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行く手にあるのは

 フォルテとリンフォルが足早に歩いて行くと、クレシェの背中が見えた。リンフォルは前傾姿勢でのぞき込む。

 クレシェの奥では、ディミヌがしゃがみこんでいる。


 一方のフォルテは、考えるよりも先に体が動いていた。いつの間にか駆け出している。フォルテはディミヌの背後にたどり着く。

 フォルテの気配を感じたのか、ディミヌはちいさな声を出す。

「橋が……」

 まるで耳をたらした子犬のように、しゅんとしているディミヌ。

 数歩離れてうしろにいるクレシェも、肩を落としているようだ。


 フォルテが視線を行先へと移す。そこに道は続いていなかった。ふたつの崖が向かい合っているだけ。向かい合う崖は、およそ五メートルほど離れている。

 橋は崩れたのか、元々通れる状態ではなかったのか。どちらかは不明だが、視線の先にあるのは絶壁。


 リンフォルはフォルテに追いつくと、状況を読み取る。


「あらら」

 ゆるい声を出しながら、右手を頭に乗せる。

 リンフォルの声に、クレシェの視線は動く。


 リンフォルはその視線を受け取らずに歩いて行き、膝に手を置いてしゃがんでいるディミヌと、その左側に立つフォルテよりも一歩下がった位置で立ち止まる。ふたりの中央でしゃがみ、一緒になって見えない道を見つめる。


 三人で道なき道を見ている光景は、クレシェには困っているように見えて。

(なんとかしたい)

 と、打開策を考え始める。


 そうして、あるひとつの方法が浮かんだ。クレシェは誰も見ていないところで、拳を握りしめる。


「それなら」

 クレシェの声に視線は集まる。

 そのとき、クレシェは数歩下がり始めた。


(まさか)


 男ふたりには、嫌な予感が沸き上がってくる。まるで雷が落ちたかのような衝撃が走り、崖を背にいた男ふたりは白黒と化す。──そんなふたりの様子などお構いなしに、

「え?」

 と、ディミヌからは間抜けな声がもれた。


 次の瞬間、フォルテとリンフォルの嫌な予感は的中。──クレシェは勢いよく駆け出していた。


 右足で踏み込むと、華麗にジャンプする。

 クレシェは薄い紫色のマントと、長い金髪を風になびかせ、きれいに放物線を描く。


 取り残された三人の目には、現実離れしたその光景がスローモーションかのようにゆっくりと映る。

 いつの間にかディミヌもリンフォルも立ち上がり、三人とも背筋を伸ばして呆然と見つめる。



 クレシェは地に足がつくと、なにかの競技だったなら拍手喝采にわくであろう華麗な着地を決める。


 ふわりと薄い紫のマントを風がなで、踊っていた金髪も静かに重力に従っていく。

 冷静に見えるクレシェの背中。


 ただ、それとは裏腹に、クレシェの胸は高揚していた。

(塔を脱走する前も私、飛べないかってずっと考えていた。脱走したとき意を決して飛んだことが、まさかこうして、こんな形で……誰かの役に立てるなんて)

 クレシェは提案を実践し、この案を伝えられると想像して喜ぶ。

 喜びと興奮を抑えきれないままに振り返り、にこにこと離れたもうひとつの崖に向かって手を振る。

「こうすればいいだけじゃないですか~」

 うれしさにあふれた、語尾に音符がついていそうな声。


 一方、楽しそうに手を振るクレシェに対し、男ふたりは影を落とす。斜め後方を向いて声に出せない叫びを捨てる。

(お前はレベル一万だからなッ!)

 魔王にこんなツッコミはできない。


 ふと、フォルテの視界にディミヌが入り込む。

 ディミヌは泣きそうな表情を浮かべ、クレシェを眺めていた。それは、ディミヌが幼いころからたまに浮かべる、人を羨む表情。


「大丈夫だ。アレができないのは、お前だけじゃない」

 フォルテはいつになくやさしい声を出す。

「できないのは、ごく自然のことだ」

 とまで言い、フォローする。


 今度はリンフォルはディミヌを見て、

「あら~?」

 と、楽しそうな声を出した。


「いやだ、ディミヌってばかわいいね。ほらほら、俺の方も見て」

 言われるがままにディミスは視線を移す。

 リンフォルはご満悦だと言いたげに、ディミヌをなでる。──その様子は子犬と、子犬をかわいがる図そのもの。


 事態はなにも進展していない。

 けれど、事態が解決したかのような、なごやかな三人の雰囲気が広がる。



 それを離れた場所で見ているのはクレシェだ。彼女は、徐々に腕が下がっていきハッとした。──いつの間にか、思い上がっていたと。


 三人の様子は、仲のいい兄妹のような、ごく親しい関係。


 今更ながら、クレシェはそれを痛感して。


 急激に暗闇に包まれる。

 その暗闇は三人との物理的ではない距離。


 計れないほど三人を遠くに感じ、再確認する。

 言葉も崩せずに、いや、ロクに話せてもいない。パーティーのメンバーではなく、単に同行人でしかないと。


 まして、クレシェは魔王。

 正体すら明かすことができない、異端な存在。

 思えば、出会った時からわかりきっていたこと。それにも関わらず、あの三人の関係の輪に入りたいといつの間にか思っていた。三人と仲良くなりたいと思っていた。輪に入れていると、思っていた。


 そんなことを、魔王が望むのはいけなかったとクレシェは沈む。

 沈みながらも、不思議で。ついさっきまで当たり前のように、ディミヌに庇ってもらえていたことが。フォルテとリンフォルと三人で笑いながら歩いていたことが。


 もう、手を伸ばしても届かないかもしれない。

 遠く、遠く感じすぎて。


 そう、まるでこの橋のない状態で、三人と離れている深い崖のように。

 二度と繋がることはないように思えて。



「どうしたの?」


 急に聞こえた声。クレシェは驚き、顔を上げる。

 真っ暗な空間にポツンといたクレシェの前には、いつの間にかディミヌの笑顔があった。

「え!?」

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