そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.5 < chapter.4 >
あのとき、俺たち三人は任務を終えて本部に戻ろうとしていた。
「助けて! 誰か! 誰か助けて!!」
唐突に響いた何者かの悲鳴。
どんどん近づいてくる馬蹄の音。
何かと思ってゴーレムホースを停めると、茂みから馬が飛び出し、道の反対側の茂みに突っ込んで行った。
馬の背には小柄な少年がしがみついていた。
「ランディ、ケント、今のって……!」
「本物の馬だよな? 暴走か?」
「とにかく追おう!」
ろくに整備もされていない田舎の未舗装路。道の両側は深い森で、一度見失えば追いつくことは難しい。俺たちは陽が沈みかけた薄暗い森の中へと入っていった。
今にして思えば、この時点で既におかしなことがあった。
この場所が『メルポール丘陵』であることを、三人全員が失念していたのだ。
未舗装の一本道から一歩でも外れれば、その先のどこに時空間断裂があるか分からない。普通なら絶対に忘れないはずのことを、この瞬間、誰も思い出すことができなかった。
「クッソ! 枝が……!!」
「痛っ! この辺の木、枝打ちされてないの!?」
ナイルとラピの身長は187cm、201cmである。自分の足で歩いたとしても頭をぶつける。そのうえ今は体高2m、体重1.5tを超える大型ゴーレムホースに騎乗している。手入れされていない自然の森では、思うように動けないのも当然だった。
その結果、通常サイズのゴーレムホースを愛用している俺だけが突出して先行してしまい――。
「なっ……!?」
「ランディ!?」
「《緊縛》発動! ケント! 追って!」
「分かった!」
時空間断裂に落ちた俺を追って、魔法の鎖を命綱にしたラピスラズリが飛び込んできた。
記憶はここから二つに分かれる。
一つ目の記憶は、登壇して話したあの記憶。
俺とラピの魔法で強風を止め、貴族と馬を救助。一件落着。
二つ目の記憶は、ラピが俺の手を掴んだ瞬間から戦闘が始まる。
「違う……また、違う。約束したのに……なんで来てくれないの!?」
男か女か、大人か子供か、まるで分らない中性的な声だった。
その声のあと、ドンという音を聞いた気がする。
そしてハッとした時には、ラピの手から力が抜けていた。
手だけではない。全身の力が抜け、ぐったりとした体からは命の気配が失われ――。
「……ケント……?」
一撃でやられた。
俺は咄嗟に《銀の鎧》を使った。
自分とラピの両方に魔法をかけたが、俺はこの時、ラピは死んだと確信していた。ラピにも魔法をかけたのは、あくまでも『盾』として使うためである。
その敵は立て続けに数十発の攻撃を仕掛けてきた。おそらくは圧縮空気を炸裂させる《気泡弾》なのだろうが、人間が使う魔法とは根本的な威力が異なっていた。
風属性の『神』。
それも、非常に攻撃性の高い存在であるようだ。
俺は必死に攻撃を防ぎ、ラピの死体を盾にして亜空間を脱出しようとした。
だが、できなかった。
背中を撃たれ、俺は死んだ。
確かに死んだはずなのに――。
「俺とケントは生きていて、一つ目の記憶のほうが『正しい記憶』として成立している。そっちの世界では?」
「一つ目の記憶とやらは存在しない。お前が言う二つ目の記憶の、結末部分だけが違う。俺はケントを盾にして、あの少年と一緒に亜空間を脱出した」
「お荷物を連れて逃げる余裕があったのか?」
「なかった。しかし、なぜか『俺が助けた』ということになっている。仲間を失ったショックで軽度の記憶障害を発症したものと考えていたが……何度思い出しても、あの貴族を助ける余裕なんてなかった。間違いない」
「俺たちの記憶は、誰かに植え付けられた『出鱈目な作り物』かもしれないな?」
「そんな馬鹿な、と言いたいところだが……常識だけでは、この状況を説明できないのも事実だな」
「一つだけ確かなのは、そちらはケントが死んだ世界で、こちらはケントが生きている世界ということだな?」
「ああ……いいな、そっちの世界は。仲間を失わずに済んだ世界か……」
「いや、たいして良くない。あのあとケントがクローン人間だとか、ケントの血がわけのわからん古代遺物の発動キーになっているだとか、色々あってだなぁ……」
「は? クローン?」
「英雄ジェイク・フェンリオン。教科書にも載ってただろ? あいつ、あれのクローンだった」
「ジェイク・フェンリオンって……嘘だろ!?」
「自分相手に嘘ついてどうなる?」
「……色々あったって、他にはどんなことがあったんだ?」
「んん~……そうだな……一番デカい事件では、古代文明の宇宙戦艦が起動して超時空ナントカ砲をぶっ放した」
「うちゅうせんかん?」
「今も衛星軌道上を自動運転でブンブン飛び回っているし、よくわからんビーム兵器で公転軌道上を通過する小天体を片っ端から撃ち落としている」
「びーむへいき?」
「あとは、理由は分からんが家電マニアになって、エアコンの室外機について熱く語るようになった」
「なぜ室外機」
「わからん。あと他には……『エロ本音読同好会』を立ち上げて、情感あふれる音読テクニックに磨きをかけている。エロ漫画の『クチュクチュ』とか『パンパン』とかって擬音を、ボイスパーカッションのように読み上げる達人と化しているんだ……」
「待て。それ本当にケントか? ケント、もうちょっとまともな奴じゃなかったか?」
「俺もそう思う。よくよく考えてみれば、『メルポール丘陵』の件以降、ケントがおかしくなった気がする……」
「よく考えなくてもおかしい。絶対におかしいから、それ」
「だよな? なんで今まで、おかしいと思わなかったのか……」
「そっちの世界で生きてるケントは、本当にケントか?」
「少なくとも、見た目はケントだ」
「見た目は、か……」
俺たちは同時に同じ方向を見た。視線の先にいるのはあの貴族である。
確かに人間なのに、顔だけがあの『神』のものに挿げ代わっている。
それなら、見た目はそのままで中身だけが挿げ代わることもあるのではないか。
俺たちは顔を見合わせ、無言で頷き合う。
ここから騎士団本部までは30km強。機械も魔法も使えない状況だが、移動できない距離ではない。俺たちは窓から外に出て、本部に向かって駆け出した。




