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あたたかいものに満ちて

 テーブルの上では、あたたかい食事が湯気を上げていた。女性は湯気の舞う中で、ディミヌとフォルテを視界に映しながら椅子に腰を下ろす。


 なにをそんなに話すことがあるのか。ディミヌはフォルテにずっと話しかけている。

 女性には見慣れない、幸せそうな光景。つい、ぼんやりと見つめてしまう。


 女性の対面には、フォルテがいる。先ほど淡々と食事の用意をしていたかと思えば、今はディミヌに相づちつつ、落ち着きを払いながら箸を動かしている。

 テーブルの上には色とりどりの、栄養の考えられた理想的な料理が並んでいる。これらを作ったのも、フォルテなのだろう。


(家庭的な人なのね)

 声を聞いただけより、印象はぐんと良くなる。不器用なだけで、いい人なのかもしれないと思えてくるから不思議だ。


 フォルテは女性よりずい分年上に思えた。それは、落ち着いている雰囲気のせいなのかもしれない。

 見た目だけであれば二十代半ばだろうか。けれど、もっと年上に思えてしまうのは、どこかどっしりとした雰囲気が漂うせいかもしれない。到底、アットホームな人には感じられない。

 それにも関わらず、目の前に広がる食事はどれも美味しそうに見える。手の込んでいそうな料理が並び、作り慣れているのがわかる。


「食わないの?」

 いささか不機嫌な声が聞こえ、女性は慌てて箸を握る。

「あ……い、いえ。頂きます!」

 見とれてしまっていたとは言えず、顔が熱くなる。女性は急いでジャガイモを取り、口へと入れる。


 それを見て、右隣に座るディミヌが笑う。


 笑い声につられて右側を見ると、目がばっちり合った。

「ああ、私はディミヌ。一応、セプス国王公認の勇者」

 女性が目を覚ましてからずい分経ったというのに、自己紹介をしていなかったと今更気づいたらしい。ディミヌは、国王公認の証明となる王の紋章が入ったマントの金具を指さし、へらっと笑う。


(なんだか、素直そうな子)

 人懐っこい子犬のようだと、ディミヌを見る。

(かわいいなぁ。この子は年下かしら?)

 ぼんやり女性がディミヌを見ていると、

「ってか、国王がお前を贔屓(ヒイキ)しただけだけどな。……俺は違う人とパーティーを組むはずだったのに……」

 と、フォルテがつまらなさそうに言い、コントのようにうなだれている。

 そのフォルテ姿は、余程の事情があったのだろうと思わせる。


「おふたりは……」

「違う、違うから! もうひとりいるからッ!」

 ディミヌは過剰反応に、女性はつい、言葉が止まる。


「ディミヌ、まだ何も言われてないぞ」

 フォルテの冷たいツッコミで、一気にディミヌの顔は真っ赤になっていく。


 女性はくすくすと笑う。


「その『もうひとり』がいつもフラフラするから、こっちは大変で。俺らは単に同郷。ディミヌは俺の家の前に住んでたから、ガキのころからの顔見知り。で、フラフラしているもうひとりの奴と俺は、同級生」

 フォルテの言葉に、ディミヌは何度も首を縦にする。


 フォルテとディミヌは十歳近く離れているように見るが、親密な雰囲気が伝わってくる。


(もしかしたら、『恋人』と言われることがよくあるのかもしれない)

 仲の良いふたりをぼんやりと眺め、女性はそんなことを思う。


 『勇者』はすでに、『武道家』や『魔法使い』と同様に職業のひとつだ。

 ただし、『公認勇者』は色々と優遇を受けられるという。その公認勇者と一緒のパーティーなら、フォルテも優遇の恩恵を少なからず受けているだろうに、なぜ不満そうに言っていたのか。


 はっと女性は警戒してふたりを見る。

 勇者の中には『打倒、魔王』を掲げる者もいる。特に、公認勇者には多いらしい。──女性は聞かなけぱいけないことがあると、タイミングを計る。


「そうそう、うちのパーティ弱いから」

 ふと、脈略のない言葉が聞こえた。どうやら、女性が考え事をしている間に、話は飛んでいたらしい。

「お前が断トツな」

「それは! しばらく……昇級試験を受けられていないだけだもん」

「ふ~ん」

 すねるように言うディミヌに、フォルテは無関心に返事をする。


 関係を知っても、このふたりは兄妹にも友人にも、女性には見えない。


「フォルテ……その視線は、信用してないよね」

「レベル十ごとの壁が高すぎるって言い訳を、もう聞き飽きたからな」

 淡々とふたりの会話が室内を流れていく。


「確かに、レベルが上がるほど、試験料も上がる。しばらく受けられていないのは確かだから、それは認める。ただな、試験を受ける前はレベル0だ。レベル十のお前は、誰が聞いても試験を受けているとわかる。しかも、レベル二十の試験料は、バカに高いわけでもない。尚且つ、落ちる奴の方が少ないくらいだ。……最高レベルの一万までなれとは、俺も言ってない。それこそ受講料は超高額だし、レベル一万の人間は、片手程だと言われているしな」

「うう……。レベルが資格制になって、力量を示すものとしては便利って言われているけど。でも、本当にそうなの? フォルテやリンちゃんみたいに、それ以上は試験を受けないって、受けなくなる人もいるじゃん」

