ミネス軍精鋭班
「ハイダ森にA級以上の憑依人間が出現した模様です!」
知らせに来たホセという隊員が、脂汗を浮かべながら敬礼をする。
憑依人間が現れた場合の対処法は二通り。そこに居る戦力だけで倒しきるか、本部に応援を要請するか、だ。
本部に応援を要請する際には、《霊弾》を空に打ち上げる方法が取られる。それを物見櫓にいる隊員が確認してアンドリューに知らせに来るのだ。
その《霊弾》の数によって意味合いは変わるが、今回は《霊弾》一つ。A級以上の憑依人間が出現した、という合図だ。
「間が悪い……」
ウィリアムが憎々しげに呟いた。
そしてそれは恐らく全員が思っている事だ。
ホセは居心地が悪そうだが、それを気に掛けている余裕はない。
目を瞑って考え込んでいたアンドリューは、数秒の後に決断を下した。
「俺とグレイス、サラ、トーマスの四人で向かう。ホセ、お前は案内を。ビル、お前は本部を頼む」
「はい!」
「分かりました」
「ネイサン、サラとトーマスを呼んできてくれ」
「うぃーす」
間延びした返事とは対照的に、素早い動作でネイサンは走り出した。
サラ・ヒューズはグレイスと同じで数少ないB級霊能者の一人。トーマス・ケリーはC級だが、視野が広く機転の利く男だ。
無論、どちらも精鋭班の一人である。
「行くぞ」
「ああ」
グレイスはアンドリュー、ホセと共に走り出した。
情報媒体などの装備を付け、馬を引き出す。
門の外で待機していると、程なくしてサラとトーマスもやってきた。
「全速力で行くぞ!」
アンドリューを先頭にして、五人は一気に駆け出した。
————————
「あの髪色……司令とB級のやつ二人がいたぜ」
「本当か⁉︎」
「ああ、間違いねえ」
アンドリュー達が駆け抜けた道の傍の草むらでは、男達がヒソヒソと会話をしていた。
「どうする。もう突撃するか?」
「いや、少し待て。後続が来ないとも限らない」
「でも、それじゃああいつらが戻ってこないか?」
「いや、軍は非常事態を除いて憑依人間を殺さない。殺す判断をするにしても、そうすぐにはしないはずだ」
「馬鹿だよな。あんなん殺しちゃえばいいのに」
「なー」
上官と思しき男達の会話に緊張感は感じられない。
脅威の一つが目の前を通過した事で、気が楽になっているのだ。
そしてその空気は、下の者達にも伝染した。
「いやー、にしてもマジで司令とかいなくなって良かったわー。ガキ一匹のために軍の本部に殴り込んで死んだら、死んでも死に切れねえよ」
「そしたらお前、霊になっちまうかもな!」
「そしたら俺がお前に憑依して、警備の奴らぶっ殺してやるよ」
「おいおい、お前らエゲツない事言うなあ」
そうツッコむ男の顔にも、余裕の笑みが浮かんでいる。
「でも、こんな冗談を言う余裕があるのも、憑依人間のお陰だよなー」
「な! しかもA級以上だっていうから、だいぶ時間もあるし」
「まさか霊に感謝する日が来るとは」
「マジで運良いよなー」
その会話を聞いていた一人の男は、誰にも聞かれないように小声で呟いた。
「運……か」
————————
現場に近付いていくと霊術特有の光が見えたが、グレイス達が到着する直前、その光は消えた。
それから間もなくして到着したグレイス達の目の前には、首が飛んだ隊員の死体と、それに触手を伸ばしている憑依人間だった。
「くそっ!」
だが、間に合わなかった事を悔やんでいる場合ではない。
憑依人間や憑依生物相手では、珍しい事ではないのだ。
「俺とサラで攻撃をする。グレイスは盾を。トーマスは周囲の警戒を最優先にしつつ援護をしろ」
「了解!」
素早く陣形を組む。
グレイスが先頭で、アンドリューとサラがその後ろ。最後尾にトーマスだ。
敵の攻撃をグレイスが《聖域》や《霊壁》で受け、アンドリューとサラが《霊弾》や《霊撃破》で攻撃をする。
《聖域》の中では攻撃をしてもその内側の壁に当たってしまうだけなので、攻撃をするためにはどうしても無防備にならなくてはならないが、このメンバーでの連携は慣れている。
呼吸がずれる事もなく、四人はほとんど無傷で攻撃を続けた。
「司令! あんまり本部空けるのも怖いですが、どうしますか?」
「いいや、駄目だ! 助けられる命は助ける」
「分かりました!」
トーマスとアンドリューのやり取り。
そう。
リリーが襲われていた時のような緊急性がない限り、基本的に憑依人間は殺してはいけないのがルールだ。
何故か。
憑依人間は、生者に霊が憑依したもの。
うまくやれば、その結合を乖離させて生者を助けられるのだ。
攻撃をし続けると、憑依人間の頭から煙のようなものが出る時がある。
それこそが霊の身体の一部で、その煙が体内に戻らないうちに攻撃すれば、霊と生者を乖離させる事が出来る。
憑依する霊はほとんど低レベルであるため、乖離させた時点で除霊はほぼ終了だ。
まあ、その後の生者のメンタルケアなども大変だが、それはまた別の問題。
だから今も四人は、特にアンドリューはあえて手加減して戦っているのだ。
彼なら、本気を出せばレベルAといえど、一分もかからずに片付けるだろう。
しかし、それからいくら攻防を続けても、霊は乖離しなかった。
「司令、もう……」
サラが息を切らせながらアンドリューを見た。
「ああ、仕方がない」
アンドリューは頷いた。
「グレイスはそのままで、トーマスは周囲の警戒に全力を注げ!」
その指示だけで、言わんとする事は分かった。
「これ以上は本部も心配だ! 俺とサラで――!」
「司令!」
突如、アンドリューの言葉を大声が遮った。
その声の主は、少年兵のジョーダンだ。
「どうした⁉」
「本部が……!」
声を震わせつつも、ジョーダンはしっかりとした声で告げた。
「本部が襲われています! このままでは持ち堪えられません!」
最後まで読んでいただき有難うございます!
「面白いな!」
「続きが気になるな!」
と思った方は、いいねや感想、評価やブックマークをお願いします!
次話も読んで下さると嬉しいです!