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震えながらも

 クレシェもリンフォルも反応を示したときには、遅かった。シェードは再び短距離移動の魔法を発動し、土管の上にいる。


 リンフォルは声にならない声をもらす。

 切羽詰まった表情を見て、フォルテは冷静に動けるのは自分だけだと判断を下す。


 ディミヌはうしろから抑え込まれ、首に短剣を向けられている。

 シェードとディミヌは年齢も身長も同じくらいだというのに、つかまれているディミヌは力の差を嫌というほど感じているだろう。

 こわいもの知らずとは恐ろしいもので、ディミヌは首に剣を突きつけられていも、シェードから逃れようと抵抗をしている。


「ディミヌ、動くな!!」

 リンフォルは叫ぶ。もどかしいのだろう。握る指がせわしなく動いている。

 移動魔法は、リンフォルの得意魔法。シェードのもとへ移動するのもお手の物だ。けれど、ディミヌを取り返せるかは別の話。次元の違う話になってしまう。だからこそ、動けない。


 ディミヌは抵抗を止めないが、シェードはまったく相手にしていない。

 うろたえる三人を見据え、うれしそうに笑う。


「姉上、この娘の命が惜しければ大人しく帰って来て?」

 シェードはクレシェに告げる。


「ディミヌ!」

 走り出しそうなクレシェをフォルテが静止する。

「今、行ったら、ディミヌの命は……ないだろう」

 ピタリとクレシェの足が止まる。握り締めていた濃い紫の布を見て、フォルテの言う通りかもしれないと震える。


 制止したフォルテにも手立てはない。

 凝視する三人は、危機感が鼓動とともに高まっていくのを感じる。


 ふと、ディミヌは視線を上げた。

 なぜかディミヌはクレシェに、へらっと笑う。『捕まっちゃった』と言いたげに。


 余裕などあるわけないのに、緊張感のない態度。けれど、あまりのマヌケさに三人の緊張感は緩和される。


 フォルテに関しては、若干、ディミヌに対して怒りを感じるほど日常に近い雰囲気になる。

 リンフォルは、ディミヌになにか打開策でもあるのかと冷静さを取り戻す。


 すると、ディミヌは口を開いた。


「気にしないで」

 やわらかい声は、頼りない笑顔は、今までの生活の中で見聞きしたもの。──それ以上でもそれ以下でもない。


 ディミヌはなにを考えて笑みを投げてくれたのだろうと、クレシェは時間が停止したように感じていた。


 命の危機に直面していると言っても過言ではない状況で、彼女の笑顔も、口調も、なにひとつとってみても、日常のディミヌと変わらない。

 更に、『気にしないで』と言った。


 再び、クレシェの時間は動き出す。瞳を大きく見開いて。


(ああ! そんな想いを、私は気づけなかったんだ)

 多くの人ならば、『助けて』という場面。それは、保身。

 ディミヌの発言は、対面している三人のことを考えての言葉。


 クレシェは月に照らさせるフォルテとリンフォルを見る。その様子は、ディミヌを助けられないと諦めていない。


(この人たちは、誰ひとり……わが身が一番かわいいなんて、思ってない)


 クレシェは胸が痛くなる。

 魔族の長として存在しているにも関わらず、一度も魔族のためになにかをしようとはしてこなかった。

 食事を持って来てもらっても、気持ちを込めて感謝の一言も言わなかった。そればかりか、身勝手な行動をして世話をしてくれていた者たちを失った。


 今は、ディミヌたちにまで迷惑をかけようとしている。


(私はなにかをされたいと願うだけだった。……それが、そもそも違った。……私が、変わらないといけなかったんだ)


 例え、ディミヌが命尽きても、男ふたりは無謀な戦いを止めはしないのだろう。クレシェが残りたいと言う限り。


 クレシェは決意する。


「わかりました。戻ります」

 弟と戦うという選択肢がなかったわけではない。

 力は互角。

 けれど、弟と戦えば周囲にいる三人に被害を与えかねない。

 それに弟に勝利をしても、それは魔族のためにもならないとクレシェは判断した。


 ディミヌはクレシェを疑うように見つめる。

 クレシェの表情は暗く、ディミヌは『どうして?』と言えなかった。口が動き方を忘れたように、動いてくれない。


「さすがは我が姉上。あなたがあの塔にいなければ、地の力があふれ出すとおわかりに……なっていらしたのですね」

 クレシェはシェードを涙目で睨む。


 ──ひどいわね。この人たちを天秤にかければ、私が大人しく従うとわかっていて、ディミヌさんを狙ったのね──


 魔法を使ってクレシェはシェードに訴える。

 シェードはふんと鼻を鳴らす。


「ダメ。絶対。なにかの犠牲に誰かがなるなんて……それにクレシェが従うなんて……そんなこと、ダメ……」

 ディミヌはようやく口の動かし方を思い出し、なんとか話す。


 弱々しい口調を、足で踏み潰すようにシェードは言葉を被せる。


「どうでしたか、初めての世界は。姉上にとっては、つまらなかったでしょう?」

 シェードは(アザケ)て言うと、ディミヌを使い古した物のように後方に投げ捨てる。


 急に放り出されたディミヌは放心状態。風が体からすり抜ける感覚に、ただ呆然としている。

 反射的にフォルテは走り出していた。だが、いくらフォルテがはやく走ったところで、距離に無理がある。


(クソ、間に合わないっ!)

 ディミヌの体が地面に投げつけられるは数秒後だろう。受け身を取ろうとしていないディミヌは、このままでは頭から地面に叩きつけられる──と、いう刹那、


「せ~ふ」

 と、ディミヌの背後から声が聞こえた。


 脇腹を引き寄せられたような感覚と、背中に感じた弾力を不思議に思い、ディミヌは声の聞こえた後方を向く。

 地面とディミヌの間には、リンフォルがいた。


 ディミヌを抱きかかえているリンフォルの背中には、木がある。地面にも、木にも強打したことだろう。


「リンちゃん……『セーフ』じゃないし」

 リンフォルの姿に、ディミヌは苦笑する。


「やっちゃた」

 えへへとリンフォルはふざけているように笑う。

 木と地面とディミヌの間でサンドされた衝撃は、ディミヌがそのまま落ちて受ける衝撃よりも強かっただろうに、痛がるそぶりを見せない。


「大丈夫か」

 フォルテが駆けつけると、ディミヌとリンフォルの視線は上がる。


「だ~いじょ~ぶ」

 なぜかふてくされ気味に、リンフォルはディミヌから手を離す。

 立ち上がり、ローブを払う。


「あれ、リンちゃん……移動魔法?」

 呆然と見上げたディミヌが言うと、リンフォルはにっこりと答える。

「ん~? ディミヌがね、プレゼントを持っていてくれたお陰だよ」

 そういえばと、ディミヌは数日前にリンフォルからもらったブレスレットをポケットから取り出す。

「これ?」

「そう。それ、移動魔法の超特別版を使えるようになるブレスレットなの。そのブレスレットにはね~、持っている者の近くにすぐに行けるっていう効力があってね。例えば着替えている最中でも……」

「捨てようかな」

「ヤメテ、ステナイデ。冗談だから。そんなことしないから」


 緊張感はどこへやら。ふと、リンフォルの周囲には小さな光が舞い始める。


「無理した証拠が出てるぞ」

「ムリなんてしてないし。擦り傷治したかっただけだし」

 気心が知れた男同士の会話をよそに、ディミヌはハッとして叫ぶ。


「クレシェ!!」

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