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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.5 < chapter.6 >

 可能な限りの武装を整え、俺とヒルコ神は亜空間を出た。

 だが、しかし。

 そこはすでに戦場と化していた。

「えっ!? 何あれ! 誰が戦ってんの!?」

 と、言葉を発したのは俺ではなくヒルコ神である。

 神にも分からないものが俺に分かるはずもなく、とりあえず俺は《銀の鎧》で防御を固める。

「……ん? あれ? 普通に魔法が使えるな……?」

「そんな馬鹿な!? 過去九十九回、物理攻撃しかできなかったのに!」

 並行世界の俺は、先ほどまでとは服装が違う。『お菓子の国』でターコイズとラピスラズリが変身していたような、SMコスチューム風の黒服に変わっている。

 そして対戦相手のほうも、同じような黒い服を身につけているのだが――。

「……戦っているのは一人なのか……?」

 頭数は五人。しかし、四人は身を寄せ合って《防御結界》に隠れている。残る一名が攻撃魔法を使っているのだが、何系の攻撃なのかさっぱりわからない。

「《小麦粉塵フラワーダスト》!!」

 展開される白い煙幕。もう一人の俺は風の魔法で払い除けようとするが、風を送り込んだ瞬間に次の魔法が展開された。

「英霊召喚! ミズダコ!!」

 停止した海面をぶち破って出現した巨大な蛸足。もう一人の俺はその足に絡めとられぬよう、ひらりと身を躱したが――。

「究極奥義! 《タコヤキ・プレート・テクトニクス》! 出でよ! タコヤキ超大陸!」

 展開される魔法陣。初めて聞く呪文だが、魔法陣の文様パターンから、これが『召喚ポータル』であることが見て取れた。

 しかし、魔法陣から召喚されたモノは、これまでの人生で一度も目にしたことが無い物体だった。


 半球状の窪みがつけられた、金属製の物体。

 形状から察するに、何かの焼き型のようだ。


 丸いものもあれば、四角いものもある。三十センチに満たないものから一メートル以上のものまで、大きさは様々だ。ただ、窪みの形状と直径はだいたい同じくらいのサイズなので、鉄板全体の大きさが異なっていても、基本的な用途は同じであると推察できる。

 召喚ポータルから出現したそれらの物体は見る間に合体していき、まるで絨毯のように、もう一人の俺の足元を埋め尽くしていく。

 鉄板と鉄板の隙間に足首が挟まっているようで、並行世界の俺はジタバタともがいていた。

「クソ! いったいこれは……うわあっ!?」

 頭上に何かが降り注ぐ。

 どうやらそれは、空中に展開されていた小麦粉が液化したもののようだった。

「さあ! タコヤキパーティーを始めよう!!」

「な……っ!?」

 先ほど召喚された英霊、巨大ミズダコが、一瞬で1cm角の賽の目切りに。そしてバラバラと鉄板上に降り注ぎ、すべての窪みに三切れずつ、均等に落下していく。

 続いてネギ、紅ショウガ、天かす、溶き卵、山芋などが次々と投入され、最後にもう一度、水で溶いた小麦粉がぶちまけられる。真ん中にいる並行世界の俺はなすすべもなくすべてを食らい、全身デロデロのベチョベチョになっている。だが、真の攻撃はもっと地味に、苛烈に加えられていた。

 ジュウジュウと美味しそうな音を立てて焼かれていく小麦料理。

 と、いうことは、その鉄板に足首を挟まれて動けなくなっている人間は――。

「ギャアアアアアァァァァァーッ!」

 まあ、そりゃあ、そうなるだろうよ。

 《銀の鎧》でダメージは軽減できているはずだが、防御魔法にも限界がある。ほんの数秒ならともかく、焼けた鉄板をずっと押し当てられていれば、火傷くらいはするだろう。

 自分の足が焼かれている様を他人目線で眺めていると、なんだかもう、何がどこまで現実なのか分からなくなってくる。しかし、遠い目で現実逃避するにはまだ早すぎたようだ。この魔法はさらに攻撃が続くらしい。

