表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

1.5-恋は戦争

 時は少しさかのぼり、昼休み。とある空き教室。


 ――ちょっと着替えてて遅れるから、今日は飯一緒に食うのパス。

 ――りょうかい、わたしも今日は友達と食べるね。


「……はあっ」


 メッセージを再び見て、雪音はため息をついた。拙速は巧遅に如かず。早い段階で、陽くん改造計画を実行しようとしていたところで、さっそく出鼻をくじかれた。


「なんだよぉ、雪っち。うちらと食事中にためいきなんて」


 若葉は不満そうに、頬を膨らませる。


「ううん、若葉たちのせいじゃないの。ごめんね」


「雪ちゃん、何かあったの?」


 清風は心配そうに雪音の方を見やる。


「せっかく陽くんと一緒に、ごはん食べれると思ったのに」


「ああ、耀くんのこと」


「雪っちが悩むことなんて、それぐらいなもんだよー。大抵のことは、全部解決しちゃうし」


「そうなのよねー」


 雪音は真実だと思うことは否定しない。謙遜はめんどくさいので、とうの昔にやめた。


「陽くんって、私のこと好きじゃないのかな」


「好きというかそもそも……」


「その段階ですらない気が……」


 清風と若葉は目配せしながら、困惑するしかなかった。


「だって、昨日初めて会ったんでしょ?」


「うん」


「それで惚れて、告白したと」


「うん」


「そりゃあ、ねえ……」


「うん……」


 若葉と清風は、当然のことすぎて、それ以上は言わなかった。


 フッてくれるのなら、最速でフラれた方がよかった。しかし、可能性がある以上、雪音はあきらめきれなかった。まあ、フラれてもあきらめきれないが。


「そもそも着替えて遅れるって、そんなに着替えるのに時間かかるかな? 陽くん、友達いないんだし、男の子なんだから、二分で終わるでしょ。女? 女なのね。私の愛を邪魔する泥棒猫。うふふ……」


 綺麗にデコレーションされた雪音の弁当箱。卵焼き、たこさんウインナー、ブロッコリーが次々とフォークの串刺し対象になっていく。瞳の色は、どこまでも深く暗い黒に沈んでいた。



「いや、耀っちに限ってそれはないでしょー。何か一人でする用事があるんだよー。みんなも、まだ誰って感じだしね」


 次々と弁当のラインナップを串刺しにしていた、雪音の手が止まった。


「……うん、まあ冷静に考えればそうだよね。陽くん、どうしようもない子だもの」


 ひとりでに納得した。そうだ。客観的にみれば、陽に異性を引き付ける魅力などない。


「学校にも来ず、常に達観的に一歩引いて、『俺の居場所はここじゃない』という目をしてる。口を開けばボソボソと何言ってるかわからないし、あんな陰を通り越した無、誰が気になるのって話よね、あははは」


 思いのほか笑ってしまう雪音。心の安堵が思いっきり出てしまった。


「……そこまでは言ってないけど」


「……それは、どうかな」


「……ん?」


 雪音は虚を突かれた。おかしい。反応が想定したものと違う。てっきり、若葉と清風は同調してくれるものかと。


 いつもこっちの目をしっかりと見て話す若葉は、目を逸らして、らしくもなく、もじもじとしている。


 清風は清風で、顔を赤くしながら、雪音の方をじっと見据えていた。いつもおどおどしがちな故に、しっかりとした意思表示を感じる。


「……もしかして、キミたち」


「そ、そんなわけないでしょっ!」


 若葉の持っていたフォークが、弾丸のように、雪音に飛んだ。


「おっと」


紙一重、最低限の動きでかわした。私じゃなければ死んでいただろうと、雪音はぼんやりと思った。


「そ、そんな、陽さんは素敵な人だと思いますけど、色々早すぎます……」


 手をぶんぶんと振って、清風は否定していた。くそ、かわいいなこいつ。あざといんだよ。しかもさりげなく下の名前で呼んだなこのアマ。雪音は友といえど、静かな怒りを覚えていた。


