授業と忘れ物
「教科書を開いてください。まず、前回の授業はどこまで話したか……そうだ。魔王復活を止めた9人の英雄になぞらい後の九帝制度が始まったってところまでか。
数百年前までは指名による世襲でしたが、現在の大帝になってからその在り方は変わりました。謂わゆる実力主義という形になりました。どう変わったか説明出来る人はいるかな」
授業が始まってしまった。こ、これは、早く忘れ物をしたと言った方がいいのか?あああ、俺としたことが初日から何て初歩的なミスを……
「先せ「はい!」
意を決したところでシュタイナー先生の呼びかけに自信満々といった笑みを浮かべてニーナが勢い良く立ち上がり出鼻を挫かれる。
「帝たちに対して帝位戦を申し込めるようになりましたわ」
「はい。その通りですね。付け足すなら大帝を除く8人の帝に対してのみですが。
この戦いに勝利した者が次の帝となります。帝をなんらかの理由で退き空席となっていた場合には、帝たち2人以上の推薦と他3名以上の賛成があれば新たに帝に選ばれるケースもありはしますがね。」
授業が進行し始めどうにも言い出せなかった。
こういたときってどうすればいいのだ?わからん。授業の中断は望むところでは無い。
『えー、しかし誰でも帝位戦を挑めるわけではありません。資格が必要です。それが認可された八つの学校。各校の候補者から上位者5人が選抜され、第一から第八までの40人による選抜戦で勝ち残った8人だけが帝位戦の資格を得ると定められています』
頭を抱えて悶えていると、ツンツンと脇腹をつつかれた。
紅葉の席は端っこなので、俺の隣に面している人物は1人しかいないことになる。見ると、どこか見覚えのある奇妙な民族的なお面をつけ面の奥からジッーと何かを訴えたそうに俺を見つめている子がいた。彼女の名前はハルルク・エイワ
記憶を探る……思い出した。この子もしや面と共に生きるフウ一族か。魔王時代にも配下に何人かいたな。特殊な体質で面を被るとその面の力を引き出したりする奇妙な一族。
例えば、セイレーンやエルフを模した面を着けたら、セイレーンの魔声やエルフの弓術などをそっくりそのまま真似るといった風に。
懐かしいな。そういえば一度悪ふざけでフウ一族と何人かで魔王の面を作り上げたことがあった。まじで笑えないくらい大惨事が起きて、副官のウルカノスにめちゃくちゃ怒られたんだよな。流石にあの時の面は破棄されただろうか?
「……なにかな、ハルルク」
「紅葉忘れちゃったの?」
「え?」
「教科書」
「恥ずかしながら」
「……」
ハルルクが何気無しに突然魔法を使った。具体的に言うなら右手で教科書を解析して左手で全く同じ教科書を出現させたのだ。
物質の具現化魔法って割と高度な魔法だった記憶があるんだが、さっきの瞬間移動といい、さすがに二千年も経つと魔法自体のレベルが高くなってるんだな。ちょっとびっくり。
『因みに大帝に関してのみ、帝に就任してそこから大帝に帝位戦を申し込むという流れになります。こんなもんか。
えーでは次のテーマにうつります』
「はい どうぞ」
「ありがとう ハルルク」
「別に良い あとエイワって呼んで」
「本当に助かる エイワ」
ただ名前を呼んだだけなのに仮面の奥からでも分かるくらい、笑った感じがした。親切な子だとも思った。他人に優しく出来るのは、元来の気質もあるだろうが余裕があるということだ。
それはあの時代にはあまり見られなかった。隣で子供がお腹を空かして泣いていても飯を分かち合わない。困っている人に対して見て見ぬフリをするなんて至極当然であったからだ。
やはりこの世界は良き時代だ。皆が命をかけて夢見たのだからそうでなくては困るがな。
鐘が鳴り一つ目の授業が終わる。
この座学は歴史や時代ごとの社会情勢や制度を知識として溜め込むのが主な狙いであるかと思ったがどうやら違ったようだ。
本質的には、世の中の関係性や因果関係を理解していき、過去を教訓として学ぶためだろう。
神も人も過去の失敗から学ぶというやつだ。無論俺自身も。存外面白いものだな、こういうものも。
「今日はここまで。また明日」
シュタイナー先生は頭のネジを回しながら、それからパタンと教科書を閉じて、全員を一瞥してから教室を出て行った。
扉が閉まると同時に皆の集中力が切れたようだった。
口々に歓談を楽しみ始めた。
「さっきは本当にありがとう エイワ
うっかり教科書忘れちゃってさ」
教科書を返そうと差し出すがエイワが受け取る様子はない。
「?」
「別に、それ時間経過で消える。
困った時は頼ってくれていい」
紅葉とは正反対の席に座っているセイーネが終わるや否や直ぐに駆け寄ってくる。
「紅葉ちゃん。忘れ物してたんだね!良かったよぉ、シュタイナー先生に怒られなくて。妙に目つきとかも怖いし。」
この子、俺の忘れ物に気付いてたのか。この分だとシュタイナー先生も俺の忘れ物に気付いていたのかもしれないが敢えて黙認したのだろう。
「エイワが助けてくれたからな。お隣さんに恵まれたよ、本当」
「良い気にならないで下さい ハルルクちゃん!
紅葉ちゃんの1番のお友達は私なんだからね!譲らないから!」
「別に、友達になってくれるならなんでもいい」
妙な対抗心を燃やしたセイーネがエイワにそんなことを宣言する。友達に1番も2番もないと思うのだが、いやあるのか?なった順番?難しいな
「セイーネ、あなたまたバカなこと言ってないで早く次の準備しなさい。次の授業はクゥエル先生が演習場で体力試験をするという話されてましたので、他の皆さんはもう向かいましたわよ」
いつの間にかニーナもいて、セイーネを嗜める。
体力試験か。さて人族の身体でどこまでやれるのか
ーーちょっとした補足ーー
魔王は天才肌だったので魔法の認識とか割と大雑把。
エイワが使った魔法は複雑な具現化魔法ではなく、簡易的な構築魔法
ただニーナが使ったのは紛れもなく瞬間移動の魔法(但し術者を中心に10秒間に徒歩で移動出来る範囲内という縛りアリ)