 何の前触れもなく現れる大量のアイスピック。

 超高速で突き立てられたアイスピックは窪みの縁をなぞるように一周し、下半分が焼けた丸い小麦料理をくるりとひっくり返していく。

 なるほど、これは球状に焼き上げるパンケーキの一種か。

 そう納得したのも束の間、仕事を終えたアイスピックは一斉に鉄板の中央、身動きの取れないもう一人の俺に向かって飛ぶ。

 三百六十度、全方位からの一斉攻撃。

 だが、これは《物理防壁》で防ぎきった。

「この……クソがあああああぁぁぁぁぁーっ!」

 まあ、なんてお下品な言葉遣いなのかしら。

 第三者目線で自分がクソと叫ぶ様子を見るのは、なかなか辛いものがある。しかしこの状況で、「クソが!」以外のセリフがあるのなら教えてもらいたい。

 もう一人の俺は《真空刃》を使って足元の鉄板を切り刻んだ。

 鉄板による足止めさえなくなれば、後は何の脅威でもないと思えたのだが――。

「あ゛……っ!?」

 突然の落雷。

 もう一人の俺は気絶し、糸の切れたマリオネットのように膝から崩れ落ちる。

 気絶と同時に謎の小麦料理も出来上がり、魔法は解除された。

 消える鉄板。あとに残されたのは、白目をむいてひっくり返った並行世界の俺だけだった。

「……今のはなんだ……?」

 空を見上げても、そこには雲も何もない。誰かが雷系の魔法を使った様子もなかった。

 では、あの落雷は何だったのか。

 そう思った俺に向け、技を使った本人が解説を始めた。

「私は地球から来た、たこ焼きの神である。名前はまだない。日本国民のたこ焼きへの愛とこだわりから生まれた。私はたこ焼きの神という特殊な存在ゆえ、炎の神であり、食の神であり、また愛や争い、芸術の神でもある。彼の者は鉄板と共にたこ焼き、すなわち食べ物を斬り捨ててしまった。食の神の目の前で食べ物を粗末にしたことで、天罰が下ったのだよ」

「あ、いや、天罰とか以前に、頭から小麦粉ぶっかけてるほうがよっぽど粗末にしているような……」

「どんな食品にも、可食部とそうでない部分はある。多少のロスは仕方あるまい」

「……多少……?」

 頭から色々ぶっかけられて酷い有様なのだが、それでも『多少のロス』なのだろうか。この神はかなり頭がイカレているのではないかと思った。

 俺のそんな気持ちに気付いたのか、たこ焼きの神はにっこり笑ってこう言った。

「君もタコヤキパーティーに参加するかね?」

「どうもすみませんでした」

 ヤバそうなやつにはとりあえず謝っておく。これは社会人として必須のスキルである。

「ところで、あなたはなぜここに?」

「決まっておろう、世界の終わりを回避するためだ。このままでは修復不能な矛盾に直面して、すべての世界が丸ごと強制停止してしまうからな」

「大袈裟ですね。俺たちがどうなったところで、無関係なその他大勢はこれまで通り普通に暮らしていれば良さそうなものですが……」

「残念だが、それはできない。君たちは『その他大勢』とは比べ物にならないくらい、世界に対して絶大な影響力を持っている」

「それほどでもないと思いますが?」

「今、この時間軸ではな。さて、君が勝てそうなところまで弱らせておいたが、どうする? 最後の始末は君がつけるか?」

「やってもらえるものなら、他人にお任せしたいところです」

「ま、それもそうか。では、私が手を下そう」

 そう言うと、たこ焼きの神は他四人のほうを見た。

「のびちゃん、時空間接続、まだキープできる?」

 似たような服装で同じような仮面をつけているため、他四人はどれが誰だか分かりづらい。が、名前を呼ばれた『のびちゃん』とやらは首からストップウォッチをぶら下げているため、一応は区別がつく。

