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救いか

「うん!」

 ディミヌの声は力強く弾む。その手には、依頼の紙。


 クレシェはディミヌの持つ用紙を覗き込む。

「灰色……のブルーアイの猫ちゃんですか?」


「そうみたいなの。月の光に当たると、緑色の毛並みに見えるんだって! 見てみたくない?」

 ディミヌの楽しそうな声に、料理の支度を始めたフォルテは思わずつっこむ。


「なんだ、それ。興味本位か?」

「違うよ! 見つけられそうだし……」

「報酬もいいし?」

「うっ!」

 ディミヌは顔を歪ませる。言い返そうにも言葉がないのか、弱々しい顔に変化をさせ申し訳なさそうにうなずいた。


 クレシェはどういうことが理解ができずに首を傾げる。すると、フォルテは笑って口を開く。


「こいつ、最近も昇級試験落ちたばっかで。まぁ……落ちたときも、一番に費用のことを気にしてたんだ」

 フォルテの言葉に、クレシェは移動中に聞こえたフォルテとリンフォルの会話の一部を思い出す。『リンフォルが食費に手をつけて』──その前に、ディミヌが昇級試験を受けていたとしたら。落ちてしまい『受けていなければ』とディミヌが後悔したのかもしれない。


「だって……」

 言いにくそうな、ディミヌのちいさな声。


 しぼんだディミヌの姿。クレシェは両手を伸ばす。

 ディミヌがそれに気づき顔を上げると、そっと両手が差し出されていた。


 ディミヌの手をふわっとクレシェは両手で包む。


「ディミヌさん! 集会、絶対に行きましょう!」

「うん!!」

 パッと元気な声になったディミヌ。そこには、『勇者』も『魔王』もない。


 フォルテは女子同士の光景に、

(夕日にそまった海岸にでもいるような感じだな……)

 と冷めた視線を送る。そうして、

(猫語がわかるわけでもあるまいし。『集会』に行かなくても、昼間探せばいいだけじゃないのか?)

 と、玉ねぎをむく。


 他にキッチン台の上には人参とジャガイモがある。

 今日のコテージには、日持ちする食材くらいしか用意されていなかったらしい。移動初日はこういうことが度々あって、夕食がカレーになる割合は高い。

 人数が増えた分、カレーは好都合と考えるのはフォルテくらいだが。


 どのくらいロッシクに滞在することになるのか、猫を見つけるのに何日かかるのか。食費は、宿泊代はそれまでつなぐことができるのか。──フォルテの気苦労は絶えない。

 ただ、悩む中でもフォルテには揺るがない考えがある。


 それは、一番大切なのは命だということ。


(この周辺は昼間でも多少、魔物がうろつく野蛮地区だ。町の中にいる分には魔物に遭遇しないだろうが……いや、それでも手がかりなしに夜に探すのはリスクが高いな)

 魔物は夜の方が狂暴になる。

 ディミヌとフォルテの家が被害を受けたのも、夜だった。


 手際よく食材を切り分けたフォルテは、鍋にそれらを入れて火にかける。──そうして、煮立たせていると、

「たっだいま~」

 と、弾む声が響いた。フォルテが視界を上げると、緑色のローブが目に飛び込む。

「おう」

「リンちゃん、おっかえり~」

 フォルテとディミヌの声に、リンフォルは満足そうに笑う。


「ねぇ、聞いて聞いて? ちゃんと収穫を持って帰ってきたよ」

 ウキウキと弾むリンフォルの声。それを、ナイフのごとくフォルテはすっぱりと切る。

「その前に、俺に買ってきた物とつり銭をよこせ」

 リンフォルに投げられるのは、フォルテの疑うような視線。


「え~」

 一秒でもはやく話したげなリンフォルだが、

「じゃ、お前だけ晩飯はなし」

 と、フォルテに脅迫され、リンフォルは慌てて抱えていた買い物の紙袋と釣銭を差し出す。


「今日も、期待してま~す」

 おいしい夕飯にありつきたい一心で、リンフォルはフォルテの機嫌をうかがう。そこへ、

「私も~」

 と、ディミヌの声が便乗する。

 今日はずい分と歩いた。みんな、空腹だ。


「はいはい」

 フォルテは受け流し、リンフォルの買ってきた物とつり銭を確認する。


 つり銭はきちんとある。

 紙袋の中を見ると、明日の朝食分以外にも果物が入っている。リンフォルが博打ですこしでも勝ってきた証拠だ。

(こんな短時間で……)

