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【第2章 3話】

「まあ、別に構わないけどな。ただ、全部俺のせいじゃないだろうに。

 なあ、クゥ・リン」

「あんたのやる気のなさが無関係、とは言えないんじゃない。

 自覚もあるんでしょ」

 

 辛辣な意見に光輝は、「困ったことにあるんだよな」と苦笑する。

 

「コ、コーキさんはとっても優しい人です! 追放だなんて酷過ぎます!」

 

 テーブルを叩いて的外れな抗議をするシャルロッタを、マルグレットは完全無視で。

 

「とにかくだ。ハーディンが呼んでいる。私と来い」

「マジで嫌な予感しかしねえなあ。ま、野菜食わされるよりマシか」

 

 残っていたカレーをかき込むと、外に向かうマルグレットを追いかける。

 

 ふたりが食堂から出たところでクゥ・リンが口を開く。

 

「あんた達さ、あたしが入る前からマルグレットと一緒だったんでしょ。

 なんで急に」

「マルグレットは攻撃的な奴だったけど。ここまで酷くはなかったんだ」

「自分の描く理想像があって、それに向かって懸命に空回りしている感じで。

 少なくとも僕らふたりは、ある意味好意的に捉えていたよ。

 放っておけないなって感じで」

「でも、今のあいつは違う。まるで手負いの獣だぜ。

 やたら怯えて、周囲に牙を剥いてやがる。

 このままじゃ、どんどんダメになりそうな気がしてな」

「僕らが抜けたがっているとなれば、鑑みてくれるんじゃないかって期待してたんだけど」

 

 ゲナンディとアポロニウス、ふたり揃って「うまくいかなかったか」と嘆く。

 

「そうだったんですか。やっぱりおふたりも、とても優しい人なんですね」

 

 妙なくらい感動するシャルロッタを横目に、クゥ・リンは首を捻る。

 

「マルグレットが変になりだしたのって、コーキが入ってからよね。

 相性良さそうだと思ったんだけど。これじゃ誘ったあたしも責任感じちゃうわ」

「残念だけど、僕達のプランは失敗しちゃったからね」

「押し付けるようで悪いが、マルグレットのことよろしく頼むぜ」

「解ったわ。《千里眼の賢者》様に任せて。シャルロッタも手伝ってね」

「はい。私、なんでもやりますから。

 でも、コーキさん、大丈夫でしょうか。その、追放とかになったら」

 

 不安気な意見に空気が重くなる。

 

「ま、ハーディンが決めることだし。

 あたし達はあたし達がやるべきことを、きちんと果たしていくしかないわよ」

「そうですね。私、頑張ります。でも、今の私達に何ができるんでしょうか」

「そうね。とりあえず残ってる野菜食べなさい。シャルロッタ、あんたもよ」

「あの、火の通ってない野菜は苦手で」

 

 シャルロッタの弱々しい主張を意に介さず、野菜を放り込んだ皿を突き付けた。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 顔の左上半分を白い仮面で覆った青年、ヴァルハラの管理者たるハーディンは、トレードマークの柔らかな笑みを口元に作った。

 いつも通り、藍色のテイルコートに細身のサイドストライプパンツ。

 純白のシャツで、首元には白の蝶ネクタイ。

 彼の正装である。

 

「わざわざすまなかった。少し話をしたいと思ってね」

 

 ハーディンと光輝、マルグレットがいるのは、五メートル四方の正方形の部屋だ。

 淡いアイボリーの壁紙で、床には分厚い絨毯。

 部屋中央にミニテーブルがあり、そこにソファがふたつとひとつ、向かい合うよう配置されている。

 卓上には湯気を上げるティカップまであった。

 

「まあ座ってくれないか。立ち話はどうにも苦手なんでね」

 

 勧められるがままに、光輝とマルグレットがソファに並んで腰を下ろす。

 

「紅茶で良かったかな」

「いえ。お気遣いなく」

「食後だからな、コーヒーの方が嬉しか……うぐ」

 

 脇腹に叩き込まれたマルグレットの肘に、光輝が喉を詰まらせた。

 

