23.利子の死因
「僕はその子のことを知ってるんだ。その子が僕を知ってるかは、わからないけど」
利子は、じっと御社を見つめていた。
(それは本当か、利子?)
俺はテレパシーで利子に聞いてみた。
利子は数秒間俯き、そしてわずかに顔を上げて言った。
(本当です。私も、一応彼女のことを知ってはいました)
「驚いたよ。利子って言うんだからね。なぜ北野を名乗っていたかは、まぁあえて聞かないことにしておこうかな」
北野を名乗る?
「……さて。浅野の表情から察するに、きみは何も話していないようだね。
僕も白黒つけたいんだ。話してもいいかな?」
利子は、黙って俺の腕に込める力を強くしたのみだった。
「……頷いているかい?」
そうか。御社には利子が見えないのか。
「無反応だが」
「……そうか。まぁ無理もないな」
御社は表情を変えず、外に視線を移した。
「きみは自殺しようとしたんだね?あのマンションから、飛び降りて」
利子は腕を放し、俺に後ろから抱きついて来た。
(あ……あぅ……)
「忘れもしない、あれはここに入学して間もない頃だったね。僕と敬司が住む
マンションの屋上から、中学生が落ちた。きみだ。しかし、即刻病院に連絡が行き、
きみは一命を取り留めた。ただし、あくまで一命を取り留めたに過ぎず、今も昏睡状態」
俺は唖然とした。利子が……自殺?
御社は、窓から利子へと視線を戻して続ける。
「結局、不幸にもきみは死にきれなかったんだ。今ここにいるのは、最後まで不幸だった
きみの無念の塊なのかもしれないな」
利子は、今までの比ではないほどに震えながら俺にしがみついてくる。
御社は、踵を返すとドアを開いた。
「それじゃあ、僕はもう用が済んだからこれで。あとは君たちでよしなにやってくれ。
まぁ、今日は早退でもしたらいいと思うけどね」
そういって、出て行った。
黙りこくる利子。
黙りこくる俺。
何も言えない二人は、そのまま教室でしばらく立ったままだった。
結局、俺は仮病を使って早退した。
利子に聞きたいことが沢山あったし、あのまま学校にいても授業になど集中できはしまいと
思ったからだ。
家に帰り、冷蔵庫からお茶を出してコップを取り出す。
何となく口を開くことは躊躇われ、お茶を注ぐ作業に没頭する。
「ユーマさん」
口火を切ったのは利子だった。
「やっぱり私、邪魔でしょうか。出て行ったほうが、いいんでしょうか」
お茶を冷蔵庫に戻しつつ利子に視線を向けると、今までのような怯えた表情や震えはないようだ。
ただ、ぼーっとした表情で、1メートル先の空中を眺めている。
「……お前を邪魔だと思ったことはないよ。その必要があるなら、ここに居てもいい。
ただ、話してくれ。俺は御社の話を聞いて、自分が何も知らないことだけを知った」
俺は、自分が何も知らない事さえ知らなかった。
つまり、俺はやっとスタートラインに立ったらしい。
利子は俯いてしばらくしたのちに、話を始めた。
「……私はあのマンションから飛び降りて死にました。いや、死ぬはずでした。去年のことです」
俺は今年この学校に編入してきたから、利子が飛び降りたことは知らない。
「しかし、さっき御社さんも言っていた通り、不幸にも一命を取り留めました。そして私はあの日
から、幽体離脱、というのでしょうか。私の体の中身だけは現世を彷徨うようになりました。
私の本体は今、病室で昏睡状態だと思います」
なるほど。利子は1週間前、初めて会ったときに「絶命した」と言っていたが、実際は死んでいな
かったらしい。
「生きる事も死ぬ事もできない、不自由で醜い姿になって現世を彷徨い……そして会ったのが
ユーマさんです」
利子は俯いたままで、その表情は覗えない。
「なぜ自殺しようとしたか……は、聞かないほうがいいのか?」
「……いえ。話します。私はもう、ユーマさんに隠し事するのはやめました」
そういって、利子はゆっくりと話し始めた。