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1.終夜は本当にかわいいが、目を醒まさせる。

「この動画みた? 面白いよ」


「とっくに見たよ。俺がどれだけ引きこもっていると思ってる」


「さっすが陽くん! 引きこもりに市場価値があれば、プロ引きこもりとして活動できたのにね!」


「ないから死んだ目をして登校してるんだよ」


 終夜は心底、不思議そうな表情をしていた。


「何でそうなるのかわからない。私と登校するって、結構価値あることだろ思うけど」


「そういうとこだぞお前……」


「確かに最近も同じようなことで注意された気が……」


終夜はひとりで悩み始めた。そう。俺は終夜と一緒に登校している。朝はもちろん寝不足で、気分がより一層のらないからゆっくりと登校したいのに、自宅前に居られたら、流石の俺でも断れない。


「……ねえあれ」


 目の前を歩いていた同高校の生徒が、一瞬こちらをチラッと見て、小さく話を始める。ばれないと思っているのか、バレてもいいと思っているのか。心境はわからないが、十中八九俺たちのことを話しているだろう。


 それもそうだ。学校じゃみんな知ってる終夜さんが、男と登校している。そして隣にいるのは、どこの誰かもわからないイケていない男。もし目の前に歩いているこの女子生徒たちが、多少でもゴシップ好きであるならば、話したくもなるだろう。


「陽くんがやってるっていうゲーム、私も初めて見たの! 最初に振り分けられたランクがダイヤだったんだけど、どれぐらい強くなったら修くんとやれる?」


「安心しろ。それもう俺より強いから」


「えっ!?」


 いまさらこいつの有能ぶりには何にも驚かなくなってきた。何なら始めたら一瞬で抜かれるだろうなーぐらいの心構えだった。


「最初でそれならプロ級だから。俺とやってもしんどいだけだ」


「わたしは陽くんとやりたいだけなのに……」


 終夜はランクの下げ方を急いで検索し始めた。そんなものはないと知っていたが、少し終夜が黙るので、そのままにしておいた。


「着いたぞ。曲がれ。スマホ歩き危ないぞ」


「陽くん……男らしい……!」


 目をハートにして、終夜がこっちを見ていた。突然全肯定BOTになるなこいつ。恋は盲目だとしてもひどすぎる。注意しただけだぞ。


 スマホと前方をいったりきたりしている終夜に注意しながら校門を抜けて、中庭に入る。

終夜と少し距離を取りたかったが、こいつ、集中力がえぐすぎてまたスマホをじっと見ている。離れない方がいいな。でも……。


 チラッと上方を見ると、そこではクラスの男子二、三人が中庭に視線を落としており、目が合った。


「……まあ、そうなりますよね」


「えっ?」


「いやこっちの話」


 手をひらひらと振って関係ないよと、終夜に伝える。実際、終夜に関係はない。周りがあーだこーだ言うかもしれないという可能性があるだけで、まだ何も起こっていない。自意識過剰な可能性もある。ほら社会不適合者ってさ、普段あんまり人と関わらないから、鋭敏になっているだけかもしれんし。


 でもちらりと見えた男二、三人。あいつら制服の中に、派手なパーカーを着ていた。制服着崩してパーカーって。もうカースト上位の特権じゃん。

 ……はあ。そんなことを考えてしまう自分に自己嫌悪するわ……。めんどくさいことにならないといいな。


「どうしたの、陽くん?」


「ああ、着崩しって怖いなと思って」


「どういうこと?」


 終夜はとりあえずと言わんとばかりに、一番上の外していた制服のボタンをかっちりと止めて、眼鏡をつけ始めた。そういうことじゃないが、今後が憂鬱で、ツッコむ気力もなかった。何事も起きなければいいが。


 ・・・


「おまえ、ちょっときて」


 何事もすーぐに起きた。大人しいと思ったら四限の体育時に、眉なしの坊主に声をかけられた。こいつは黒のパーカーを着ていた郡司だ。


「この後の昼休み、サッカー部の部室前きてくんね?」


「ヤンキーってさ、きっちり昼休みとか、空き時間利用して呼び出すよな」


「何意味の分からないこと言ってんの? きてくんね?」


 だめだ。RPGの選択肢みたいになってる。来る以外ないだろこれ。


「いいけど、なに?」


「まあちょっとお話だよお話。じゃ、後で」


 ニタニタと郡司は笑いながら、仲間にボールを要求しにいった。めんどくさいことその一に、早速出会ったぞ。マドンナと登校したから、ヤンキーのオタク狩りだ。絶対そうだ。ヤンキーって硬派気取ってるから、女にやさしいキャラ出すために男殴るよな。硬派なら男にも優しくあれよ。


