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希望と

 妖艶に言葉を放ち、両手を広げたリンフォル。すると、強風が吹き荒れる。

 魔物は大きな体を風にあおられつつも、歩みを止めない。片手をヌウっと空へ向け、鋭く大きな爪をギラリと光らる。


「笑止!!」

 リンフォルへと振り下ろす。

「貴様ごときの力が倍増したところで……」


 不気味な声は聞こえなくなり、代わりに響いたのは、幾重にも重なる肉の塊が引きちぎられたような鈍い音。


 攻撃を喰らったのは、魔物の方。

 魔物のいた場所には竜巻がうねりを上げ、空には星とともに魔物のものだったと思われる液体が光り輝いている。


 高く一本の細い渦が一度舞い上がり、それは分裂し、周辺にちいさな竜巻が複数出現。──ひとつの魔法から異なる状態の魔法へ続く、二段階魔法。


 分裂した竜巻は、他にリンフォルの周囲に隠れていた魔物たちを一掃していく。魔物の声も上がらないほど、一瞬で仕留めていく攻撃性の高い魔法だ。

 竜巻は次第に消え、最後にはヒュウと風の音だけがした。


 リンフォルは指にはめた呪いの指輪を見つめる。

(本当はふたつ手に入れる予定だったけど、ひとつで充分だったな)


 安堵の息をもらすと、指輪をグッとつかむ。


「くっ!」

 指がむくんだように、指輪が指から離れようとしない。

 この指輪は呪いの指輪。生命力を吸い取り、魔力を倍増させていく効果がある。

 さて、この呪いの指輪は時間とともに指に食い込もうとする習性がある。装着している時間が長ければ長いほど、食い込んでいき、しまいには体の一部になるかのように、指に食い込んでいく。


 極力、短時間の勝負をしたが、さすがは呪いの指輪というべきか。

 簡単には外れてくれない。


 更にリンフォルは指輪を必死に引っ張る。

(負けてたまるかッ)

