誘導するように
魔物がうろつく野蛮地区。──それであれば、報酬が高額だったのもうなずける。
「目的地かもしれないとなれば話は別だ」
安易な依頼に見えて、危険な依頼だったのかもしれない。フォルテはなんとなく嫌な予感がした。
けれど、依頼を解決できるなら向かわなければいけない。
「今からロッシクに向かえば、夕日が差し込むころには……なんとか到着できるかもしれないな」
「野宿は避けたいね~。魔物のエサにはなりたくないも~ん」
深い意味などなく言ったリンフォルだが、クレシェと目が合い、半笑に変わる。
「南東か……。なるほどね」
ディミヌの提案した『猫の気持ちになってみる』を実行したフォルテは納得する。
「行ってみようか!」
突如、ズン! と右手を自信満々に突き出すディミヌ。その右手に視線が集まったと同時に、ディミヌはにっこりと笑い、方向を変えて再び先頭を張り切って歩き始める。
「あ~あ、即決しちゃった」
ディミヌのうしろ姿を見、リンフォルは呟く。
残された者の気持ちなどお構いなしに、ディミヌは楽しそうだ。
土の道をなんとなく、それぞれに歩き出す。道の両サイドに生える草は、さわさわと笑っているようにも聞こえる。
爽やかに晴れる空だが、同じようにさっぱりと晴れているのは、先頭を楽しそうに歩くディミヌだけかもしれない。
「で、どこからの情報だ? さっきのは」
口を開いたのはフォルテ。
右側にいるリンフォルは、首のうしろで両手を組む。
「え~? どうしよっかなぁ」
言えばフォルテの機嫌を損なうことになると目に見えているのだろう。だが、流せるはずもなく。
「焦らさずに言え」
「怒らない?」
「さっさと言うならな」
言っても怒る癖にと思いつつ、
「数日前のカジノだよぉ」
と、リンフォルは渋々言う。
「食費に手をつけた、あの日か」
ピンときたフォルテの表情は強張る。
「ほら~、怒った~~~」
それを見たリンフォルは弱々しい声を出す。
すると、フォルテはふっと、息を吐き出した。
「情報収集だと言っても、もう『ああいう事態』は許さんからな」
「わかってるよ。俺だって、別にあの日は負けたわけじゃ……」
思わず出た言い訳に、リンフォルは慌てて言葉を飲んだ。
だが、遅い。
鋭い視線がリンフォルを見ている。
「じゃあ、なんだったというんだ?」
「あ~……」
苦笑いを浮かべたリンフォルは観念し、事の成り行きを話し始める。
その日、リンフォルはカジノにいた。トランプゲームやルーレットなどがある中、リンフォルはスロット台を好んで遊ぶ。博打が大好きというだけあって、台を見る目は持っている。当らなければ、おもしろくない。
旅を初めてから大負けはしていない。負けると思えば深入りせずに潔く終わらせて帰る。小銭を稼ぐ程度のわずかな勝ちでも、重なれば旅の足しになる。
だが、その日はどうしたことか。引き際を読み間違えて、珍しく大負けしていた。
すでに手元に現金はない。
しかも、この日に限って手をつけてはいけない食費にまで手をつけてしまっていた。
あるのは、二十枚ほどのコインのみ。
そのコインを片手で握り、リンフォルは慎重に台選びをする。
このままじゃ帰れない。──そんな思いが彼の中には強くあった。
スロット台はリールを一度回すのに、使用するコインは三枚。当たりさえすれば、絵柄を揃える腕もある。
(七回以内に、当たりを引ける台か)
カジノ内は色んな音が混じり、騒音というのが相応しい。ただ、カジノに慣れている彼にとって、集中力を欠くものでもない。台を飾るきらびやかで目の痛くなるような明りも、目を引くものでもない。ただ、通り過ぎていくだけのもの。
何百台もあるスロット台をリンフォルは見て回る。根気よく、焦らずに。
カジノは初めてくる人もいる。大きなカジノになれば、そういう人も多い。
観光のつもりで来て不慣れな人が遊んだあとなのか、はたまた資金が一歩及ばず底を尽きてしまったのか、理由は不明だが、当たりが確定しているのにも関わらず止めていく人がいて、そんな台が空台になっているわけだ。そんな台は『お宝台』と呼ばれる。
リンフォルの博打歴は長い。フォルテと違ってお金に困るような育ちではなかった。裕福で、それこそ豪邸と呼ばれるような家に住んでいて。親に反抗するように、お金を湯水のごとく博打につぎ込んで遊んでいた時期があった。
そう、リンフォルは資産家のひとり息子だった。両親が亡くなり、その資産すべてを数年前に相続した。だが、今となっては、そのときのお金はまったくない。
お金をお金と見ていなかった彼にとっては、不要なものの代表がお金だった。
彼にとってお金は、憎しみを増やすだけのものだった。資産家のひとり息子と知れば、誰もが彼よりも資産を見ていて。彼はそれをわかっていて、他人の気持ちを利用した。町の中心部にある豪邸のひとり息子、知らない人の方が少なかった。
両親も資産家のひとり息子として、資産を守っていけるようにと望んでいて。そこには、『リンフォル』という一個人が存在していなくて。だからこそ、ためらわず彼はお金を手放した。
そんなお金に嘲笑われたかのように。
お金の必要性を理解するようになったのは、ディミヌと旅に出てからのこと。
それからこうして『資金運用』と『情報収集』のためにカジノへと足を運んだ。現状は非常にマズイ事態。だが、こんな事態に陥っていても。旅に出る前、相続したお金を一切手元に残さなかったことを、彼は後悔しない。
彼は『リンフォル』という一個人を手にしたから。
(ヤバイなぁ)
帰宅してからのフォルテの顔を想像し、苦笑いする。
リンフォルは空腹を感じ始めていた。帰れるものなら、帰って謝って食事にありつきたい。けれど、それはできないと帰りたい気持ちを抑えながら、根気よく場内を歩いた。