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だんだん強く

「ディミヌにこれからも生きてほしいと願ったのは、俺の勝手だったのかもしれない。今、こうしていてくれることだって、俺の満足に過ぎないのかもしれない。だけど……」

 一年前の夜。魔物に襲われ、ディミヌの家は火災になった。

 燃える家の中で両親を亡くし、生きる希望もなくしたディミヌに向かい合っていたのは、リンフォルだった。


「俺が今までだって、ディミヌともフォルテとも一緒にいるのは……決して金持ちの道楽なんかじゃない。これから、どうしたらふたりのためになるのか、俺も考えたい」

 フォルテとディミヌに会う前、彼の心は乾ききっていた。孤独という言葉の意味も理解できないほどに。

 孤独の意味を理解したのは、フォルテに会ってからだ。

 フォルテは家族想いで、家族が大好きで、家族が最優先だった。妬ましかったけれど、こんな風になれたらと変わろうと思えた。

 けれど、変わろうとするほど空回りばかりして、それでも、ようやく両親の理解を向けられた気がした矢先──リンフォルの両親は事故でこの世を去った。

 あのときは、すべてがどうでもよくなって。フォルテをはねのけ、彼は逆戻りした。

 それでもフォルテは彼を見限らなくて。互いに罵声を浴びせあったこともあって。ディミヌと会って。『いいお兄ちゃん』を演じているうちに、変われた気がして、気づけばいつも三人でいた。


 ディミヌもフォルテも、リンフォルの思いを知らない。知ったところで『大袈裟だ』と言って笑うだろう。


「俺も、一緒に今日から再スタートしても……いい?」

「リンちゃん……」

 聞いたことのない深刻なリンフォルの声に、ディミヌは声をもらす。


 ディミヌの涙は次第に止まり、ふんわりとした空気が漂う。ハッとしたようにディミヌは目を大きく開け、慌てたように咄嗟に視線を逸らす。


「ご、ごめん」

「ん?」

 リンフォルはわけがわからず、首を傾げる。


「どうして謝るの? ディミヌは悪いこと言ってないんだから、謝んないでよ」

 視線を合わせないまま、ディミヌはふるふると首を横に振る。リンフォルの疑問は消えないままだったが、

「ミルク、持ってくるね」

 と、笑い席を立った。




 翌日、昼食中にディミヌは勇者になると公言をした。

 フォルテの唖然とした顔の横で、リンフォルはそれはそれはうれしそうに拍手をしていた。


 しかし、更に翌日。フォルテは驚愕する。

 リンフォルは、自宅以外の保有財産すべてを寄付していた。


「お前、生活費ってものを考えろ」

 真っ青な顔のフォルテに、当の本人は、

「え~、別にどうにでもなるよ~」

 と、なぜか超がつくほどにゆるかった。


 そして、


「ねぇ、ディミヌ。一緒に旅に出たくて昨日、レベル認定試験受けて来たんだ。一般レベルの五十を合格して百も合格できたから、俺とパーティー組んでよ。きっと役に立てるよ、俺」

 と、フォルテには理解しがたいほど幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 そうしてディミヌとリンフォルは旅に出ていき、なぜかフォルテたち家族がリンフォルの家に残った。


 それから数日後の朝。フォルテは両親の言葉に固まっていた。──収穫で得られたであろう金額が、こっそりと置かれていたと教えられて。

 添えられていた手紙に名前は書いてなかったが、使って下さいと書かれてあった。こんな大金を用意できたのは、リンフォルしかいない。きっと、全額を寄付する前に、フォルテの両親あてに残していたのだろう。

 フォルテの家族全員が家を自由に使えるように、お金も気にせず使えるように──と、リンフォルは旅に出たのかもしれない。


(よりによってディミヌなんかと)

