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【第1章 4話】

「言い方がいちいち引っ掛かるが、プロの俺はそんなのに拘らないからな」

 

 軽く不平を漏らすと、気を取り直して説明を再開する。

 

「今回の目標は「ユニコンの雫」の回収だ。

 そして、その障害となっているのがテルティウス。

 ここまでは問題ないか?」

 

 マルグレットがこくりと頷いて先を促す。

 

「で、プランはこうだ。

 お前さんを影に放り込んで、シャルロッタに近付く。

 半径五メートル以内に入ったら、お前さんがシャルロッタから「ユニコンの雫」を回収して離脱。

 俺はテルティウスに陽動を掛けて注意を引き付ける。

 シンプルだが完璧なプランだ」

「どこが完璧だ。

 そもそもテルティウスの目を盗んで、どうやって近付くつもりだ?」

「そこは運試しだ。俺は普段から行いがいいから、なんとかなりそうな気がする」

 

 マルグレットの顔に呆れが広がる。その反応に光輝は大袈裟に肩を竦め。

 

「冗談だよ。実際のところ、五メートルまで近付ければいいんだけどな。

 それより早くテルティウスに見つかる可能性は高い。そうなったらプランは前倒しだ。

 俺はテルティウスを引き付け、お前は外に出て「ユニコンの雫」をどうにか回収する」

「おい。待て。それじゃあ」

「そうさ、最低限の装備でテルティウスに対することになる」

「鎧も盾もなく、槍一本でか」

「その槍が三キロ以上あるなら。それもダメっぽいがな」

 

 マルグレットが鎧に近付き、腰の後ろに吊り下げた鞘から短剣を抜く。

 片刃で刃渡り三十センチ弱。

 巨漢テルティウスに相対するには、あまりに心細い武器だ。

 

「だから言ったろ。正面からぶつかるよりも、遥かに勇気が要るプランだって」

 

 冷たく研ぎ澄まされた短剣を見つめながら、マルグレットは黙り込んでしまった。

 

 その逡巡に光輝は考える。

 決断を待つべきか、もうひと押ししてみるべきか。

 

「あのな、マルグレット。

 自分の敵わない相手に対し、工夫して勝利するのは恥じゃないだろ。

 むしろ、智恵で勝てたなら名誉じゃないのか」

「コーキ、それはどういう意味だ?」


 マルグレットがゆっくりと光輝の方を向く。

 その顔に滲んでいたのは不安でも恐怖でも、無論覚悟でもなかった。

 純粋な怒りだ。

 

「敵わない相手だと? 

 やはりお前も私がテルティウスに及ばないと思っていたんだな」


 光輝は今更ながらに失言に気付いた。

 慌てて「違う! 俺が言いたいのは……」とフォローを試みるが。

 

「もういい。一瞬でもお前の言葉を信じようとした私が愚かだった」

 

 吐き捨てると右手で鎧の肩に触れる。

 凄まじい突風と共にパーツが舞い上がり、あっという間にマルグレットの全身を包み込んだ。

 盾と槍を掴むと踵を返す。

 

「おい! 待て! マルグレット!」

 

 マルグレットは一顧だにしない。そのまま駆け進んでいく

 

「くそ。うまくいってたのに。プロとして痛恨のミスだったぜ。ちくしょう」


 毒づきつつも、懸命にあとを追う。

 しかし風の加護を持つマルグレットは速い。

 見失わない距離でついていくのが、精一杯だった。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

  

 マルグレットが足を止めた。


「マルグレット、待てって言ってるだろ」


 約二分後、光輝は追いつけた。

 全力疾走の追跡で、完全に息は上がっている。

 

「もう一度、確実に勝てるプランを……」

「残念だが、そんな時間はもうない」


 マルグレットの方は呼気に微塵の乱れもない。

 顎を軽く動かして、前方に注意を促した。


「マジか。マジかよ」


 視線の先、巨木が傾いだかと思うと、褐色肌の大男が姿を見せる。

 テルティウスだ。

 

「コーキ、下がっていろ。お前は足手まといだ」

「お前、もうちょっとでいいから言い方に気を遣えよ。

 ま、どのみち女を盾にして逃げるのは、プロとして許されねえからな」

 

 ナイフを抜いて腰を落とす。しかし、マルグレットは。

 

「下がれ、これは私の戦いだ。

 安心しろ。相打ちになっても、あいつを屠ってみせる」

「覚悟は結構だけどな」

「誤解するな。テルティウスを倒しても決着にはならない。

 不本意の極みだが、あとを任せると言ってるんだ」

「……解ったよ。お前さんがリーダーだからな。逆らうつもりはねえよ」

 