 館の南側で生活をするのが光輝達エインヘルアル。

 一方でハーディンは北側、と言われているが定かではない。

 ハーディンとの面会は、ソファセットがひと組だけの、この殺風景な部屋で行われるからだ。

 移動は転移魔法。

 

 今回もそうだった。

 光輝とマルグレットが食堂を出ると、「転送するので、少しだけ目を瞑ってくれないかな?」と頭の中に声が響いたのだ。

 それに従い目を閉じると、瞬時にこの部屋に移っていた。

 

「なんだよ、マルグレット。俺は素直に答えようとしただけだろ」

「お前の非常識さには呆れる。こういう場合は出された物で我慢するんだ」

「交換してくれるかもしれないだろ」

「もちろん。交換させてもらうよ。

 趣向というのは、尊重されるべきだからね」

 

 言いながら指を鳴らす。

 光輝の前にあったはずのティカップが、マグカップに変わった。

 中身もコーヒーになっている。

 

「おう、ありがとな。

 この度量の大きさは、流石ヴァルハラの管理者ってところだぜ」

 

 光輝の言葉を耳に、マルグレットは自分のティカップを見つめる。

 

「マルグレット、できれば君の希望も聞かせて欲しいな」

「あの、では、その、ホットチョコを」

 

 遠慮がちに告げると、光輝が反応する。

 

「チョコ? チョコだって? そんな物飲んでるから太るんだよ」

「うるさい! 私は聖騎士だぞ。こ、こんな物で太るか。

 そもそも私は太っていないんだ。

 人間として内面が成長するにつれ、その器である外側も……」

「で、ハーディン。一体なんの用だ?」

「貴様! ふざけているのか!」

 

 ソファを蹴ったマルグレットを、ハーディンが「まあまあ」となだめる。

 

「ホットチョコは気持ちを落ち着けて、考えを整理するには最良の飲み物だからね。

 実に理に適った選択じゃないか。

 単純に紅茶を用意した僕が不見識だった。反省しよう」

「いえ、そんな」

 

 毒気を抜かれて腰を戻す。

 テーブルには光輝と同じくマグカップ。

 甘い香りに誘われるがままひと口含み、ふうっと息をついた。

 

「お茶の話はこれくらいにして本題に入ろうか。

 君達にとっては耳の痛い話で申し訳ないところなんだけど。

 随分と勝利の女神に嫌われているみたいだね」

「プロの俺に言わせれば、勝利の女神くらい気ままな女はいないからな。

 ついてない時は、じっと我慢するしかないさ」

「なるほど。流石はプロフェッショナル、実に慧眼だ」

 

 大仰に頷いてから。

 

「だが、これだけ重なった敗北の責任を、彼女だけに押し付けていいものだろうか?」

「女性だけに重荷を担がせるのは、プロとして失格だったな。

 彼女が持ちきれない分については、俺が持っておくよ。

 それでいいんだろ」

「そうしてくれると助かる。

 ここ数回の敗北は、君による部分が大きいと聞いている」

 

 光輝はちらりと隣を見やる。

 その視線に対して当のマルグレットは。

 

「私はありのままを報告しているだけだ」

「マルグレットだけではないよ。他にも君の責任を言及している者がいる」


 誰を指しているのか、光輝は瞬時に悟った。「クゥ・リンだな」と呟く。

 

「まあ、誰と言うのはひとまずおいて、君はちょこちょこ手を抜いてしまう悪癖があるようだね。

 どうしてだろう?」

「単にやる気がないだけだ」

 

 光輝には悪びれる様子が一切ない。

 

「ちゃんと対価は払っていると思うのだけど」

「対価の分は働いているつもりだ。プロは与えられた報酬分は全力を尽くす」

「ふむ。今の質問はプロの君に対して失礼だったね。聞き方を変えよう。

 どうして君は勝利の為に全力を尽くしてくれないのだろう?」

 

 質問の意味が理解できず、マルグレットが眉根を寄せる。

 何かを言おうと微かに口を開くが、思い直してきゅっと噤んだ。

 