 のびちゃんはそのストップウォッチを掲げて答える。

「延長は三分が限界! 急いでバンバン!」

「分かった」

 と、答えたときには攻撃は始まっていた。

 あたり一帯にぶちまけられる黄色みがかった液体。におい、質感などから、それが食用油であることが分かる。

 何のためらいもなく放り投げられる、火のついたライター。

 あっという間に燃え広がる炎に、並行世界の俺は生きたまま焼かれる――かと思われたのだが。

「……ん? 燃えないな……?」

 炎は体の手前、数十センチのところで止まっている。

 首をかしげる俺たちに、これまで空気と化していたヒルコ神が理由を説明した。

「カラカル族の覚醒者には風属性の自動防御能力がある。実体のない魔法攻撃に対しては《衝撃波》、《真空刃》、《気泡弾》、《断空結界》、《空墟》などが自動的に発動して、99.9%の確率で完全相殺するんだ」

「は?」

「なんだそれは。無敵か」

「実体のある『物理的な攻撃』なら5%くらいは当たる……って、創造主からがデータ送られてきてるんだけども……??」

「ああ、なるほど。だから『鈍器で殴れ』?」

「熱した鉄板で触れることはできるが、炎単体では当たらない、ということか……」

 先ほど『バンバン』と呼ばれたたこ焼きの神は、今度は別の仲間に声をかけた。

「多々良田たたらたく~ん! 消臭ビーズ降らせてみて~!」

「オッケー! バンバン、いったん炎消して!」

「あいよー」

 軽いノリの神が炎を消すと、『多々良田くん』とやらが進み出た。

「我、消臭剤の付喪神なり! 現代社会を生きる人間たちよ! 我に祈り、信仰せよ! さすれば臭いは掻き消えん! スメハラ撲滅! 悪臭退散! 出でよ! 《高吸収性分子スーパー・アブソルベント・ポリマー》!!」

 何言ってんだこいつ、頭大丈夫か。

 率直にそう思った俺の目の前で、言った通りの物が召喚されてしまった。


 透明なツブツブは、置き型消臭剤によくある『あの粒』である。


 大量出現した消臭ビーズはもう一人の俺の上にジャンジャン降り積もり、高さ二メートルほどの小山になった。水分を多量に含んだ粒である。圧死してもおかしくないほどの重量となっているはずだ。

 たこ焼きの神とヒルコ神は中を覗き込むように、中腰になって様子を窺っている。

「え? これ、直接当たってる? 当たってはいる……よね?」

「そのように見受けられるが……いや、駄目だ。体に重量がかかっていない」

「5%は当たるって、まさかダメージそのものが5%まで軽減されるって意味じゃあ……」

「それは……無敵ではないか?」

「バンバン、消臭ビーズ増やしたほうがいい?」

「あー、ゴメンね多々良田くん。無理っぽいから消していいや」

「だよね?」

「ナニコレ、攻略不能……?」

 金運の神とたこ焼きの神と消臭剤の神は、困り果てた顔でこちらを見る。

 おい、なんだ。

 神でも殺せないヤツ相手に、俺が何をできるというんだ。

「その……なんか、弱点知らない?」

「世界は違えども、一応は『本人』なのだろう?」

「消臭するほど臭く無いんだけど、なんで? 普段からもっとニオイの強いモノ食べて悪臭放出してくれないと困るんだけど? 消臭剤の神の仕事なめてんの? 三十代後半戦で加齢臭のカの字もないオッサンとかありえなくない? もっと臭腺解放しよ? ね? 臭ってくれていいんだよ?」

 なんだ、この逆スメハラは。

 俺が答えに窮していると、『のびちゃん』が声を上げた。

「残り三十秒!」

「あ、もう時間切れか!」

「え、ちょ、待って!? みんな帰っちゃうの!? 神、私だけになっちゃうよ!?」

「ヒルコ神サマ、ファイト!」

「頑張ってください!」

「次の七福神巡りで、またお会いしましょう!」

「だから正月が来るように、強制停止回避してくださいね!」

「それじゃ!」

 五人は一瞬で消えてしまった。

 それぞれ時空間操作、防壁構築、たこ焼き、消臭剤の能力を持っていたようだが、残る一名は何の能力者だったのだろうか。知りたいような、知りたくないような気持ちが綯い交ぜとなり、俺の脳内は混沌の渦中にあった。