 装着している間は、生命力、いわゆる寿命を吸い取られ続ける。

 完全に指に食い込んだら最後。

 膨大にふくれ上がる魔力と引き換えに、短命になるしかない。


「ふざけるなっ! まだ、俺は……」

 指がちぎれていくような感覚を覚えながらも、リンフォルは指輪をギリギリと回す。


「こんなモノと……」

 強引に指輪を回しながら引っ張るが、まだ第二関節の手前。無理に外そうし、指が悲鳴を上げている。

 それでも、リンフォルは歯を食いしばり力をゆるめようとはしない。この際、指の一本くらい失ってもいいとさえ思っている。


「命をともに……できねぇんだよッ!」


 引っ張っていた左手が勢いよくすっと動く。

 指輪をはめていた右手の薬指は圧迫から解放され、指輪が外れていく。


 だが、力を込めすぎていた左腕が、想定外の動きをする。

 あまりの勢いに、反動で左腕は大きく湾曲していた。その動きはまるで、野球の投手。大きく振りかぶった彼は、そのまま指輪を──大切な切り札を、投げてしまい──。


「あーーーー!!」

 声にならぬ声で叫ぶ。

 直後、一時でも『ひとつでも充分だった』と思ったことを後悔し、うなだれた。




 一方、フォルテが駆けつけているディミヌたちは──ディミヌは闇に落ちそうになったクレシェに精一杯、手を伸し、間一髪ふたりの手は繋がっていた。


「くっ……」

 けれど、ディミヌはずるずると地面から引きずられ、胸元まで闇へと落ちていた。今にも落ちそうなほどの、前のめり状態。

 唯一の救いは、ディミヌのバランス感覚が優れていること。かなり前のめりになりながらも、左手だけでなんとか体を支えられる絶妙なバランスをとっている。


「離して下さい」

 クレシェは、悲痛な声で訴える。しかし、

「ダ……メ」

 と、ディミヌはなんとか声を返す。けれど、クレシェは食い下がる。


「ダメなのは、ディミヌさん、あなたです! 離してくれないとあなたまで……」

「だから?」

「え?」

 苦しい声ながら、強い口調にクレシェは言い返せなくなる。すると、ディミヌは声を絞り出して言う。


「私は、自分が助かりたいと思うだけで……仲間を、離したりなんか、しない。助け……られないくらいなら、私なんか、いない方が、いい」

 重さに耐えながら発する声は、とぎれとぎれだ。顔は苦しそうに歪んでいる。

「ディミヌさん……」


「それ、に」

 ディミヌは苦しいながらも、なんとか笑顔を浮かべる。


「クレシェ……は、私の大事な……初めての、女の子の、友達、だ……から」

 こんな状況で、こんな信じられない言葉を聞き、クレシェの瞳にはじんわりと涙が浮かぶ。

『友達』──それは、クレシェには無縁だと思っていた言葉。


 だが、感動のシーンは束の間。

 ふわっとディミヌの体が浮き、クレシェは上へと引っ張られていく。


 クレシェはディミヌのうしろに知っている人物を見る。──フォルテだ。


 クレシェは驚いてフォルテを見る。


 ディミヌはというと、情けないと言いたげな笑みを浮かべ、フォルテにあははと笑っている。

「笑い事じゃない」

 不平な声をあげるフォルテは、まったく笑っていない。


 クレシェは地に足がつき、

「あ、ありがとう」

 と、ふたりに礼を言う。


「そんなことより!」

 バッサリと空気を切ったのは、ディミヌ。想定外な勢いの言葉に、

(そんなことより!?)

 と、クレシェは戸惑う。

 だが、ディミヌの表情は真剣そのもの。──現状のディミヌは、フォルテに子犬のように抱えられているが。


 フォルテは無頓着にディミヌを地面におろす。すると、ディミヌはクレシェの前に立ち、視線を下げて言いにくそうに口を開く。


「いい加減、『さん』……止めて?」

 妙な空気が流れる。


 一秒一秒が、長い。


 クレシェはピンときていなかった。あまりにもディミヌらしくない態度に困惑していて。

 ディミヌといえば、元気一杯な姿。クレシェはその姿に、ずっと惹かれていた。


『友達』──先ほどの言葉を思い出し、クレシェは急激にうれしさで胸がいっぱいになる。


「はい」

 にっこりと笑ったのに、涙はあふれて。クレシェは驚き戸惑い、慌てて涙を拭く。


「こら」

 黙って様子を見ていたフォルテは、ディミヌの頭を軽く叩く。


「『仲間』でも、礼はちゃんと言え」

 フォルテの言動は、まるで躾。

 けれど、ディミヌには伝わっていないのか。口を横に伸ばして笑い、フォルテを見上げる。


「だって、信用してたもん。私を助けてくれるって」


 仲間を信用しているからこそ、無茶も無謀も気にせず突進するディミヌ。

 それが悪いと言いたい気持ちがフォルテに湧く。

(だけど、まぁ……『だから、できない』なんて言い訳ばっかして、なにもしないヤツよりは……いいか)

『これがディミヌだし』と、フォルテは自己完結で今回は流す。


「でも、今……ちょっと力入らない、かも」

 よれよれとディミヌは座り込む。


 それを見てフォルテは、

(こいつを『これでいい』と認めた俺は、バカかも)

 と、セルフツッコミを入れる。


 フォルテが自らを情けなく思い、軽い頭痛を覚えていると、

「あっれ~? 普通に考えればクレシェちゃん……ディミヌに手を離された方が移動魔法を使いやすかったんじゃない?」

 と、後方からリンフォルのゆるい声が聞こえた。


 場の空気は瞬時に凍る。


「い、嫌だっ。わ、私ったら……!」

 ディミヌは今になって自らの行動を急激に恥ずかしく思ったのか、赤面する。


「ディミヌの猪突猛進はいつものことだけどね~」

 あははとリンフォルは笑う。

 かく言うリンフォルも、得意の移動魔法で合流したのだろう。体力消費より、魔力消費の方がリンフォルにはいい。特に、今のリンフォルには。


「ごめんね。ディミヌはさ、思い込みが激しいところがあって。ああ、俺はそこもディミヌのいいところだと思ってるよ」

 あははと笑っていたリンフォルは、いつの間にかクレシェにそんなことを言っている。


(お前が常々甘やかすから)

 フォルテは引きつった表情を浮かべつつ、言葉をのむ。

 今は喧嘩している場合ではない。


 クレシェはというと、眉を下げ首を横に振っている。

「うれしかった……から。フォルテさんも、ありがとう」


『ありがとう』という言葉がフォルテに流れたことに、

「い~な。ってか、ズルイな、この空気」

 と、リンフォルは今にも指をくわえそうな雰囲気を醸す。


 バタバタとしていた雰囲気がすっかりと柔らかくなり、フォルテに疑問が浮かぶ。


「リンフォル。お前、ひとりでよく……」

「しっ! おしゃべりしている時間はもうオシマイみたいだよ」

 フォルテの心配をリンフォルは素早く遮る。それは、彼にとって聞かれたら不都合な点があるからだが、それだけではないようで。


 リンフォルの視線の先には、ゆらりと──『緑猫』が影をゆらしていた。

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