「光輝、君の選択は極めて非効率なことが多い。

 言い方が悪いかもしれないが、勝ちの芽をあえて捨てているのではと勘繰るくらいだ」

「あの下らないゲームで勝つことに価値があるとは思えないんでね」

「やはりそうか。いや、そうじゃないかとは感じていたんだ。

 では君としては、昨日の結果も満足ということだね。なるほど、納得だ」

「いや、待ってくれ。意味が解らない」

 

 ただただ当惑するマルグレットに、ハーディンは微笑みながら優しく説明する。

 

「光輝は戦いの結果よりも、過程に重きをおいているんだよ。

 しかもポイントとなるのは、ひとりひとりが納得して行動できているかというところ、じゃないかな」

「そんな大それたもんじゃねえよ。

 折角のゲームだからな。みんなで楽しく遊べたら、それで十分だろ。

 勝敗なんて二の次だ」

「違う、逆だ。勝敗が大切なんだ。まず勝つ。

 勝った上で、それぞれが満足いく働きができていれば尚良しだ」

「そういう考えは否定しないけどな。

 俺達は何をやっても死なない。こういう温い世界の勝ち負けに意味があるとは思えないんだよ」

 

 正反対の持論をぶつけ合う。半ば平行線だ。

 

「うん。ふたりの意見は解ったよ。

 僕としては双方に理解を示したいところだけど、現実は残酷だ。結果に目がいってしまう。

 僕は断腸の思いで、前人未到の連敗記録に対する責任を問わざるを得ないんだ」

 

 実に心苦しそうな表情を作る。

 

「ハーディン、俺でいいって言ってるだろ。プロは自分の行動に責任を持つ」

「残念ながら、そうはいかないんだ。

 リーダーはメンバーに対する責任があると、彼女が主張していてね」

「そ、それは他言無用と約束したはず!」


 思わず立ち上がるマルグレット。と、光輝からの視線を感じて。

 

「ご、誤解するな。私はリーダーとして当然のことを言っただけだ。

 お前を庇う気はない。さっさとゴミ箱に放り込んでやりたいと常に思っている」

「人をゴミ扱いするんじゃねえよ! まあでも一応はありがとな」

「くっ! お前に礼を言われるとは屈辱だ」

 

 ぎりりと奥歯を噛み締めた。

 

「どんな屈辱の感じ方だよ! 礼を言わされた俺の方が屈辱なんだぞ!」

「ふふ。君達はやはり面白いよ。

 やはり似た者同士、いや、似てないな。うん。似てない」

 

 ふたりに睨みつけられ、ハーディンが慌てて前言を翻す。

 わざとらしく咳払いをひとつおいて、微かに姿勢を正した。

 その様子に光輝達も聞く状態に入る。

 

「まず、マルグレット。

 非常に厳しいがリーダーとして連敗の責は負ってもらわないといけない。

 そして、光輝。

 自身の価値観だけで勝利を手放すのは、身勝手過ぎるとしか言えない。

 それ相応の罰が必要だと僕は判断する。

 ここまではいいかな?」

 

 マルグレットは潔く、光輝は不満そうに、それぞれ首肯した。

 

「マルグレット、君をチームのリーダーから解任する。

 今後はひとりのメンバーとしてチームに貢献して欲しい。

 次に光輝、君をこのチームのリーダーとして任命する。

 君にはこれからチームメンバーに対する最終的な責任を全て負ってもらう」

 

 一瞬の間があった。

 ハーディンの言をじっくりと噛み締め。

 

「ちょっと待て! なんで俺がリーダーなんだよ! ありえないだろ!」

「待ってくれ! 降格は認めよう。

 だが! だがだ! よりによってこれの下なんて!」

「そういうリアクションを見ると、効果的な罰則だったと自画自賛してしまうね。

 とにかくだ。反論その他は認めない。これは管理者たる僕からの決定事項だよ」

 

 実に嬉しそうに微笑むハーディン。

 

 マルグレットは怒りに肩を震わせながら、目の前のカップを掴み一気にあおった。

 チョコを飲み干すと、カップをテーブルに叩き付ける。

 

「この屈辱甘んじて受けよう。だが、今受けた辱めは絶対に返すからな! 