 数歩下がる光輝。

 マルグレットは盾のある左側を半歩踏み出し、槍の中央を握って穂先をやや下げる。

 臨戦態勢だ。

 

 ふたりの動きに、テルティウスはマルグレットをまず標的と判断した。

 喉の奥で唸りながら、身体を低くする。

 

「風よ、加護を!」


 マルグレットを中心に空気が渦を巻く。

 近くの光輝が、思わず顔を庇うほどの強風だ。

 

「聖騎士マルグレット・ルーセンベリ、参る!」


 マルグレットが地面を蹴る。

 風の力を受けた、滑るような高速移動だ。

 

 テルティウスも待たない、逆に跳び込んで来た。

 ふたりの距離は一瞬にして消滅。ファーストコンタクトに突入する。

 

 テルティウスが右ストレートを放つ。

 瞬きすら許さない圧倒的な一撃がマルグレットを正面から襲う。

 対するマルグレットは槍を繰り出す。

 狙いはテルティウスの打ち出した右拳だ。

 

 穂先が触れた瞬間、テルティウスの手が爆ぜた。


《白銀の乙女》マルグレット・ルーセンベリ。

 彼女は風の女神の恩寵を受ける聖騎士だ。

 その加護は装備品の重さ軽減や、移動速度の向上だけではない。

 彼女の振るう武器は風を纏う。

 圧縮された暴風は、触れた物を粉砕する必殺の威力を持つ。

 

 破壊は手だけに留まらず、肘から下を完全に吹き飛ばした。

 だが、それでもテルティウスは微塵も怯まない。

 左足を軸に回し蹴りを放つ。

 

 マルグレットは左腕のシールドで防御。

 受け止めるわけではない。攻撃を反らすのだ。

 

 絶妙の角度とタイミング。更に盾の表面を覆う風の加護。

 それらを全て合わせても、防ぎきれる攻撃ではなかった。

 マルグレットは弾き飛ばされ、巨木の一本に背中から叩き付けられてしまう。

 

 すぐさま立ち上がるマルグレットだが、流石にダメージは大きい。

 槍の石突きで揺れる身体を支える。

 

「マルグレット!」

 

 ナイフを手に駆け寄ってきそうな光輝を、「来るな!」と一喝。

 

「さっさと離れていればいいものを、変なところで律儀な男だ。まったく」

 

 萎え掛けていた両足に力を込める。

 

「あれだけの啖呵を切ったんだ。これ以上の無様は晒せないが」

 

 兜の中で憎々し気に舌打ちする。

 

 粉砕したはずのテルティウスの腕は筋肉まで戻っていた。

 完治まであと数秒だろう。

 このままダメージの応酬になれば勝ち目はないのは明白だ。

 ならば。


 盾を投げ捨て、両手で槍を構える。

 先ほど以上の突風がマルグレットを包んだ。

 

「全力渾身の一撃で打ち砕くのみ!」

 

 マルグレットが駆ける。

 身体を低く、這うような姿勢で一気に間合いを詰めた。

 

 テルティウスが叩き付けて来る拳を、身体を捻ってギリギリでかわす。

 と、僅かに体勢が崩れたところを狙って、ローキックが飛んで来た。

 地面を刈り取るような鋭い軌道だ。

 

「ふん。やはりそう来たか」

 

 その動きはマルグレットも読んでいた。

 素早く跳躍してやり過ごす。

 

「まずい」

 

 こぼしながら、光輝は手にしたナイフを投げつける。

 

 確かにマルグレットはテルティウスの蹴りを避けた。

 だが、テルティウスの反応は、想定より遥かに早い。

 空振りした勢いをそのまま利用して身体を回転。

 バックハンドブローの要領で更なる攻撃を繰り出してきた。

 

 マルグレットの身体は宙にある。

 方向転換はできず、盾を捨てた今、防御も不可能だ。

 

 光輝のナイフがテルティウスの肩に刺さるが、意に介する様子もない。

 

 万事休す。

 巨大な拳がマルグレットを打ち付ける。

 その寸前で。

 

 マルグレットが蹴った。

 空中を。

 見えない何かを足場に、更なるジャンプをしたのだ。

 

 光輝は驚嘆するしかなかった。

 

 風の女神に守護される聖騎士にとって、空中は無防備な死地ではない。

 風を足場に自在に駆け回れる独壇場なのだ。

 

 二度、三度の跳躍で、マルグレットは瞬く間にテルティウスの頭上まで駆け上った。

 

 純白の外套が優美に広がり、白銀の鎧と振りかぶった槍が木漏れ日に輝く。

 

