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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.5 < chapter.8 >

 天頂に輝く太陽、どこまでも晴れ渡った空。

 柔らかな草の上に寝ころびながら、俺はぼんやりと考える。

 ここはいったいどこで、何をしていたのだったかな、と。

 思い出せる限りすべての出来事を思い出していくと、なんとも言えない違和感があった。

「……いや、ちょっと待て? 草原? そんなわけがあるか。だって、『メルポール丘陵』は森の中で……」

 ゆっくりと体を起こしてみると、ここがどこなのかすぐに理解できた。

「……ああ、なるほど。そういうことか……」

 終わりの見えない草原と、同じように終わりのない空。

 天地が交わる地平線は存在せず、世界の果ては曖昧に溶け合っている。


 空の高さが分からない。

 空気の温度も分からない。

 世界のすべてが分からない。


 ここは方向感覚、距離間隔、空間識など、現実空間で培ってきたありとあらゆる感覚が役に立たない『物理的にあってはならない空間』だった。

「……この服は……?」

 自分の服装が変わっていることに気付く。俺は情報部の制服を着ていたはずなのに、いつの間にか、並行世界の俺が着ていた『戦時特装』に変わっていた。しかし、細部のデザインや配色は明らかに異なる。

「……これは、ラピの……?」

この服にはラピスラズリの戦時特装の要素も混ざっているようだ。『お菓子の国』での戦闘記録を何度も見て、あの装束の特徴は強く印象に残っている。

 黒いレザー風の生地に銀色の鋲。エナメルやラバースーツに似た、皮膚と一体化したような光沢感のあるアンダーウェア。背中から腰回りにかけて露出狂一歩手前のような布面積となっているが、魔法による自動防御が展開されるため、防御力に問題はないと聞いている。

 これを身につけているということは、自分は『種の記憶』とやらに覚醒したのだろうか。

 体をあちこち動かしながら考えてみるが、これといった変化は感じられない。

「……どういうことだ?」

 これは戦時特装に違いない。一切のシワももたつきも生じない衣服など、物理的に縫製できないのだから。

 けれどもやはり、これは俺自身の能力ではなさそうで――。

「気付いたかい? そうだよ。それはもう一人の君が残して逝ったものだ」

「……ヒルコ神……」

 いつの間にそこにいたのだろう。俺の傍らにヒルコ神が腰を下ろしていて、何かを大切そうに抱えていた。

 蓋つきの、青磁の壺のような入れ物である。

 俺の視線に気付き、ヒルコ神は苦笑する。

「これは骨壺。中身は君だよ」

「じゃあ、今の俺は幽霊か?」

「いいや。君は健康体の、生きた人間だよ。元の体より健康状態は良くなっているんじゃないかな?」

「それなら、もう一人のほうが死んだのか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも……いや、そうじゃないな。君は土壇場で、絶対に起こるはずのない、最も低い可能性の未来を掴み取ったんだ。見せてあげよう、その時のことを……」

「……?」

 額に触れる神の手。そこから伝わるものは体温ではない。

 『神の眼』で見た一部始終と、それに関する補足情報である。




 あの時俺は、呪詛毒によって声が出せず、身体も動かせない状態にあった。しかし、ごく弱い風の魔法なら使えた。俺は風を使って木槌を振動させ、金の針を取り出した。そして誰にも気づかれぬよう、少しずつ風で移動させていき――。

「君は金の針を使い、《起爆符》に使用される『爆発の魔法陣』を描き上げた。本来5cmしかない魔法陣を直径500mにまで拡大すれば、当然、発動に必要な魔力も大きさに見合ったものとなる。けれど金の針にはこの私、ヒルコ神の『神の力』が込められている。君自身の魔力消費はほぼ無しで、その上言霊無しでも発動可能な『超弩級の攻撃魔法』を編み出してしまったワケだが……」

 脳内で再生されるのは、世界の俯瞰映像である。

 そこに映っていたのは、俺の想定をはるかに上回る爆発だった。

「君は『神の力』を甘く考えすぎていたんだよ。見た目こそただの針だが、これ一本で普通の人間が向こう一年、心身を病むことなく生きていける『陽の気』が詰まっているんだから。それを君、残弾八千京分を一瞬で……」