 まあ言っててもしょうがない。体育が終わった後、すぐに部室前にいった。殴られるのなら、とっとと殴られて、職員室に駆け込んだ方がいい、というのが俺の経験則だ。経験則に従い、殴られるために「ちょっと着替えてて遅れるから、今日は飯一緒に食うのパス」と終夜にラインした。


「りょうかい、わたしも今日は友達と食べるね」というメッセージと共に泣き顔のスタンプが送られてきた。


「おっ、来たな」


 部室で体育着を着替えていた郡司は、上半身裸だった。運動部だけあって腹筋の割れたゴツイ身体をしている。あれ、これに殴られるのか。それはちょっと……話が違うぞ……。ビビってきてしまった。


「おっ! 噂の……キミ! ヒュー!」


 絶対名前出てこなかったな。陽キャラ特有の掛け声でうやむやにされてしまった。みんながニヤニヤしていて、ものすごく居心地が悪い。


「ははっ。おいやめろよ。まあ、ちょっとあっちで話そうや」


 郡司は俺の肩を掴んで、力づくで歩いて行った。汗が付いて不快だ。しかしそんなこと口にできるはずもない。もうその身体にビビっちゃってるからこっちは。意外にも臭くはなく、柑橘系の爽やかな匂いと香水らしき匂いが混じっている。ヤンキーって香水とか清涼剤好きよな。大体つけすぎてくさいのがセット。


「ちゃんと匂い対策してるんですね」


「あ? なんで敬語なんだ?」


 質問より敬語が気になったらしい。都合の悪いことをスルーするのはヤンキーの特権だからな。仕方ない。そのあと会話が続くはずもなく、何かプールサイドの裏手にあるベンチに連れていかれた。こんなところがあったのか。運動部しか知らない秘密の場所か? そこに郡司が座り、俺が正面に立たされた。なんで俺が説教されてるみたいになってるんだ……。


「まあ、単刀直入に聞くわ。お前終夜と付き合ってんの?」


「付き合ってないよ」


 事実を淡々と告げる。そういうと、郡司は「だよなー」とホッとしたように胸をなでおろしていた。郡司は終夜が好きだったのか。


「お前が思うようなことはないし、付き合う気もないから、な、殴るのだけはやめてくれないか?」


「さっきからお前は何言ってるんだ?」


 俺は郡司の拳をさっきから見てばっかりだった。わかるだろ! ビビってんだよこっちは! 殴られるのは痛いんだよ!


「殴るわけねえだろ。こっちは部活もやってるし、みんなに迷惑かけるわけにもいかねえ。お前を殴りたいとも思ってねえよ」


「え? そうなの? 眉ない人って、人をビビらせたいタイプの臆病な人間だから、自分の地位が脅かされたら、即殴ってくると思った」


「殴っていいのか?」


 そう言いつつも、郡司はファイティングポーズをとらない。部活をやっている人間は、俺が思っているより少しまともだった。ほんの少しね少し。


「まあ、場合によっちゃ手が出たかもしれないけどな」


「えっ?」


「ガードを作るなよ……」


 とっさに腕でガードを作っている俺に郡司は呆れていた。ああ、確信したわ。たぶん俺よりこいつの方がまともだわ。


「まあお前が雪音を泣かしてたら手も出たかもしれねえけど、そんな勇気もなさそうだし。そもそも付き合う気もねえんだろ?」


「雪音?」


「終夜の下の名前だよ。そんなことも知らねえのか」


「いや、知ってたけど、下の名前呼びが気になった」


「ああ、幼馴染なんだよ。幼稚園の頃からの」


 なんですと!


「マジか。クラスじゃそんな素振りないから、わからなかったわ」


「たまに話したりするけどな。というか、お前はそもそも学校来てなくて見逃している可能性がある」


 ああ、納得しました……。僕のいない間に青春は謳歌されてるんですね……。


「それに……」


「ん?」


 さっきから体育会系らしく、目をしっかり見据えて話していた郡司が俯いた。


「あいつ、かわいいだろ……?」


 うわあ……。目を逸らしてモジモジして、顔を赤くしながら郡司は話した。そんな郡司くん、見たくなかった……。


「まあ、そりゃかわいいわな」


「だから照れるというか……」


「まあ、気持ちはわかるけど……」


 それは童貞の発想なのよ……。


「だろ!? つーか、お前かわいいと思ってるのに何で告白しねえんだ!? 勘違いして即告白してフラれるのがセットだろ普通!」


 郡司をとんでもない敏捷性を見せ、胸ぐらをつかんできた。ここでそんな運動神経を見せるな。あとキミ、手出してるよ?


