表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/34

【第7章 2話】

 

 

           ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 短刀とナイフ、それぞれの柄に結ばれたワイヤー。

 この細い二本が文字通りの命綱。

 どちらかに触れた時点で影は繋がる。

 だが。

 

 流歌は状況を楽しんでいた。

 

 奥の手はワイヤーと影のトリックではない。

 下らない質問に答えながら、油断なくこちらを観察している。

 狙いはおそらく現状の維持。時間稼ぎ。

 何故? なんの為に?

 

 思考を巡らせながら、流歌は口元が緩むのを抑えられなかった。

 

 光輝は食えない戦略家だ。

 自身が人を殺められないのも、戦闘力で敵わないのも、計算した上でここに来ている。

 つまりは囮。

 本命の戦力は温存中だ。

 

 流歌が音を作る。

 人では聞き取れない範囲にあるものだ。

 これを追って、移動が始まる。

 

 死の恐怖に怯える臆病な聖騎士、マルグレット・ルーセンベリ。

 光輝の切り札はこれだ。

 彼女が動けるまでの時間を稼いでいる。

 マルグレットを助っ人に乗り込ませるのか。

 いや、違う。

 マルグレットは死と対峙すると動けない。

 おそらくこの神殿を破壊するつもりだ。

 マルグレットなら可能だろう。

 次元の倒壊に巻き込まれたら死んでしまう。

 しかしエインヘルアルにとって死は一時的なもの。

 ふたりはヴァルハラに戻る。

 見事な逆転の一手だ。

 

 流歌は思わず感心しそうになった。

 

 自身までを駒にしつつ、あらゆる手を積み上げて、勝ち筋を巧妙に隠す。

 光輝という人間の底力を垣間見た。

 惜しむらくは切り札の質。こちらの方が強かったのだ。

 

 音の反射を使って状況を探る。

 

 まだ移動していない。

 光輝がいた倉庫の隅で、壁にもたれ掛かったままだ。

 

「潰せ」

 

 喉の奥で言葉を作って飛ばす。

 

 音を出せるのも集められるのも、一箇所だけというのが最大の欠点。

 戦闘中は周囲にレーダーを張っておきたい。

 だから、こうして落ち着いた状況でないとできなかったのだ。

 

 凶暴な咆哮を上げて、倉庫内に踊り込むのが解る。

 流歌の用意していた切り札。殺戮機械と化したテルティウスだ。

 ひと呼吸にすら満たない時間で倉庫内を横切ると、マルグレットが反応するよりも早く拳を打ち下ろす。

 

 金属鎧のへしゃげる音。骨の砕ける音。肉の潰れる音。血液の飛び散る音。

 それらが一緒くたに起こる。

 紛れもない残酷な最期を告げるものだった

 

「ふふふ。うふふふふ。ふはははは。あっはははは」

 

 最早抑えきれなかった。

 意味なく続けていた質問を中断し、心の底から沸き上がってくる歓喜をそのまま垂れ流す。

 

 いきなり笑いだした流歌を、光輝は唖然と見つめるしかできない。

 

 数分間、だだっ広い空間に流歌の哄笑が続いた。

 ひとしきり笑って満足した流歌が、ふうっと息をついた。

 目元に溜まった涙を指先で拭う。

 

「今、マルグレットさんを処理しました」

 

 光輝が訝しげに眉を顰める様子に、また笑みを漏らしながら。

 

「だから、倉庫に残っていたマルグレットさんを処理しておきました。

 つまり、殺したということです。

 ふふ。光輝さんが土下座までして温存した切り札もなくなりましたね」

「てめぇ! ふざけんな!」

 

 怒声と共に腕を引いた。

 ワイヤーでナイフと短刀を手繰り寄せる。

 つもりだったが。

 

 流歌の足が先んじた。

 二本の刀身を踏みつけ動き封じると、右手の短刀一閃。

 結ばれていたワイヤーを断ち切り、勢いそのまま光輝の顔面を蹴りつける。

 

 堪えきれず背中から後方に倒れた。

 遠のきそうになる意識を懸命に繋ぎ止めながら、ずるずると距離をとって追撃から逃れる。

 

「ふふふ。なかなか素敵ですよ。

 プロは何をやっても様になるということですね」

「くそ」

「下品な言葉使いは感心しませんよ。プロならきちんとしないと。

 それと今更ですが、光輝さんを生かしておくつもりはありませんでした」

「じゃあ、なんで降伏を受け入れるフリをしたんだよ」

「そうですね。強いて言うなら趣味です。

 徹底的に追い込んで、希望をチラ見せ、それに縋ろうとしたら取り上げる。

 そうなった時の表情を見るのが好きなんです。

 ふふ、身体の芯が火照ってくるくらい。うふふふ」

「大した変態野郎だな」

「ふふふ。その顔ですよ。光輝さんは期待より、いい顔をしてくれますね。

 安心してください。

 マルグレットさんとシャルロッタさんも、ちゃんと片付けておきますから。

 秘紋ルーンの破壊は死体に対しても有効なんです」

 

