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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.5 < chapter.2 >

 昼前に現着。教授が昼食会に出席する間、俺とコバルトも駐車場の隅で昼食をとることにした。

 木陰の縁石に並んで腰掛け、膝の上でランチボックスを開ける。

 今日のメニューはサンドイッチと魚のフライ、茹でたニンジンとトウモロコシ、キュウリとオリーブのピクルスだ。サンドイッチにはチキンケバブとブロッコリー、ゆで卵、ドライトマトをピリ辛ソースで和えたものが挟まっていた。

 一口頬張り、よく噛んで味わって、それからコバルトに尋ねる。

「このサンドイッチ、食べたことあるか?」

「いや、初めてだよ。新メニューだよね? すごく美味しいね」

「通常メニューとしてオーダー可能なヤツかな? いつものハムサンドより、こっちのほうが好みなんだが……」

「どうだろう? 通常メニューの可能性もあるし、そうでない可能性もあるね?」

「これがこちらの通常メニューで無いなら、俺はパラレルワールド側に移住を希望する」

「僕も。本部に戻ったら真っ先に食堂に行こう」

「ああ。最優先で確認すべき事案だな」

 頷き合い、俺たちは木陰でのんびり昼食をとっていた。

 今日はおそらく、何の事件も起こらない。

 ホプキンス教授は誰かの恨みを買うような人柄ではないし、反社会的勢力に狙われるような研究もしていない。たしかに上流階級の人間ではあるが、身代金目当てで誘拐するなら、もっと小柄で連れ去りやすい女性か子供を狙う。本来ならガードマンなんて必要ないくらい、狙われる確率の低い人物なのだ。

 教授本人も、侯爵直々の依頼でなければ乗合馬車で移動するつもりだったと話していたくらいで――。

「なあ、コバルト? 俺は護衛として中までついて行かなきゃならないが、そっちは何も言われていないよな?」

「うん。馬車で待機しろとも、ロビーで待てとも、控室にいろとも言われていないね」

「この町、蜂蜜が特産品らしいんだが……」

「いいよ、買ってくる。いくつ?」

「ええと、ガル坊とベイカーと、ナイルとピーコと、スカイ、サクソン、ソーダ、ラリマー……」

「あれ? ラピ君の分は?」

「ヤツの分はいらない」

「買っていってあげなよ~。君からもらったワイン、飲まずにずっと飾ってるんだよ?」

「だからだ。賞味期限切れになるまで飾られるくらいなら、渡さないほうがいい」

「あ~、まあ、それも一理あるか……」

「なんでさっさと飲まないのか、まったく意味が分からない。で、あとはターコイズとアズール、インディゴ、セルリアンと……事務官たちの分も要るな……」

「帰ってから不足に気付いてもどうにもできないし、とりあえず二十個くらい買ってこようか?」

「二十……いや、ケース売りだったらダース単位だよな?」

「じゃあ二ダース買おう。小瓶でいいんだよね?」

「ああ。これで頼む」

「了解」

 土産代が入った封筒を渡すと、コバルトはそれを見てニヤリと笑った。

「シアン、これ、ちょっと律義すぎない?」

「なにがだ?」

「表書き」

「うん? 書かないか? 土産の購入予算なんだから、『おみやげ代』って……」

「の、下のメモ」

「……あ……」

 本当は自分で時間を見つけて買い物に行くつもりだった。そのため、封筒の余白を使って町の特産品をメモしていたのだが――。


〈紅茶用蜂蜜シロップはオレンジ風味、クランベリー風味、白ブドウ風味の三種展開。ベイカーには絶対オレンジ。無ければ白ブドウ〉


 コバルトはウンウンと頷きながら、ニヤついた顔で言う。

「OK、分かったよ。ベイカー隊長の分だけは、普通の蜂蜜と紅茶用シロップの二本をギフト包装にしてもらえばいいんだね? リボンは何色? メッセージカードは? ハートのシール貼ってもらう?」

「違う……違うんだコバルト。そうじゃなくて……そうじゃなくてだな……っ!」

「分かる! 分かるよ大丈夫! そういう気持ちはよくわかる! 恋人とか友達じゃないんだよね! 『推し』だろう!? ただただ推したい、見守りたい!! 笑顔でいてくれればそれでいい!! そんな愛の形も、僕はアリだと思うよ!!」

「あ、いや、その……うん、じゃあ、それでいい……」

「任せてくれ! 最高に可愛いラッピングにしてもらうから!」

「……うん……」

 何か非常に大きな勘違いが発生した気がするが、半端な訂正は自滅を招く予感がする。俺はこの場での反論を諦めた。

 俺がベイカーを気にするのは、『ガル坊の友達』としてだ。

 ガル坊こと、特務部隊員ガルボナード・ゴヤ。諸事情により、十二歳年下のあいつとは兄弟同然の付き合いをしてきた。ガル坊は昔から落ち着きがなくて、やかましくて、誰にも見えていない幽霊と楽しそうに会話して、わけの分からない魔法を使って、おまけにゴキブリを素手で触る昆虫大好きマンだ。俺にとっては『可愛い弟』でも、世間一般の常識では気味の悪い要素しかない。

 ベイカーはそんなガル坊と仲良くしてくれる友達で、今は直属の上司でもある。これからも、どうか弟と仲良くしてもらいたい。そういうつもりで土産物をチェックしていたのだが、それを他人に説明するのは難しい。これまでに幾度も経験したことだが、実の兄弟でもないガル坊を『可愛い弟』と形容すると、それはそれで別の勘違いが発生するのである。

 俺のそんな困り顔に、コバルトは勝手に何かを察してくれたらしい。

「シアン……安心してくれ。もしも店頭にオレンジ風味が無くても、バックヤードに在庫がないか、ちゃんと確認するから!」

「……ありがとう。頼りにしている!」

 コミュニケーションは成立しているはずなのだが、色々と駄目っぽい空気が漂っている。

 俺は考えることをやめて、キュウリのピクルスを咀嚼することに専念した。


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