【第2章 1話】
【二章】
穏やかな日差しが降り注ぎ、柔らかな風が淡い花々を揺らす。
どこまでも続く草原は、まさに春の香りに満ちていた。
そんな草原の中央、やや小高い丘となったところに、その館はある。
いや、それは「館」という単語から連想されるイメージからは、あまりにかけ離れているだろう。
まず、その外観だ。石を積み上げた分厚い外壁に守られている。
それも高さ、約三十メートル。一辺三百メートルという途方もない物。
入り口となるのは南側の中央にある金属製の門。
観音開き構造で、片方だけでも幅八メートル近く。火を吹く竜が一面に描かれていた。
外壁の内側は四隅に巨大な円柱状の塔が立つ。
四つの塔は直径五十メートル、高さは外壁を越える四十メートル。
それぞれが地上から十メートル、二十メートル、三十メートルという三層構造の橋で結ばれていた。
どれも外壁と同じ強固な石造りで、外壁に対して内壁と呼ぶべきだろう。
内壁を越えると、もうひとつ。
幅百五十メートル、奥行き百メートルはあろうかという大きな建物がある。
ただし、高さは十メートル弱と低く、壁は木製。
色彩豊かな紋様が描かれた二十センチ四方の板を繋ぎ合わせた不思議な装飾になっている。
上空から俯瞰すれば、長方形を二重の正方形が包んでいるように見える。
この異質な建造物がヴァルハラの館。
ここには様々な世界から英雄や勇者、達人や賢者と言った異才持った者達が集められていた。
彼らはエインヘルアルと称される。
現在、エインヘルアルは二百三十一名。
全員が中央の建物に私室を与えられ生活している。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「おいおい。マジかよ」
エインヘルアルのひとり、白河 光輝が呆然と呟いた。
黒いスーツではなく、部屋着として愛用している臙脂色のジャージ。
リラックスした格好だ。
彼が見つめる先、五十インチの薄型テレビでは、画面一杯に「KO」という文字が躍り、筋骨隆々の巨漢が肉体を誇示するような決めポーズで勝利をアピール。
その足元には、妙にスカート丈の短いセーラー服の少女が倒れている。
「あんた、攻め手が単調なのよ」
光輝の直ぐ隣で胡坐をかいていたクゥ・リンが、ふふんと得意気に鼻を鳴らした。
定番の水色シャツにホットパンツだが、ポケット満載のベストとガードプロテクターはつけていない。
エインヘルアルに与えられる私室は、元々生活していた世界をベースに作られる。
光輝のプライベートスペースは居間八畳と四畳半の寝室。三畳弱の物置という構造だ。
全室フローリングで、白地に薄い格子模様の壁紙だ。
「防御も荒いし、フェイントにも引っ掛かりやすい。
手数勝負のキャラなんでしょ。
なら、的確に攻撃をヒットさせ、反撃を貰わないように動かないとダメじゃないの」
「言いたい放題かよ」
「アドバイスよ。
ま、これであたしの十六勝十五敗。ほぼ五分ね。白熱してきたわね」
「よく言うな。先に俺が十五回勝って、その後負け続けじゃないか」
すっかり戦意を喪失したのか、握っていたコントローラーを床に置く。
「なんで勝てないんだよ。対戦格闘は得意分野なのに」
「当然よ。あたしは《千里眼の賢者》様なのよ。
実際に身体を動かすならともかく、画面上のキャラクターを見て、指先を正確に動かす勝負で負けるはずないわよ」
「でもな、ゲームは俺の世界のものだ。一日の長があるはずだろ」
「だから、最初は勝ち続けたでしょ。
にしても、このテレビゲームってのは面白いわよね。あたしもひとつ欲しいんだけど」
「持って帰っていいぞ。ハーディンに頼めば直ぐ貰えるからな」
「負けが続いてるのに?」
エインヘルアルの生活は恵まれている。
希望するものは、管理者であるハーディンに申請することで与えられる。
しかし無制限ではない。
チーム毎の勝負、コンペティションに参加することで得られる賞金の範囲内で、だ。
光輝とクゥ・リンが属するチームは負け続き、エントリーで貰える最低限しか手に入っていない。
「ま、ゲーム以外に欲しいものもないからな。余るくらいさ」
「じゃあ、遠慮なくって言いたいところだけど。
エネルギーがね。あんたのとこと互換性がないのよね。
