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もう戻って来ない

 リンフォルは笑ってしまった。背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。

(あ~あ、俺の運もこれまでかぁ。天に見放されたってことかな……)

 ぼんやりとこれまでの人生を振り返る。思えば英才教育を受けてきて、成績は常に優秀だった。遊びよりも、学問の方が好きで──というのは、フォルテと出会う前。フォルテに出会ってからは、どんなに頑張っても万年二位になってしまって。励ましてくれる両親に嫌気が差して、報いることができない己にも嫌気が差して、遊ぶ方が好きになった。

 お金を無心しても両親のやさしさは変らず、どんどん自らを嫌いになって。それでも、両親は彼を見捨てないでいてくれて──。


(親不幸モンだもんな、俺)

 好き放題振舞っていたころに比べれば、ほどほどに遊ぶ程度になった。そう考えれば、かなり改心したとは言える。ただ、当時のツケが回って来たのだろうと、リンフォルは回せないリールをじっと見つめる。

 しかし、見つめたところで、回せないものは回せない。成す術がないまま、背伸びをしたとのとき──なにかに、触れた気がした。

(ん?)




「で?」


 フォルテの冷たい声が、リンフォルを現在に引き戻す。

「でね。それは髪の毛だったんだよ。俺のうしろに女神がいてさ、俺に一枚メダルを恵んでくれたんだよね~」

「そうして無事に揃えられて、続いたんだな?」

「と~ぜん。俺を誰だと思ってるの」

 ふふんと得意げな声に対し、

「博打好きのバカ」

 フォルテのすばやい否定。リンフォルは苦笑いする。


「ひどいな~」

 相変わらずなゆるい声。だが、これに流されないのがフォルテ。


「それで。どうして俺に渡した額があんな全敗したも同然な金額だったんだ?」

 鋭くフォルテの瞳が光る。──あの日、リンフォルが渡した金額は、翌日の夜の分までだった。赤の七の当たり、一回分にもならない。


「それ、聞いちゃう?」

「当たり前だろ」

 フォルテの怒りの込められた声は返された。


「現れた女神は情報屋だったんだよね。連チャンが終わってからオサソイがあって、まぁ……ちょっと騙された」

 あははと笑うリンフォルに、フォルテは頭痛を覚える。状況から察するに、情報を聞いたあとに眠らされ、情報料にしては超高額なお金を持ち逃げされたのだろう。


「お前のことだ。情報だけじゃなく、甘い言葉を囁かれて警戒心がゆるんでいたんだろ」

「ん~、痛い言葉だなぁ。時間も遅かったし。小腹がね、空いてたんだよ」

「『腹が減ってた』なら、さっさと帰って来い」

「はぁい」

 青空を見ながらリンフォルは軽い返事をする。


 ふたりの会話する姿を見ていたクレシェは、

(やっぱり、このふたりは仲良しさんだなぁ)

 と微笑ましく思っていた。──会話内容はあまり理解していない。なんだか楽しそうという雰囲気だけで総合判断をしている。


 クレシェはこれまで、誰かと誰かの楽しそうな光景を見たこともなかった。だからこそ、新鮮で。クレシェの胸は、体験したことのないきらめきの詰まった世界を知ったうれしさで一杯になっていた。

 うれしいあまりに、ひとりだけ足が速まる。一歩、二歩、男たちよりも前に出て歩いていくクレシェ。


 とは、フォルテは気づかず。


「まったく」

 と呟く。


「さっきの、訂正するわ」


 一方のリンフォルは、クレシェの行動を見ていたものの、フォルテの声に視線を動かす。なにを言うのかと。


「博打と女好きの大バカ野郎」

「博打も女も楽しめない奴に言われたくないね」


 毒気をたっぷり含んだリンフォルに、フォルテは違和感を覚える。つっかかってくるリンフォルは珍しい。──現在は。昔、荒れていたころの彼には、そういう一面があった。

 付き合いの長いフォルテは、さきほどの話で過去の感情の多くを引っ張ってきたのだろうと解釈して流す。


 しかし、それは一言では終わらず。

「フォルテはさ……」

 当時のような、すっかり冷めた瞳をしたリンフォル。


 なにを言うのかと、フォルテは黙って言葉を待つ。すると、


「引きずり過ぎだよ。過去のことをいつまでも」

 と、フォルテの言ってほしくない話をする。


「死んだ人は、もう戻って来ないんだからさ。いい加減、忘れなよ」

「じゃ、お前は亡くなった人を『忘れた』って言えるのか?」

 フォルテが言う『亡くなった人』は、リンフォルの両親だ。


 フォルテの言ってほしくないことを言ったにも関わらず、逆に言ってほしくないことを返されてしまったリンフォルは、話題を変える。

「やさしすぎるんだよ」

「なにが」

「クレシェちゃんの点滴外してあげたり……そういう自覚のないやさしさが、誰かを振り回してるって気づかないわけ?」

 イライラしているリンフォルの物言いは、棘だらけ。なのに、言われたフォルテにとっては、疑問符だらけだった。なにを言いたいのかがさっぱり伝わってこない。


「あれは、うちの『勇者』の意向に従っただけ。聞いてなかったのか、お前。ディミヌが言ってたこと」

「聞いてたよ」

 顔を背けリンフォルは答える。


 フォルテは首を傾げる。

「お前、あの日……本当は何があった?」

 長年の付き合いだからこそ、感じる変化。


 リンフォルは元々、好き嫌いが激しい。今でこそ、普段はゆるゆるとした態度でいるが、何かがあると崩れてしまう。

 フォルテとリンフォルは昔から仲がよかったわけでも、ふたりで勉強をしたことがあるわけでもない。生まれも育ちも正反対の環境で、どちらかと言えば話すことすら少なかった。

 ディミヌがフォルテに寄り着くようになったからだ。リンフォルがディミヌを妹のようにかわいがって、気づけば三人でいるようになっていた。

 多くの兄弟を持った長男のフォルテだからこそ、リンフォルの悪態も受け止められているのだろう。そして、長い付き合いだからこと、リンフォルもフォルテには素でいられる。


「うるさいな。別になんにも……」

 リンフォルはフォルテを見ようとはしない。明らかな動揺に、フォルテはリンフォルの肩をつかむ。──そのとき。


「ディミヌさん!」


 クレシェの叫び声が聞こえた。

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