手を振る仕草に
ログハウス造りのコテージは、木々の中で朝を迎えていた。太陽が燦々と照らす光は、部屋の中にも降り注ぐ。
賑やかな朝食が終わり、ゆるやかな時間が流れていた。
キュッと小さな音が鳴り、流れていた水が瞬時で止まるころ、子どもがだだをこねるような声が室内に響く。
「ねぇ~、そろそろ行こうよ?」
「俺は片付けが終わったばかりだけどな」
フォルテは洗い終わったばかりの食器から手を放す。
対面キッチンにリンフォルは両肘をつき、片方の足を曲げて落ち着きなく左右にゆらしている。
「じゃあさ、手続きは俺がしてくるから」
楽しげにリンフォルは己を指さす。
「チェックアウトをしてくると言いながら、またどっかフラフラしてくるんだろ?」
「ええ~? ひどい言われようだなぁ」
ひどいと言いながら、リンフォルの声はゆるいままだ。
「仲がいいですよね」
クレシェはリンフォルとフォルテのやり取りを見て、思わず呟いてしまっていた。
クレシェの声にふたりの視線は動く。一瞬だけ目をまるくしたふたりがクレシェを見ると、今度は顔を合わせる。同じ行動をしているふたりを見て、クレシェはクスリと笑う。
フォルテはすぐに顔を背けた。
「別に」
「親友」
ほぼ同時。苦い顔をしているフォルテと対照的に、リンフォルはクレシェに顔を向けて笑っている。が──。
「違う。ただの腐れ縁だ」
リンフォルの弾んだ声は、即座に否定された。リンフォルはムッとし、言葉を返す。
「腐れ縁っていうのはさ、フォルテとディミヌのことでしょ」
「じゃあ、お前とディミヌの関係性はなんだ? っていうか……」
フォルテは喧嘩を売るかのようなキツイ口調で言っていたが、なにかに気づいたのか言葉を止める。──クレシェがクスクスと眉を下げて笑い続けていた。
(なにも……おもしろいことは言っていないんだが)
笑っていたのがディミヌであれば、フォルテは遠慮なしに言葉にしていただろう。けれど、ごく普通の少女のように笑うクレシェを見て、フォルテは言葉をのみ込んだ。
『魔王』が、あまりにも『魔王』のイメージではなくて。
「さっと行って来い」
リンフォルを追い払うように、フォルテはまぶたを閉じて言う。
「はいはい」
右手を軽く振りながらリンフォルは返事をして、ドアへと歩いたのも束の間。
ふと立ち止まり、顔だけをフォルテに向けた。
「ディミヌはね……」
その声にフォルテの視線がリンフォルに動く。
「かわい~子犬ちゃんだよね。放っておけない」
普段よりもワントーン低い声。意味深に笑っていたかと思うと、すぐにニコッと口角をあげる。
「フォルテも同じだよね~?」
声のトーンを戻し、リンフォルは楽しげに手を振りながら外へと出ていく。
パタン
ドアが閉まり、妙な空気が漂う。
だが、気にしたら最後。空気にのまれてしまう。フォルテは敢えて『普通』を意識しながら荷物をまとめ始める。すると、
「ディミヌさん……は?」
と、クレシェはあたりをキョロキョロとし始めた。
(今?)
フォルテはクレシェの抜け具合に軽い衝撃を受けが、
「仕事探しに行ってるよ。まぁ、あいつがする唯一の『勇者』らしいこと、かな」
なるべく『魔王』とは意識せずに話そうと努める。
魔王とふたりきり。下手なマネはしたくない。昨日のリンフォルの二の舞にはなりたくないと、あの惨事が頭を過ったのか。フォルテの無表情に拍車がかかる。
ディミヌは朝食後、すぐに部屋を出ていたのだが、ぼうっとしていたクレシェは気づかなかったようだ。
「仕事?」
きょとんとするクレシェ。
フォルテはため息をつきそうになるが、なんとかこらえる。妙な刺激は与えたくない。
「仕事ってのはさ、勇者への依頼のこと。村人個人から、国の組織単位での依頼まであって。それこそ依頼の大きさは様々。よほどちいさい町以外には、町毎に勇者向けの仕事依頼を公開している場があってさ。一般的に『ワクコレ』って呼ばれている。正式名称は『ワークコレクト』。まぁ、その『ワクコレ』の中にはコルクボードがあって、そこに掲示されている貼り紙の依頼内容とか成功報酬とかを見て、仕事を選べるんだ。パーティーは同行もできるけど、俺たちが同行したのは一回だけだな。同行したところで、決定権は俺らにはないし、手続きも勇者しかできないし。最初以外はディミヌが『これも勇者の仕事だから』って、ひとりで行くようになったな」
「そうなんですか……なんだか大変そうですね」
ぽかんと他人事のように浮かぶクレシェの声。フォルテは苦笑いするしかない。
しかし、次の瞬間。フォルテは寿命が縮まる思いをする。
「あなたたちも……魔王を狙っているの?」