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留まり続け

 今頃ディミヌとフォルテはおいしい夕飯を食べているのだろう。ディミヌの笑顔と、淡々と食事を進めるフォルテの姿が浮かぶ。

 リンフォルが食事の時間までに帰らないのは、たまにあること。心配されないだろうということだけが、今の救い。


 周囲の賑やかな光景が、一層彼の心に影を落とす。

 ふう──と、もれるため息。



「ため息は、幸せを逃がすんだから!」


 いつだったか、ディミヌがそんなことを言っていた。それからリンフォルは、意識してため息をつかないようにしてきた。

 けれど、──思わず出てしまったのは、仕方ないと同情してもいいかもしれない。



 ふと、リンフォルは足を止める。


 彼は目を開いて、ある一台を見ていた。右側のリールだけが暗い。

(第三リールの消灯。潜伏……いや、濃厚常態?)

 リンフォルは台の受け皿や周辺をじっくりとチェックする。

 店員の手入れが行き届いているのだろうか。その台の周辺にゴミも置かれていない。


(先客が不在……って感じじゃないな)

 空き台だと判断し、着席。そして、握っていたコインから一回だけ回せる分、三枚のメダルを投入する。


(確定であってくれよ!)

 思いを込めてレバーを拳で叩く。カツンとちいさな音が鳴る。これで、またリールが消灯してくれれば──と願いを込めたものの。

(なにも……ない?)

 回す前は消灯していたはずの第三リールが、思い空しく明るい。

 リンフォルに渋い表情を浮かぶ。各停止ボタンを押して様子を見るが、どのリールも暗くはならない。


 リンフォルは考える。続行するか、否かを。──手元のメダルで回せるのは、あと六回。

 当たり柄を揃えるのに、最低一回は回す。当たり確定に辿り着くまで、五回しか回せないということだ。


 そもそも、数えるていどで当たりを引こうとする考え方が間違えだというのは、承知の上。

 台を選び直すのは焼け石に水。


 結論は、このままこの台にかけるしかない。


 ちいさく舌打ちする。

 いつの間にか眉間にシワを寄せ、メダルを全部入れていく。


 右上にある表示のカウントは十三、十四、十五──と、なるはずだったのに、十四で止まった。リンフォルは思わず固まる。


 投入すると、初めの三枚はすぐに回す分のため、表示がされない。──台に座る前に二十枚くらいあると思っていた。それから三枚使い、十八枚はあるだろうとリンフォルは思っていた。


 つまり、投入後は十五と表示されると思っていたのに、一枚足らない。二十枚くらいではなく、調度二十枚しか持っていなかった。


 思い違いで回せる回数が一回少ないことに、リンフォルは自嘲する。


 それでも、もう戻れない。

 回すしかない。


 カツンとちいさな音が鳴る。──また三つのリールすべてが明るい。

(でもな……)

 各停止ボタンを押しながら、考える。

(第三リールの明りがついている。……ってことは、電球切れっていう最悪な状況じゃなかったってことだ)

 掃除の行き届いている場内。点検も行き届いているのだろう。いつになく無表情だか、なるほどとリンフォルは納得する。


(潜伏で間違いなさそうだな)

 潜伏であれば、あとはいつ当たりが確定するか、それだけ。

 左上の赤いベットボタンを押すと、残りのメダルを示すカウントの点灯は、十一に変わる。レバーを回しても、三度(みたび)リールの演出はないまま。


(当たるか、飲まれるかの勝負……か)

 停止ボタンを押すと、リールがタンタンタンと止まる。流れ作業のように再びベットボタンを押し、レバーを下げる。

 メダルの表示は残り八枚。──そして、五に変わる。

(飲まれるのか……)

 どうせ一文無しで帰るのなら、もっとはやくに帰ればよかった。そうすれば、なんだかんだフォルテに言われても、今頃はおいしいご飯を食べ終わっていたかもしれない。

 明日からどうしようか──など、リンフォルの頭は騒がしかったに違いない。


 単調に停止ボタンを押した、そのとき。


 ダン


 第三リールが停止したとき、重い音と同時にリールのライトが消える。

(来たか?)

 一気に鼓動が高鳴る。リンフォルのかすかに震える指は、ゆっくりと停止ボタンから指を離す。

 瞼を閉じ、一度深呼吸をする。


(よし!)

 気合を入れてベットボタンを押す。メダルの残数表示は二。実質、最後だ。


 レバーを下げる。

 すると、リール全体がチカチカと光った。それを見て、リンフォルは確信する。

(よかったぁ~)

 安堵で脱力する。──この台の場合、レバーを下げたと同時にリールが全部チカチカするのは、当たり確定の演出。


 しかし、まだ当たりの柄を揃えていない。当たりの柄が揃って初めて、ボーナスコインが排出される。この台の場合は、ボーナスゲームに入ってしまえば、コインが手元になくても自動ベットされる仕様だ。

 当たりは三種類の柄が存在する。

 当たりが確定した時点でどの絵柄が揃うかは、台の中ではすでに決まっている。


 ひとつは黒の七。これは、小当たり。一度の当たりでメダルは百枚くらいと少ない。──しかし、ボーナスゲーム後、すぐに止めれば、明日の昼食くらいまでは補うことができるくらいのお金に換金できるだろう。

 もうひとつは、赤の七。これは大当たりのひとつ。黒の七の三倍くらいのメダルが出る。

 そして、最後のひとつは──。


(やっぱり、狙うなら青だよな)

 リンフォルが狙う青の七。これは、黒の七の七倍くらいのメダルが出る。しかも、当たりが続く可能性が高い。

 連続で青の七が当たれば、今日の収支は完全にプラスになる。


 リンフォルは慎重に青の七を狙う。

 メダルの残数表示は二。


 一度で揃えるしかない。


 揃える腕はリンフォルにあるが、台の中でどの絵柄が揃うようになっているかまではわからない。


(青……)

 リンフォルにが狙って止めた第一リールには、ピタリと青の七が止まる。けれど、

(青……ん?)

 第二リールの画面に青の七は止まらなかった。


 青の七は、枠外の下に見える状態で止まっている。

「なんで、この状態で落ちる……」

 リンフォルの表情は歪む。

 狙って止まらなかった以上、揃う柄が青の七ではなかったと考えた方が素直。特に、この部分で止まるのは。けれど、単にリールを止めるのが一歩遅かった可能性もある。緊張状態だったなら、リンフォルでも可能性は否定しきれない。


 リンフォルは呆然と枠外の青の七を見つめる。

(緊張したから、しくじった? いや……否定なんだろうな)

 結論を出し、回り続けていた第三リールの停止ボタンを適当に押す。そして、残数表示の二という数字を一点に見つめる。


 一度、リールを回すには三枚のコインが必要。

 でも、もう手持ちのコインはない。

 コインに変えられる所持金もない。


(さて……どうするかな)

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