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抱えた想いは

「こんな仕事を取ってきて、誰が……」

 フォルテはそう口にして、言葉を止める。


 思えば、ディミヌも他の国王公認の勇者たちと同じ行動を取ったことが一度あった。──あれは、フォルテがパーティーに入ってすぐのこと。

 初めて知らない土地に足を踏み入れ、フォルテの提案でワクコレに三人で入ったときだ。




 戸惑うディミヌを促し、カウンターで勇者の職業カードを提示させた。職業カードには、ディミヌの顔写真と名前、レベルとパーティーメンバーの名前が記載されていて、パーティーメンバーなら同伴してワクコレに入ることができる。

 カウンターの若い女性は何度もカードとディミヌたちを怪訝そうな表情で見たが、無事に入場が許可された。

 ディミヌは早々に壁を見渡す。それは、初めて入ったフォルテも同じ。ただし、違ったのは──ディミヌが白い貼り紙に一直線に歩いていったこと。


 立ち止まったままのリンフォルに対し、フォルテはディミヌの側まで歩いて行く。


「まさか、この貼り紙の中から仕事を探そうとしているのか?」

「え? もちろんそうだけど?」

 あっけらかんと言うディミヌにフォルテはやきもきした。


「お前、なんのための公認勇者だ? 公認勇者ならカウンターできちんと証明さえすれば、ここに貼られていない仕事を受けることができるだろ」

 ディミヌはきょとんとする。

「そうなの?」


 フォルテの言うように、ワクコレには掲示されていない依頼も存在する。

 高額の依頼を効率よく探す手段はふたつ。


 ひとつは、勇者のレベルが高い場合。

『町が魔物に襲撃されている』や『魔物の巣退治』などの危険と緊急性が高い依頼が多い、赤い貼り紙を見て探す方法。赤い貼り紙は、レベル五十以上の勇者に向けた依頼。一般的なレベルが五十という前提で考えれば、条件が高い分、報酬も高額で当然だ。


 もうひとつは一般的なレベル以下の勇者でも、国王公認の勇者の場合。

 赤い貼り紙の依頼と同等、いや、それ以上の高額依頼を受けられるという。カウンターで国王公認の勇者の証を見せれば、その依頼を見せてもらえるという国王公認の勇者ならではの優遇。依頼主が信頼できる者に頼みたい、報酬は出すという依頼だと言われている。赤い貼り紙よりも依頼の難易度は下がるとも。なんとも好条件な依頼だ。

 特に、ディミヌたちの場合は、極端にレベルが低いのはディミヌだけ。好条件の依頼さえ入手できれば、解決は難しくないとフォルテは踏んでいた。フォルテとリンフォルは、一般レベル以上なのだから。



 ディミヌはフォルテの言葉を聞いて、カウンターへと向かう。

 途中、リンフォルがディミヌになにやら声をかけた。二言三言交わして、ディミヌはカウンターに向かって行く。


 フォルテも歩き始めると、リンフォルが珍しくムッとしていた。それを見てフォルテの眉間にもシワがよる。──これまでお前はなにをしていたのかと。

 フォルテがパーティーに加わる前から、リンフォルはディミヌとふたりで旅を始めていたのだから。


 リンフォルは昔からそうだ。ディミヌに甘い。

 私生活だけなら構わないが、仕事探しはフォルテの、ひいてはフォルテの家族の生活にも関わる事態。甘やかすなと言わなければと足をはやめると、リンフォルはフォルテの到着を待たずにカウンターへと駆けて行った。


 カウンターでは、国王から公認を受けていると証明するためにディミヌはセプス国王の紋章が入ったマントの金具を見せていたのだろう。

 ディミヌのことだ。

 不慣れでおずおずとした態度だったのかもしれない。


 ふと、カウンター若い女性の叫び声が聞こえてきた。


「アンタみたいなレベル十の小娘が、国王から公認なんてされるわけないじゃない! これ、偽造でしょ? ねぇ、そこまでして高額報酬の依頼がほしいの?!」


 確かに、ディミヌのレベルはわずかに十。異例の低さだ。

 国王に公認される勇者は一般レベルの五十を超えている者の方がはるかに多く、セプス国王がディミヌを公認した際、その場にいたフォルテも我が目と耳を疑ったほど。


 けれど、ディミヌがセプス国王に公認されたのは、紛れもない事実で。それは、嫌と言うほどフォルテは知っていて。だからこそ、このパーティーにいて。


 フォルテは走った。もとはと言えば、ディミヌに行動させたのはフォルテ自身なのだから。


 カウンターに着くと、リンフォルはヘラヘラと場を収束させようとしていた。

 カウンターの若い女性は、卑しい者を見るような視線をディミヌに向けていた。それは、カウンターの若い女性だけではなく、フォルテが振り返れば周囲からも向けられていたわけで。──先ほどの大きな声は、ワクコレ内に響いていた。周囲は騒然とし始め、疑うような視線が集まっている。


(ディミヌに偽装なんて浮かぶ頭もなければ、そんな技術あるもんか!)