コンバーターを作ろうとはしてるんだけど」
技術体系についても、元の世界が基準になる。
光輝の出身である二十一世紀の日本は電気を中心とした文明だが、クゥ・リンがいた世界では魔導昆虫が生み出すマグネルというエネルギーが基軸。
それぞれの動力源が異なる為に、互いの道具が使えないのだ。
「やっぱり芳しくないのか」
「研究開発には時間とお金が掛かるのよね。それに他に調べてることがあるし」
大仰に溜め息をつくと、コントローラーを下ろした。
「ところで、コーキ。昨日の敗因はなんだと思う?」
「いきなりヘビーな話だな。敗因ね。まあ運なんじゃないか。
勝負ってのは突き詰めると運で決まるってのがプロとしての意見だ」
「じゃあ、言い方を変えるわ。負けの責任を問うとしたら、誰のせいだと思う?」
「そりゃチーム戦だからな、建前的には連帯責任だけど。実際には俺じゃないか」
「あらら、ちゃんと自覚があったのね」
「当たり前だ。俺はプロだからな。抜かりはないさ」
「は? 抜かってるから負けたんでしょ」
「おいおい、冷静になってみろよ。昨日の勝負は圧倒的に俺達が有利だった。
それを引っくり返せたんだ。やはりプロである俺は凄いってことになるだろ」
「コーキ、あんたって阿呆なの? 阿呆でしょ? 阿呆よね?」
「失礼な三段活用してんじゃねえよ」
律儀に突っ込んでから、ふたりで声を上げて笑う。
「ま、いいわ。あたしも勝ち負けに、あんま興味ないし。
ただね、少し気になったの。どうしてあんな非効率なプランを立てたのか」
昨日のコンペティションは争奪戦。
森に隠された宝珠「ユニコンの雫」を、終了時に保持していたチームが勝利だった。
《千里眼の賢者》であるクゥ・リンにとって、探索は得意とするところ。
僅か一時間で中央南側に周囲と違う広葉樹と、その根元に置かれている小箱を発見した。
マルグレットがすぐさま回収に向かう。
この移動中に敵チームの探索メンバーと順次接触、結果的に四名を討ち取った。
持ち帰った小箱は、上蓋がスライド式の絵合わせパズルで、それが開錠のキーだった。
「パズルは得意なんです! 任せてください!」
他のメンバーが引くくらい張り切るシャルロッタ。
ひと目でパズルの正解を見抜いたクゥ・リンだったが、彼女の意気込みを買ってヒントを与えるだけに留めた。
パズルが解けるまで約三十分、光輝はシャルロッタと共にパズルに挑戦していたが、残りのメンバーはといえば。
ゲナンディは「戦い以外に興味はねえ」と、木の陰で丸くなって眠りだす。
アポロニウスは「終わるまで森の香りを楽しんでいるよ」と、植物観察に勤しんでいた。
マルグレットも「リーダーの仕事ではないな」と、我関せず。
完全無欠なチームワーク。
クゥ・リンは呆れのあまり、溜め息すら出なかった。
パズルをクリアし、「ユニコンの雫」を取り出した。
その時点でチームの誰もが勝利を確信しただろう。
だが。
「ようやくか。随分待たされたな。あとは私がキープするだけか。
ふん、今日の勝利は全て私の力だ。役立たずは自分を鑑みて、少しくらい反省すべきだな」
マルグレットだ。
光輝に向けられた言葉なのは推測できた。普段から何かと噛み合わないふたりなのだ。
しかし、言葉の選択がまずかった。
「役立たず」はシャルロッタを最も傷付ける単語。
パズルを解いて意気揚々だったシャルロッタはしょんぼり黙り込んでしまう。
シャルロッタの反応に、マルグレットも失言を悟った。
しかし、前言を訂正する前にゲナンディとアポロニウスが非難を漏らしてしまう。
マルグレットは反発。
リーダー権限なる謎の力を持ち出し、逆に謝罪を求めるという不毛な展開に進む。
口論は次第にエスカレート。
それぞれが愛用の武器を握り、一触即発になっていく。
そんな中、場違いな発言をしたのが光輝だった。
「俺はマルグレットのプランに反対だな。
敵チームにはテルティウスが残っているし、ビリィとオーガスタスはペアになると難敵だ。
おそらくマルグレットが「ユニコンの雫」を持つと予想して、奇襲を狙ってくるはずだ」
矛先を変えられ噛み付こうとするマルグレットに。
「裏をかいて、「ユニコンの雫」はシャルロッタに任せないか?
