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誤解か

 思わず出たクレシェの声に、ディミヌは眉を下げて笑う。


「リンちゃんの移動魔法で来ちゃった」

 ディミヌは『自分が情けない』と言っているかのよう。


「ごめんね。すぐに来れなかったからさみしかったのかもしれないけど……私はクレシェちゃんを、ひとりにはしないからね。絶対に守ってあげるから」

「って、言ってもディミヌをサポートするのは俺らなんだけどね~」

 ディミヌの横から売り込むようにリンフォルは顔を出す。


 クレシェは、ふわっと心があたたかくなった気がした。


「ああっ!」

「お~?」

 ディミヌの歓喜と、リンフォルの驚きの声。ふたりとも頬がほんのりと赤くなる。


 クレシェがきょとんとしていると、屈んでいたディミヌはスッと立ち上がる。先を歩いているフォルテに小走りで近寄り、追いつかないまま背中に話しかける。

「フォルテかわいそ~!」

「なにが?」

 正面を向いたまま無関心な返事をするフォルテ。それにも関わらず、ディミヌはニヤニヤして口を開く。


「クレシェちゃんがかっわいく笑ってたんだよ~。残念! 見られなかったね~」

 正確に言えば、これまでクレシェの笑い顔を見ていなかったのはディミヌだけ。

 ディミヌが仕事を探しに行っていた間に、クレシェが笑っていたのを男ふたりは見ている。ディミヌがそれを知らないだけだ。


 ディミヌはフォルテだけが抜け者だと楽しんでいる。けれど、そんな冷やかしにのるフォルテではない。

「そんなもの……」

 淡々と話すフォルテの口調は冷たい。──その声は、クレシェの耳にも届いていて、クレシェは続きを聞きたくないと耳をふさぎたくなる。


(私なんかに……フォルテさんは興味ないわよね……)

 クレシェの心が暗くなる。リンフォルと違って、フォルテは愛想がまったくない。

(そもそも、みんなと仲良くなれたらいいなと思ってはいけないのかもしれない……いいえ、なれるはずがないのよ……)

 初めてやさしくしてくれた人たちとの別れは辛いが、このままいてはいけない──クレシェにそんな感情がわきかけたとき、フォルテの意外な言葉が聞こえた。


「これから先、たくさん見られるだろ」


 クレシェは目を見開く。

 フォルテの声は変わらずに無愛想なものだったが、クレシェにとっては充分な言葉だった。クレシェは、疑うように顔を上げる。


 変わらずフォルテはツンとしていて、ディミヌは懲りずに何やら話しているが、その光景はやはり仲良さそうにクレシェには見えて。つい、羨望の眼差しを向けてしまう。


「ほら」

 ふと、クレシェにかかるリンフォルの声。

 クレシェが見上げると、リンフォルはにっこりと笑っている。


「俺らも行こうよ?」


 いつも楽しげに笑っているリンフォル。クレシェに向けられた笑顔も、何ら変わりない。けれど、その笑顔がクレシェにはやさしくあたたかい特別なものに感じて。

「はい」

 クレシェの心から闇は消え、彼女は心から微笑んだ。




 ロッシクに着いた一行は驚く。


 夕日どころか、日はまだ高くにある。要は、到着がはやすぎる。

「はやく……着きすぎていないか?」

 フォルテは狐につままれたように呟く。


 普段ならば、町と町の移動中に魔物との戦闘が数えるていどはある。それが、今回の移動では一度もなかった。それも、多少、魔物がうろつく野蛮地区に向かってきたというのに。


