2-2.エンジェル清風との図書館戦争
図書室騒動の後、校内の自販機前で冷たいソーダを買って、七緒に手渡した。
「とりあえず、それでぶつけた場所冷やせよ」
「うん、ありがとう」
財布を取りだそうとした七緒を手で静止した。
「お金はいい。今まで七緒一人に、負担掛けてきたしな。せめてもの償いとして、奢らせてくれ」
そう言うと、ぽーっとした顔で、七緒はこっちを見ていた。コイツダメ男に引っかかるタイプだな……。
「まあ、それで、その……今までのチャラにしてくれませんかね?」
「……台無しだ」
ぷいと顔を背けた七緒を見て、ひとり達成感を噛みしめる。これで七緒はダメ男に引っかからないね……。
「すいませんね気が利かなくて……」
三下感のある謝罪をへこへこと繰り返していると、顔を逸らしていた七緒は、俺のことを一暼した後、目の前を突っ切った。何をするのかとみていると、おもむろに自販機でコーヒーを買った。
「ん」
「え?」
「んっ!」
そして七緒は、コーヒーを俺の胸に押し付けた。どうやらくれるらしい。でも……、
「これじゃ奢った意味がないんですが……」
「そうだよ!」
はっきりと七緒は言い切った。そうなの? 意味が分かりません……。
「これで貸しはチャラで、対等な関係。だから耀くんは、図書委員の仕事にこれから毎日来なきゃいけない」
ああ、そういうこと……。
「そんなことしなくても、俺は行けるなら行く気だよ」
「神に誓えるかな?」
「俺は神には頼らない」
「誓えないってことね」
全てを見透かされていた。そうだ。とある海賊が麦わら帽子をかぶり続けるように、貸しと恩っていうのは、人の心に残り続ける。それを利用し、情に訴えての逃走を試みたが、あっさりと潰されてしまった。とある海賊と比べると、俺の置かれている状況がしょぼすぎて申し訳なくなってくるな。
「まあ、飲も飲もっ」
七緒は、青いベンチに座り、空いた隣のスペースをポンポンと叩いた。
「いや七緒先輩、保健室に行くはずじゃ……」
「そんなに痛くないからこれで冷やせば大丈夫だよ。それとも何。私の、コーヒーが、今、ここで、飲めない、っていうの?」
言葉をわざわざ切って七緒は優しい口調ながら、強調して絡んできた。やだこの人怖い……。男の人呼んで……。
「乱暴しないでくださいね……」
そういってか弱く隣に座ると、「ん?」と笑いながら怒りマークを浮かべていたので、「何でもありません」と訂正した。
「まあちょっと話そうよ。約束の時間は過ぎちゃうけど、アクシデントなら仕方ない仕方ない」
七緒が対したことないと言っていたケガを言い訳にし始めた。
「そこまで言うなら」
断れない。か弱い男の子だから。七緒は図書委員という組織化において、上司のようなものだ(二人しかいないが)。上司の誘いは、断らないのが基本。ここで社畜の基本を作っていくのだ。決して、『怖えなコイツ動けねえよ』とかそんなこと思っていない。
「ここ、お気に入りなの。放課後は誰も来ないし」
生徒会室などの特別教室がまとめてあるこの棟周辺には、確かに誰も人が通らない。
「いい場所だな。今度から使わしてもらうよ」
実際、静かに過ごせるいい場所だ。
「それって、学校は今後も来るって思っていいの?」
ソーダをちびちびと飲みながら、ラフな口調で、七緒は踏み込んできた。
「……行きたいと思ってるよ。でも、明日の自分はわからない」
出てきた言葉は、正直な心境を発したものだった。
「……そういうものなの?」
「そうなんだよね」
「そっか」
七緒は寂しそうに笑っていた。
……。
少し出来た沈黙が気まずくて、俺もコーヒーを口にする。
「耀くんって、雪ちゃんのこと好き、なの?」
「……ごほっ、ごほっ」
「だ、大丈夫?」
飲んでいたコーヒーが気管支に入った。ギャグマンガみたいに噴き出すことは、現実だとモラル的意味合いで出来ないようだ。
「何だよ突然」
「いや、学校行きたいと思えたのって、雪ちゃんの影響なのかなって」
七緒がぐいぐいと踏み込んでくるので、ただただびっくりしていた。
「まあ、アイツ俺の家の前に毎日来るしな……。そうされたら、多少無理してでも行かなきゃって思う。でも、好きじゃないよ。好きになる資格もない」
「……そう」
それを聞いて、七緒は顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「第一、何で知ってるんだ? そのこと」
昨日の今日での出来事だ。
「ああ昨日ご飯一緒に食べる流れで、雪ちゃんに聞いちゃった。ごめんね」
「ああ、なるほど。別にいいんだけどさ……女子こええ」
情報の周りが早すぎる……。
「というか、なんで雪音に告白されて、正気でいられたの? あの美貌だよ? あの胸だよ?」
さらに前のめりに七緒は聞いてきて、優しい花の香りが鼻腔をくすぐった。あなたも十分魅力的ですよ?
