一瞬で
「おっつかれ~! 我がパーティーの、親愛なる勇者よ!」
彼女が出るや否や。建物の外で両手を上げて盛大に迎える緑のローブを羽織った、ひとりの青年。銀髪で、二本の触覚のように束で二本長く出ている前髪が特徴的。束以外の前髪は後ろに流し、下で一本に結んでいる。
過激な出迎えに、
「リンちゃん……恥ずかしいからやめて……」
と、彼女はひく。
「で、今日はワクコレでお仕事見つけられた?」
両手を上げたままにっこりと笑い続ける彼を見上げ、彼女は同じように笑う。
「まさか!」
「だよねー」
リンちゃん──こと、リンフォルは上げていた両腕の肘を折り、両手を頭のうしろで組む。
リンフォルがくるりと体を百八十と回転させ、何気なくふたりは歩き始めるが、
「はぁ……」
と、彼女は重いため息をつく。
彼女のため息をしっかり聞いているリンフォルだが、聞かないふりをする。理由は、わかりきっているからだ。
空は誰の気持ちを反映させているのか、そこはかとなく清々しい。
そうして歩き続け、ふとリンフォルが口を開く。
「ねぇ、ディミヌ。あれ……なんだろう?」
遠い視線の先には、目の疑うような光景。
ディミヌは駆けていき、リンフォルはそれを追う。
数分後、通り過ぎる人々が一ヶ所を必ず見ていく。道端でしゃがみ込むディミヌとリンフォルを皆、一瞥していくのだ。
「どう思う?」
「う~ん、『薄紫色のマントが落ちている』と答えるには……無理がありそうだなぁ」
ふたりは、なにかを覗き込んでいる。
「やっぱり、『人』だよねっ」
ディミヌは力強く右手を握る。それに対し、
「う~ん、助けたらイイお礼のひとつやふたつ……もらえるかなぁ」
と、倒れている女性の長い金髪の髪を眺めてリンフォルは言う。極めてゆるい口調で。──目の前で人がうつ伏せで倒れている状況だというのに。
「ちょっと、リンちゃん! 見返りを求めて……」
「はいはい。俺が悪かったよ」
途中で言葉を止めたものの、ディミヌの目は細くなっていく。
「いやらし~いこと、想像してたでしょ?」
「あれ、バレた?」
軽い返事に、ディミヌは目を見開く。
「リンちゃんの不潔、フシダラ! 不誠実っ」
罵声を浴びせられても、リンフォルの口元はゆるんだまま。
「参ったな~」
発言とは裏腹に、その口ぶりはまったく参ってはいない。
「ディミヌもいつの間にか……『女の子』よりも、成長したんだね」
リンフォルの言葉とほぼ同時。爽快な青空が見えなくなった。
「え?」
見えなくなったのは、空だけではなくディミヌは驚く。道端にいたにも関わらず、いつの間にかどこかの室内だ。倒れていた女性も、きちんと目の前の床の上にいる。
「あ……れ?」
室内にディミヌの間抜けな声が響く。
ディミヌは周囲を見渡し、
「ここ、どこ? あれ、リンちゃん……いつの間にか魔法使ってた?」
と、呆然としている。
「まぁ、俺は攻撃系の魔法が得意だけど、色んな魔法を巧みに使っちゃうからね」
こういうことは自ら言わない方が格好がつくのだが。いや、リンフォルが格好つかないのにディミヌは慣れたものなのか、
「あ、瞬間移動の魔法?」
と首を傾げる。
「あったり~」
語尾に音符がついていそうなテンションのリンフォルは楽しそうだ。ディミヌもあたった~と実に楽しそうである。
「さて、と」
今度はさらりと言い、リンフォルは立ち上がる。緑のローブの足元を払い、腰に両手を置き室内を見渡す。
「フォルテが今日はここって決めたみたいね。で……今、フォルテに会うわけにはいかないんだ。そんなだから、あとはよろしく!」
リンフォルはディミヌにウインクを飛ばす。
「え、もしかして……リンちゃん、またなにかしたの?」
戸惑うディミヌに対し、リンフォルは目の前にあるベッドを指さす。
「この距離なら、この子……ディミヌが乗せてあげられるでしょ」
リンフォルの言葉に、ディミヌは後方見る。
ベッドがひとつある。
確かに、力だけで比べるなら。魔法使いのリンフォルよりも、勇者であるディミヌの方があるかもしれない。
ディミヌがそんなことを思ったのは、一瞬で。すぐに性別と年齢を思い出し、リンフォルに講義をしようと思い直す。
しかし。
ディミヌが再び顔を動かすと、リンフォルは部屋から姿を消していた。
「しかたないな……。床にずっと寝かせておきたくないし」
ディミヌは女性を持ち上げようとする。だが、どう見ても女性の方が身長も肉付きも良い。
重い――と思っても、このまま床に寝かせておくのはディミヌの良心が痛む。それに、考え直してみれば。女好きのリンフォルに触れさせなくてよかったとも思えてきた。
「よっ……と!」
ディミヌのちいさな体のどこにそんな力があったのか。
女性を持ち上げ、ベッドへ横たえる。その直後、顔にやさらかさと弾力、人肌のあたたかさを感じてディミヌは焦る。
「わぁ! ご、ごめんっ、わざとじゃ……」
女性の豊満な胸が、顔にあたっていた。ディミヌはあたふたとしたが、女性はぐっすりと眠ったまま。
ディミヌは騒ぐ方がよくないと、微かに笑い、女性から手を離す。女性の寝息を聞き、胸をなで下ろした。