謎の少女
「ど、どういう事ですか、司令⁉」
松明の光がやんわりと周囲を照らす木造建築の部屋で、一人の黒髪の少年が金髪の大男にたてついていた。
ここは、アイリア国のミネスという街にある軍隊の本部だ。
少年の方はベンジャミン・スコット。軍で一番若い正規隊員である。
一方の大男はアンドリュー・マーフィー。ミネス軍総司令官。つまりミネス軍のトップだ。
二人とも深海のような青色のマントを羽織り、マントの下は防刃性に優れた上下黒の訓練服を着ている。
「リリーにはこの軍から出て行ってもらう。そう言ったんだ」
「納得出来ません!」
「これは決定事項だ。お前には黙って従ってもらう」
「記憶喪失になっている子供を放り出すと⁉」
「当面の生活費は渡すし、あの子ほど霊術の才能があれば働き手はあるはずだ。それに」
アンドリューの視線が厳しくなる。
「記憶喪失は彼女が自分で言っただけだ。ベンも話して分かっただろう。リリーは賢い。記憶喪失のふりをしている犯罪者の可能性だって十分にある」
「そんな……」
ベンは絶句した。
「良いか、ベンジャミン」
アンドリューにあだ名ではなく本名で呼ばれ、ベンの肩がビクッと震える。
「俺はこの軍のトップだ。トップは下の者達の安全を保障する義務がある。たとえそれが、記憶を失った悲劇の子供を見捨てる事であってもな」
その言葉に、ベンは何も言い返せなかった。
アンドリューの言っている事は正しいと、頭の中では分かっているからだ。
しかし、理屈で感情を抑えきれるほど、ベンは大人ではなかった。
「……なら、俺に彼女の監視役をやらせてください」
「一緒の部屋で過ごすという事か?」
「はい」
「理由を聞こうか」
アンドリューと正面から向かい合う。
……このプレッシャー。
俺を納得させてみろ、と言わんばかりだ。
ベンは唾を吞んだ。
「……もし彼女が犯罪者だったとしても、地下は霊術が使えない場所で、彼女が武器などを隠し持っていない事は確認済みです。元々、彼女を保護した時の装備や状態もお粗末すぎます。あの子に出来る事などほとんどないはずです」
「だが、何か予測のつかない手立てがあるかもしれない」
「その為に俺が監視をするんです。ずっと一緒の部屋にいれば、リリーも何も出来ないでしょう」
「それは非現実的な話だ。お前には除霊活動や警備の仕事もあるし、四六時中リリーを見張っている訳にはいかない。お前が寝ている間に行動を起こす可能性もある」
「ぐっ……」
ベンは言葉に詰まった。
確かにアンドリューの言う通りだ。ベンには、リリーを監視する時間も体力もまるで足りない。
「他に策がないなら従ってもらうぞ」
「……いいえ。策はあります」
「ほう」
「三時間。三時間だけ俺に下さい」
「どうするつもりだ?」
「特に信頼出来る人の中で、協力者を募ります」
アンドリューの鋭い視線がベンを射抜くが、ベンは何とかそれを受け止めた。
数秒の後、アンドリューがふっと息を吐いた。
「良いだろう。やってみるがいい」
「はい! 有難うございます!」
ベンは大きな声で敬礼した。
――――――――
「相変わらず子供を焚きつけるのは上手いな、アンディー」
ベンが出て行った直後、部屋の奥からアンドリューに声が掛かる。
「グレイスか」
そこには、薄い紫色の髪を後ろで縛った女が立っていた。
名前はグレイス・キャンベル。アンドリューが選別する精鋭班の一人で、その能力は折り紙付きだ。
ミネス軍の中で、唯一アンドリューをあだ名で呼んでいる人物でもある。
「最初からあの子、リリーを追い出すつもりなんてなかっただろう。あの幼さであれだけの霊術の使い手。もし彼女が白であるなら、監視に労力を費やしてもお釣りは来る」
「かもな」
アンドリューは頷いた。
「ただ、ベンならあそこまで辿り着くだろうとは考えていた」
「ふっ」
グレイスが息を吐く。
「そんなだから、焚きつけるのだけはうまいんだ」
「放っておけ」
アンドリューの言葉にくつくつとグレイスが笑うが、その表情はすぐに引き締められた。
「なあ、アンディー」
「何だ?」
「万が一にも、ベンがそそのかされて、なんて事はないよな?」
「ああ。万が一にもな。あいつはそんな男じゃない」
「それを聞いて安心した」
グレイスは僅かに口角を上げ、目を閉じた。
それからきっかり三時間後、ベンは男性隊員を一人、女性隊員を三人連れてきた。
————————
「話はベンから聞いているな?」
アンドリューの確認に四人は頷く。
「異論はないか?」
また四人は頷く。
「司令の判断なら、我々は従うだけです。それに、もしその子が味方になったなら、大きな戦力アップになる事は間違いないでしょう」
唯一の男であるディラン・ラッセルがそう答えた。
「分かった。では、お前達とベンでよく相談して、抜かりがないようにしろ」
「はっ!」
ベンも含めた五人の監視班が敬礼をした。
————————
「……という訳で、これからはこの五人が交代で生活のサポートをしていくから。困った事があれば何でも言って」
「分かりました。有難うございます」
ベンの言葉に、黄色髪の少女が頭を下げる。
彼女こそが件の少女、リリー・ブラウンだ。
それからお互いに自己紹介をし、ベンとリリーを除いた四人は部屋を出て行った。最初の監視役はベンだ。
リリーが記憶喪失だと信じているベンは、霊の事や軍の事などを中心に自分達が世界についてリリーにレクチャーをした。
それを頷きながら熱心に聞いていたリリーは、心の中で呟いた。
(私、記憶を失ったんじゃなくて元から知らないだけなのよね……)
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