滅亡と甘美な夢
「てわけで、僕には愛人がいたんです」
話し終えて窓の外を一瞥すると、地球が随分と小さくなっていた。
「失礼ですが、その方は女性徴兵の際に──?」
初老の男性は申し訳なさそうな表情でそう訊いてくる。
「いえ、何も分かりません」
「案外、まだ向こうで生きてるんじゃないですかね」
屋上の扉を勢いよく開けると、青空から心地良い風が全身に降り注ぐ。
私は浅い呼吸をしながらフェンスの方へ歩き出す。その足音がはっきりと聞こえるくらいに東京は静かだった。いや、恐らくここだけじゃなく、世界中が沈黙しているのだろう。数日前の喧騒が嘘のようだけど、元々私は静かな空間の方が好きだから、今の東京はとても居心地が良い。
フェンスから身を乗り出して辺りの景色を一望する。半壊したビル群は昨日の雨で濡れていて、陽射しを良い感じに反射していた。絵に描いたような幻想的な風景が、私の目の前に広がっている──そしてその景色は、私の物なのだ。私がこの景色を独占したところで、不服を申し立てる人はいない。というかそんな生物はもう存在していない。
コンビニから盗んできたペットボトルの蓋を握り、ぎゅっと強く回す。
プシュッ、と炭酸が弾け、雨上がりの東京の空に溶けていく。
彼女はただそれを見上げている。
脳裏に描いた僕だけの世界を深く記憶に刻み込む。
熱い瞼を閉じたまま、彼女の幸せそうな笑顔を一から構築する。
ここは無法地帯。つまらない現実なんて記憶から抹消して、都合のいいことだけ考えればいい。たとえそれが現実逃避なのだとしても、甘美な夢にいつまでも浸っていたい──そう思うことは罪じゃない。少なくとも、この世界では。
この脆い脆い世界にいつまでもいさせてほしい。
だから、どうか目を開けないで。