親友
町の電気屋さん、町の休憩所のスピンオフです(*´-`)
俺の親友は、ずいぶんいい奴だ。
俺の親友は、ずいぶん愉快なやつだ。
俺の親友は、ずいぶん酒に弱い奴だ。
俺の親友は、ずいぶん抜けたやつだ。
俺の親友は、ずいぶんやらかしていたりするのだ。
……俺の親友は、本当にいい奴だからさ。
俺は黙って、事の次第を見守っているわけだけれども。
俺は黙って、何も言わずに生きていこうと決めているわけなんだけれども。
実に、冷や冷やとすることがあったりしてだな。
実に、気が抜けないというかだな。
俺の気遣いなど、微塵も気が付かずに、今日も親友は、いろいろとやらかしてみたりだな!!!
初めに気が付いたのは、いつの事だったか。
ちょっとした、違和感だったんだ。
町内会の集まりで、とあるおばあちゃんが猫耳型のお稲荷さんの話を始めた。
油揚げ一枚で作るのか、油揚げを半分に切って作るのか。
他愛もない、話題でひとしきり盛り上がった、翌々日。
いつもの様に、町の集会所でおしゃべりを楽しむご老人方に混じっていた、俺。
「そういえば、この前のお稲荷さんの話だけどさあ!!」
「なにいっとりゃーす!!ありゃああんたが間違えとったんだがね!」
「まあまあ、そういうこともあるから、ねっ?」
町内会の会議にいなかったはずの持田さんが、さもその場にいたかのような会話を始めた。
突っ込んだ羽柴さんの声は、やけにこう、切れがあった。
場をなだめる親友の声が、違和感を全く気にしていなかった。
持田さんは、稲荷寿司嫌いって言ってたはずだぞ……?
いつもぼんやりとした羽柴さんが、切れのいい突っ込み……?
几帳面な柏君が、違和感をスルー?
やけに朗らかに話すご婦人二人と、ぼんやり微笑むおじいちゃんが二人、そしていつもと変わらない穏やかな微笑みを絶やさない親友。
……いつも、なんとなく、不思議な感覚があった。
見るたびに印象の変わるご老人。
話すたびに、そんなことあったかいなととぼけるご老人。
会うたびに思考がころころと変わるご老人。
会うたびに嗜好がころころと変わるご老人。
たまに女性言葉になるおじいちゃん。
集会所では朗らかなのに、ご自宅ではダンマリのご老人。
電話連絡しないと玄関先にすら出てくれないご老人。
いつだってニコニコと穏やかな親友。
一度だって言い争うところを見たことがない、穏やか過ぎる親友。
違和感に気が付かないふりをして、観察をするように、なった。
毎日日替わりで町の集会所に現れる、ご老人の皆さん。
実に規則正しく、入れ代わり立ち代わりでやってくる。
一人暮らしのご老人がたくさんいるこの町内で、誰一人として引きこもる人がいない。
ご自宅では割とわがままな皆さんが、なぜか集会所では穏やかに会話を楽しむことができている。
体調不良のご老人に気が付くのは、いつだって町の集会所の俺の親友。
救急車を呼んだり、病院に連れていったりは、いつも俺と親友。
不幸があった時は、いつも準備でもされていたかのように事がサクサクと進む。
だんだん、仕組みが、わかってきた。
この辺りに住むご老人、その中に……日替わりで何かが、入り込んでいるらしい。
昨日内田さんの話していたテレビ番組の愚痴を、高岡さんが引き続き愚痴っている。
足腰が痛くて動きたくないと言っていた藤代さんが、集会所で踊ってみたを披露している。
猫が嫌いと言っていたはずの木村さんの家に、飼い猫がいる。
日によって、名古屋弁になるご老人が多発している。
……およそ、二人。
二人の誰かが、この町内のご老人たちを回しているのだ。
一人は名古屋弁マスターで、一人はノリのいい若者……?
親友は、その二人をまとめて、フォローをしているように感じる。
だが、微妙に……抜けているのだ。
親友は、公式には、俺と同じ年という事になっているが。
……どうも、精神年齢が、たまに、グッと低くなる時が、ある。
普段落ち着いているのに、勝負ごとになると、途端に我を忘れるというか、羽目を外すというか。
「今度神社で夏まつりやることになったんだよ。初の試みなんだけど、電飾頼んでもいい?」
「ああそうなんだ、はりきってやらせてもらうよ……王手!!!」
6二銀、くらいやがれ!!ってね。
「うわ!!ま、まったあああ!!!」
「はい、ダメダメ!参りましたと、言え!!!」
頭を抱える、親友の背後には、ふさふさとしたしっぽが、チラリ、チラリ。
何だろうなあ、夢中になると、緊張の糸ってやつが切れちまうのかね。
頭を抱えるくらいなら、尻を押さえろってね……。
幸い、羽目を外すのは、どうやら俺といる時だけらしい。
教えてやってもいいのだが、もしかしたら正体がバレたら消えちまう可能性もあるもんだからさ。
俺は黙って、見守ることに決めたのさ。
今日は、この町で初めて開かれた、宵祭りの日なんだな。
大きな焚火を囲んで、踊って歌って。出店のうまいもんをたらふく食べて。
少し疲れた俺は、境内の端っこの大きな岩に座って、ほろ酔い気分で昔を思い出していたというわけさ。
この町もずいぶんにぎやかになった。
うれしくて、うれしくて、たまらないんだろうなあ。
少し前までは、人も少なくて閑散としていた町だったもんなあ。
若者があふれ、住みたい町として人気が出て……きっと親友の、二人の努力が実ったんだな。
俺の横で親友は、空のカップ酒をにぎりしめたまま、よだれを垂らして笑っている。
幸せそうな顔をして……はは。
おそらく敬老席のあるテントの中には、名古屋弁も若者言葉も飛び交っているはずだ。
賑やかしい所もいいけれど、親友の酔いがさめるまで、俺はここで祭りを楽しませてもらおうかな。
何故なら……親友が、まーたやらかしててだな!!!
後ろをのぞき込めば、ふさふさとしたしっぽが機嫌よく揺れているわけだ!!
しかも今日はずいぶんたくさんの尻尾が生えてるぞ、完全に気が抜けているに違いない!!!
こんなにやらかしがちでは、心配で、心配で!!!
いつか、親友に、「全部知っていたよ」といって、驚かせてやろうとは、思っているんだけども。
どうかなあ、言える日が来るかな?
全部忘れて、名古屋弁を話すようになるのかも?
親友の精神年齢が上がるのが先か、俺がくたばるのが先か。
出来れば、長生きして……、ずっと親友のそばにいてやりたいところだ。
俺は着ている町内会の法被をばさりと脱ぐと、ふわりとしっぽ群の上にかけてやった。
「うーん、むにゅ、むにゅ……。」
祭りが終わるまで、あと二時間。
それまでに親友の酔いがさめることを願いつつ。
俺は祭りを楽しむ人々の姿を、ニコニコと眺めるのであった。