「一般レベルの五十を超えれば、ある程度の力量があると誰でもわかるようになるからな。俺は金の無駄遣いをしたくないだけだ。ただ、ディミヌには当てはまってないんだからな。うちのパーティーが弱いんじゃない。お前が弱いだけだ」

「あ~、もう、わかりました!」


「で、おたくはいくつなの? レベル」

 フォルテが女性に聞く。

 すぐ横に座るディミヌも、いつの間にか女性を見ている。


 初対面で互いにレベルを聞くのは不自然ではなく、行動をともにするときはよく聞くことだ。

 互いのレベルを知らないまま行動をともにすれば、命取りになり兼ねない。


 女性はどう答えるかと迷う。

 ぼうっと聞いていても、ディミヌがレベル十、フォルテは平均レベルの五十以上だと頭に残った。


(どうしよう)

 安易に嘘も言えない。だが、ふたりの視線を浴びているのも限界だ。

 意を決して、女性は口を開く。

「一……万」


(一万!?)

 ディミヌとフォルテは同じ言葉を心の中で叫んだ。──直後、ふたりは固まる。


 レベル一万の人間が片手程しかいないと言われている理由。それは、それだけの力量の持ち主がいないということもあるが、なにより試験料が超高額だから。

 公にされていないその金額は、噂では国が買えると噂されている。


 半分固まったままのディミヌは、

「へ、へぇ~。じゃぁ、やっぱり誘拐されてた……の、かな?」

 と、なんとか言葉を発する。

 女性は道端で倒れていた。理由はまだ話していない。誘拐されて、どこかから逃げてきたとすれば、誰もが納得する理由だろう。

 どこかの国の姫や、資産家の娘であれば、身代金目的に誘拐されることも事件としては、よくある話だ。


 しかし、フォルテはディミヌの言葉に、

(それはオカシイ)

 と、冷静に思っていた。

 例え誘拐されていたにしても、レベルが一万もあれば、捕まる前に相手を倒せるだろうと。


 ディミヌは言葉を失い、フォルテは女性を疑い、女性は返答に困り口を閉ざす。



 すっかり静かになった空間に、ドアの開く音が響く。一斉にドアに視線が集まった。

「たっだいま~~~」

 弾む呑気な声。

 緊迫した空気は一瞬で掻き消される。


「リンちゃん」

 ディミヌが席を立つ。

 リンフォルはフォルテの後ろを通り、キッチンへと歩いて行く。

 そのあとを、ディミヌが子犬のようについていく。


 フォルテが同級生と言っていたのは、この男性、リンフォルのことだ。身長は百七十㎝代。だが、筋肉質なフォルテとは、体格がまったく違う。リンフォルは細い。緑のローブで全身を覆っているが、細いシルエットが時折浮き立つ。


「リンフォル! お前、また懲りずに食費に手をつけただろ?」

 鼻歌交じりのリンフォルに、フォルテは抗議する。立ち上がったフォルテは速く、すぐにリンフォルの隣に並んだ。フォルテの方が十センチくらい背が高い。

 フォルテは視線を鋭くしていたが、リンフォルには『いつものこと』のようで、変わらずににこやかに笑っている。

「いぃじゃない~、今日は先週の分も取り返してきたからさ」

「よくない。お前は俺らを飢え死にさせるところだったんだぞ!」

 どこぞの主婦かと思わせるようなリンフォルの手振りを、フォルテは叩く。遠目で見ている分には、コントだ。

 しかし、そのコントを傍観するのは女性のみ。

 ディミヌはリンフォルになにかを言いたそうだ。その様子に気づいたのか、リンフォルは一瞬だけディミヌを見ると、大きく息を吸う。


「あ~、いい匂いだねフォルテ。俺も食べたいな~、おいしい手料理」

 軽く弾む声に、フォルテはムッとしながらも鍋のある方へと歩き出す。


 フォルテが鍋に火をつけたころ、手を叩いた音が室内に広がった。ディミヌだ。


「そんなに喜んでもらえるなら、買ってきた甲斐があったってもんだね」

「リンちゃん、ありがとう」

 リンフォルはディミヌに何かを買ってきたようだ。


「あんまりディミヌを甘やかすなよ」

「い~じゃない。女の子なんだから」

 フォルテの感情のない声に、リンフォルはゆるい声を返す。


 そんな光景を女性は、

(楽しそうだなぁ)

 と見ていた。その視線に、リンフォルは視線を動かす。


「あれ?」

 ふと、女性の視線とリンフォルの視線が合う。


 女性を見たリンフォルは足を動かす。顔の筋肉を緩ませて。

「かっわい~ってか、美人さん? 前髪パッツンって心臓抉られそうなんだけど」

 相変わらず弾んでいるリンフォルの声。


 近づいて来ていると女性は認識していたが、気づいたときは、抱きつかれていた。

 女性の背中に回された両腕はあたたかく、やさしい。──けれど、このまま受け止められるものでもない。


「バカッ!」

 フォルテの声に、女性は我に返る。

「止めて下さいっ!!」

 フォルテと女性の声は、ほぼ同時。


 ふたりの叫び声が室内を走ったかと思うと、リンフォルは一瞬で部屋の壁に激突する。

 衝突した後、重力に従いリンフォルは倒れ込む。


 血だらけのリンフォルの様子から、残りの体力は極わずか。体力表示が白から赤に変わり、瀕死の状態とわかる状態になっていた。

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