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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.5 < chapter.1 >

挿絵(By みてみん)




 この日は珍しい任務を与えられていた。

「はじめまして、情報部のシアンと申します。予定していた特務部隊員が食中毒で入院してしまったため、代理として参りました」

「やあ、どうもはじめまして。僕は王立大学の……」

 通常コード・ブルーには割り振られない、要人の護衛任務である。護衛対象は魔導物理学の権威、ホプキンス教授。教授に登壇を依頼した貴族が、気を利かせたつもりで特務に護衛を依頼してきたのだ。本来は警備部挺身隊か式部省の要人警護部隊の仕事なのだが、頭の悪い貴族に専門性の違いは分からない。『騎士団のトップチームに護衛させれば誠意が伝わる』と勘違いしているようだ。

 当然、頭の良い護衛対象はその辺の事情をよく理解してくれる。挨拶もそこそこに、ホプキンス教授は申し訳なさそうに頭を下げた。

「すまないね。こういうガードマンのようなことは、君たちの仕事ではないだろうに……」

「いえ、どうかお気になさいませんよう。依頼者にうまく説明できなかったこちらにも非があります」

「あ、説明はしたんだね?」

「はい、騎士団長が電話でハッキリと。お耳を傾けてはくださいませんでしたが……」

「そうなんだよねぇ。あの侯爵様は、どうにも考えを改めることが苦手なようで……今日の『勉強会』も、侯爵様のトンデモ質問が飛び出さなければいいのだけれど……」

「そんなにトンデモなんですか?」

「うん、トンデモだねぇ。ええと、君は僕の専門について、どの程度知っているのかな?」

「恥ずかしながら浅学の身でありまして。魔導物理学については何も……」

「あぁ、いや、そんな、頭を下げないでおくれ。研究者以外が分からなくても、何も恥じることは無いんだよ。僕の研究対象は識者の間でも意見が分かれる分野だからね。『正確に理解できる人間』なんて誰もいない。だから、分からないのが当然なんだよ。僕にだって正解は分からないんだから」

「教授にも正解が分からない学問、ですか?」

「そうだよ。君はパラレルワールドを知っているかな? 『可能性の世界』とも呼ばれるのだけれど」

「パラレルワールド……?」

「そう、パラレルワールド。パラレルワールドを『異世界』と表記する小説や漫画も存在するけれど、それは正確な理解とは言えない。例えば今日、僕の護衛に着く人間が君でなかったら、僕と君とは出会っていないことになる。僕と君が出会った世界、出会わなかった世界。この二つが同時に存在し、同じ速度で時間が経過していく状態。それをパラレルワールドと呼ぶんだ。『異なる世界』ではなく、『可能性の世界』、もしくは『並行する世界』と認識してもらいたい」

「では、時間経過が現実空間と異なる空間はパラレルワールドの定義に含まれないのですね?」

「その通り。時空間断裂の向こう側に存在する世界は、一般的には『亜空間』と呼称される。中には現実と同じ速度で時間が進む『順行型』の亜空間もあるため、パラレルワールドと混同されることもあるのだけれど……君、もしかして亜空間ダイブの経験が?」

「はい、何度か」

「時間の流れは?」

「おおむね通常空間と同じでした」

「『逆行型』の亜空間ダイブは経験しているかい? 突入時刻よりも前の時間軸に戻されてしまうのだけれど……」

「いいえ。ですが、突入時刻に戻される『停止型』の亜空間なら記録映像を見たことがあります」

「本当かい!? それなら話は早い! 僕の研究の最終目標は、その『時間の流れ方』を操作する方法を見つけて、いくつもの並行世界を自由に行き来することなんだ!」

「それは……私と教授が出会わなかった世界がどのようなものか、様子を見に行くことが可能ということですか?」

「その通り。そして『向こうの世界』の自分と協力して、同じ研究の、別パターンの実験を同時に複数進められるとしたら?」

「データ収集速度が二倍以上になりますね?」

「そう! そうだとも! 選んだ選択肢の数だけ可能性は存在する。並行世界の『自分たち』と手を取り合うことができれば、あらゆる分野の研究は飛躍的に進歩する! 民間人の宇宙旅行なんて、あっという間に実現できる! 人類は時間的な制約と物理限界から解き放たれ、文明の超発展を遂げることだろう!」

「素晴らしい研究ですね。ただ、その……亜空間ダイブの経験がない人間が聞いても、実感が伴わないのではないかと……」

「そう、そこなんだよ! おかげでいつも、質疑応答では理解の『り』の字も感じられないトンデモ質問ばかりが飛んできて……ところで君、講演会の間も会場にいてくれるよね? 他の参加者への牽制として、経験者の立場で手を挙げてくれないかな?」

「あ、いえ、それはちょっと……会場にはいますが、参加者ではなく警備の人間ですので……」

「そうか……いや、無理を言ってすまなかったね。しかし、せっかく話が通じる人間がいるのになぁ……ハァ……」

 魔導物理学の権威を個人的な勉強会に呼びつける博識な侯爵様とそのお友達は、いったいどれくらいトンデモな質問を投げつけるのだろうか。

 聞いてみたい気持ちが一割、耳栓を入れておきたい気持ちが八割。残り一割は手持ちの胃薬だけで足りるかどうか、準備不足を心配する気持ちである。

 なにはともあれ俺と教授はコバルトの馬車に乗り込み、目的地へと向かった。


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