念には念を入れて人は失念する
時計を見ると現在の時間は6時30分。今日から学校が始まる。紅葉の知識により学校という存在については把握しているが、念のため万が一があってはならないと登校の際の準備を入念に徹底して行っている次第であった。
「忘れ物ないですね?」
「うん」
「身だしなみも整ってますか?」
「うん」
「あ、ここ少し制服が乱れてますね。ピッと伸ばす!」
「父さん細かい」
「細かくないです。服の乱れは心が乱れているという言葉があるくらいですから。」
聞いた事がある含蓄だ。確か黄金と規律の神ジパングと共に生きたトラロフという国の考え方だっただろうか?
思うが、考え方が昔と比べて雑多になってないだろうか?少なくともあの時は皆変に融通が効かなかったはずだ。これが時代の流れだろうか?
感慨深く耽っていると突然母が手をポンと態とらしく叩いた
「あ 一つ忘れてる事をママ思い出しちゃった」
「なに?」
「んー……ほら ちゅーしろ」
「えええ……」
母のおふざけにより結局支度が終わるまでに大分時間を食ってしまった。急がなければと、玄関の扉を開けるとお隣に住まうホロウが立っていた。
デュラハンの活動は基本的に夜型だ。この間といい、光に照らされる彼女の表情からは僅かながらの倦怠感が隠し切れていないが大丈夫なのだろうか?
「……休み明けだしオレが学校前まで送る。乗ってけよ」
少し、いや大分眠そうだ。俺のことを心配してきっと待っていてくれたのだろう。余り無理はして欲しくないところだが言って素直に聞きそうにもない。お言葉に甘える事にした
「ありがとう ホロウのお姉さん」
「……おう。ほら私の前だ」
首無し馬コシュターに跨るとホロウが俺の身体を後ろから包むようにする。コシュターが学校まで駆けていく。距離は数キロあったが、話に華を咲かせているとはいえあっという間に着いてしまった。このコシュターの名前は絶影といい、影を置き去りにするほど速い意味だと教えてくれた。
実際これまでさまざまな生き物に騎乗した経験を踏まえて比較してもかなりの名馬だろう。コシュターの実力とデュラハンの資質の高さは比例する。きっと彼女は優れたデュラハンなのだ。
学校の姿が見えてくるので、ここまでで良いと伝えなければ
「ありがとう。ここまでで大丈夫だから!」
「……分かった。頑張れよ。気楽にな」
そう言って俺を降ろして帰る彼女を背中から見送る。なぜ、彼女は他人である紅葉に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのだろうか。お人好し?何か狙いがあるのだろうか?
……っていかんな、他人の善性を疑うなど。
暫く歩いて校門前で見慣れた姿があった。セイレーンの少女セイーネが立っていた。まるで番兵みたいに。誰かと待ち合わせでもしているのだろうか?
「あ! 今日来たんだ!紅葉ちゃん。待ってたよ〜!」
あれ?いつ来るって具体的に言ってなかったよな?
……まさか毎日こうしてずっと待っていたというのか。
これは随分と友達思いの良い子だな。紅葉の為にも大切にしなければ
「よぉ、セイーネ 今日からまたよろしくな」
「うん!うへへ〜」
帝立第三学園『アカデミー』
そこが紅葉の通っている学園の名前だ。昔では考えられないが様々な他種族が通っているらしい。
1回生から6回生まであり、紅葉は現在3回生だ。
この学園に通っている生徒は700人程であるが、全学年を通してその中で優れた能力を持つ上位50人は"候補生"という肩書きを得るらしく、様々な優待を受けることになるらしい。
記憶を辿ると、紅葉も俺が乗り移るまでは候補生だったらしく相当に優秀だった事が分かった。人間は身体的能力で大きく劣り、かといって魔力量が特別優れているわけではないというのに。この子の努力が窺える。だがある日を境に候補生を辞退した様だが、その辺に何か俺と起因する部分があるのかもしれない。
「あの、セイーネ?
そんな引っ付くと歩きづらいから少し離れてくれると……」
「そうだね、でも今だけ」
ダメだ。何度言ってもまるで上の空で言葉が入らない。皆の好奇の視線が辛い。引き剥がしたくても力じゃ敵わないし、紅葉の身体から何かヤバいフェロモンでも出てて、セイーネがおかしくなっているのだろうかと心配してしまう。
「また貴女は!セイーネさん。離れなさい!羨まs……けしからんですわ!」
既に教室に着いたというのに、セイーネが離れる様子はない。少し遅れてニーナが入ってくるや否や、早速俺とセイーネを魔法で引き離してくれた。つまり、セイーネの姿が一瞬で消えて教室の外に飛ばしたのである。瞬間移動の魔法。その年で使えるなんてこの子凄いな。魔法の扱いが卓越してる。
「全く、あの子は!」
「……おはよう ニーナ」
「ええ おはようございます。紅葉さん。今日からまた頑張っていきましょう」
まるで軍歌のような角笛が校内に鳴り響くと全員がそそくさと席に着く。
廊下をゆっくりと歩く音がする。ガラガラと教室のドアを開けて入ってきたのは、様々な手術を施したかのようなツギハギの男性であった。
復活魔法?違うな。これは自身で行ったのではなく、他者が行った事による蘇生。反魂の魔法だろうか?どちらにせよ行った術者は相当な腕前だ。男はフランケンシュタイン。
名前はシュタイナー先生、その容貌からか生徒たちにはかなり怖がられている。
俺の方を見てから、そして彼はグルリと教室全体を見渡して淡々と感情を込めずに言った
「今日は全員来てるんだね。じゃあ授業を始めよっかー」
ヘラヘラとどこか軽薄そうな笑みを浮かべた男は、頭に刺さっている巨大なネジをギリギリと回した。
「今日は現代における帝位戰に話していこうと思います。では教科書を開いてください」
そしてそこまで言われて俺は気付く。準備した荷物を丸ごと家に忘れてしまった事を
1ヶ月以上空けてしまった。申し訳ないです




