさか、本当に私がそんな事を言うと思ったかい?」

「覚悟は、していました」

「そんな訳ないだろう」


 マテオは優しい笑顔を浮かべた。


「君ほどの適任者にはそうそう巡り会えない。実力も行動力も人間性も、全て文句はない。今回も人の命を一つ助けている。だからといってソフィアの護衛任務を怠った免罪符にはならないが、人間は失敗から学んで成長するものだ。結果としてあの子が無事だったというのもあるが、今回程度の事で失うほど、私から君への信頼は薄くないつもりだ」


 私は胸の奥がジーンとなるのを感じていた。

 人から信頼されるというのは、やはり嬉しいものだ。


「それに何より」


 マテオが視線を彼方へ向けた。


「君を解任なんてしたら、私は暫くは口をきいてもらえないだろうね」

「……有難うございます」

「ああ。だからこれからもソフィアを頼む」

「分かりました。今後ともソフィアを全身全霊でお守りします」

「ああ」


 私の言葉に、マテオは満足そうに頷いた。

 私は、ここまで特に発言してこなかったレイモンドに目を向けた。


「レイからも詳しい説明をしてもらおうと思っていたのですが……」

「ああ、その必要はない。ただ、その代わりといってはなんだが、レイにはこちらから少し話があるのだが」

「何でしょう?」


 レイモンドが怪訝そうな顔をした。


「前に一度リリーには話したんだが、ウチで住み込みで働いてくれる護衛を探していてね」


 ああ、その話か。確かに、以前に一度話したな。

 その時はレイモンドとまだ出会ってなかったが、確かにこの少年は理想的かもしれない。


「杞憂だとは思うが、私やソフィアの立場上、家の中に一人は護衛がいた方が安心出来る。君はソフィアの命の恩人だし、リリーや司令からの信頼も厚く、本部で寝泊まりしていると聞いている。もし良ければ、住み込みで護衛をしてくれないだろうか?」

「……少し考えさせてください」


 レイモンドは考えるような素振りを見せた後にそう言った。

 大きな話だし、すぐに決定するのは躊躇われるのだろう。




 結局、私はソフィアの専属護衛を続投、レイモンドの住み込み護衛については保留という事になった。


 今は、ホワイト家を辞去して軍本部に向かっている。


「ねえ、どう思う?」


 レイモンドが聞いてきた。

 内容は勿論、ホワイト家での住み込み護衛についてだろう。


「条件的には凄くいいと思うよ」


 私は率直な感想を述べた。


「皆さん良い人だし、家も広くて清潔だし、マテオさんはシエラのお偉いさんだから給料も高いだろうし。本部までもそれほどかからないしね」

「そっかー……」


 レイモンドは考え込むように視線を下に向けた。


「悩んでるなら、一回お試しみたいな感じで働いてみたら?」

「試用期間って事?」

「そう。今のまま考えてても決定打は出ないと思うから、実際にやってみて決めるのも一つの手だと思うよ」

「確かに。明日にでも早速打診してみる」

「行動力あるねー」

「リリーさんには言われたくないよ」

「ははっ」




 それから雑談をしていると、本部にはすぐに到着した。


「大変だったみたいだね」


 ベンジャミンか声をかけてくる。


「まあ、それなりに」

「検定会場での事はともかく、火事の事は噂になってるよ」

「え」


 嫌な予感がする。


「どんなですか?」

「魔術師の少女が魔法で火を一瞬で消してみせた、って」

「ああ……」


 私はがっくりと肩を落とした。

 霊術というものがありながら魔法まで持ち込むなっつーの。


「で、実際に使ったの? 魔法」

「んな訳ないじゃないですかぶん殴りますよ」


 流れるように暴言が出たが、今日は一日が濃すぎて色々おかしくなっているので、目を瞑ってもらおう。


「冗談だよ。大方、《霊撃波》かなんかで吹き飛ばしたんでしょ?」

「そうです」

「リリー、意外と脳筋だからね」


 ベンジャミンがアハハ、と笑う。


「それは結構先輩にも言えると思うんですけど」

「そんな事はないさ」

「ええー?」


 などと戯れていると、横から、


「リリー」


 と、声が掛かる。グレイスだ。


「イチャイチャしているところ悪いんだが、夜もあるし、一度寝ておけ。感覚以上に疲れているはずだ」

「別にイチャついてませんが、確かにそれはそうですね」


 ベンジャミンに目を向ければ、彼も頷いている。


「では、ちょっと休ませてもらいます」

「ああ。もし時間になっても起きてこなかったら、見習いのチビ共を突撃させるからな」

「それは本当に勘弁してください」


 私は苦笑した。

 以前、仮眠室で寝過ごしてしまった時、見習いで私に懐いてくれている子達が、グレイスの指示で一斉にちょっかいをかけてきたのだ。

 いつもは可愛い無邪気な笑顔が、あの時はとても恐ろしく見えたものだ。


「半分は冗談だ。ゆっくり休め」

「はい。では失礼します」


 半分は本気なのかよ、と心の中で突っ込みながら、私は仮眠室へと向かった。








「どうやら元気になったみたいですね」

「ああ」


 安堵の息を吐くベンジャミンにグレイスは同意した。

 本部から帰ってきた時、リリーは何となく元気がなかったが、今は多分元通りだ。


 ホワイト家に行ったのを皮切りに元気になったあたり、ベンジャミンの「ソフィアをほったらかしてしまった事に責任を感じているのではないか」という仮説は当たっていたようだ。


「まあ、マテオはリリーの事を大分信頼しているからな。それに今回は人命救助もしているし」

「十歳の少女に自分の娘の警護をさせている時点で普通じゃないですもんね」


 ベンジャミンが誇らしげに言った。


「ああ。あいつは間違いなく凄い。が、凄すぎると逆に良くない事も出てくるぞ」

「どういう事ですか?」

「いわゆる、王家からの引き抜きだ」


 ベンジャミンがあっ、と口を開けた。


「あの容姿で実力、実績ともに申し分ないとくれば、王家が直接オファーしてくる可能性は十分にある。そうなれば、アンディーも無下には出来ない」

「それは困りますね。王家の私兵になんてされたら、もはや囚われの身になってしまう」

「それだけではない。あいつは出生に関してグレーだから何とも言えないが、仮に庶民の出だったとしてもA級霊能者は立派な身分代わりになる。となれば、自分の息子と結婚させようという者が出てきてもおかしくはない」

「け、結婚⁉」


 ベンジャミンが面食らった顔をする。

 いつもは冷静な彼も、リリーの話題になると全く落ち着きがなくなるので面白い。


「まあ、そうでなくても、軍の内外にライバルは多い。色々頑張れよ」

「それは言われずともです」


 ベンジャミンが真剣な顔で頷く。


「リリーが望むなら、王家だろうと何だろうと、リリーは渡しません」


 その瞳に映るのは、一点の曇りもない覚悟の光。


「青春だねえ」


 グレイスは、孫の成長を見守るおばあちゃんのような気持ちになりながら呟いた。

 最後まで読んでいただき有難うございます!


「面白いな」

「続きが気になるな!」


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 次話も読んで下さると嬉しいです!

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