「きっと、クレシェちゃんが俺らの近くにいたからだよ」

 リンフォルはフォルテに囁く。

『魔王を見て、魔物は手出しをしてこなかった』──そう考えれば、確かに自然だ。

 フォルテに苦笑いが浮かぶ。

 男ふたりは、そのままクレシェを横目で見て、複雑な心境になる。


「どうかしましたか?」


 偶然合ってしまった視線。

 男ふたちはドキリとした。


 事情は話せない。


 クレシェは不思議そうに首を傾げる。

 フォルテとリンフォルは咄嗟に大きく首を振ったあと、互いに小声で責め合う。


 その光景を見たディミヌには、クレシェと同様に疑問符が浮かぶ。直後、冷やかな視線に変わり、

「へ~んなの。行こう?」

 と、ディミヌはクレシェに手を伸ばす。


 ディミヌは歩き出す。


 ふと消えたディミヌの気配にフォルテとリンフォルは気づき、言い争いをしている場合ではないと中断する。

 急いでディミヌの姿を捉えたはいいが、そこで見たのは、か弱い勇者が魔王を引っ張る光景。──男ふたりは急激に青ざめ、慌てて追っていく。


「おい、ディミヌ」

「ちょっと待ってよ~」

 血相を変えた男ふたりの様子に、ディミヌは足を止める。そして、なぜか、

「リンちゃんが負けで、勝負はついたのね?」

 と、大きな誤解を受けたが、リンフォルはその誤解を甘んじて受けた。




「今日は……ここか」

 今日のコテージは、アラビアンのモチーフをした外装。うすい水色と白、金色を主な配色とした球体の屋根が特徴的だ。

 本来、夜を明かす場所といえば個室がメインの宿を一般的に差す。食事も宿にお任せになるのだが、宿派ではなく、少数派のコテージを好む者たちもいる。

 コテージは大部屋で、自炊しなければならないため少数派。体を休めるなら、食事を作らない方が片付けも楽でいい。けれど、一方で。コテージは個室と違い広く、打ち合わせやコミュニケーションをとるには効率がいいという面もある。

 価格は三人であれば食費を含めて一般的な宿屋とあまり変わらない。もっとも、このパーティーメンバーで価格を気にするのはフォルテくらいだが。そのフォルテがコテージを好むと言っても過言ではなく、他のふたりはおいしい食事が食べられれば文句はないのだろう。


 コテージを見上げるフォルテに、リンフォルは肩を叩く。

「なんだ?」

 フォルテが振り向くと、リンフォルは満面の笑みで手を上げた。

「いつものごとく~。じゃ、行ってくる」


 軽快な声に、フォルテの脳裏には今朝の状況が蘇る。──フォルテは、コテージにひとり残ることが多い。とはいえ、今朝は魔王とふたりきりになってしまった。

 現在、ディミヌはいる。けれど、彼女は気分で動くため、いつクレシェとふたりきりに取り残されるかはわからない。できるなら、今朝と同じ状況になるのは回避したい。


 しかし、リンフォルを引き留めるわけにもいかない。

 リンフォルがパーティーから離れて行動をするのは情報収集のためという理由が強い。レベルが低い者より、高い者の方が情報収集はしやすい。却って、レベルの低い者が同行すると、不利な場合もある。

 それを思うと、リンフォルはひとりで行動した方がいい。同行はできない。代わりに、レベルが一万であってもクレシェを連れて行けというのは論外だ。


 結局、フォルテはこの場を去って行くリンフォルを見送ることしかできなかった。見送りながら、

(いや、リンフォルは……アイツなりに気を遣ったんだな)

 と、思う。リンフォルが泊まる場所を確認してからでかける方が珍しい。


 ただ、フォルテの重い気は晴れない。


 フォルテはコテージ内で荷物を降ろす。

(一先ず、普段通りの行動しよう)

 息を吐き出し、気分を落ち着かせる。


 内装は至って質素だった。新しい木の色が目立っている。外観の名残があるのは、赤地に金色で模様の描かれている絨毯くらいか。

 ディミヌとクレシェはすでにその赤い絨毯の上に座っている。しかも、フォルテの気持ちに反し、呑気に緑茶を口にしていた。


(ディミヌが淹れるわけない……な)

 はっきり言ってディミヌは気が利かない。だからこそ、クレシェが淹れたと考えるのが自然。


(魔王が淹れた茶を、勇者が飲んでるよ……)

 毒が入っていないかと疑うことさえディミヌはしないだろう。──そう考え、フォルテは一度思考を止める。頭痛を起こしそうで。


 ディミヌの正面には木のテーブル、背には対面キッチンがある。

 フォルテは、キッチンに回りカウンターに手を置いた。


「で、猫の集会……行くのか?」

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