「いや、どう考えても俺と付き合っても、釣り合わないし、終夜にメリットないだろ。俺も気まずいし」


「それもそうだな!」


 そうハッキリ肯定されると、こっちも釈然としないが、まあ言いたいことはそういうことだ。まあ、僕は告白されたんですけど。終夜に。心のマウンティングは、終夜のプライバシーと俺の保身のために胸にしまった。


「まあ、少し気が合うかもしれないから話しているだけだよ。それ以上でも、それ以下でもない」


「そうか……」


 ようやく郡司が手を離してくれたので、乱れた上着を正した。


「つかお前、思ってたより状況が見えてるし、ちゃんと話せるのな」


 なんだちゃんと話せるって。


「ちなみに俺のことどんな奴だと思ってたの?」


「おふおふ言いながら、爆弾作ってそうって思ってたぜ。だから雪音が心配だった」


「ああそのマイナススタートなら、ちゃんと話せるって印象になるわ」


 やっぱみんな、俺がおふおふ言ってそうだと思っているのか。というか何だよおふおふって。たまに言ってるけど。


「まあなんとなく察してるけど、郡司は終夜のこと好きなの?」


「はっ!? んな訳ねえだろ!」


 そういって、手を必死に振りながらあれやこれやと言い訳を述べ始めた。何だよこいつ……萌えキャラかよ……。眉なし坊主の萌えキャラってどこに需要あるんだよ……。ん? いや待てよ? こいつもしかして……?


 刹那、脳裏に直感という名の電撃が走った。俺は直感のまま、口を走らせる。


「いやいや、隠さなくていいよ。言わないし、そもそも俺には言う友達もいないし、真剣に本心が知りたいんだ。終夜への真剣な想いを」


 いつになく神妙な面持ちを作って、郡司に聞いた。内心は、必死に弁解する郡司を気持ち悪いなコイツと思っていた。


 しかし、良くも悪くも郡司はいいやつだ。俺の表側の態度に誠意を持って応えるように、郡司は取り乱した姿を正して、こっちを見据えた。


「わかった。俺は……アイツのことが好きだ! だけど俺は、あいつと素直に喋ることもできない臆病者だ。だから俺は、雪音に見合う男になって、気持ちを伝えたいと思っている!」


 瞬間、情景が頭に流れた。BGMにはサザンオールスターズの「TSUNAMI」が流れる。郡司が部活で活躍する姿。それを見やる終夜。部活引退後に、海で遊ぶ郡司と終夜。線香花火を落とさない競争をして、身体を寄せ合う二人。意識しあう二人。付き合う二人。祝う部員。やがて時は流れ、マイホームで犬と娘と共に、幸せに朝食をとる二人。


「……郡司、終夜は、お前に託そう」


「なんで上から目線なんだ……」


 泣きまねをしながら郡司の肩を掴んだ。郡司は引いてた。


「いや、俺は本当にお前の真剣な姿勢には感心したんだよ。俺は心の底から、お前が終夜と付き合ったら、いいなと思ったんだ」


 郡司は「いや、そんなわけないだろー!」と照れ隠しをし始めて気持ち悪かったのでスルーした。


「でもさ、付き合うには一つのハードルがあるな……」


「ん? なんだ?」


「そのさ、言いにくいけど……終夜って、ノンデリだろ?」


「……ああ」


 すべてを察したかのように、郡司は一瞬で目を濁らせた。過去にアイツの才能とノンデリの暴力に打ちのめされたのだろう。


「アイツは凡人の気持ちなんてわからんぞ。でも、そこを含めて、お前の好きという気持ちは変わらなかったんだろ?」


「……そうだ」


 郡司は真剣な表情だった。

 こいつは本当に誠実な人間だ。プール裏に呼び出したのも、腹を割って話したいから。茶化すチームメイトも制止し、真剣に想いを打ち明けてくれた。俺をあまり見下さず、一人の同級生として接してくれる。

 こんな不器用で誠実な男、いや『漢』にこそ、女子は惚れるものだ。


「ここまで教えたからには、もう言うが、俺、今度の大会で活躍して、雪音に気持ちを伝えようと思ってるんだ。少しでもあいつに近づけたら」


 ベタだなと思ったが、確かにそういう思考になるよな。


「なるほど。それなら俺にいい考えがある」


 真剣な表情を郡司は崩さなかった。


「あいつは天才だし、美人だし、完璧な女子だ。だが、人の感情に鈍いところがある。だから、俺が終夜と話している時には、わかりやすいぐらいに伝えてやる。お前のことを。それでやっとお前のことを意識する程度だろう」


「もちろん無粋なことはしない。最終的に付き合えるかはお前次第だ。きっかけを作ってやるだけだ。それからはお前次第だが、お前ならいけると思ってる」


「……」


「お前が、終夜の目を覚まさせるんだ」


 こいつを、終夜と付き合わせる。終夜の目を醒まさせてやろう。

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