 世界に満ち溢れる光、光、また光。荒れ狂う光の奔流は亜空間に充満していた黒い霧をことごとく浄化しつくし、それでもまだまだ止まらない。

 『神の眼』はさらに遠くからの眺めとなり、あの亜空間が弾け、宇宙空間のような途方もなく広大な空間に光が溢れていくさまを映し出す。

 どうやら別の神の住処らしい亜空間をいくつも巻き込んで、光はそこら中にある闇を片っ端から浄化して突き進んでいく。

 そしてあるところで、野放図に広がっていた光が再び集結し始めた。

 一塊になった金色の光は、ブラックホールのような謎の空間に吸い込まれていく。


 すべての光が吸い込まれた後、映像が消えた。


「……この後、どうなったんだ?」

「奇跡が起こった」

「奇跡?」

「君が放った光は『幽世の邪神』のもとにも届いた。光はその邪神を完全浄化し、元の神格を取り戻させた。まあ、私の能力が『光をもたらすもの』であったことも要因のうちだとは思うがね。それで正気を取り戻した神は、何よりも先に自分を救った『恩人』を探した。でも、爆心地にいた君はこの通り、骨だけになっていたんだ。だから彼は、君をもう一度創り直した」

「は?」

「それは神の力によって創られた、出来立てホヤホヤの新しい体だよ。衣服のデザインが変わっているのは、今の君の能力に見合った『戦時特装』を新たに作り上げたからだ。どうだね? 三千を超える並行世界で、いつだって『最強最悪の邪神』だった神から贈られた戦時特装の着心地は」

「あー……股間のもっこりを強調するデザインはどうかと思う」

「一応は止めたんだけど、彼は『男根の守護神』でもあるんだ。これだけは譲れないって言い出してね……」

「三十五のオッサンに太腿チラリズムは必要ないと思う」

「うん、そのあたりの問題も、私はツッコミを入れたよ? でも、布面積増やしてもらってソレだからね? あの神の意見を丸呑みしたら、ぶっちゃけ全裸だよ?」

「ワキ毛とかスネ毛とか、いろんなところの毛が行方不明なのは……?」

「見た目重視で、ナシの方向で決まった。『全裸がダメなら美少女戦士にしよう』とか『ふたなりのほうが楽しいかもしれない』とか、そういう意見は全力で却下しておいた!」

「ありがとう! あなたは命の恩人だ!」

「なーに、福の神として当然のことをしたまでさ!」

「これが『戦時特装』ということは、戦闘力も上がっているのか? 実感がないんだが……?」

「やりすぎは良くないと止めたんだが、それでも全宇宙最強になってしまった。強さを実感できないのも無理はない。君にとっての標準的な感覚、それ自体が引き上げられてしまったからね。これまでの君がダニやシミだとしたら、今の君はマンモスだ。マンモスが標準的な感覚で生活するだけで、足元にいる小さな生き物はあっけなく全滅してしまう。ダニやシミから見ればマンモスの歩行は理解を超えた大災厄だけれど、マンモスにしてみれば、足元にそんな生き物がいることすら気付いちゃいない。まあ、そういうことだよ」

「あー……普通の体に戻してもらえたりしないのか?」

「今から体を改造することは難しいけれど、君の記憶にブロックをかけて、自分が全宇宙最強であることを忘れさせることはできる。それで君は常人レベルの力しか使えないようになるだろう」

「なら、そうしてくれ。こんなインチキ臭い方法で強くなったって、なにも嬉しくない」

「なかなかどうして。ずいぶんと無欲だね、君は」

「そうか? だいぶ欲張りじゃないか? 欲しいものを手に入れたのに、方法が気に食わないから無かったことにしろなんて……我が儘がすぎるだろう?」

「ま、そういう解釈もあるかもしれないがね。さて、記憶を操作する前に、他に聞いておきたいことは?」

「この場所は?」

「物理的には存在しない、どこかの亜空間。この会話を成立させるために急遽用意した仮設空間だ。君が現実空間に戻り次第、速やかに解体される」

「並行世界の二人は?」

「もう一人の君を生き返らせると、『どちらか一人しか生き残れない』という状況に戻ってしまう。だから、君の中に彼の記憶を統合させてもらった。今の君は、その気になれば並行世界側の記憶も思い出せるはずだよ」

「並行世界側の……ん? これか……?」

 自分自身の記憶のほかに、もう一つ、自分の物ではない『思い出』があった。

 それに触れようとすると、なんとも言えない奇妙な感覚に陥る。まるで映画や小説を見た後、その物語の内容を思い出そうとしているときのような非現実感。俺であって俺でない、もう一人の自分の『もしもの話』を見せられているような――。




 ケント・スターライトが存在しない世界。そこでの生活はとても単調で、代わり映えのしない日々だった。

 不慮の事故によって仲間を失った衝撃は大きかった。はじめは喪に服す意味でしていたパーティーや飲み会の自粛、声を抑えた控えめな会話が次第に『標準』になっていく。そのうちナイルも他の同期たちも、どこかパッとしない、表面的な付き合いしかしなくなっていった。