「まさか惚れちゃったってことないよね!? ねえ、どんだけ恋愛経験ないのよ。」


「そうじゃないから! 昔にちょっと喋った程度だし! いまは保留ってだけよ! 別に良いとか悪いとかじゃないから!」


「わ、わたしもそうですっ!」


「……」


 保留、その言葉は雪音にとって重い意味を持つ。自分と陽の状態、そのものを表す言葉だから。雪音と陽の関係は、確定していない。いつまで陽と一緒に居られるかさえ、わからない。そしてこの落ち着かない状態は、いまだに続いている。陽のことは、雪音が先に手を挙げただけであって、三人の間に大きな差異はない。三人の間のこのレースで、まだ誰も差をつけてはいない。少なくとも、雪音はそう感じていた。


「……ま、まあ、当たって砕けてみれば?」


「「え?」」


 焦り半分、余裕半分。そんな雪音の口から咄嗟に出たのは、そんな言葉だった。


「雛は最初に見たものを親鳥と思い、童貞の陽くんは運命の人と思うものよ。あがいてみればいいわ。魅力では、私の勝ちよ」


 しまった。先走った。しかし怪訝な表情を見せる二人の前で、雪音の口は止まらなかった。


「え? 勝ちって?」


「どういうことですか……?」


「というか、他の女の子と交流してみるっていうのも、陽くんにとっていい経験かも。比較対象がなければ、私の良さもわからないものね。うん、これは私のメリットになるわ。二人にも走ってもらいましょうか。陽くんと私の、恋のレースを。タイムを縮めるために」


 競争相手がいるとは、雪音も完全に想定外だった。好きな人とは言え、誰がこんな俗物を好くと思っていただろうか。


しかし、一方で冷静な自分もいた。競争相手がいるのなら、並走してもらって、タイムを縮める手伝いをしてもらえばいい。自分がこの二人に、恋のレースで負けるとは思えなかった。


ならば、友さえも利用してみせましょう。二人に存分に魅力を出してもらって、それでも最後に、私が良かったと言わせてみせましょう。雪音には自信があった。


「……よくわからないけど、私、耀っちに近づいてもいいってこと?」


「ええ、どうぞどうぞ」


「いいの? 深く入り組んだ話もしちゃうよ? お出かけもデートもしちゃうよ? いざとなれば色仕掛けだって。いいの?」


「若葉は忖度なしに、すごく素敵な女の子だからね。陽くんは、その魅力を感じたら、いっそう私のところに戻ってきたくなるでしょうね。そんな子にもない魅力がある、私のところに。頑張って」


「ほほう……まっ、これは好都合だわ」


 雪音と若葉の視線がぶつかりあって、バチバチと火花を立てているようだった。きつ然としている雪音と、ポキポキと拳を鳴らしている若葉のコントラストがくっきりと出ていた。


「清風も手伝ってよ。あなた、実は男子に好かれてるみたいだし、清風みたいなタイプ、陽くん好きそうだし、いい噛ませ犬になりそう」


「……雪ちゃん、今日は一段とノンデリカシ―だね」


 清風は笑いながら、ふつふつと怒っていた。当然だ。噛ませ犬なんて言葉は、人に使っていい言葉ではない。悪気はないだろうから、握った拳をふりかざせないだけだ。


「せっかくの機会だし、乗ってあげる。耀くんと、もっと色々話してみたかったし」


「お願いね。あの人、まだまだ世間を知らないから」


「うるさいですね……」


「え?」


「ううん、何でもない」


 笑って糸目になっていた清風の目が一瞬開いて、激しい怒りに満ちている気がしたが、雪音は詮索しなかった。あまりしない方がいい気もした。


「じゃあ、お互い恨みっこはなしで。いいね、雪っち」


「誰が恨むというの。構わないわよ」


「うふふ」


「これも陽くん改造計画の内の一つよ」


 恋は盲目。盲目な上で行われる、愚かしい戦争。


 それならば味方も使う。勝利のために。


 雪音は他人事のように、余裕綽々でそう思った。

郡司は眼中にもありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