 頼むから、もうこれ以上何も起こらないでくれ。


 心底そう思う俺の意を酌むことなく、運命は無情にも先へ先へと進んでいく。

「う……クソ。なんなんだ、あれは……」

 目を覚ますもう一人の俺。

 しかし、誰に何を説明されたとしても、俺には俺を殺す動機がない。

「あ、おい、何をする気だ!? それは『敵』で……」

 ヒルコ神の声を無視し、俺はもう一人の自分に治癒魔法をかける。

「大丈夫か? 加勢できなくてすまなかった。何が何だか、状況が分からなくてな……」

「ありがとう。いや、まあ、なんとなく場の空気は読めた気がするが……この状況、俺かお前か、どちらか一人しか生き残れないということか?」

「そのようだ。そしてお前が生き残れば、この世界そのものに酷い矛盾が生じて、世界はそこで終わるらしい」

「なぜ?」

「そちらの世界にケント・スターライトがいないからだ。この十年間でケント・スターライトがクリアしたミッションは、そちらの世界には存在しない。しかし、そのミッションの結果は『確定事項』として運命の流れに乗っている。お前が生き残ってそちらの世界が『運命の本流』に選ばれてしまうと、何もかもが辻褄の合わない出鱈目な状態になって、世界が強制停止するそうだ」

「大袈裟だな。たかだか一人や二人の生き死にで世界が壊れるだなんて」

「俺もそう思う。どうする? 戦うか? 俺は確実にお前に負けて、世界はそこで終了するが……」

「だから自殺しろとでも? ヤなこった。第一、俺には『神』とやらの説明を鵜呑みにしてやる道理がない」

「全面的に同意する」

「ならばどうする?」

「決まっている。これまでの九十九回とは別のことをする」

「九十九回?」

「ああ。この状況、どうにも埒が明けられず、何度も同じ時間軸を繰り返しているそうだ」

「それなら、今回が記念すべき百回目か。面白い。そこの『神』とやらは、これまでの九十九回のすべてを把握しているのか?」

「これまでの言動を見る限り、『神』よりもさらに上位の存在から情報を受け取っているようだ。ある程度の独自判断を容認されたエージェントのようなものだと思う」

「エージェントか……。おい、貴様に下された命令はどのようなものだ? 俺たち二人に殺し合いをさせろと、明確に指示されたのか?」

 訊かれたヒルコ神は首を横に振る。

「私にはこれまでのデータと、『鈍器で殴れ』という指示のみが送られてきた。何を殴れとも、誰を殺せとも言われていない」

「言われてもいないのに、『この二人の殺し合い』こそが正解と判断したのは?」

「それは……他の神が、皆そうしていた。最初にアタックした神から、九十九柱目まで、ずっと……」

「前例に倣え、か。知ったことか。前例がことごとくクソなら、俺は未踏の道を探す。貴様は何の守護神だ? 百回目の挑戦に居合わせたからには、クソの役程度には立ってくれるんだよなあ?」

 ギロリと睨むカラカルの視線。肉食動物特有の鋭い殺気に、ヒルコ神は気圧される。

 そう、気圧され、後退ったその動きを見て俺は気付いた。


 ヒルコ神は無意識的にゲートを開き、自分の亜空間に逃げ込もうとしていた。


「そうか! それだ!」

「ヒッ!? す、すみません!?」

 と、なんとなく勢いで謝るヒルコ神の肩を掴み、俺はこう尋ねる。

「『神』ならば、亜空間の入り口を任意の場所に開くこともできる。それなら、出口も好きな場所に開けるよな!?」

「え? あ、ハイ、まあ……って……ええっ!? まさか、闇堕ちフェンリルと戦うつもりかい!?」

「だって、それが全ての元凶なんだろう?」

「これでこの事態が解決するかどうかは知らんが、臭いは元から断たなきゃな?」

「ああ。消臭剤をぶっかけるよりも、原因を取り除いたほうが早い」

「やってやろうじゃないか。俺たち二人で」

「まさか自分同士でタッグを組むなんてな。最高だ」

「ダメで元々。どうせ死ぬなら、死なばもろともだ!」

「な……なんて戦闘民族的な発想……」

 俺たちは半泣きのヒルコ神を両側からガッチリとホールドし、そのままの体勢でヒルコ神の亜空間へと入った。


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