 光輝はじりじりと後ろに逃げる。

 立ち上がれる間合いをとらないと、どうにもならない。

 

 その狙いを察してか、流歌は一定以上の距離を許さない。

 

「光輝さん、いいんですか? 武器からどんどん離れてしまいますよ。

 それとも踵のナイフ一本で、起死回生できる手があるんですか?」

 

 その言葉通り、ナイフと短刀は揃って流歌の後ろ約三十センチの位置にある。

 

「いい気になるな。

 お前を仕留めるのにナイフなんて要らないんだよ」

「なるほど。それは一理あるかもしれませんね。

 間合いを詰めて、不意をつけさえすればワイヤーで首を絞めることもできそうですし。

 まだまだ油断は禁物ですよね」

「素人のお前さんにプロの俺が忠告してやる。

 今のお前は十分に油断してるぜ。

 既に俺の策に嵌まってるのも、気付いてないんじゃないか?」

「それは怖いです。

 プロのアドバイスは素直に受けておくことにしましょう」

 

 言いながら、にんまりと微笑を浮かべる。

 

「これ以上近付かないで仕留めることにします。

 少しお待ち頂けますか?」

「何を企んでいる?」

「先ほどのアドバイスへのお礼として、ヒントを差し上げましょう。

 耳を澄ませていてください。

 もう少しすれば聞こえてきます。獣じみた声が」

「テルティウスを呼んでやがるのか!」

「光輝さん、あの子を気に入ってましたよね。

 その手で殺してもらえるなんて、素敵な最期じゃないですか? 

 あぁ! 今の顔、とても素敵ですよ。

 うふ、ふふふ、あはは!」

 

 先ほど以上ボリュームで笑いだす。

 爛々と瞳を輝かせながら、まさに恍惚の極みだ。

 

「さあ! もっと見せてください! 

 絶望に染まりきった顔を! 身悶えするほど素敵な顔を! 

 ほら! もっと! もっと! もっと! もっと! もっと! 

 もっと! もっと! もっと! 

 わたくしの心を満たしてくだ……」

 

 不意だった。

 流歌は後ろから押され、つんのめる形になる。

 二歩、三歩と踏鞴を踏んだ。

 

 振り返るよりも違和感に引っ張られ視線を落とす。

 へそから数センチ左のところから、血塗られた切っ先が突き出ていた。

 禍々しい漆黒の刀身だ。

 

「え?」

 

 焦点のぼやけたひと言。

 直後、引き裂かれるような激痛に身を捩じらせて、崩れ落ちた。

 両手両膝を床についた無様な体勢になる。

 

「プロの忠告には素直に従っておくべきだったな」

 

 背後から届く凛とした声に、流歌がどうにか首を向けた。

 その瞳が大きく見開かれる。

 

「マルグレット!」

 

 明るい黄色の分厚いキルトシャツとズボン。

 鎧下姿のマルグレットが肩を竦める。

 

「いや、戦場でバカ笑いする阿呆に、そんな賢明な真似はできないか」

「どうして? そんな、そんなのありえません! 

 だって、あの倉庫で! うっ」

「おいおい。そんな叫んだら傷に障るぜ。

 折角マルグレットが急所を避けてくれたのに」

 

 ようやくにして立ち上がった光輝は、軽く頬を押さえながら愚痴る。

 

「くそ。思い切り蹴りやがって。

 男なら許さないとこだが、俺はフェミニストだからな」

「女相手にナイフを振り回すフェミニストがいてたまるか」

 

 軽口を交わし合うふたりに、流歌はただ呆然と呟くしかない。

 

「死んだはずなのに」

「流歌、俺の世界には百聞は一見にしかずって言葉があって……いや、ちょっとニュアンスが違うか。

 つまりだな。聞くだけじゃ不十分ってことだ。

 お前は離れたところの状況を音で察知できるんだよな。

 物音だけじゃなく、コウモリみたいに音を反射させて。違うか?」

 

 流歌は答えない。

 ただ無言で続きを待つ。

 

「何も言わないなら肯定と受け取るぞ。

 音で解る情報は、倉庫にマルグレットの鎧があるってことだけだ」

「でも、あの鎧の中には人が……」

 

 思い至った流歌が「まさか」と絞り出す。

 

「その通り。シャルロッタだよ。

 マルグレットより華奢だったし、なんとか着込めた。

 音だと、誰かまでは解らなかったろ。

 で、マルグレットには影に入ってもらってたんだ。

 影が繋がれば移動は可能だ。

 俺の影からナイフの影に、ナイフの影からお前の影にって寸法だ」

 