ゲナンディとアポロが一緒なら大丈夫だろ。
テルティウスは逃走経路を外して火をつければ無力化できる。
あとはマルグレットが、ビリィとオーガスタスを引き付けてくれれば完璧じゃないか」
更に「いや、このプランはマルグレットの武勇に頼り過ぎるか」と自尊心をくすぐった。
「プランを立てるのはリーダーである私だ!」
マルグレットは主張しつつも、なぞるようにプランを立て実行に移った。
茶番じみた成り行きを、クゥ・リンは傍観して済ませたが。
「どう考えても、マルグレットが持つべきだったでしょ。
あの子に追いつけるのは、エインヘルアルの中でもテルティウスくらいよ」
じっとりと絡みつくような視線を向ける。
「マルグレットなら楽勝だっただろうな。
でも、それでどうするんだよ。
シャルロッタは傷付いたままだし、ゲナンディとアポロにも遺恨が残る。
結果は最悪じゃないか」
「シャルロッタを軸に、全員が活躍できるようにして、丸く収めるようにしたのね」
「ま、そういうことだ。この気遣いはプロでないとできないぞ。凄いな俺」
大仰に自画自賛する光輝に、クゥ・リンはつい頬を緩めそうになった。
慌てて厳しい表情を作り。
「ま、そっちはいいわ。もうひとつ。なんで勝負を捨てるようなことしたの?
マルグレットとあんたなら、絶対に勝てたでしょ」
「世の中に絶対ってのがあると思うか?」
「あるわ。少なくとも《千里眼の賢者》たるあたしには見える。
茶化さないで真面目に答えなさい。あそこで確実に勝てる手はなんだったのか」
「マルグレットと俺で新入りを潰す。
テルティウスはコントロールを失いシャルロッタから離れる。
これで「ユニコンの雫」は回収可能だ。
それ以前に、テルティウスは男だからな。どう転んでも詰む」
「正解ね。何故、それを選択しなかったの」
「あの時のマルグレットは、テルティウスと戦うことしか眼中になかったからな。
正面激突を避けるくらいなら丸め込めるが、狙いを新入りに変更させるのは無理だ」
「聞き方を変えるわね。どうして説得を諦めたの? あんたらしくないでしょ」
更に踏み込んできたクゥ・リンに、光輝は軽く両手を挙げて降参のポーズを作る。
「悪かったよ。マルグレットが苦手なんだ。長時間喋ると、心底疲れる」
「似た者同士なのに相性悪いのね」
「おい。俺とマルグレットは正反対だろ。
あいつは無駄にやる気が空回りしてるが、俺は一切やる気がない。微塵もない。
そしてそのなさは、これからも絶対に変わらない」
「意味不明の宣言してんじゃないわよ。
あたしに言わせれば、あんた達くらい本質の似てるふたりはいないわよ。
ま、いいわ。正解が解ってたんなら、補習は必要なしね」
「やれやれ、賢者様ってのは偉そうで困るなあ」
「ただひとつだけ忠告しておいてあげるわ。
あんたっていざとなると、自分でなんとかしようとする悪癖がある。
自分の非力さを認識しなさい。その上で人を頼るの。
いい? 頼るのよ。利用するわけじゃない。
それなら変に潔癖なあんたにもできるでしょ」
「別に潔癖じゃねえよ。
筋の通らないことが嫌いなだけだ。プロとしてな」
「確実を期する為に、他人と協力するのは悪いことじゃないでしょ」
「解ってるよ。
ま、ここのコンペで、そこまでマジになることはないだろうけどな」
溜め息交じりに床のゲームコントローラーを掴んだ。
が、クゥ・リンは「よっこいしょ」と、年寄りっぽい掛け声を添えて立ち上がる。
「賢者様の忠告は貴重よ。感謝しなさい。
ま、それはいいとして、そろそろランチね」
「じゃあ、食堂に行くか」
光輝も腰を上げて、テレビの反対側にあるドアに向かって踏み出した。
その背中にクゥ・リンは声を掛ける。
