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プロローグ

――恋は盲目。だけど、再び目が見えたとしても、私は一目惚れをしているだろう。


「わたしと付き合ってくれない?」


 校舎裏に春の風が吹いて、聞き間違いだと思って空いた沈黙の間が、やけに長く感じた。

 終夜雪音しゅうや ゆきねは、まっすぐと、真剣そのものといった表情で、俺の方を見つめている。その眼は綺麗で、宝石のような魅力に引き込まれる。

 どうやら彼女は本気で言ってくれているようだ。だからこそ聞きたいことがあった。


「……なんでいきなり? 俺たち昨日はじめて話したばっかだよね?」


 そう、俺達は昨日初めて話したばかりだ。クラスメイトというだけで、それまで面識も何もなかった。覚えられていたかどうかも、怪しいと思っていた。


「それは……」


 何かを言いかけて、終夜は恥ずかしそうに顔を赤くして、下をうつむいた。そのあと小さく「あの……その……」と言葉を探していたようなので、それを待った。終夜が口を開いた。


「ビビっときちゃったの……」


「……え?」


 意味を余り掴めず聞き直すと、終夜はさらに顔を真っ赤にした。


「そうとしか言いようがないの……。あなたしかいないんだって思った。何兆何千分の確率かさえわからない確率で、あなたという最愛の人に会えた。だから、絶対に離れたくなくて……気が付いたら、告白してたっ……」


 恥ずかしすぎるぐらい熱い告白に、こっちも頬が赤くなってきた。


「……そうか。嬉しいよ」


「ほんとっ……!」


 素直な心境だった。こんな綺麗で純粋な子に告白されて、嬉しくないわけがない。


「でも、付き合うのはやめておこう」


「えっ……」


 彼女はわかりやすいぐらいに落胆していた。


「なんで? やっぱり私じゃ不満?」


 矢継ぎ早に彼女は理由を問いただす。


「終夜に問題があるわけじゃない」


「じゃあなんで……?」


 終夜はうるうると涙ぐませた眼でこっちを見ていた。その表情をみると、罪悪感に強く苛まれる。


「まあ、第一に急すぎるわな」


「うっ……」


「終夜はいま冷静な判断ができていない気がするんだ」


 我ながら、当然の見解だと思う。


「でもっ……」


 言葉を発する前に、「もう一つ」といって、終夜を制止した。


「あとは俺側の一方的な問題。俺は終夜と付き合える人間じゃないよ」


「それは確かに考えた。私と陽くんじゃ、一見釣り合い取れないように見えて、陽くんが遠慮しちゃうんじゃないかなって。けど、些細な問題だと思う。陽くん髪切って、おしゃれすればかっこいいし、喋り方もほかの男子みたいにおふおふっあんまりしないし、大丈夫だよきっと!」


「おういきなり抉ってきたな」


 噂には聞いていたが、やはりこいつノンデリカシ―(略してノンデリ)だな……。しかし、嫌味がなく純粋に言っているであろうところがいっそ清々しい。こいつの能力と容姿でこんなこと言われると、いまさら嫉妬や憎しみも生まれない。あとやはり少しおふおふしてしまっていたのか俺は。仕方ない。終夜は美少女だから。


「ま、まあ言い分は合ってるよ。そう。要は釣り合わないってこと。俺と付き合っても楽しくないと思うよ」


「そんなこと、付き合う前からわかるの?」


 まっすぐにこっちを見て、終夜は真剣に話す。その目力に、思わず気圧されてしまった。呼吸を整えて、意見を整理する。


「……とにかく今は付き合う気になれないし、付き合わない方がいい。それは終夜の問題じゃなくて、俺の問題」


 そうとしか言いようがない。


「ここ数年、やけに無気力なんだ。学校行くか行かないかで精いっぱいなんだ。そんな奴と付き合っても、終夜にメリットないだろ?」


 本心だった。学校にいくのさえまちまちな俺に、終夜のような完璧人間の時間を費やしてほしくない。何より俺も気が重い。お互いに有意義であるとは思えなかった。

 我ながら情けない弁解だと、少し気が沈む。それとは対照的に終夜はコロコロと表情を変えて、うーんと眉をしかめていた。


「……よくわからないけど、陽くんは自分に自信がない。だけど、私に見合うよう、自信満々になれば付き合えるってこと、なの?」


 あっ。そうきたか。


「……いや……それは、その……」


 じーっと俺の顔を覗き込むように見る終夜。確かにそういうことなのかも……。虚を突かれたようで動揺してしまう。


 それに動揺の理由はもう一つあって、正直、さっきからこいつ可愛すぎる……。告白されるまではそう感じなかったのに、一人の女性と意識してから、一気に可愛さが増した。同じ人間とは思えないきれいな肌。少し身長の高い俺を覗き込む大きくて、少しいたずらっぽさを含んでいそうな瞳。重力で主張される胸のシルエット。近くで香る、優しい花の香り。一端の高校生が理性を保てる容姿ではない。変な期待も生まれないほどに高嶺の花だったから、俺はこれまで意識しなかった。だが、この告白で一気に俺の意識下に入ってきた。


「ん?」


 聞き直す終夜。……そりゃあ、正直、俺だって付き合いたいよ。けど、絶対に釣り合わない。不幸なゴールも見えている。理性で考えれば、さっき俺が告げた通り、何のメリットも生まないんだ。


「まあ、そうだな、終夜の言う通りに、なっちゃうな……俺の言い分だと」


「……! だよねだよね! 要は自信をつければいいんだよね!」


 そういって、終夜は俺の手を握ってくる。急接近した終夜にドキッとしてしまう。


 やってしまった……。口を開いた瞬間、罪悪感と己の醜悪さで、最悪の気分になった。少しでも彼女との関係性を残したいと思って、俺は強く反論をしなかった。ありもしない、「もしかしたら付き合うかも」という可能性を残して、俺は終夜との関係を保とうとしたのだ。先延ばしをするための、その場しのぎ。最低だ。


「じゃあ、私が陽くんをプロデュースしてあげる! 何にも恥じる必要はないんだって。そのまんまの陽くんが好きなんだって、私が自信をつけさせてあげる!」


 手を握っていた彼女の笑顔が弾けた。女の子特有の柔らかい花の香りが鼻腔をくすぐる。俺は自己嫌悪に苛まれていて、一瞬しか彼女の顔を見れなかった。


「いや、無理だよ」


「はいはい、今はそう言うよね。自信がないんだもん!」


 すぐに否定したが、返す刀で上書きされてしまった。

 彼女のポジティブさの前で、いまさらの弁明も遅かった。そしてこんなに明るいやつだったんだなと、今日初めて知った。


「学校にも時折しか来ず、友達もいない。部活にも入らず、これといった長所もない。将来どうするの? 高校で縁が終わる確率ナンバーワン。プレイリスト多分暗い曲ばっか。人殺す妄想してそう。そんな、陽くんを、私に見合う男にしてあげる!」


「お前本当に俺のこと好きなの?」


 涙は出したくても、出ない。その場から逃げ出す気力も起きない。だから俺は、心を閉ざして、刺激を少なくして、早く彼女と別れる歩道橋の交差点へと向かった。


「今日から陽くんを、名に違わぬ、皆を照らす素敵な男の子にしてあげる!」


 終夜は、俺の心境を知る由もなく、どこ吹く風で満面の笑顔だった。

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