 情報もはやく手に入れて、すぐ帰って来たようだ。勝ったのは偶然というか、運がよかっただけだろう。


「ねー、ねー、リンちゃん。なぁに?」

 ディミヌはリンフォルに収穫を催促する。クレシェの視線も、ディミヌと同じく緑のローブへと向く。

 リンフォルの口元はにんまりと上がり、向かい合って座っている女子の間にちょこんと座る。


「探している猫が、猫の集会の『ボス』みたいよ?」

「え!?」

 驚いた声を出したディミヌは、突然ソワソワしだす。


「どうしよう」

「どうした?」

 弱い声になったディミヌに、フォルテは声を投げかける。

 ディミヌはフォルテを見上げる。眉をハの字にして。


「だって、集会の中の一匹なら、こっそり捕まえられるかと……思ってた、から……」

「えと……」

 クレシェは呟く。向かいで、みるみる元気を失っていくディミヌに、なにか声をかけたくて。けれど、気の利く言葉は浮かばずに、声は続かない。──そんなとき。


「じゃあさ」

 空気をパッと明るくするリンフォルの声。


「猫の集会が終わるのを待ってから捕まえる……ようにすれば、い~んじゃない?」

 リンフォルの提案に、パッとディミヌが笑顔になる。──実に単純だ。

「リンちゃん! それ、すごくいい!」

「そ~でしょ~」

 リンフォルはテンションを上げる。今にもディミヌと万歳三唱をしそうなほど。


 その勢いをクレシェが呆然としていると、

「うん! リンちゃん大好きっ!!」

 と、ディミヌはリンフォルにハグをした。


 意外な光景を目の前で見たクレシェは、顔を赤らめて目を背ける。──だが、その背けた先で、反対側にいるはずのリンフォルと視線が合う。

「やだな~、クレシェちゃん」

 そのリンフォルは、クスクスと笑っている。

「俺はディミヌにとったら『リンちゃん』だよ?」

「え?」

 クレシェにだけ聞こえているようなちいさな声。口パク──いや、一種のテレパシーのような。


(そういえば……)

 クレシェが知識の海をさまよったのは一瞬。

 そうだと思い出したなら、クスクスと笑っていたリンフォルはいない。驚いて振り向くと、リンフォルは、やはりクレシェとディミヌの間にいる。ディミヌと笑ってふざけながら。


 フォルテを見ても、何事もなかったように淡々と夕飯の支度をしている。


(あれは……魔法?)

 魔法が使える者同士の間だけで使える魔法が存在すると、クレシェは聞いたことがある。

 ただ、それは聞いたことがあるだけで本当かどうかは定かではない。


 違和感が残る。

 離れているフォルテはともかく、となりで、尚且つ楽しくふざけ合って話しているディミヌがまったく気づいていない。リンフォルは意識半分、いや、それ以下で魔法を使ったのか。


 クレシェの鼓動がドクンと鳴る。


(この人……本当は、とっても強いんじゃ……)

 クレシェ自身が一番得体の知れない存在だと気づきもせず、リンフォルを見つめる。──だが、それはフォルテの言葉でプツリと切れた。


「食えるぞ」

「は~い」

 同時に返事をしたディミヌとリンフォルは、立ちあがりキッチンへとかけていく。


 取り残されたクレシェは、

「は、はい」

 と慌ててふたりのあとを追った。




 猫の集会は夜。探している猫が集会の『ボス』だというなら、もう夜に行くしかない。町の中にいれば危険はまだ低いだろうが、リンフォルの話によれば猫の集会が行われる場所は、ロッシクの町の端にある空き地らしい。


 ディミヌは弱すぎるからか、危機がない。

 リンフォルは大丈夫と思っているのか、危ないと止めずに行くつもりだ。


 クレシェは論外。魔物に怯えることはないだろう。


 フォルテだけが懸念している。町の端という場所がよけいに嫌なのだろう。

 望みがあるとすれば、ロッシクの道中のように魔王が一緒にいると魔物が気づいて近寄ってこないことを願うことくらい。もっとも、そんなに甘いことばかりではないと多少の危険は覚悟しているようだが。



 夕飯後、四人は空き地に無事に着き、茂みに隠れて周囲の様子をうかがっていた。


 目の前には肌色の固い砂地が広がっており、正面にはいくつかの土管が横向きに置いてある。土管の後ろに塀はなく、その先は町の外という扱い。

 ディミヌたち四人は、町側にある茂みに姿を隠している。右からクレシェ、ディミヌ、リンフォル、フォルテと並んで。


 そこへ、猫が一匹、二匹と集まってきた。いよいよ集会が始まるのだろう。

「にゃ~」

「にゃにゃにゃ」

 広がる空き地に徐々に猫は集まり、三十匹ほどになった。


 八個の目で見渡し、目的の猫──灰色の毛並みでブルーアイの猫を探す。

 けれど目的の猫は見当たらない。


 そもそも『ボス』の場所と思える中央の土管の上には、違う毛並の色の猫がいる。

 他の猫たちを見下ろす猫は、オレンジの毛並。時折、あくびをして退屈そうにしている。


 ディミヌはこっそりと不平を込めて呟く。

「リンちゃん、『ボス』はあの猫みたいだけど?」

 もちろん、ディミヌが言うのは中央にいるオレンジの猫のこと。


「あっれ~? おかしいな」

「お前、ガセを持って来たんじゃないのか?」

 首を傾げるリンフォルに、フォルテは反省感が皆無だと言いたげに言う。当然、ふたりも声をひそめて話している。

 それを皮切りに、小声での三人の会話が始まる。空き地の監視は疎かになっていく。


 残るクレシェだけは、マイペースに空き地の光景を見つめていた。──すると、影が見えた。それは、オレンジの猫のいる土管のうしろ。じっと見ていると時折りゆらりと動く。


「あ、あの……あれは?」

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