 並行世界の自分は孤独ではなかった。仲間はいるし、仕事も順調だった。それでも、寂寥感を吹き飛ばすほどの『楽しい笑い声』は一つも記憶されていない。

 けれど思い出の中のケントだけは、いつでも満面の笑みで自分の名前を呼んでくれる。

 それなのに、自分はケントの死体を盾代わりに生き延びて――。




 思い出に依存するたび、楽しかった思い出以上の罪悪感に苛まれる。そんな自分の姿を見たくなくて、俺はこれ以上『他人』の思い出を漁ることをやめた。

「ケントのほうはどうなった? ゾンビになっても死なないヤツが、あの程度の光でくたばったとは思えないんだが?」

「鋭いね。その通り、彼は今も生きているよ」

「どこにいる?」

「君の知るケント・スターライト、『ラピスラズリ』の中さ」

「は?」

「もう何度も言っているが、この世界は絶えずリセット&リトライを繰り返している。君をこの状況の『挑戦者』に指名したのはラピスラズリだよ。並行世界の自分とフェンリル狼を救える人間は君しかいない、ってね」

「それならあいつには、はじめから並行世界の記憶があったのか?」

「どの時点を『はじめ』とするかは難しいところだけれど、フェンリル狼の能力特性なら、すべての世界の記憶をばっちり覚えているはずだ。彼はこの先の時間軸で何が起こるか、なにもかも分かった上で、さも『一周目』のように振る舞っているのさ。時々頓狂な言動を見せるのは、君たちに違和感を抱かせないための演技じゃないかな?」

「……あのクソ野郎……」

「まあ、気にすることは無いさ。どうせ君はこの会話も忘れる。何もかも忘れて、これからも彼とは『ただの仲間』として、ごく普通に付き合っていけばいい」

「ああ。言われなくともそうするつもりだ」

「他に質問はないかな?」

「ある。あの貴族のことだ。誰も助け出していないはずなのに、どうして亜空間から脱出している? なぜ並行世界のフェンリル狼の顔に?」

「それはね、あれがラピスラズリとフェンリル狼によって『新たに創られた存在』だからだよ。馬にしがみついていた少年とは違う。そもそも別の人間なんだ」

「ということは……やはり、あの少年は助かっていなかったのか?」

「残念だけどね。けれども、彼が死んだことによって世界には『一人分の空席』が生じた。ラピスラズリはそこにリセットボタンを仕込んだんだよ。君があの貴族に違和感を持った瞬間、リセット&リトライがスタートするように」

「じゃあ、あの貴族はこの先どうなるんだ? もうその『スイッチ』としての役目は終わっただろう? 消されるのか?」

「いいや。あれはあれで、今は『一人の人間』として運命の輪に収まっている。彼は自分が何者かも知らないまま、何も疑問を抱くことなく、ごく普通の人間として生き、老いて終わりを迎えることだろう」

「……そうか。それならよかった。もしも彼が使い捨ての駒のように扱われるのなら、俺は記憶を消さずに現実空間に戻って、ラピをぶん殴らなきゃいけないところだった」

「まあ、宇宙最強の拳で殴ったところで、フェンリルの器は『絶対に殺せない』のだけれども……そういう能力特性の『神』だからねえ?」

「ったく、本当にクソ野郎だな、あいつは」

「さ、もう質問はないかな? 君は記憶の一部をブロックされて、時間停止以降のすべての出来事を忘れる。もしかしたらこの先、何らかの事情で思い出してしまうこともあると思うが、そのときは私の名前を呼んでくれ。もう一度忘れるのも、力を使って何かをするのも、全面的に協力しよう。なんといっても、君は私の恩人だからね」

「俺が何かしたか?」

「したとも。史上最悪の邪神を、君は『私の光』を使って浄化してくれた。私の神格はこれまでとは比較にならないほど高くなったよ。急に昇進しすぎて、ちょっと困るくらいだ」

「じゃあ、もうプレハブ小屋暮らしはしなくていいんだな?」

「いやいや、あれは趣味なんだって。この先も続ける。ナスの収穫もまだだし、ヒマワリの種がもうじきいい感じになってくるはずだし……あれ、ビールに合うんだよ? 地球に来たら絶対に飲んでみてね? 私の氏子が作ってるビール、本当に美味しいから」

「機会があればな。それにしても、やっぱり変わったカミサマだな」

「誉め言葉として受け取っておくよ。それじゃあ……」

「ああ。頼む」

 神の指が俺の額に触れた。

 ポテトチップスの塩と油、青のりまみれの指でなければ、もうなんだってよかった。


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