「挙げている魅力が外見ばっかなのが気になるが……」
「真っ直ぐな性格だよ? 正直すぎて、ムカつくぐらいだよ?」
「一歩遅かったな……」
そんなに褒めてないし……。
「まあ、何となくわかるだろ? 終夜と俺が付き合うって。笑うだろ?」
「何で?」
不思議そうに、七緒は疑問を浮かべた。
「そりゃあ……俺、社会不適合者だし、学校も満足に行けてないんだから」
「別に誰も笑わないよ。考えすぎだよ、耀くん」
七緒ははっきりと断言してくれた。それは嬉しかったが、世間の目は変わりはしない。
「だな。そもそも俺のことなんて、誰も気にしてないか」
「そうじゃなくて。耀くんはいい人だって、みんなわかるよ」
ははっと思わず笑ってしまった。
「それはないよ。皆の印象は正しい。俺は変なやつ。ヤバいやつ。それで正解」
「間違ってるよ。耀くんは素敵な人だよ」
何回も否定してくれる七緒の言葉は嬉しいが、その言葉を俺が強要している構図になっていて、恥ずかしくなってきた。
「ありがとう。七緒が俺のことを大好きなのはわかったよ」
「ははっ」
乾いた笑いを返されてしまった。感情がゼロだよ。もっと俺をだましてくれよ……。
「でも、このままじゃ辛くない?」
「辛いって?」
「このまま誤解されて、全部諦めて生きていくの?」
不意な鋭い言葉が、突き刺さった。
「雪ちゃんとどうしたいの? 耀くんは」
「わからん」
「即答だぁ……」
考えてもわからなかったので、正直に言った。
「でも、一つ思っていることはある」
「何?」
「終夜に、迷惑はかけたくない」
俺は何もあげられないから、どこにも踏み出せないだけだ。
「それは無理だよ」
七緒はきっぱりと否定した。
「やっぱ無理かなあ……」
「だって、人間って生きているだけで迷惑だもん」
「こっわ……」
価値観が冷めに冷めてるよ……。
「でも、雪ちゃんはその迷惑すら楽しいから、耀くんと一緒に居たいって思うんじゃない?」
「……恋愛マスターだな。七緒は」
「人の気持ちを、ない頭絞って考えているだけだよ。良くも悪くも」
達観した目をしていた七緒は、なんだか大人っぽく見えた。
「七緒が足りないなら、俺はどうすればいんですか……」
「まあ、悩めよ少年!」
何このテンション? ソーダで酔うタイプの人間?
「……でもさ、何もかもすべて諦めちゃって、どうしようもなくなったらさ」
七緒の方を見ると、下をうつむいていて、こっちを見ていなかった。
「え?」
「わ、わたしは一緒にいてあげるよ……」
「七緒、お前……」
嬉しい言葉なのは確かだ。だが、何よりも言いたいことがあった。
「負けヒロインタイプだな……」
「よくわからないけど、鎖骨折っていい?」
七緒はチョップの形をした右手を出した。チョイスが独特すぎて怖いので、俺はスウェーして距離を測った。
「まあ、ありがとな。俺なりに、色々やってみるよ」
「うん」
「じゃっ、そろそろ行くか」
「……なに言ってんだ私……」
「ん? どうした?」
「ううん、何でもないの。行こっ」
俺達は歩き始めた。時折行き交う生徒や先生たちとすれ違いながら、脳内でリフレインしていたのは、さっきの言葉だった。
—―全部諦めて生きていくの?
諦めたいわけじゃない、だが、道は果てしなく遠い。
終夜に俺は見合わない。だから、俺はあいつとは付き合わない。
それでいい。自分の気持ちは、二の次でいい。
……だが、どこかで違和感が、邪魔をしている。
俺はこのままでいいのか、と。
ぐるぐるとした思考の渦にとらわれそうになった最中、七緒が俺に話しかけてきてくれた。俺はコーヒーを飲み干して、途中にあったゴミ箱に缶を投げ捨てた。
「難しいな、人と関わるってことは」
「それを感じただけでも、一歩前進じゃない?」
「やっぱ優しいな七緒。結婚してくれ。そうすれば、俺は人間関係断ち切って、精一杯ヒモとして生きる」
「いいよ。一生懸命生きるならね」
「え?」
「え? 冗談だけど」
「……だよねー! はっはは」
「なんか気持ち悪いね……」
冗談をいつも受け流す七緒から、思わぬカウンターパンチをくらって本気で恥ずかしくなってしまった。あと面と向かって言わないで。陰口で言って。そうすれば俺は傷つかないから。
「まあここからだね、お互い」
「そうだな」
お互い?
七緒は歯を見せて、恥ずかしそうに笑っていた。
なんか足りない気がして、書き足しました。