 フォルテの心の叫びは、声にならない。

 これが出身国なら。誰もが知っていて、カウンターの若い女性の方が笑われるに違いない。そう思うのに、純粋な疑惑の目にフォルテはたじろぐ。


 なんとかカウンターに向き直すと、ディミヌはきょとんとしたまま固まっていた。

 フォルテは身を乗り出す。

「こいつは……」

「いいよ、止めな」

 フォルテを止めたのはリンフォルだった。

「出よう、ディミヌ」

 固まっていたディミヌは、やさしい声にまん丸の瞳を向ける。

 リンフォルはいつになく、おだやかな表情を浮かべていた。

 ディミヌはこくんとうなずく。


 リンフォルはこうなると予想していたのだろう。だから、これまでディミヌがカウンターで国王公認の勇者用の仕事を催促することはなかったのかもしれない。

 だからこそ、リンフォルは珍しくムッとしていた。きっと、よけいなことを言ったとフォルテを責めていた。


 フォルテはまだ胸がモヤモヤとしたが、このような事態は、自らが招いてしまったことだとリンフォルに従おうと思った。場が収束しそうなら、このまま収まるのが一番だと、自らを押し殺す方を選ぼうとした。──カウンターからこんな一言が投げかけられるまでは。


「もう、二度と来るな!」


 カウンターの若い女性の言葉を皮切りに、周囲からも同様の声が沸く。


 圧倒されそうな雰囲気の中、リンフォルがふと笑って数歩、前に出た。そして──。


「言われなくても、もう来ないよ。こんなトコ」

 その声は、実に冷たくて。

 周囲は人であるのに敵だと認めたような、攻撃を厭わないと告げるような冷たい視線を含んでいた。


 シンと静まり返った場に、ガツン! と音が響く。

 フォルテだ。どうやら、最後の一言でプツンと理性が切れてしまったらしい。カウンターに拳を下している。


「こっちから願い下げだ。二度と来るか」


 こうして、彼らには出禁になったワクコレが一ヶ所ある。


 もっとも、出禁になった最大の原因はフォルテの攻撃性のため、これ以降、フォルテはワクコレに近づいていない。反省の意味も込めて。ディミヌは寂しがったが、リンフォルは、

「フォルテに協調性がないのはよく知っている」

 と笑っていた。お互い様だとフォルテは思ったが、敢えて言うのを止めた。


 あの夜、パーティー宛に詫びの手紙が届いたのだが、リンフォルが無言のまま一瞬で灰にした。ディミヌはそれを知らない。



 そう言えばあのワクコレ出入口でここ、ヤチ国の公認勇者とすれ違ったような──とフォルテは思い出す。


 そんな経緯もあって、フォルテは仕事探しに同伴しなくなった。宿探しと食事の用意をその間に行っている。

 リンフォルはなんだかんだ理由をつけて、ディミヌが仕事を探しに行くと出ていく。そうして、一緒に帰ってくることが多い。


 ディミヌは、ワクコレで自ら公認勇者だとは言わないだろう。

 特別な依頼を聞けるはずもない。

 そうなれば、レベルを問わない白い貼り紙の依頼だけが頼りになる。特に、誰もが見られるように貼られている白い紙の依頼は、誰でもできるような依頼ばかりだ。

 台風で屋根が吹き飛んだから修理をしてほしいとか、引っ越し紛いの依頼など。──どれも勇者の仕事とは呼べないような、尚且つ低報酬のものばかり。


 それに比べれば、今回は異例と言えるほど報酬額は高い。


「まぁ……よくやった」

 フォルテの声に、パッとディミヌの表情は明るくなる。

「わ~い!」


「わ~! やったね、ディミヌ!」

「うん!」

 ディミヌとリンフォルはイエーイと言わんばかりにハイタッチをする。


 ふと、立ち止っているクレシェにフォルテは気づく。


「アンタはこれからどうする? 体調が平気そうなら……」

「ちょっと、フォルテ! かわいそうなこと言わないで!? またどこかで嫌な奴に追いかけられたりでもしたらどうするの!?」

『またどこかで倒れちゃうかもしれないじゃない!』と言いたげなディミヌに、フォルテは苦笑いする。

(おいおい、コイツは魔王だぞ)

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