 ディミヌは勇者になると公言してレベル試験を受けたが、受かったレベルはたったの十だった。それでもリンフォルはディミヌを止めなかった。

 ディミヌの試験費用は、祝い金と言ってリンフォルが喜んで出していたのもフォルテは知っている。

 フォルテのシビアな脳がフル回転する。ただでさえ、生真面目が服を着ているような男。恩義とお金には、とにかくうるさい。


「とりあえず、俺……働くわ」

 フォルテは教授になろうと奨学金で進学していたが、目指していた道は偶然にもリンフォルも同じ。理由はわからないにしても、リンフォルは退学をして旅に出ている。

 手離しで用意されていたお金を使うわけにはいかないと、よけいに思ったのだろう。フォルテの決断は、両親の前で迷いなく、はやかった。


 こうしてフォルテは格闘家となるのだが──まさか、あのふたりとパーティーを組むなど、当時のフォルテは夢にも思ってはいない。



 フォルテがレベル五十の試験を無事に合格したその日。セプス国王が『公認の勇者を決める』と公言をし、開催日を発表した。『これだ』と、フォルテは注目する。


 開催日の当日、意外にもディミヌとリンフォルはセプス国に戻って来た。


「やぁ、数日振り~」

 リンフォルは、フォルテに手を振る。リンフォルが情報を入手して、帰国したと想像するのはフォルテには容易い。

 ふたりが会ったのは、公認の勇者を決める会場のセプス国の城内。黒の格闘着に身を包んだフォルテを見て、

「フォルテも旅に出ることにしたの? 一緒に来る?」

 と、リンフォルは楽しそうに声をかける。

 しかし、フォルテは声の主を見ずに、

「冗談言うな。俺は、公認された勇者とパーティーを組むつもりだ」

 と、言った。


「へぇ」

 リンフォルはなにかを含めたような声を出す。『なんだ』とフォルテが言うと、『別に~』と返す。

「で、視察にでも来たのか?」

 何気なく聞いたフォルテは、衝撃の返答を聞き驚く。そして、ディミヌの姿が見当たらないことに納得した。


 ディミヌは勇者の控室にいた。周囲には立候補や推薦を受けた勇者が二十人ほどいる。ディミヌはリンフォルの推薦だ。

 次々に呼ばれ、控室から玉座の前に立ち、国王と会話を交わしていく。


 その光景を、フォルテとリンフォルは、数十メートル離れた場所で見ていた。


「誰が選ばれると思う~?」

「さぁな。誰でもいい」

 興味のなさそうなフォルテに、リンフォルはニヤリと笑う。


「ディミヌでも?」

「それはない」

 間髪ない返答。──しかし、選ばれたのはディミヌだった。


 名前が呼ばれ、一番驚いたのはディミヌ本人。周囲とともにフォルテも唖然としたのは、言うまでもない。


「おめでとう!」

 ただ、ひとり。大いに喜んだのはリンフォルだけだった。拍手を大袈裟なほどして、駆けつける。

 その光景を、国王はうなずきながら拍手で称えていた。


「ほら、フォルテ。公認の勇者だよ! 一緒に来るんだよね?」

 満面のリンフォルの笑みに、フォルテは反論ができず。真っ青な顔でうなずくも、ディミヌは歓喜に声がでなかった。


 そして、今は。

『世界を救った勇者』のパーティーとして国王の前に三人はいる。


 ──人生、なにがあるかわからない。




 セプス国王の目の前で、三人はひざまずいていた。

 国王は数段の幅広い階段を挟んで座っている。


「なにか望みはないか、ディミヌ」

 世に平和をもたらした勇者に、国王は満足そうに聞く。


「あります!」

 ディミヌの即答に、フォルテとリンフォルは驚き、視線を上げる。

 無礼だったかもしれないと男ふたりは思ったが、国王は笑ったままだ。ディミヌの眼差しは、声とともに強い意志が表われている。


 ディミヌは大きく息を吸うように口を開くと、


「ピアノが聴こえて演奏が終わったら、国民みんなで一斉に歌を歌いたいです」

 と、真剣に言った。


「ほう」

 国王は目を丸くする。

 ディミヌの真剣な眼差しは、国王がじっと見つめてもゆれる気配はない。

(なにかがあったな)

