想いは消えず
クレシェからは警戒心が漂っている。──フォルテの鼓動は強くはやくなっていくのに、血の気が引いていく。生きた心地などしない。
凍りついた視線は、互いを見つめ合う。
距離は遠い。だが、そんなものは一瞬でなくなるのだろう。クレシェがその気になれば。
なにせ、クレシェはフォルテが到底敵うことのないレベル、一万。
尚且つ、『魔王』とくれば、レベル以上の実力があってもおかしくはない。一万以上のレベルはないのだから。
ゴクリと唾を飲む。
否定しない限り、フォルテには闇しかない。けれど、なんと言うべきか。答え方によっては否定しても闇は消えないだろう。短時間でフォルテの思考は通常の何倍ものはやさで動く。雑念と恐怖を振り払い、極力、通常に近い言葉をフォルテは選ぶ。
「アンタさぁ……俺らのレベル聞いていたよね? それで、その発想は凄いと思うんだけど」
フォルテのやっとの言葉。
クレシェは首を傾げ、考え始める。そして、昨夜の会話を思い出したのか、
「あ……」
と、ちいさな声をもらし、気まずそうに視線を逸らす。
そのクレシェの態度は、自ら『私が魔王です』と言っているようなもの。それを見たフォルテは、
(あ~……『魔王』で間違いないんだな)
と、苦笑する。まさか、肯定するような行動を取られるとは、と。
ただ、まだ事態は好転していない。
好転させるために、フォルテは闇を払拭しようと息を吐き出す。そうして、半ばヤケになって腹の内を話し始める。
「そりゃあ、魔王がいなくなって平和になるなら……そう願うけど。魔王がいなくなって、本当に『平和』が来るのか……俺にはわからないしな」
目の前にいる、どことなく抜けたクレシェが魔王なら。魔王が魔物たちに命令し、人間を襲っているとは考えにくい。
「じゃぁ、どうして?」
打倒魔王のために勇者やそのパーティーは存在するものと、クレシェは認識しているのか。クレシェはフォルテたちの旅の理由を尋ねてきた。
その雰囲気は、あどけない少女のようで。警戒がないクレシェに、フォルテの抱えていた闇は去っていく。
「俺は、現実的に稼ぐため。……ディミヌが言ってたろ、俺の兄弟の人数を」
「えと……八人でしたっけ?」
フォルテは無表情でうなずく。
「うちの町は去年、一部だけが魔物に大きな被害に遭って。まぁ、町の出入り口に一番近い俺の家と、向かいのディミヌの家がヒドイ被害を受けた。それこそ……全部がなくなったも同然だった」
「そんな!」
悲痛なクレシェの叫び。その反応にフォルテは、
(やはりな)
と、魔物が人々を襲うのは、クレシェの指示ではないと判断する。
「まぁ、命があっただけマシさ。幸い、うちの家族はみんな無事だったし」
フォルテは咄嗟に言葉を止めた。
『あのとき、ディミヌは』と続けようとしたが、クレシェに言うことではないと。繋がるような言葉を探し、続ける。
「今はリンフォルの家を借りて、俺の家族は住んでいる。アイツの家は町の中心部で、これからも襲撃に遭うことはないだろうってことで……アイツは家を不在にするからって、半ば強引に住むようにとしてくれたんだけど、まぁ、好意に甘えている。ただ……うちは農業で生計を立ててたから、収入に困ってさ。しばらく、畑が使い物にはならないから、それで……」
それで、畑で鍛えられた肉体をなまらせないためにも格闘家になったとフォルテは言った。
「資格判定を受けて、レベル試験も受けた。家族の生活費を削るのは心苦しかったけど、できるだけいいパーティーに入ろうと思ってさ。両親は理解してくれたし、家族も応援してくれた。いいパーティーに入れれば、勇者がいい仕事を受けてくるだろうし、そうなればいい報酬の仕事にありつける。稼ぐなら、稼げるパーティーに入れるようにって。そんなとき、国王が公認の勇者を決めるって話が出た。すごくいいチャンスだと思って、そのパーティーへの志願を……した、のに……」
フォルテの声はちいさくなっていき、聞こえない。
クレシェは、フォルテがコントのように項垂れたことを思い出す。──現状もそれに近い。
まさかレベルが底辺のディミヌが、国王から公認されるとは。フォルテは夢にも思っていなかったのだろう。
収入が目的なら、国王が公認した勇者のパーティーに入れれば、安泰。──のはずだったと後悔しているのか。フォルテたちの会話を思い出す限り、パーティーの生活すらも楽ではなさそうなのが現状だ。
クレシェから発せられるのは、同情の視線。
フォルテはそのあまりにも『魔王』らしくない態度に、
(『魔王』の指示ですべての魔物が動いているわけでもなかった。……人だって、国王の意思ですべての人間が動いてるわけじゃないのと同じか)
と、複雑な感情が沸く。
違うパーティーと組んでいれば、『打倒、魔王!』と息を巻くパーティーにフォルテは所属していたかもしれない。
他の勇者たちや国の行動が無意味のように感じ、急に虚しくなる。
魔物に憎しみがないとは言い切れない。憎しみを心に宿したままで、どうすることもできないと。なにも変わらないのに、と。
「たっだいま~」
陽気な声が響く。
声は二つ重なっていた。──リンフォルとディミヌだ。
帰って来たふたりのお蔭で、重い空気が吹き飛ぶ。
「おう、お帰り。……で?」
フォルテはディミヌに成果を求める。しかし、ニンマリと笑って口を開いたのはリンフォルだった。
「フォルテ、ほめてやって」
リンフォルが『ほめて』と催促するほどだ。
さぞかしいい仕事でもあったのだろうとフォルテの心はすこし軽くなる。
「見せてみろ」
一向に白い紙を見せようとしないディミヌに、フォルテは手を差し出す。まるで子犬にお手を催促するように、ホレと。
「は~い」
ディミヌは満面の笑みで一枚の紙をフォルテに差し出す。──その様子は、犬が飼い主に取って来いと言われた物を、渡すときの姿を連想させる。
依頼の書かれた白い紙を受け取り、フォルテは視線を落とす。
依頼内容を一行読み、フォルテの表情は引きつった。
「これの、どこをほめろと? ディミヌ! もうすこしまともなモンとって来いよ!」
フォルテが今に至る経緯を聞いていたクレシェには、再び同情が沸く。報われない人だな、と。
「仕事取ってきただけほめてくれても~~~」
頭を両手で押さえ言う、ディミヌとリンフォル。──リンフォルは明らかに、ディミヌに便乗してふざけているとしか言えない。
フォルテの右手に握られた依頼には『この猫、探して下さい。報酬は弾みます』と書かれていた。