「一応はお礼を言っとくわね。ありがと。勝ち越すまで付き合ってくれて」
「別にそんなつもりはなかったけどな」
「そういうプロらしい気遣いを、たまにはマルグレットにもしてあげてよ」
「勘弁してくれ。どうにもあいつは苦手なんだよ」
心底嫌そうな顔に、クゥ・リンは声を上げて笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「この建物をデザインした奴って、絶対にセンスがおかしいよな」
廊下を歩きながら、クゥ・リンにお馴染みの愚痴をこぼす。
館の中は大きく南北に分けられている。
光輝達エインヘルアルが生活するのは南側、居住区と呼ばれるエリアだ。
居住区は中央に大食堂があり、そこから螺旋状に廊下が続く。
廊下は幅二メートルくらい。
天井全体が淡いオレンジ色に発光している為、どことなく暖かい感じがする。
壁には三十センチ四方の銅プレートが上下二列、等間隔に並んでいた。
このプレートがエインヘルアルそれぞれの部屋。
正確な表現をするなら部屋に続く入り口だ。
部屋の持ち主であれば触れる事で自分のプライベートスペースに転移。
持ち主以外であれば、来訪を告げるチャイムが鳴り、持ち主が許可すれば招き入れられる。
「スペースの有効利用かもしれないが螺旋状の廊下はおかしいだろ」
「いつもそれ言ってるわね。部屋の中がいわゆる別空間だから、広さがないの。
ドアだけを並べてるならこういうのが効率いいでしょ。
そんなことより、あたしとしては留守か解るようにして欲しいわ」
「その機能は欲しいな。食堂で苦手な奴と会う可能性が減るだけでもありがたい」
言いながら右側のプレートのひとつを見やった。
表面に「マルグレット・ルーセンベリ」と文字が浮かんでいる。カタカナ表記だ。
「随分とご都合主義な世界だよな」
ついこぼれたひと言に、クゥ・リンは猫を思わせる瞳を大きくする。
「ご都合主義だなんて、これまたユニークなことを言うじゃないの」
「こっちに来て半年ちょい経つからな。生活に慣れると、色々見えてくるんだよ」
足を止めて「例えば?」と先を促すクゥ・リンに、光輝も付き合う形になる。
「そこのプレート、なんて書いてある?」
「マルグレット・ルーセンベリ。脳筋残念美少女、と注釈がないのが困り物ね」
「褒めるのか貶すのかどっちかにしてやれよ。
俺にはカタカナで、つまり自分の国の文字で書いているように見える」
「ふふん。コーキ、なかなかに鋭いわね。
あたしにはヌーマティック、慣れ親しんだ文語で書かれているわね」
「そもそも俺達って何語で会話してるんだ?」
「そうね。素直に答えるならルーレティック。あたしの国の口語ね」
「しかも俺が書いたメモを」
「あたしは読める。だってヌーマティックで書かれているんだもん」
「ここはバベルの塔なのか?」
「は? 何それ? ここはヴァルハラの館ってとこらしいわよ」
「バベルってのは、俺の世界の伝説に出てくるバカでっかい塔なんだ。
その塔を建ててた頃は、世界中の人間が同じ言葉を使ってたとか、そんな話だ」
「あんたの世界は、テレビゲームも含めて夢想的な文化が強いみたいね」
妙な感想を挟んでから。
「あたし達の間には、情報伝達を補助する力が働いてるらしいの。
それが視覚や聴覚に作用して、情報を翻訳した形で届けてくれる」
「魔法ってやつか。じゃあ、どうしてエネルギーはダメなんだ。
それだけの力なら電気を他のエネルギーに置き換えることの方が簡単だろ」
「そりゃ、都合が悪いからでしょ」
「誰にだよ。誰にとって都合が悪いんだ?」
「コーキ」
クゥ・リンのいつになく低い圧のある声に、光輝は続きを飲み込んだ。