 国王は公認した勇者が、ディミヌで間違いなかったと幸せそうに笑う。


「では……そんなときに歌える国歌を、早速作るとしよう。決まるまでは、各々が好きな歌を、一斉に楽しく歌う。……どうだ、これでいいか?」

 国王のやさしい案に、ディミヌは瞳を輝かせる。


「はいっ!!」

 弾ませた声に続き、『ありがとうございます』とディミヌは深々と頭を下げる。

 両端にいるフォルテとリンフォルも感謝を示し、頭を下げる。


 すると、国王の視線は男ふたりへと動いていった。


「フォルテ、リンフォル。うちにはふたりの娘がいる。お前たちには、うちの娘を授けてもいいぞ? 名誉ある勇者のメンバーだからな」

 言葉を言い終えると、豪快に国王は笑う。

 意外すぎる言葉に、両者は瞬時、固まる。しかし、次の瞬間には言葉の意味を理解できたのか、


「いえいえいえいえ!!」

 と、全力で男ふたりは拒否を示した。

 ふたりは言い終わるや否や顔を見合わせる。同時の双子かのような行動。男ふたりの間に微妙な空気が流れる。


 リンフォルはうれしそうに笑い、その笑顔にフォルテは咄嗟に視線を外す。

 フォルテは気まずかった。国王に向かって、国王からの提案を即刻拒否した。自らの行動を恥じ、面目なさそうに口を開く。


「身の余るありがたいお話ですが、私目は結婚する気がありませんので」

 頭を下げながらフォルテは言う。

 王はきょとんとし、口をとがらせる。


「なんだ、お前のような者がもったいない。……それとも、『コッチ』の趣味か?」

 後半はニヤリとし、顔の横で小指を立ててフォルテを横目で見る。

 思いもしない国王の言葉にフォルテの顔は上がる。

 国王の視線はからかうようなものだ。


(そんなわけないだろ)

 軽い殺意を覚える。しかし、国王の質問が場当たり的なものと思い直すと、軽い殺意を覚えたこと自体が空しく感じられた。

 けれど、このまま曖昧にすることもできない。フォルテは腹を据えて答える。


「違います。俺は畑仕事をしながら弟と妹たちの面倒を見て、養っていくことこそ、身の丈に合っているのです」

 フォルテの真面目すぎる答えに、

「ツマラナイ男だな」

 と、国王は興味なさそうに言う。


(悪かったな)

 と、フォルテは思いつつも、国王の言葉を甘んじて受ける。


「で、お前はどうだ?」

 国王の視線は、いつの間にかリンフォルに向けられていた。

『俺?』と言うようにリンフォルが自身を指をさすと、国王は満面の笑みでうなずく。


「あ~」

 天井を見上げ、リンフォルはなんと答えようかと考える。そして──。


「多分、俺も結婚は……。色んな女の子に囲まれることが、夢なもんで」

 あははと笑い答える。

 すると、国王は、

「呆れた奴だな」

 と、豪快に笑う。

 楽しげな様子にリンフォルは、

(国王が楽しそうなら、いいか)

 と、国王の反応を受け流す。


 国王は思う存分笑ったあと、満足そうにニンマリと笑い、フォルテとリンフォルが耳を疑いたくなることを言い出した。


「まぁ、よい。フォルテ、お前の家も畑も元に戻っている。ディミヌの家もだ。リンフォルの家は、改装がチトされていた。そこを元に戻してはおいた」


 三人は国王の言葉を聞いて、思わず声を出して笑う。要は、娘を授けると言ったものの、その気はまったくなかったということ。国王はフォルテとリンフォルの回答を、推測していて、敢えて言っただけだった。

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