 聖騎士マルグレット・ルーセンベリの名において絶対に、だ!」

「なんで、俺にそんな物騒な目を向けるんだよ。悪いのはハーディンだろ」

「うるさい! 全部、お前のせいだ! お前が悪いんだ!」

 

 理不尽な怒りの炎に炙られつつも、光輝には冷静さが戻りつつあった。

 

「まあ、マルグレットがいいなら、俺も了承しておくよ」

「適当にやるのは今までと変わらない、そう考えているようだけど。

 残念ながら、僕は君が思うより意地悪でね。

 これからは君のチームは実戦部隊として活動してもらう」

「な! 実戦部隊だと!」


 絶句するマルグレットに、光輝も「実戦部隊、ね。そいつは参ったな」と口にする。

 

 実際のところ、光輝は困っていた。

 そもそも実戦部隊とやらがどんな部隊なのか、全く知らない。

 しかも、ふたりの様子を見る限り、その疑問を口にするのは地雷にしか思えない。

 ただ。

 

「とんでもなく面倒なんだろうな」

 

 そんな予感をこぼした。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 光輝が食堂に入ると、人は随分と減っていた。

 数人のグループが五つ六つあるくらい。

 あれから三十分、ランチタイムは終わったからだ。

 

 さっきのテーブルにまだ残っていた。

 小柄な賢者と竜の血を引く巫女だ。ふたりで真面目な顔を寄せて話し込んでいる。

 ゲナンディとアポロニウスは、部屋に戻ったらしい。

 

「唾液と空気と粉末、これらが混じり合って燃えるわけよね。

 空気の混合率をコントロールできれば理屈上はうまくいくでしょ」

「そうなんですけど、空気のどの成分が影響しているのか解らないと」

「あたしの虫じゃ、厳密な分析は無理よ。

 面倒だけど、測定器を作るしかないわね」

「やっぱりそうなっちゃいますか」

「でも、それより強度が大事じゃないの。

 今のままじゃ持ち歩けないし……」

「難しい話をしているみたいだな」

 

 光輝が声を掛けると、ふたりが揃って視線を向けた。

 

「あ、コーキさん。おかえりなさいです。戻ってこられたんですね。

 良かった」

「お帰り、コーキ。って、どうしたの? 随分と暗い顔しちゃって」

「別にそんな顔してないだろ。

 まあ、ちょっと厄介なことにはなったんだけどな」

 

 ハーディンの部屋であった話を掻い摘んで伝える。

 

「凄いじゃないですか、コーキさん! 認められたってことですよね!」

 

 椅子を蹴って、目を輝かせるシャルロッタ。

 一方でクゥ・リンは意地悪な表情で皮肉る。

 

「自分の撒いた種が大きく実ったってとこね。良かったじゃないの」

「今まで通り、適当にやるのは変わらないさ。

 ただ、実戦部隊とやらになるらしくてな。

 実戦部隊って、どういうのか知ってるか?」

 

 光輝の言葉に、シャルロッタとクゥ・リンが揃って目を丸くした。

 

 かなりダメな質問らしい。

 ハーディンの前で口にしなくて正解だった、と光輝は安堵する。

 

「兄さんらしいね。

 そういうマイペースなところ、やっぱり大好きだな」

 

 少年だった。

 肌は薄い褐色。赤茶の髪をおかっぱに近い状態で切り揃えている。

 大きな瞳に小ぶりな鼻口。年齢はひと桁くらい。

 幼さも手伝い中性的というより女の子に見える。

 華奢な身体を包んでいるのはリネンの大きな布。

 左肩がピン留めされ、右肩を露出する独特の形になっていた。

 

 光輝と目が合うと、細い両腕を左右に広げる。

 表情を緩めた光輝が同じようなポーズをとると、「えい」と小さな掛け声を添えて抱きついてきた。

 

「相変わらずの甘えん坊さんね」

「賢者様は失礼だなあ。素直に愛情を表現しているだけなのに」

 

 ぷっと頬を膨らます少年の頭を光輝が撫でる。

 

「調子はどうだ? 怪我とかしてないか?」

「うん。絶好調だよ。一応僕はヴァルハラ最強だから」

 

 ヴァルハラ最強のエインヘルアル、《無敵》のテルティウスは屈託なく微笑んだ。

 


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