 神話の天使を思わせる姿は、光輝ですら戦いを忘れて魅入ってしまうほどだった。

 

「風よ! 穿て!」

 

 マルグレットが槍を突き込む。

 切っ先はテルティウスの額中央、やや右寄りを捉えた。

 巻き起こる暴風がテルティウスの頭を木っ端微塵に吹き飛ばす。

 だが、必殺の威力はそれだけに留まらない。

 上半身の右側が弾け散る。

 

 勝利を確信したマルグレットが笑みを作った。

 その瞳を半ば呆けながら、見上げている光輝に向ける。

 

「見たか。これが聖騎士の力だ。私の強さが……」

 

 マルグレットの意識は不意に途絶えた。

 

「マルグレット!」


 光輝はただ叫ぶしかできなかった。

 

 テルティウスの残った左腕がマルグレットを地面に叩き付けたのだ。

 その衝撃に耐えきれるはずがない。

 マルグレットは自身の絶命すらも気付かなかっただろう。

 

「最後の最後で気を抜きやがって」


 壮絶な相打ち、ではなかった。

 

 テルティウスの内臓や骨が凄まじい勢いで再生していく。

 無限の生命力を持つ彼にとって、所詮はちょっとしたダメージに過ぎない。

 おそらく数分で完治してしまうだろう。

 

「最悪の展開じゃねえか。プロの俺でもこいつは手に負えないんだぜ」

 

 しかも唯一の武器であるナイフもなくしてしまった。

 絶体絶命を遥かに超えた状況だ。

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 深々と溜め息をこぼしたのは《千里眼の賢者》クゥ・リンだった。

 背中を木に預けて座り込んでいた彼女は緩慢な動作で立ち上がり、お尻の土を払いながら空に向かって。

 

「もういいわ。こっちの詰み。負けよ、負け負け」

「三十一連敗になってしまうけど、構わないかい?」

 

 涼しげな声。

 いつの間にかクゥ・リンの近くにひとりの青年が立っていた。

 深い藍色のテイルコートを羽織り、下は同色のベストに純白のシャツ。

 首元にはホワイトの蝶ネクタイをつけている。

 パンツは細身のサイドストライプで、靴は黒のシンプルなストレートチップ。

 古風なトップハットを小脇に抱えていた。

 

 肩口まで伸びる茶褐色の髪は癖のないストレート。

 口元には穏やかな笑みが浮かび、細めの輪郭が持つシャープな印象を柔らかく好意的に見せていた。


 どこをどうとっても好青年といった風情ではあるが、唯一異質なのは顔だ。

 左頬から上、全体の四分の一ほどを、つるんとした白い仮面が覆っている。


「相変わらず気取った格好ね、ハーディン。森を歩くには相応しくないんじゃない?」

「ドレスコードがなかったので、失礼がないようにしたつもりなんだけど。

 どうやら、もう少しラフな格好が好まれたようだ。反省するよ」

 

 ハーディンと呼ばれた青年は軽く頭を下げた。

 

「冗談よ。ただの八つ当たりなの。悪かったわね」


 大仰に肩を竦めるクゥ・リンに、ハーディンは微笑を崩さず、頷いて先を促す。


「もう、こっちに勝ちの目はないわ。

 もうすぐ新入りちゃんが、「ユニコンの雫」の回収を済ませちゃう。

 そうなると奪還も無理。勝ち目のない勝負を続けるのは趣味じゃないの」

「もう一度念を押すが、君のチームの敗北で構わないんだね」

「構わないじゃなくて、完璧に負けたのよ。

 もうね、千里眼のあたしですら、言い訳の欠片も見つけられないくらいの完敗よ」

「今回は君達の方が圧倒的に有利だと思っていたんだけど」

「あら、奇遇ね。

 あたしもそう思ってたの。何があっても負けないんじゃないかって」

「でも負けてしまった。

 こんなことを尋ねるのは、とても残酷なことなのかもしれないけれど、敗因はなんだったんだろう」

「さあ、運なんじゃない?」

「勝敗は時の運というからね。なるほど、慧眼だ。

 ところで、あえて誰かの責任を問うとするなら、《千里眼の賢者》であるクゥ・リンはどう答えるんだろうか」

「チームなんだし、あたしを含めた全体責任ってのが建前だけど。強いて挙げるなら」


 わざとらしく首を捻り考え込む仕草をする。

 ゆっくり一分の間をおいて。

 

「ま、百パーセントでコーキのせいね」

「百パーセント? 随分と辛辣だね」

「あら、ホントなら二百パーにしたいところを、特別に割り引いたつもりなのよ」

 

 クゥ・リンのコメントに、ハーディンは声を出して笑った。


 

 

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