 こくりとマルグレットが首肯。

 後頭部の高い位置にまとめられた銀髪が微かに揺れる。

 

「実に居心地の悪い空間だった」

 

「贅沢言うな」と律儀に突っ込んでから、流歌に向き直る。

 

「一回背後からの攻撃を避けられたからな。

 周囲の音を拾って戦ってるのは解ってた。

 この音の防御網をどう突き崩すか、随分と苦労したぜ」

 

 ポイントはふたつ。

 死角に短刀を置く事と、音のレーダーを止める事だった。

 

 ワイヤートリック。踵の隠しナイフ。グリップの麻痺針。

 本来切り札となるカードを、次々と切っていった。

 ひとつひとつ丁寧に。

 流歌自身が見破ったように。

 

「短刀は簡単だ。ワイヤーを気付かせてから床に置けば動かす前に切る。

 左手で武器が握れない状態だから、床に放っておくしかない。

 ま、賢いお前さんだ。

 俺が回収できないよう、自分が遮る位置に立つだろうからな」

 

 行動を把握されたような言い方に、流歌の顔に憎悪が滲む。

 

「音のレーダーは、お前さんの性格を利用させてもらった。

 お前さんは慎重なくせに、やたら優越感に浸る悪癖があるからな。

 ほら、最初に戦った時だよ。

 「これで詰んだ」だの「あなたの負けだ」だの。

 わざわざ言ってくれただろ。

 こういうタイプは相手を追い詰めた時に、下らないことをやってくる。

 俺が相手なら可愛がってるテルティウスで仕留めようとするだろうなって」

「テルティウスを操るのは音だ。

 つまり、最後の最後で音のレーダーは切られる。

 私はその瞬間をじっと待っていたのだ」

 

 マルグレットが立派に膨らんだ胸を反らして補足した。

 

「待ってただけのくせに、偉そうな顔するんじゃねえよ」

「ふん。何を言う。私の的確な行動があっての勝利だ。感謝しろ」

「ったく、聖騎士ってのは人間が歪んでないとなれないものかね」

「プランを立てたのはお前だ。

 自信を持っていいぞ。私より遥かに性格が歪んでいる」

 

 毒舌を絡めた笑みを交換してから。

 

「ま、俺達からの種明かしはこれで終わりだ。他に何か質問があるか?」

 

 流歌は無言のまま、きつく唇を噛むだけ。

 

「じゃあ、こっちの番だな。

 急所を外したのは色々と聞きたいことがあったからだ。

 負けを認めて、素直に答えてくれると助かるんだが」

「解りました。

 勝者の特権を認め、答えられる範囲であれば答えて差し上げます」

「まずお前の一味だ。ヴァルハラにどのくらい入り込んでいる? 

 次に目的。ヴァルハラを潰してどうするつもりだ? 

 本当は別の目的があるんじゃないのか?」

「ヴァルハラを打倒し、神の理不尽な支配から人々を解放する。

 それだけがわたくし達の目的です。

 既に多くの同志が、ヴァルハラに入り込んでいるはずです」

「誰が仲間かはお前ら自身も知らされてないのか。

 厄介だな」

「ふふ。なかなか鋭いですね。

 残念ですが、これ以上答えられることはありません」

 

 腹を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がる。

 足はふらふらと覚束ない。

 それでも気力を振り絞り、光輝とマルグレットを睨め付ける。

 

「今回は油断がありました。ですが、次はこうはいきません。

 あなた方ふたりを最も残酷な形で葬って差し上げます」

「おいおい。次なんてあるはずないだろ。

 その短刀で深い傷を受けたら終わりだ。塩になって消える」

「ふふふ。

 それはあなた方が不完全な偽者、出来損ないのエインヘルアルだからです。

 わたくしは違います。

 本物のエインヘルアル。完全無欠の存在なのです」

「それが本当なら、余計逃がすことはできないな。

 叩き伏せてでも捕縛させてもらう」

 

 動揺を押し込み、マルグレットが拳を構える。

 光輝もフォローできるよう並ぶ。

 

「ふふふ。これだから野蛮な連中は困りますね。

 秘紋ルーンの真髄に触れて慄きなさい!」

「させるものか!」

 

 怒声と共にマルグレットが跳躍。

 掴みかかろうとするが、見えない壁にぶつかって弾かれてしまう。

 

「この空間はわたくしが自由に操れると言ったでしょう。

 区切らせてもらいました。

 強固な壁です。丸腰のおふたりでは突破できません」

 

 出血で蒼白になった頬に笑みを作る。

 

「透明の壁にして差し上げたのはサービスです。

 そこで馬鹿面下げて見ててください」

 

 マルグレットが拳を叩き込む。

 だが、分厚い感触に痛みが返って来るだけだ。

 

「輝け、秘紋ルーンよ! 我が身体を遥かな彼方に!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